PandoraPartyProject

SS詳細

ある世界の終わり

登場人物一覧

ルチア・アフラニア・水月(p3p006865)
高貴な責務
鏡禍・A・水月(p3p008354)
夜鏡

 人が死ぬ間際に何を思うかわからない。
 いくらか前にそんな話をしたのを、少しずつ遠くなっていく意識の中でルチアは思い出した。あの時は『答えが見つからないものは先延ばしにするものだ』と言って答えの出ない問題に悩み続ける彼を引っ張ったのだったか。
 人の死はいつだって突然だ。現にルチアは血にまみれて鏡禍の腕の中にいる。
 一瞬の油断だった。飛んでくる攻撃を避けることも受け止めることもできず、彼のカバーも間に合わずに直撃した。当たり所が悪かったのだろう、回復しようにも手の施しようがないのは癒し手を担うことが多い自身が一番よくわかっている。
 先ほどまであった身体を襲う痛みももうなく、抱き上げられているという感覚すらもない。視界もぼやけていてよく見えないが、こちらを覗き込んでくる鏡禍の顔が歪んでいて泣いているのだけはよくわかった。
「馬鹿ね、泣いてるんじゃないわよ」
「だってルチアさんが……ルチアさんが。どうしたら……」
「残念だけどもうどうにもならないわ」
 未練がないと言ったら嘘になる。でも助からないのもわかっている。ならば仕方のないことと諦めるしかないのだ。
 普段のあっさりとした思考と決断の中で引っかかるものがあるとするなら、この自分の言葉に真っ青になってさらに強く抱き寄せてきた恋人の妖怪だろう。
 呆れるほど依存し、驚くほど心配性で、自分をガラス細工か何かと勘違いしているのではないかと常々思っていた。自分がいないと生きていけないと、よく言っているのも知っている。
「嫌だ、ルチアさん、嫌。貴女がいないと、生きていけない」
 聞こえる声が震えている。
 自分一人だったらこのまま諦めて死を待つことができたのに、こんな彼を一人で残していくのが何かとんでもないことを起こしそうで不安で仕方がない。
 いつかで悩んでいた彼の疑問に答えを出すのなら『不安と心配』なのだろう。嫌うだとか悲しいだとかそんな感情は湧いてこない。自身の油断が招いたことだし、どうして庇ってくれなかったのだなんて彼に言うのはあまりに傲慢だ。むしろ好きな相手の腕の中で最期を迎えられるのだから幸せなほうに違いない。
 自分のツケは自分で払う。ただそれだけの事なのに。
「……お願いがあるのだけど、いいかしら」
「ルチアさんの願いなら、なんでも。一緒に死んだってかまいません。むしろそう、願ってください」
「はぁ……馬鹿ね。そんなこと言うわけないでしょう」
 きっと願わずともこのまま自分が死ねば彼もこの場で命を絶つだろう。それを本来なら止めるべきではないとわかっている。自死を選んで地獄に落ちるとて彼の選択だ、彼に自由がある。だから今から言おうとしているこの言葉は彼を縛り、いつまでも呪うだろう。それでも……。
「私の分まで、生きて頂戴」
 彼に生きていて欲しいと、願ってしまった。笑って今までと同じように生きて欲しいとは言わない。それでも生きていて欲しかったのだ。

 あの日、死の間際、鏡禍にルチアが願ったことは二つ。
 一つは自分の分まで生きること。
 もう一つは一部でいいから自分を食べて欲しいということ。
 妖怪である鏡禍ならきっと人間を食べることができるだろうという予想と、彼の血肉になればずっと一緒にいられると思ったからだ。
 実際にルチアの死後、その肉を鏡禍は口にした。彼女の予想外のことがあったとするのならば、彼に人食いの素質があったということだろうか。
 一口、躊躇いながら口にした鏡禍は驚きに目を見開き、そのまま涙をこぼしながら夢中で自身の恋人達だものを貪った。肉のひとかけらも残すことなく食べつくした。
 そして我に返った鏡禍は恋人だった骨を抱きしめて慟哭した。

 ルチアは彼女の住んでいた教会の裏手に葬られた。話を聞いて知り合いや領民やらが訪れたが、いつも墓の前に座って動かない鏡禍を見つけると何も言わず頭だけ下げて帰っていく。誰が一番悲しんでいるのか、訪れる誰もがわかっていたから。
「ルチアさん」
 お墓に向かって鏡禍が声をかける。
 求めている声が返ってこないのは知っているのに、どうしても声をかけられるのをやめられない。
「ルチアさん、ねぇ」
 埋葬してから何日かは経っているはずなのに目の前の地面がいつも湿っている。雨でも降っているのかもしれない。彼女は寒くないだろうか。傘があったほうがいいのかな。でも、この場を動けない。
「ルチアさん、どこ……あぁ」
 苦しくてぎゅっと体に力を込めると何かを抱きしめる感覚があった。丸っこいそれは骨だ。
 そうだ、これは彼女を埋めるときにどうしても骨の全てを埋めきれなくて、そのまま服の下に仕舞っていた頭蓋骨。
 同時にぶわっと彼女を食べた時のことが思い出され、歓喜と自己嫌悪が襲い掛かってくる。

 彼女は、驚くほどに美味しかった。

 人間なんて食べたこともなかった。食べようとも思ったことはなかった。そもそも妖怪の知り合いの食事シーンはあまり行事の良いと言えるものではなかったし、正直苦手だった。
 でも彼女の死の間際の願いだったから、叶えなければならないと思った。だから、食べて。
 後はもう正直記憶に残っていない。美味しかったのは覚えている。美味しくて美味しくていくらだって食べたくて。骨に残った肉や、手についた血すら勿体なく思えて、何一つ残さず食べつくしてしまった。
 後に残ったのは驚くほど真っ白の骨たちと地面に落ちた土だらけの自分が贈った彼女の指輪。
「あ……あぁぁぁ……」
 我に返った時にはもう遅かった。彼女の死に顔もろくに見つめることもできず、覚えておくこともできず、永遠に失われてしまったのだから。
 あまりの罪の重さに、そして彼女を食べ物とみなしてしまったことに、死にたくなった。もしかしたら彼女が美味しそうだったから、それを恋と勘違いしていたのではないかとすら思えた。どちらにしても生きている理由がなかった。死にたかった、消えたかった。
 けれど彼女の『生きて欲しい』という願いがそれを許さなかった。
 彼女のいない世界でどう生きていいのか、自分にはわからない。わからないし生きている意味もないと思うのに、彼女の願いは叶えなければならないと思ってしまう。

 彼女のお墓の前で座っていると、後ろに人の気配があるのは知っていた。いい匂いもして、食べたいと思うこともあった。そもそも彼女を食べて以来、何も食べていないからお腹が空いている。
 それでも食べられなかった。彼女を上書きしてしまうような気がして嫌だった。
 ああ、でも、そうか。自分は彼女を食べたんだ。彼女の肉も血も髪も何もかも全て。自分の身体の中に彼女はいるはずなのだ。
「……ルチアさんは、ここにいるんだ」
 頭蓋骨を見つめ、呟く。そのまま大切に抱きしめて、ようやく立ち上がった。
 何日ぶりだろうか、どれぐらい経ったかわからないけど彼女が一緒にいるとわかって少し動けそうだった。

「ずっと同じ景色でつまらなかったですよね」
「どこに行きましょうか。行きたいところはありますか?」
 ひとり呟きながら歩く鏡禍を周囲の人が見てはギョッとした顔をする。何せ彼は腕に抱えた頭蓋骨に話しかけながら歩いているのだから。
 その瞳に光はなく、愛情にあふれた声とは裏腹に顔には表情がない。
「違う。違うわ、鏡禍。どうして……」
 ルチアの魂が見守っていたらこう零していただろうか。
 結局のところ甘かったのだ。
 ルチアは思っていた。生きてさえいたらいつか自分のことに区切りを付けて新しい道を進んでいけると。別の生き方を見つけられると。
 確かに彼女にならできただろう。気持ちを割り切り別の道を探すことも、愛を貫き通すとしても人並みの凛とした生き方が。けれどルチアがそれを願ったのは中途半端な人の模倣しかできない妖怪だった。彼にはルチアと同じ生き方はできなかった。
 鏡禍にとってルチアは世界であり、太陽だった。それが失われて世界は壊れ、暗闇に包まれた。何者ももう壊れた世界を救うことも、照らすこともできない。
 故にいつまでもルチア・アフラニアを忘れられず。彼女を愛し続け。埋葬してなお別れを告げられない。
 唯一埋められなかった頭蓋骨をいつまでも抱えているのがその証拠だ。
「ルチアさん。ルチアさん、好きです。愛してますよ」
 頭蓋骨に囁き、額にキスを落とす。
「私だって好きだったわ、でも……」
 彼を壊したいわけではなかった。ただ一時の感情に捕らわれず生きていて欲しいだけだった。彼がこんなに弱いだなんて思ってもいなかった。
 あの時『生きて欲しい』と願わなければ、死ぬことを許していたら、彼はここまで苦しみながら生きることはなかったのではないだろうか。
 こんなことならもっともっと死ぬ前に足搔けばよかったと、諦めてしまう前にもっと醜くとも生きたいとやってみるべきだったと、そもそも危険な場所に行かねば良かったのだと、後悔したとてもう遅い。

 鏡禍の時は彼女が死んだ時から止まったまま。
 手放せず、別れることもできず、執着と依存のままに彼女だった物を連れ歩く壊れた妖怪。
 それを見てルチアが苦しみ後悔することにも、彼は気づかないのだ。
 あれだけ愛して大切にしていても本当の気持ちを汲み取れないまま。
 生者と死者。お互いを想いあっているのにも関わらずどちらも救われず、ただ地獄だけが終わることなく続いていく。


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