PandoraPartyProject

SS詳細

花呪刻み

登場人物一覧

星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣


 どう伝えたものか。
 ヴェルグリーズの脳内を支配するのは言い訳にもならない言葉の羅列のみだった。
 星穹には既に帰りが遅くなることを伝えてある。二人の子供達は既に眠っている頃だろう。
 刻まれた烙印がちりりと痛む。夜を越える毎に命を削るのだという其れが、痛む。
 腹部に薄く広がる白い花の痕。彼女に――星穹に見せたのならどんな顔をさせるだろう。心配させたくはなくて。だからと言って伝えないのはそれ以上に望まなくて。けれど彼女が胸を痛めるのはもう予想のついた未来で。
 憂鬱が擽る夜。真っ直ぐ帰る気にもなれなくて遠回りをして。用もないのに本屋を覗いてみたりして時間をつぶして。それも店が閉め支度をする日付の変わる1時間前で終わり、そこから30分後がヴェルグリーズの帰宅した時間だった。
「お帰りなさい。お疲れ様でした」
「うん、ありがとう」
 せめて悟られないように。己の言葉で伝えられるようになるまでは、うまく隠しきればいい。それがヴェルグリーズの出した答えであった。
 けれどもやはりそれをするのはまだただの剣で精霊であったかつてとは打って変わって難しく。胸を締め付けるような痛みに顔をしかめるばかり。
「……何かありましたか?」
「ううん。大丈夫だよ」
 どうにかして話をまとめて。それから。笑顔は上手く出来ただろうか? 嘘をつきたいわけではないのに、言葉にするのが難しくてつい隠してしまう。
 歯切れの悪いヴェルグリーズを案じ、その手に己の掌を重ねた星穹は。隣に座るように促すと、薄く笑みを浮かべた。
「ヴェルグリーズ……あのですね」
「うん?」
「貴方の指す大丈夫である状態のひとは、大丈夫なときに大丈夫だとは言わないのです」

 ――ヴェルグリーズ。

 もう一度、柔らかい声が諭すように紡がれる。
 痛みが、とけていく。苦しいような、悲しいような。そんな痛みが消えていく。じくじくと痛み疼く嘘からすらも守るようだと思った。少なくとも、星穹が彼にとってのさいわいであることには違いがないのだ。
 腕を広げた彼女に甘えるように抱きつけば、緩やかなテンポで背を撫でる星穹からは、慰めるようでいて寄り添うような視線を注がれて。嗚呼、結局隠すことは難しいのだと観念してしまうではないか。
「キミには本当に、敵わないなあ……」
「ふふ。貴方の相棒ですからねの
「…………少しだけ、困ったことがあってね」
「はい」
「キミを頼っても、いいかな?」
「ええ。私が力になれるのであれば、いくらでも」
「ありがとう、星穹……。あのね。俺、実は」
 隣に腰掛けていた彼女の華奢な手を取る。その手で服を捲らせて、左の心臓から咲くように広がった花印を見せるのだ。
「……烙印を貰ってしまったんだ」
「っ……、貴方、これ――!!」
 息を呑む。少なくとも表情は硬いままだ。けれどもそれは彼女の表情が顔に出にくいだけであることをヴェルグリーズは知っている。揺れる瞳孔がその胸中を物語っていたからだ。肌に触れるその手からみるみる温度が失われていく。
「ごめん。本当は上手く言葉にして伝えるつもりだったんだ。でも……なんでだろうな、出来なくて」
「いえ、いいえ、良いのです。気にしなくとも……」
「でも、キミに心配をかけてる」
「平気です」
「……ごめんね」
「ヴェルグリーズ」
「でも心配しないで、俺は大丈夫だから――?!」
 触れる唇はこれ以上の弁明を封じるために。謝罪は不要だと伝えてもきっと謝り続けるのだろう。己の顔が曇り続ける内は。
 不安げな相棒に寄り添うのは、もう片割れの相棒の役目なのだと。繋いだ掌をきゅっと握りしめた星穹の表情は変わらず柔らかくて。
「……動揺はしています。これは、間違いなく。ただ怒っては居ませんよ。怒れる立場でもありませんもの」
 己が豊穣に行方を眩ましていた期間に比べれば、微塵も。それにきっと、これからもお互いに命を削り続ける戦場に行くことだろうし、その度にお互いの身を案じて涙を流すのはきっと不毛で。ならば信じて待つことしかできないのだと、解っている。
(私だって大人なのだと。そうやって振舞えば、貴方も心配することはないだろうから)
 だから伝えない。伝えないし、伝えるつもりもない。貴方の笑顔こそが、私のさいわいであるから。
 ただひとつ恐ろしいのは。
「私の懸念は。心配は。嫌なことは。貴方が苦しんで。その果てに、貴方が死ぬ可能性があるということ。ただそれだけです」
「……」
「空も心結も、私ひとりで育てることくらい出来ます。でもそれは望まない。あの子達が寂しがるのもそうだし、あの子達の未来には貴方の背中も必要だと思うから」
「うん……そうだね」
「でしょう? ただ、症状については詳しく知らないのですが。しばらくは別で暮らした方が良いでしょうか?」
「うん。キミを傷付けたくはないから」
「……というと?」
 『傷付ける』。もちろん戦うことになったとて大人しく傷つけられてやるつもりなどないのだけれど。
 ヴェルグリーズが目を逸らすのを今ばかりは許さない。繋いだままの手にぎゅっと力を籠めれば、しぶしぶと言った様子でヴェルグリーズは口を開いた。
「吸血衝動があるみたいで……」
「ある程度検討はついていますが、どうするつもりで?」
「我慢かな……」
「あのですね」
「キミに傷をつけるのは俺だってしたくないし……」
「……ああ、そうですか」
 そっとヴェルグリーズの顎を掴んだ星穹は、その口内に指をねじこんで。
「!??」
「だってこうでもしないと噛まないでしょう、貴方」
「……っ」
 歯に沿うように指を宛がった星穹は、今すぐに噛めばいいのだと犬歯に指の腹を埋めていく。
「ほら、噛んでいいんですよ」
 静かに首を振るヴェルグリーズに、拗ねたように目を伏せる星穹。その指がより深く埋められていく。深く埋まれば埋まるほど、星穹の表情が僅かに曇っているのを、ヴェルグリーズは解っていた。
「貴方がいけないんですよ」
 ぷつ、と何かが破裂した音がした。
 口内に鉄錆の、あかい、あかいそれが広がっていく。渇きに近い何かが満たされていく。
「私は貴方の相棒なのに、頼ってくれないみたいですから」
 いけない。直感的にそう思った。
 内側からこみあげてくる熱い欲望が、今にもその指に食いつかんとしているのを本能で理解してしまったから。
 いけない。これでは傷付けてしまう。
「それ、なら」
 ヴェルグリーズが滑らかな首に指を添わせる。 
「……首、ですか?」
 指を外した星穹はぱちぱちと瞬いた。それでいいのか、と。
「傷跡が見える位置につくかもしれないのはあんまり良くないけど、血を貰う度にこうしてもらうわけにもいかないしね」
「そんなこと私は気にしませんけど」
「キミは気にしなくても俺がするんだ。二人も心配するかもしれないしね」
 最近は何かと心配をかけてばかりなような気がしている。戦うのが好きな両親のもとに生まれた二人だからきっとある程度の理解は持ってくれているのだろうけれど。
「……まぁ、飲まないよりはましですね。わかりました」
 長い銀髪が隠していた白い項をさらした星穹は、ヴェルグリーズにそっと背を向けた。
 ヴェルグリーズはその肩を抱きしめて、柔らかいその肌にそっと牙を立て――

  • 花呪刻み完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2023年04月10日
  • ・星穹(p3p008330
    ・ヴェルグリーズ(p3p008566
    ※ おまけSS『永遠の悲しみ』付き

おまけSS『永遠の悲しみ』


(それにしても、アンモビウムですか)
 胸元に刻まれたそれを指でなぞり、憎々しげに笑みを浮かべる。
 その花言葉を知っているのは星穹だけでいい。
「この花、あまりみたことがないんだよね」
「そうですね。私も
 皮肉だろうか。それとも運命が仕組んでいたのだろうか?
(彼に悲しみは残さない。私が死んだ後も幸せであるように祈るから)
 その花言葉は、永遠の悲しみ。不変の誓い。
 まるで未来を嗤ったようだ。苛立ちが募る。
(ほんとうに、腹立たしい)
 弱い自分にも。気付けなかったことにも。彼の表情を曇らせてしまったことにも。
 彼の胸に、自分以外の花セラスチュームが咲いている事実にも。
(このお礼はきっちり返させていただきませんとね)
 そうでなければ、彼の顔が曇ったという現実に釣り合わない。命をもって支払わせなくては。
「その吸血鬼、殺せていないなら次は私も殺しに行きますね」
「ええ?!」

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