PandoraPartyProject

SS詳細

『蕾』

登場人物一覧

澄原 水夜子(p3n000214)
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者

 万年桜は今年も美しく咲いているらしい。そう聞けば、花を愛でに征くのも間違いはないだろうかと愛無は水夜子を誘った。
「晴陽君も来ることが出来れば良かったが、忙しそうだからな。
 なんぞ写真でも撮って持って帰れば喜ぶだろうか。aPhoneえーほんはそういう事ができるのだろう」
「ええ。姉さんは何時も急がししてますが、開花速報を見て一喜一憂をして居ましたので、両槻の桜のことは気にしていたみたいですよ。
 そうですね。写真撮りましょうか。立ち入り禁止の看板と、折角だから美しい桜と撮って帰れば喜びますかね。私と記念撮影でもします?」
 aPhoneで開花情報を確認していた水夜子は両槻地域の桜情報を動画サイトで見付ける。毎日見ていた為、必要は無かったが気になってしまうのが人間の性だ。
 例年通りの春祭りと、その賑わいを喜ぶレポーターの存在を確認してからポケットへとaPhoneを滑り込ませた。
 軽口を繰り返しながら二人は希望ヶ浜駅から電車に乗り込んだ。
「懐かしいな」
「そうですね、随分と時間が経った気がします。蕃茄まで居ますしね」
「ああ、分霊が普通に生活しているから……もう終った話のように感じられるな」
「終っていても、その場所だけはずっと変わらないのですから、区切り、というのは人間が勝手に決定するものなんだなあと思い知らされます」
 両槻の降霊術――詰まりは、人の手によって降ろされた分霊が、蕃茄と名を変えてイレギュラーズと共に希望ヶ浜で生活していても両槻の『ハヤマ様』は未だ健在である。神の意向を頂き花開かせた両槻の桜。万年桜の名を欲しいものとしたその地は開花速報こそ他の地域よりも緩やかに報じられるが長く花を愛でられる地として人気を誇っていたのだ。
「上に登る前に弁当でも持っていくかい? 何か欲しいものがあれば準備しよう。店舗も多そうだけれど、先に買った方が混み合わないかも知れない」
「そうですねえ……今すぐには浮かびませんが……露店などで購入するのも中々面白いかも知れません。それもオツでしょう?
 どうせ万年桜までは少しは歩きますし、向かうがてら、何か探しましょうか」
 希望ヶ浜から去夢鉄道に乗って暫く。両槻地域は観光地としても知られた古都の風景が美しい。春の頃になれば開け放った店先に小さなテーブルを置いて弁当を売り出す店舗も数多く居た。
 流石は観光地と言うことだろうか。祭事に合わせて訪れる観光客達を迎え入れる商店の者達の笑顔は眩しい。怪異の蒐集こそをテーマにおいては居た水夜子だが、此度は『両槻』の現地確認をしたいと云う事なのだろう。新規に怪談を準備してきているわけでは無さそうだ。
「出店が並んでいると嬉しくなるんですよね。あ、ほら、たこ焼き美味しそうですよ。限定桜フレーバーって桃色なだけでしょうか?
 ……私って、こういう時にしか買えないものや期間限定という言葉にはめっぽう弱かったりもするのですよね」
「何か理由なぞあるのだろうか」
「どうでしょう。本当にただ、性格かも知れませんね。それでも、期間限定の品でも余りにも不思議なフレーバーなどは尻込みしてしまったりします。
 期待してしまっている分、購入してみたはいいけれど、余り好みの品じゃなかったって時のがっかり感と言ったら……どうしようもないですよね」
 肩を竦めて見せた水夜子は近くの珈琲店で期間限定の品を購入してみたがそれが甘すぎて飲めなかった事が残念だった、と言って居るのだろう。
 少女らしい好みを持ち合わせて居るが口にする品は甘すぎる物はNGだというのが水夜子らしい。生クリームは苦手ではないが砂糖がどっさりと含まれていそうなキャンディーめいた味わいにはやや及び腰になるのだという。砕いたキャンディーをたっぷりと載せた甘ったるいミルクコーヒーを直接『苦手』だとは言わずに少しずつストローで吸い込みながら文句を言うのも水夜子らしい。
「水夜子君は普段はブラックだろう? ブラックコーヒーを選ぶのも大人びていて中々オツだとは思うよ」
「そうなんですよ。ブラックも飲めるんですけど、こういう時に普段からあるものを選ぶというのも味気なくって。
 何だか矛盾しているんですけれど、駄目かも知れないって思いながらも基本的にはその時にあるものを選びがちになっちゃうのってそういう事なのでしょうね。
 常に非日常が良いとか、そんな。怪異蒐集と同じ気持かも知れません」
 ストローを指先で弾きながら水夜子はそんな風に笑って見せた。期間限定というのはその場限りだ。一寸した非日常感を味わえるお手軽なトリップということなのだろう。
 実に普通の少女めいて見えた水夜子が愛無は奇妙な存在であるかのようにも思えた。
 何方が本当の彼女なのだろうか。死にたがり、怪異に怯えた様子もお首も出さない笑顔の彼女か、それとも楽しげに笑い期間限定の珈琲が気に食わないと文句を言っている彼女か。
 どちらにせよ、澄原水夜子には謎が多い。日常を過ごす上でも、余りにも彼女は隠し事が多すぎた。
 従姉達にも話していないことは多いのだろう。彼女が求められたのはあくまでも澄原を継ぐ者達との繋がりであり、微温湯のような空間で楽しく過ごしていることではないはずだ。
 怪異の診察を必要とする澄原病院をサポートするために自らが怪異の中に飛び込んでその全容を探求するのは本人の知的探究心でもあるが、家に定められた仕事だったのではないだろうか。どちらにせよ、水夜子はその中に死という圧倒的な存在を見出している。彼女は死に惚れ込んでいると表現するべきなのだろう。
(実に妬けてしまうような事だ。死に惚れ込んでいるけれど、易々とした死はお呼びではないのだろう。
 僕が喰ってやろうかと言えば水夜子君は朗らかに微笑んで適当に流してしまうのは、僕が座標でしかなくて、彼女が欲しいのは神様だからなのだろうな)
 特異運命座標とは所詮は只の人だ。水夜子の求める真性怪異など神様とは違う。夜妖憑きになろうとも、そこには絶対的存在の差異がある。
 もしも、彼女が死ぬときがあればそれこそ怪異に取り込まれているのだろうか。出来れば女神が良いか。美しい神に取り殺された暁にはその死骸を喰わせてくれるだろうか。
 それ位なら約束してくれそうだから――彼女の傍に居る事は辞められないのだ。
「そういえば、コレってただの雑談なんですけどね」
「ああ、どうかしたのかい?」
 水夜子は美しい桜をまじまじと見詰めながらふと唇を震わせた。
「音呂木さんのおうちって、それはそれは曰く付きなのだそうですよ。だからこそ神様達にも一線置かれているというか……」
「ああ、ひよの君は此処まで入って来られないのだったか」
 ひよのは其れ処か真性怪異全般には嫌われている。その様子を見て、何気なく水夜子が愛無に話したという事は――
「また、其方の調査にでも行くのかい?」
「ええ。そうしようかな、と。夏は怪談ですよね」
 朗らかに笑った水夜子は愛無へと手を伸ばしてから「花片、着いていましたよ」と微笑みかけた。
 何時も通りの『普通の女の子』の顔をして居た水夜子がつい、と顔を上げた。山の上の二つの塔を眺めてからくすりと笑う。
「ああ、私のことは愛して下さらないのですから……真性怪異かみさまってツレない人」
 呟いた声を聞いてから愛無はただ、水夜子が拾い上げた桜の花びらだけを眺めて居た。


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