PandoraPartyProject

SS詳細

薄紅の約束

登場人物一覧

ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペン(p3p000916)
【星空の友達】/不完全な願望器
ヨゾラ・エアツェール・ヴァッペンの関係者
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●春麗かな公園で
 薄紅の花が蒼穹そらを舞い、暖かな陽気が眠気を誘う春。
 幻想《レガド・イルシオン》の郊外に桜が咲き誇る公園がある。そこで本日ヨゾラは仲の良い者達を集め花見をしようとしていた。
 
 この時期は大勢の観光客が幻想外からもやってくるか、幸い本日はヨゾラ達以外に人はおらず見事な景色をのびのびと楽しむことができた。
 花見の場所はより取り見取りだったが、その中でも一際大きい見事に咲き誇った桜の樹がヨゾラの目に留まった。
「この木の下が良さそうだね、ここにしよう」
 異議なし、と全員が頷いた為、ヨゾラは赤と白のギンガムチェックのクロスをその木の下に敷いた。
 其処に今日の為に作ったお弁当を入れたバスケットやボトルなどを並べていく。木々の陰から陽光が降り注ぎ、眩しそうにフィールホープが目を細めた。

「お天気に恵まれて良かったですね、ヨゾラ様」
「うん、そうだね。フィールさん。本当にいい天気……くぁ」
 そよそよとした春の風もまた心地よく、気を抜けば本当に眠ってしまいそうな程だった。欠伸を漏らしたヨゾラは目を擦る。
 陽気に微睡むのも悪くは無いが、折角友人達と花見に来ているのだから睡魔に負けてしまうのはいただけない。
 睡魔と戦う友人の健気な姿に、フィールホープは薬と笑み零し、ボトルを手に取った。そのままカップを外し、とぽぽと澄んだ音を立てて注がれた紅茶をヨゾラへと差し出した。
 透き通った赤い水面から爽やかな檸檬の香りが漂ってくる。
「これは?」
「蜂蜜を溶かし込んだレモンティーです。眠気覚ましにもピッタリですよ。今日は温かいからアイスでどうぞ」
「とってもいい匂いだね。頂きます」
 小さく会釈をし、ヨゾラはカップへ口付け紅茶を口に含んだ。蜂蜜の柔らかで上品な甘さと檸檬の程よい酸味と香りが爽やかに駆け抜け、喉を潤し、ほうと感嘆の息が漏れる。
 ヨゾラをうたた寝へと導こうとしていた睡魔たちも、檸檬に誘われて何処かへ行ってしまったらしい。今度はぱちりと開いた瞳でヨゾラはフィールホープへ向き直った。

「とっても美味しいよ、ありがとう。フィールさん」
「お粗末様でした」
「ヨゾラ、ヨゾラ。こっちのサンドウィッチも美味しいよ。食べてごらん」
 自分の頭より少し下から声が聞こえて、ヨゾラはそちらに視線を映す。ファゴットが可愛らしい丸っこい手でサンドウィッチを差し出していた。
 彼が作ったからか、通常の物より一回り程小さいが食べやすい大きさで丁度良い。白い蝶ネクタイを直し、えっへんとファゴットは誇らしげに胸を張った。
「自信作なんだ、是非味の感想を聞かせてほしいな」
「これは……サーモンとクリームチーズ、それからオニオンかな? とっても美味しそう、頂きます」
 はむ、とサンドウィッチを齧る。
 トーストされたパンは香ばしく、サクサクと軽い食感であり脂の乗ったサーモンの旨味とクリームチーズの酸味と滑らかさの相性は抜群だ。
 輪切りにしたオニオンもシャキシャキと音を立て、僅かにぴりっとした辛みがアクセントになっており一口、二口とどんどん食べ勧めていった。
 あっという間にぺろりと平らげたヨゾラの気持ちのいい喰いっぷりに、ファゴットは嬉しいのかくるくるとダンスを踊っている。

「とっても美味しかったよ、ありがとうファゴットさん」
「お気に召していただけたようで何よりだよ、まだまだあるからね。たくさん食べるといい」
 がさごそと小さな身体でバスケットの中を探る様は、とても可愛らしい。その様を微笑ましくヨゾラが見守っていたら、肩をとんとんと叩かれヨゾラはそちらを振り返った。
「ヨゾラ、生物ばかりでは腹を傷めるぞ。ちゃんと火を通したものも食べなければ」
「ありがとう、ライゼ。気を付けるよ」
 ずい、と差し出されたバスケットには……おそらく小麦で何か菓子を焼いたのであろう『黒っぽい炭の様なナニカ』があった。
 しかしヨゾラはライゼンテの友人で付き合いも長い。彼が何を作ってきたのかは凡そ見当がついた。
「クッキーだよね?」
「ああ……すまない……またやってしまった」
 頬を掻き苦笑いを浮かべたヨゾラを見てライゼンデはがっくりと肩を落とした。
 今日の花見にクッキーを焼こうと思い、レシピに従いきっちり分量を量ってオーブンに入れたところまでは完璧だった。
(小麦粉は生食すると腹を壊す……もし火が通っていなかったら……)
 心配になってしまった。何故なら彼も生物で地獄を見た事があったからである。
 自分が腹を壊すのは自業自得と笑えばいいが、もし大切な友人たちが生焼けのクッキーを口にしたら?
 蒼い顔で腹を押さえている友人たちが過り、ぞっとしたライゼンテは慌ててオーブンの火力をあげ、念には念を入れてじっくり焼き上げた。レシピに記載されている分数の約二倍の時間である。
 そして、ぷすぷすと黒い煙がオーブンから上がり始めたのを見て「あっ」となり、慌てて取り出したものが――今ヨゾラの前に差し出されている『クッキー(炭)』である。
 しかしお世辞にも、これは料理とじゃ呼べない。おずおずと、ライゼンテはクッキーを差し出した手を下ろした。
「……いや、やはりそんなもの食べる方が身体に悪い。食べなくていいぞ、ヨゾラ」
「まさか。友達が作ってくれた料理だよ? 有難く頂くとも。苦いのは慣れっこだしね」
「よ、ヨゾラ! 何も気を使わなくても……!」
「気なんて使っていないよ。僕が食べたいからさ」
 引き留めるライゼンデを他所に、ヨゾラは躊躇いなく黒焦げになったクッキーに齧り付いた。
 苦味はあるが食べられない程でない。この場にはないがアイスクリームなどに砕いて入れてみてもいいなとヨゾラは思った。それに紅茶の甘みを引き足せるという意味ではなかなか悪くない。
「今日の紅茶は甘めだから、よく合うよ」
「……ありがとう、ヨゾラ」
 二人のやり取りにフィールホープとファゴットはくすくすと笑い合う。その時一同の耳に愛らしい声が聞こえてきた。

「みゃあ」

「あら?」
「子猫の泣き声だ」
 猫好きのライゼンテがそわそわと落ち着きなく辺りを見渡すと、まだ生まれて数か月程度であろう真白の毛の子猫が興味深そうに三人を見ていた。
「おっ、あの子だな? そら、こっちにおいで」
 ライゼンテが腕を広げると、可愛らしく鳴いた子猫はぽすっと彼の膝に収まった。
 きゅるんとした蒼い目に、ライゼンテの口元が緩む。猫というのはどうしてこうもかわいいのだろうか。
「可愛い子だな、親御さんはどうした?」
「みゃあ」
 ゆるゆると柔らかい毛を丁寧に撫でてやると、ゴロゴロと気持ちよさそうな声を子猫はあげた。
 そして、ライゼの言葉が分かっているようにくんっと首をある方に向ける。
「あらまぁ、ご家族総出の様ね」
 フィールホープがその首の先を見て、微笑んだ。ライゼの膝の上の猫と同じく年頃の子猫が三匹、そして不安そうに見守っている大きな猫が二匹。この子たちの両親だろう。
「此方へおいでなさいな。大丈夫よ、私の友人たちはとても優しいの」
 フィールホープが手招くと、猫の家族は暫くその場に立っていたが、やがて信頼できると判断したのか、そろそろとフィールホープ達の元へやってきた。好奇心旺盛な子猫たちはヨゾラとフィールホープにじゃれ付いている。
 かぷかぷとファゴットの手を甘噛みいている子もおり、ファゴットはあわあわともう片方の手で優しく引き離そうとしたが、それすら子猫には猫じゃらしの様に見えるのか事態は改善しなかった。

 微笑ましい友達の姿を見てヨゾラはふと、空を見上げた。
 雲一つない空は、青く澄みわたっていて。余りにも綺麗すぎて、少し不安になってしまう。
(来年も僕はこうしてみんなと、花見ができるのかな)

 特異運命座標イレギュラーズになって、ヨゾラは危険な依頼を何度も受けた。
 仲間たちを護り、癒し、時にその癒しの力を強大な破壊力に換えて、ローレットの一員として大いに貢献してきた。
 しかし、もし彼が可能性パンドラを持たぬ身であったなら、その命の火はとっくの昔に燃え尽きて星屑となっていただろう。そう思う場面もいくつもあった。
(もしかしたら、来年此処に僕は居ないのかもしれない)
 なんならそれこそ、あの青空のずっと向こうにある星々の一つになっているかもしれない。
 思わず、胸の辺りをヨゾラは切なげに押さえた。

「……ヨゾラ?」
 ファゴットの声にヨゾラは我に返った。
「やはり、さっきのスコーンが良くなかったか……?」
「体調が優れないのでしたら今日はこの辺りになさいますか?」
「ううん、違うよ。ごめんね、三人とも心配させちゃって」
 心配そうな友人達に慌てて、ヨゾラは手を振り否定した。
 すこし切り出そうか悩んでいたヨゾラだったが、この三人に隠し事はしたくないと正直に胸の内を明けることにした。
「来年、僕はみんなと花見ができるのかなって。少し不安に思ってしまったんだよ」
 困った様に笑うヨゾラに三人は互いに顔を見合わせた。そしてなんだそんなことかとヨゾラを向かいなおる。三人の様子にヨゾラは戸惑いを隠せなかった。
「在り得ませんわ、だってヨゾラ様には私達がいますもの」
「そうだよ、ヨゾラ。僕達がいつだって傍に居るよ」
「ああ、いつか別れの時が来るとしても。それはずっと先の話だ、少なくとも来年なんかじゃないさ」
 フィールホープの慈愛に満ちた目が、ファゴットの暖かな手が、ライゼンテの励ましの声が瞬く間にヨゾラの不安を消し去った。
 そうだ、自分にはかけがえのない友達がこんなにも居るのだ。
 何を弱気になることがあるのか。彼らが待ってくれている限り、自分は何度だって戻ってこれる。

「そう、そうだね」
 一陣の風が吹き、再度宙に桜の花弁が舞い上がった。

「また来年も一緒に来ようね!」
 春のような暖かな笑顔で、ヨゾラは三人へ小指を差し出した。

おまけSS

「春は出会いと別れの季節って言うけど、何処で聞いたんだっけ」
 花見も落ち着き、折角こんなに気持ちが良い風と陽気なのだからと昼寝をしようと言ったのが数十分前。
 結局ヨゾラはすぐに目が醒めてしまい、樹の幹に凭れ掛かっていた。
 木漏れ日に護られ、すやすやと眠る友人たちを見守りながら、ヨゾラはどこかで聞いた言葉を思い出していた。
 誰かから聞いたのか、御伽噺から知ったのか。定かではない。
 だがひとたび風が吹けば儚く散っていく桜の花弁に因んでいるのは間違いがないだろう。
 
 ある者は、これから訪れる出会いに胸を躍らせ。
 ある者は、これから訪れる別れに涙を零す。

「これから、僕の未来にもたくさんの出会いと別れが待っているんだろうな」
 目の前に落ちてきた花弁を優しく捕まえる。汚れ一つない薄紅は思わず持って帰りたくなる程だった。
 暫く見つめていたヨゾラだったが、一つ頷いてふぅっと優しく息を吹きかけ送り出した。

 再び蒼穹そらを舞い上がった花弁をヨゾラはずっと見上げていた。


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