PandoraPartyProject

SS詳細

瓊指に、赤い指輪を

登場人物一覧

星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
ヴェルグリーズ(p3p008566)
約束の瓊剣



「おまえが、そうも都合よく救われると言うなら。
 試してみるがいい。『これ』でも、おまえは助かるのかを」

 星穹の身体を支配したその敵の言葉の意図を、ヴェルグリーズは即座に掴んでいた。だから迷うことはなかったのだ。
 刀を捨て、左手を口腔へとねじ込み。空いた右腕で彼女を抱き締めて動きを抑えつける。本来以上のポテンシャルを利用し獣のように指へと歯を立てる姿。食いちぎられようとも離すつもりはなかった。
 その痛みを拭い去るように、己へと口付ける柔い唇。そして今星穹は――ヴェルグリーズを自宅へと連れ帰り。なんとか寝室まで彼を運んでいた。
 空と心結には予めヴェルグリーズと情報屋が言伝て置いたので、二人共星穹の部屋で寝息を立てている。ヴェルグリーズは勿論無事で帰ってくるつもりで居たのだけれど、それも叶わず星穹に肩を貸される形でベッドに腰掛ける。
 服を脱ぐように促されるもそれも敵わないほどに身体中が痛い。最終的には星穹に脱がされる形で、治療は始まった。
「……」
 傷口に染みる。慣れた手付きで綿を丸め消毒液をかけ、ヴェルグリーズの傷へとあてがう星穹に言葉はなく。
 表情を見せぬように背中から治療していたのだろうけれど、大人しくしてやるつもりはない。振り返るように座り直し、その頭を撫でた。
「大丈夫、怒ってなんていないさ」
「そうでは、なくて」
「心配しなくても、空も心結も、勿論俺も、キミのことが大好きだよ」
「そうでもなくて」
「それじゃあ、何?」
「……貴方を、」
「うん」
「失ってしまうのではないかと、思うと」
「……うん」
「すごく、すごく、怖かった……っ」
 泣かないように。涙を落とさないように。それは嘗てのギフトのろいにより植え付けられた悪癖なのであろう。彼女が泣かないようにするのは己の罪を忘れないため。自己防衛のための逃避すら許さない自傷行為に近い振る舞いであった。もう今は変質しているようでその面影はないのだけれど――今も尚己の咎に苦しみ続ける彼女が傷付くことは、ヴェルグリーズの痛みにも等しかった。
 空も心結も眠っている。誰も他に泣き顔を見るひとはいない。星穹は己の弱った姿を子供達に見せることを極端に嫌っていた。
 頬を撫でて。それから眦を親指でなぞる。最後に、ぎゅうっと抱き締める。それはヴェルグリーズが星穹に泣いても良いのだと伝えるときの、二人だけの秘密の行為。
 今もまだ泣くことを怖がっている。忘れてしまうことを恐れている。だからヴェルグリーズが傍にいる時にしか泣けなくなった。失うことが、怖いから。
「大丈夫」
 言葉は少なくて良い。彼女が落ち着くまで後ろから抱き締める。顔を見ないようにというのはヴェルグリーズなりの配慮でもあり私欲でもある。星穹は泣いている間は俯いている。ヴェルグリーズの膝の間に座って申し訳無さそうに。後ろから腕を回しても逃げないし、時には甘えてくることもある。それが懐いた猫のようで可愛いのだ。
「……ヴェルグリーズ、貴方、指が」
「え? ……ああ、本当だ」
 泣き止んでは居ないのだろうけれど。顔をあげた星穹が、ヴェルグリーズの左手、それも薬指に触れる。
 瓊草が舌を噛み切らぬように。半ば直感的に突っ込んだ指ではあったけれど。暴れる腰を押さえつけ、熱を持った舌に中指を添え。人差し指と薬指で左右それぞれの奥歯が噛み合わぬように突っ込んで。ヴェルグリーズのしなやかな手が、星穹の小さな口を、その口内を蹂躙する。荒い呼気と共に指を食む力は失われていたのだったか。しかし赤くなっていた薬指は、第一から第二関節にかけては、その指の背に非対称の凹凸を、その指の付け根にはぐるりと指輪のように歯型を残し。
「ごめんなさい……その、痛みます、よね……?」
「ううん、大丈夫。絆創膏を巻いていれば隠せるだろうし」
「でも……」
 まだ泣き止んでいないところに、自分も知らない傷跡を見せてしまったのは良くなかったか。どうしようもない状況ではあったけれど、内心焦る。両の手でヴェルグリーズの手を握る星穹の様子は、まるで大切なものを失った子供のようで。
「平気だよ。ほら、傷跡というよりはまるで……」
「まるで?」
「……指輪みたい、じゃない?」
 励ますための言葉であったはずだ。だけれども、疲弊からだろうか、或いは傷を負ったからだろうか。どうにも今日は言葉のチョイスがおかしい自負を持てるほどに、自分がおかしいことに気がついていた。
「指輪……」
「うん。ほら、こう、ぐるーって」
「でも、指輪と違って、痛いじゃないですか。それなら私は、痛くない指輪もあげたいです……」
 絆創膏を握った星穹は、隠すように指へと巻いていくけれど。きっとこのあいは、消えることはない。そんな気がする。
「でも俺はこれも気に入ってるし……それじゃあ、どっちも貰おうかな」
「指輪、ですか?」
「うん。だってキミがさっき、痛くない指輪をあげたいって……ね?」
「わかりました。貴方が喜んでくれるのなら……いくらでも。指のサイズを計りませんとね」
「ふふ、お願いするね。それから……指輪は、俺からも贈ってもいいかな?」
「……え?」
 腕の中にある身体がすり抜けようとするのを抱きしめて阻む。さらさらとした銀糸を掬い、焦らすように遊びながら。瓊草に伸ばされた腕を。柔らかで華奢な白指に歯を立てて、傷が残るくらいに赤い指輪をひとつ捧げれば。
 みるみる赤くなる耳を見るのが楽しいのだ。揃いの傷痕ピアスが輝いて。
「……ん、ちょっと、もう」
「ふふ。これでお揃いだ。こうすればもう傷跡も気にしなくていいだろう?」
「確かに……そうかも、しれませんね」
「うん。じゃあ明日は指輪を見に行こうか。善は急げって言うしね」
「はい、わかりました」
「ねえ、星穹」
「どうしましたか、ヴェルグリーズ」
「俺からも言っておかないとって思って。愛してるよ」
「あら……気にしていましたか?」
「まあ、少しは」
「ふふ。私も愛していますよ、ヴェルグリーズ」
 重なる影のその意味は恋人ではなく家族のかたち。『愛してる』の意味に恋はなくとも、あたたかな感情が胸の内を擽るのだ。
 触れる度に。遠くなる程に。恋しくなって、愛おしくなる。抱きしめて、手を繋いで。確かに此処にあるのだと酷く安堵したい。大切な相棒の存在を感じたくなるのだ。
「勿体ないくらい素敵なひとですね、本当に」
「勿体なくなんてないよ。どうしたらキミは俺にとって特別で、大切だ……って、伝わるかな」
「ううん。それじゃあ……誰にもあげたくないくらい、でしょうか」
「ふふ、それはいいね。キミから離れる口実もなくなるし。愛剣よろしくずっと傍においてくれるだろう?」
「勿論そのつもりではありますが、貴方の方こそ離れていきそうですね」
「疑われてるの? それじゃあ明日はとびきりの指輪で、俺の気持ちを証明してみせるよ」
「あら、ものは金額や大きさではありませんよ?」
「じゃあ……そうだね、俺の主になってよ」
「上手い機嫌の取り方ですね、もう!」
 そうして手を繋いで抱き合って眠った二人は甘い夢を見る。未来がずっと幸せに包まれた夢を。昼になっても音沙汰のない両親を案じた二人の子供達が二人を起こすまで、離れずに。
「ねえ、お兄ちゃん」
「ん?」
「お父さんとお母さん、指輪してる!」
「あ……本当だ」
 カーテンの隙間から漏れる陽光を小さな背で隠した二人は、くすくす笑った。

  • 瓊指に、赤い指輪を完了
  • NM名
  • 種別SS
  • 納品日2023年03月18日
  • ・星穹(p3p008330
    ・ヴェルグリーズ(p3p008566
    ※ おまけSS『デート』付き

おまけSS『デート』


「あれ、父さんと母さん、二人とも仕事?」
「ああ、言っていなかったっけ。今日は指輪を買いに行くんだ」
「え?! 指輪? どうして?」
「昨日指輪をくれるってお母さんが言ってくれたんだ。予定がないなら空と心結も来るかい?」
「うーん……今日はお兄ちゃんとお留守番してる!」
「あら、そうなの? じゃあ今日の晩御飯の材料も買ってくるから、何が食べたいかだけ聞いてもいいかしら」
「そうだなあ、お兄ちゃんは?」
「え? う、うーん……オムライスかな」
「じゃあハヤシオムライスがいいなぁ!」
「ふふ、わかりました。それじゃあお留守番、お願いしますね」
「いってきます。怪しい郵便には出ちゃいけないよ?」

「……なあ心結、なんで二人を見送ったんだ? 外食になったかもしれないのに」
「だってお父さんとお母さんがデートするのに、心結たちがついていったらデートじゃなくて家族でショッピングになっちゃうじゃない!」
「な、なるほど……」

 ・
 ・
 ・

「うーん……貴方に合う指輪、ですか……」
「それこそオーダーメイドの方がいいかな? どれも魅力的だけど、ピンと来るのはないかもしれないね」
「そうですね、オーダーメイド……特注ですし、貴方にも唯一を贈れますもの」
「じゃあオーダーメイドにしようか。食品売り場の方に行って、お惣菜とたまごを見て帰ろう」
「はい。今日はオムハヤシですから、頑張りませんとね」
「うん。二人共沢山食べるから、嬉しい悩みだなあ」

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