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星環を捧ぐ

星環を捧ぐ

登場人物一覧

ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)
想星紡ぎ
エト・アステリズム(p3p004324)
想星紡ぎ



「エト――俺と、結婚して欲しい」

 その申し出はあまりにも突然のことだった。
 星と月とを仰ぐ夜の散歩。何度目かのデートだと思いこんでいたコルク――否、エトには、魔法で夜を駆けていた逢引の途中に、何時にも無く真剣な顔をしたウィリアムが懐からベルベッドの小箱を取り出したのは今現在の記憶にも新しい出来事で。
 何か重要な依頼で家をあけるのだろうか、とか。何か隠し事でもしていたのだろうか、とか。そんな心配は無用のものであると証明するかのようにウィリアムは笑っていたのだったか。
 小さく煌めく星屑のような宝石は、間違いなくエトに向けられていて。
 付き合い始めてから暫く経ったこと。同棲生活も長いこと。二人が共に、一緒になりたいと願っていること。
 そして何より――正式な『家族』になりたいとウィリアムが望んでいること。
 空中でのプロポース。いくつかの『おねだり』とまだはやい近いのキスを交わし帰宅した後。所在なさげにペアのマグカップを抱えたエトは不安げに俯いた。
「ほんとうに、わたしでいいの?」
「今更疑ってくれるなよ……お前が良いよ、エト」
「嘘じゃない? 後悔するかもしれないよ?」
「お前と結婚できないほうが、後悔するに決まってる」
「……あいしてる?」
「愛してるよ」
「じゃあ、今約束して。そうしたら――んんっ?!」
「……っ、はぁ。聞いてくれ。絶対に不安にさせない。エトだけを愛してるし、これからも永遠にお前だけを見てる。エトと結婚したいと思ったから、プロポーズしたんだ」
 潤む瞳を見ていられなかったのもあるし、それ以上に我慢できなかったのもある。強引な口付けの後、幾許かの余韻を残して。
 ぎゅう、と抱きしめてくれたウィリアムの心臓の音が、破裂しそうなほどにうるさかったのを覚えている。
「ありがとう、もう大丈夫――わたしでよければ、ウィルくんの……お嫁さんにしてください」
 星月夜、空に浮かんだプロポーズから一ヶ月――二人は今、式場に居る。
 二人でパンフレットを見比べ、式場見学をして。それが落ち着いたかと思えばドレスとタキシードを見に行ったり。目まぐるしいほどの一ヶ月ではあったけれど、招待する客も居なければ元々二人だけで行うつもりだったので、早く式を挙げるためにも予定を詰めて。
(急ぎすぎたか? いやでも、善は急げとも言うし……)
 丁寧に身支度を整えたウィリアムは、見慣れない自分の姿にやや照れを覚える。けれどそれは嫌ではない。きっとそれは、エトだって同じはずだ。同じように鏡を見て、見慣れぬ自分の姿に笑みを浮かべているのだろうと思えば、少しだけ心も軽くなって。
 夜の礼装たるテールコートは純白。汚れを知らぬ色。そして、未来は君の色に染まりたいという想いの表れでもある。ぴしっと身を包んだそれは、どこか面映ゆい。握ったシルクの手袋は、花嫁を狙う邪なものから剣と盾を使って守り抜くという意味が込められたもの。ウィリアムには杖と剣の二刀流になるけれど。
 『コルク』としてしか生きることを許されず、生きる意味も見いだせず。ただただ与えられた役を死ぬまでこなすだけだったと語っていたエトが自分と結婚を望んでくれている――それがどれだけ幸せか。
 まだ大人になる前のウィリアムを知っているエトにとって自分は、どれ程頼もしい存在になれただろうか。まだ少女だった頃のエトのことだって知っているけれど、彼女はみるみる美しくなった。それがどこか嬉しくて誇らしいような、他人には見せたくないような。こんなことを思ってしまうのはまだまだ子供だろうか?
(にしても……)
 二人でドレスを見に行ったは良いけれど、『本番までは見せてあげない』と試着室から一掃されてしまった。結局今に至るまで花嫁姿を見るには至れていないのだけれど。
 待ち人たる恋人が、どんなに美しくなったかは、胸を躍らせるところなのである。
 先に式場へと案内されたウィリアムは、純白の式場を見渡した。二人きりの貸し切りの式場。順序立てて式を進める神父も牧師も居ないけれど、それが二人の結婚式。
 この式場にした理由は、ウィリアムの魔術が活かせるから。魔術を使ってどんな景色も叶えることができるのだという。そんな純白の式場にエトが望んだのは星空。魔術で夜空を描いてほしいとのおねだりだ。我儘なお姫様が、お姫様としての最後のお願いを魔法使いに託した。ならば叶えなくてはならない。かぼちゃの馬車だって魔法使いが生んだのだ、ウィリアム自身も、夜空を描くことくらい造作でもない。
 真っ白な式場に相棒たる杖を持ち込む。とん、と床に杖を下ろせば――ウィリアムを中心にみるみる夜が広がっていく。式場が夜に染まっていく。
 広げた魔術は最愛たる彼女のため。降り注ぐ星々も下準備に時間をかけた分より繊細な出来栄え。
(さて、後は……)
 最愛たる、姫君を待つのみ。

 ――同時刻。
 白いブリンセスラインのウェディングドレスに身を包んだエトは、鏡を見ていた。まるで毒林檎を渡した魔女が鏡に己の美貌を問うたかのように、自分は可愛いのだと信じこみたい一心で、鏡の中の自分と睨めっこして。
(大丈夫、大丈夫だから……)
 きっと、可愛い。誰よりも。
 瞼に乗せられたアイシャドウはピンクベース。きらきら煌めく小粒のラメ、くるんとカールする睫毛は瞼が伏せられてもなお美しく。頬に添えたチークはまるで初恋に染まったかのように。きっとエトにとってこれが初恋であることは言うまでもないけれど。控えめに伸ばしたティントは艶感を意識して。透明なグロスを重ねて、誓いのキスにもぴったりの配慮を。
 コルク――お姫様の役を勤めて居たのはまさしくその美しさもあってのことか。一本に編んだ長い三つ編みには花と星をあしらって。青髪を包むヴェールの上にはダイヤモンドが煌めくティアラを乗せて。
「できました、とってもお綺麗ですよ」
「そうですか? 良かったです」
「それでは、花婿さんのところまで案内させて頂きますね。素敵な日になりますように」
 青い薔薇はエトが選んだ。奇跡のような出会いだった。不可能に近い恋だった。でも、貴方の花嫁になるなんて、まるで夢のようで。けれどそれは夢では終わらなかった。夢は叶ったのだ。
 濃紺のヴァージンロードはみるみる色を失い白い道へと変わっていく。それはそう――これからの人生は、二人で描いていくという決意の現れ。
 重たい式場への扉が今、緩やかに開かれる――


「ウィルくん!」
 思わず小走りになったエトはドレスの裾を持ち上げて、たったったと走り出す。すぐそこにウィリアムが居るというのに。
 けれどドレスの裾は長いもの。なれない靴だったのもあり躓いてしまう、の、だが。
「わっ?!」
「……っ、危ない」
 目を瞑ったエトは、気がつけば彼の匂いに包まれていたことに気がつく。
「ご、ごめんなさい」
「いいや、怪我がなくてよかった。……綺麗だ。なんて言葉も陳腐に思える位、綺麗だ。本当に。最高だよ」
 エトが立ち上がるのを見守ったウィリアムはそっと腕を差し出して。ここから先は二人で未来を描き、色を染めていく。二人が一歩足を踏み出せば、雪のように白かったヴァージンロードが、その足取りに木霊するように青く染まっていく。
 これからの道は二人だけのもの。二人だけの色に染まっていくのだ。

 指輪を、交換する。

 まずはエトから。緊張した面持ちで指輪を手にとって。
 ウィリアムのその大きくて、それでいてしなやかな手に、銀の指輪をはめていく。
「あのね、ウィルくん」
 ぽつり、とこぼす。
「プロポーズしてくれた帰り道。不安になって、わたしでいいのか何回も聞いちゃったけど」
 指にすう、と通していく。
 その掌は。指は。固い。
「でも、すごく嬉しかったの。ウィルくんは素敵で、だからわたしが釣り合うのか不安で」
 努力によって積み重ねられた肉刺ができていて。
 研鑽によって固くなったペンだこができていて。
(……ずっとずっと。不安だった。となりにいても良いのか、なんて聴きたくなかったし。
 でも、もう疑わない。これからはわたしは、『コルク』じゃなくて、『エト』として生きて行くんだから)
 きっと誰かの願いを守るために振るわれていたその力を支えるために、これからは生きて行きたい。
 大好きな貴方の傍で。家族として。
「でも、もう大丈夫。わたしも、わたしのことを信じる。奥さんに選んでくれてありがとう……これから、よろしくね」
 用意したリングは特別なもの。
 心臓部分たるエトの分体――小説である己のかけらを媒体に刻んだ指輪。
 紺青の宝石の煌めくそれは、ウィリアムの愛しい星を閉じ込めたようなデザイン。ウィリアムへの贈り物。愛の証だ。指にはめられたそれは、優しい光を携えてウィリアムの指元で光る。
 次いでウィリアムも、エトの指へと指輪を嵌める。
「あの日、星の元でお前と知り合えたことは、きっと運命だったと思うんだ」
 己が魔力で作成した指輪を、華奢な指にはめていく。煌めく群青を嵌めた銀環はエトの指を飾って。
「お前と言う星を、俺は絶対に離したくない」
 ぎゅ、と小さな手のひらを握る。温もりがそこにある。守りたくて愛おしい、大切な温もりが。
 叶うなら銃なんて握らせたくはない。ひとを殺める苦しみを知らずに、生きていて欲しい。
(守りたい)
 この少女を。誰よりも、強く。
「改めて言わせてくれ。俺と家族に……結婚して欲しい。エト」
 真心を込めて。ただ、愛の言葉を。愛おしい君へ。
 永遠を願い、誓いたい。
 真摯な想いがそこにあれば――伝わらない理由もない。何より、心からの愛をもって告げられた言葉が心を揺らさないはずもなく。金色の瞳が涙で揺らいだ。
 ウィリアムの家族は星によって滅んでいる。だから彼にとっての家族が重く、大切なものであることは承知していた。そんな彼が自分を伴侶に望んでくれていることが、エトは嬉しいのだ。
 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙を、ウィリアムの手が拭う。
「うん。不束者だけど、よろしくお願いします」
 頷いたエト。これからは、もう恋人も終わり夫婦に。家族になる時が来た。

 コルク・テイルス・メモリクス――彼女の名前は、今日をもって使われなくなる。
 悲劇のプリンセス。報われない物語のヒロイン。涙のティアラ。その全てと今、別れる時が来た。
 ただのエト。本当の名前。コルクという役と別れ――そして、新しい名前を手に入れる。
 流星群に瞳を輝かせていたエトを後ろから抱きしめたウィリアムは、彼女が別れを告げ、新しく刻まれる名前を告げる。

「エト。エト・アステリズム」
「なんだか、照れちゃうな……なんですか、あなた。なんて」
「ああもう……愛おしいな。これから沢山、幸せにするし、笑顔にする。何度でも誓うよ。だから言わせてくれ――エトのことを、愛してる」
「わたしもだよ。ウィルくんに毎日幸せをあげたい。愛してる、ウィルくん」
 繋いだ手と手は離すことはなく。くっついた額は幸せをうたうように。穏やかな春風が頬を撫でれば、ウィリアムの刻んだ魔術に花が舞い踊る。
 ふんわりと覆われたヴェールがウィリアムの手によって捲られれば、改めて視線と視線が絡み合う。
「なんだか照れちゃうね」
「綺麗だ」
「さっきからそればっかり」
「……今日くらいは、全部伝えておきたくて。特別な日だから」
「これからは夫婦になるんだから、毎日言ってくれてもいいんだよ」
「特別な感じがなくなるだろう?」
「あ、言い訳?」
「そうじゃなくて……」
「ふふ、冗談」
「……全く、困ったやつだな」
 二人自ずと重ね合わせた唇。神様への誓いなんて要らないから、ずっとずっと二人、永遠に。
 瞬く星々の下。貴方との永劫の未来を祈って――想いの星を紡ぐ。左手薬指に輝く星環がきっと、二人を未来へ導いてくれるから。
 婚姻届に綴る名前はエト・アステリズム。誰にも知られない筈だった少女の名前。
 もうお姫様である必要はないし、王子様を待っていなければいけない理由もない。何故なら『エト』の王子様も魔法使いも、彼が担ってくれるのだから。もう幸せになれない物語の主人公である必要はないのだ。
 シャイネンナハトの約束――夜が明けても隣にいられるように。星を見て眠って。太陽が登って、月が輝いて。そんな毎日を共に過ごそう。
 これからは二人で、幸せになろう――


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