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IF.ひとひらの蝶
登場人物一覧
- キドー・ルンペルシュティルツの関係者
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星が浮かぶ夜に、キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)は死んだ。
真夜中、作業部屋にスキンクはいる。ソファに腰かけ、口元をにやけさせ、天井に煙草をふかし続けた。今から、キドーの皮を鞣す。この瞬間を夢みていた。甘ったるい煙草を灰皿に押し付け、スキンクは勢いよく立ち上がった。時計を外し、ジャケットを脱ぎ捨て、シャツの袖をまくる。スキンクは踊るように歩き、練達製の冷蔵庫を開いた。冷気に白い皿。皿にはキドーの生皮がのっている。瞳に生皮を映した途端、欲望が跳ね、痛いほどに昂ぶる。スキンクは皮に触れ、目を細めた。スキンクが彫った、キドーの刺青。生皮からぽたぽたと青黒い血が流れ、手首を濡らす。
「もう……おれのもんですから」
スキンクは唇の端を赤いゴムのように伸ばし、笑う。
「ああ、奇麗ですよ。社長……」
長い年月を経て、生み出された芸術。作業台に生皮を置き、刃物を掴んだ。身体が、手が震えていた。
「おれは、生きていてよかった……」
スキンクは叫び、えずいた。でも、吐かなかった。スキンクは唇を拭った。キドーに刺青を彫って、本当に良かったと思った。喉が鳴った。生皮にキスがしたくなった。舌先で刺青をなぞり、頬を寄せたいと思った。それほどまでに、この刺青を愛していた。
「社長、おれがどんなに欲しかったか、知っていましたか?」
スキンクはキドーを思い浮かべた。サングラスの奥の瞳は、いつだって好意的で、楽しそうだった。そんな男の皮を、
「だから、嬉しいです」
スキンクは微笑し、刃物をゆっくりと動かす。表皮や肉、脂肪を削ぎ落していくのである。涙がうっすらと眼球を覆い、スキンクは鼻をすする。
嬉しくて。嬉しくて。泣いてしまう。でも、少しだけ寂しいと思った。
スキンクは泣きながら、手を動かした。美しいものが出来る。美しいものを作りたいと強く願った。ふと、脂肪を削ぎながら、父の背を思い出す。
「ありがとうございます」
スキンクは頭を下げた。すべてに感謝している。額から滲む汗が顎を流れ、喉を濡らす。刃物を置き、無意識に掛け時計を見上げる。静かだ。三時間ほど時間が経っていた。スキンクは冷蔵庫から瓶ビールを取り出し、ラッパ飲みをする。空っぽの胃の腑が瞬く間に熱を帯びた。スキンクは空になった瓶をごみ箱に投げ入れた。揺れるゴミ箱を一瞥し、生皮をタンニンと水が入ったバケツに滑らせる。忽ち、茶のような香りが鼻に触れる。別れの匂いがした。
「社長。今、どんな気持ちですか?」
スキンクはタンニンに浸かった生皮に問う。キドーなら答えてくれると思った。
「おれは夢のようです」
スキンクは言った。この作業を何度、思い浮かべたことか。
「だけど、本当は夢なんじゃないかって。目が覚めたら社長がいて、スキンクって呼ばれるんじゃないかって怖くなります。だから、正直、寝たくないです。だって、もう一度、社長を殺せるか、おれには分かりませんから」
スキンクはくすりと笑った。二十代のスキンクには出来なかった表情だ。キドーが教えてくれた。
「でも、もう一度、殺すのも楽しいのかもしれません。社長、おれはずっと、あんたが欲しかった……! それは社長が想像する以上に、ですよ」
スキンクは血走った目を擦る。この執着は蛇だ。欲望を喰らう痩せ細った蛇だ。
「おれは幸せ者です……」
息を長く吐きだし、スキンクは皮を乾かす。
その間、シャワーを浴びる。冷水がスキンクの身体と心を冷やした。肉体には斬傷が浮かぶ。スキンクは笑い、傷を確かめるようになぞる。キドーと生きた証だった。
「……」
そして、スキンクはバスローブに身を包む。もう、朝と呼べる時間だった。スキンクは鳥の声を聞きながら、革に魚の油を塗り、キドーをぼんやりと眺めた。まだ、夢を見ているようだった。それでも、目の前には宝物があった。それが嬉しくて、スキンクは涙を浮かべる。
今日も、明後日も、ずっとずっと──この宝物によって、
- IF.ひとひらの蝶完了
- GM名青砥文佳
- 種別SS/IF
- 納品日2023年03月28日
- テーマ『『春の雨降る』』
・キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
・キドー・ルンペルシュティルツの関係者