PandoraPartyProject

SS詳細

夜闇に溶けてしまえたら

登場人物一覧

星穹(p3p008330)
約束の瓊盾
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤


「――もしも相手が降伏したらぁ?」
 コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)が胡乱な声で聞き返す。そんな彼女へ、星穹(p3p008330)は至極真面目な顔で頷いた。
「アンタ、そんなことあると思ってるわけ?」
「例えの話です。それで?」
 解を促され、コルネリアは目をすがめた。
 急な話である。が、依頼の場所まで到着するには早く、これくらいの問答をする時間は十分にあるわけで、コルネリアは考えるような間を挟む事なく返した。
「当たり前よ、オーダーは『殲滅』だわ」

 ローレットに持ち込まれたひとつの依頼。中立ギルドであるために様々な依頼が持ち込まれるローレットだが、コルネリアと星穹の受けた依頼も人を選ぶ類のそれであった。
 依頼者の領地に潜む極悪人グループの壊滅。彼らは領民を火で炙り、水に沈め、獣に食わせて殺している。ただしそれらはの話で、実際に彼らが原因となる被害の全容は計り知れない。重ねた罪状は極刑を免れず、さらに言えば、仮に領主監視の元で生かしたとしても新たな争いの火種になることは間違いない。
 故にこの依頼では情状酌量の余地はない。断頭台へ上がる時間も許さず、世界を救う正義の味方――イレギュラーズの手で撤退を下して欲しいということだった。
 逃がす事は許されない。確実な死を齎さなければいけない。だから、自分達は言われるがままに犯罪者集団を蹂躙し、殺戮する。今更問われることでもないはずだ。
「星穹、そういうアンタはどうなの」
「私ですか。そう貴女と変わりありませんよ」
 命じられたなら粛々とこなすだけ。たとえ人を殺す事だろうと手を汚すことに躊躇いも厭いも存在しない――感情というもの自体、不要だろう。
「任務ですから」
「……そうね、任務だわ」
 お互いがいるならば、この任務もそつなく終えるだろう。そう思える程度には共に依頼をこなし、腕を知る仲である。

 そう、故に――の命がここまでであろうことは、疑いようのない事実であった。

「まっ――待ってくれ!!」
 剣を折られ、片足を撃ち抜かれ、床にもんどりうった女。まさか犯罪者グループの頭目が女性であるとは思わなかったが、性別など大した問題ではない。
「へぇ、何を待つって言うの?」
 コルネリアの定めた銃口は、確実に女の心臓を捉えている。星穹は彼女が外すはずもないと思いながらも、万が一に備えて部屋の入り口で構えている。逃げる手段などない。おかしな動作をした途端に――しなかったとしても――コルネリアの放つ弾丸が女の急所を撃ち抜くだろう。
「あたしがいないと、路頭に迷う孤児がいるんだ……あのクソ領主に目をつけられたらおしまいなんだよ」
「孤児ぃ? ガキなんてこのアジトには居なかったけれど」
「こんな場所に置いておけるわけないじゃないか!」
 別の場所で匿っているのだと言う女は、領主――2人の依頼人がどれだけ残虐非道なクズであるかを滔々と語った。領主は善人面をして、行き場のない孤児を引き取っているように見せかけて、子供を使い捨てのオモチャのように使っているのだと。
 この世界に孤児など珍しい者ではない。だからすぐに拾えるのだから、壊れたら捨てれば良い。そうして女もまた、かつて領主に拾われた孤児らしい。
 ある子供は火の上で踊らされた。
 ある子供は猛獣と同じ檻に入れられた。
 ある子供は命綱なしに綱渡りをさせられた。
 ある子供はサメのいるプールに投げ込まれた。
「あたしは運が良かっただけだ。他の子は皆死んだ。だからあたしらはやり返してるだけで、関係ないヤツに手は出してない!」
「――だから、見逃せと? 手を汚した者に、未来があるとお思いですか?」
 星穹の冷え冷えとした声がぴしゃりと言い放つ。コルネリアは銃口を終始揺らすことなく、静かに口を開いた。
「アンタ、名前は?」
「……は?」
「貴女、突然何を」
「いーじゃないの、名前くらい。それで、名前は?」
 女が呆然とコルネリアを見上げ、星穹が一体どういうつもりだという視線を向ける。しかしコルネリアは肩をすくめるばかりで、女へ催促した。
「へ、ヘレン。姓はない」
「そう。ヘレン、アンタが言うその孤児たちはアンタたちと無関係。アンタの一番大事なものにかけて、そう誓える?」
「……誓う。誓うから、」
 乾いた音が響いて、声が止まる。次いでもう1発。後ろで行く末を見ていた星穹も目を瞬かせる。
「アンタが死ぬのは変わらないのよ、ヘレン」
 心臓に1発、眉間に1発。倒れ込んだ女を一瞥し、コルネリアは踵を返した。そして星穹の顔を見る。
「なによ、オーダーは殲滅だったでしょうに」
「……いえ、今は良いです。まずは任務の完了を確認しましょう」
 物言いたげな星穹は、しかし緩く首を振って。コルネリアと共に静かになったアジトを回る。コルネリアに撃ち抜かれた者も、星穹に急所を裂かれた者もいた。
 物言わぬ骸たちは、明日にでもなれば依頼人から遣わされた私兵が後始末してくれることになっている。彼らに従っていた猛獣たちもきっと同じように処分してくれるだろう。
 コルネリアと星穹の息遣いすらも密やかで、まるで誰もいないかのような静けさだった。
「終わりで良さそうだわ。報告に帰りましょ」
「ええ。……もう夜ですか」
 コルネリアに頷いた星穹は外に出て、月の登る空を見上げた。人の目を避けるため、黄昏時に作戦決行したが、星穹としてはここからの時間の方が馴染みある。
 夜道を行く2人の足取りは淀みなく。仄かな鉄錆の香りを纏わせて、人1人いない暗がりを進んでいく。
「……コルネリア様。あの時、どうして名前を聞いたのですか」
「ん? 記すためよ。名前を知らなきゃ何も書けないじゃない」
 星穹はそれを聞いて、ややあってそうですか、とだけ返した。
 何故名前を記すのかは自身に色々と思うことがあるように、コルネリアにも思うところがあるのだろう。そして何かの理由で名前を記している。けれど、踏み込んで聞きたいとは思わないし、踏み込めるほどの間柄でもない。コルネリアのことは、まだよくわからない。
(コルネリア様には、手を汚したことを悲しむ方がいるのでしょうか)
 彼女自身の様子からすると、これまでもこれからも手を汚し続けるだろうが――それを周りが果たして良しとしているのか。
 けれどいるのだとしたら、星穹はあの時コルネリアに任せるべきでなかったと思う。手を汚す事は、罪だ。罪などないに越した事はないのだから。それに殺した者へ思うところがあるようなコルネリアに対して、星穹自身は殺すことに特段感情はない。手を汚したから自身に未来などないと思っているけれど、それだけ。
 しかしイレギュラーズは、イレギュラーズだからというだけで老若男女問わず、身寄りのない者もそうでない者も関係なく、正義の名の下に罪を重ねなければならない。ただ、力があるからというそれだけで。例え依頼内容を認めた上で受けているのだとしても、未来ある子供や想ってくれる誰かがいる者までそんな依頼を受ける状況は、非常に納得し難いものだった。

「……そういえば」
「今度はどうしたのよ」
「先程、手記を持ち出していらっしゃいませんでしたか」
 ああ、これ? などとコルネリアがボロボロの手記を懐から出す。ほとんど破けて、大した枚数も残っていない。
「多分、孤児を匿ってる場所なのよねぇこれ」
 その中には乱雑な地図が書いてあって、コルネリアはそれを見て持ち出したようだった。文字を書くほどの教養はなかったのだろう、線ばかりでできたそれは地図だと思わなければただの落書きにしか見えない。
 ヘレンの言葉が真実ならば、孤児達と、孤児につながるこの手記をそのままにはしておけない。孤児が悪事に関係ないと言うならば、尚更。
「そんな目で見ないの、どうせこれはアタシのお節介なんだから」
「……ええ、そうですね。任務外のことですから、心配せずとも告げ口などしませんよ」
「そりゃ助かるわ」
 やれやれ、というような小さな溜息に対してからりと笑ったコルネリアは、痛んだ手記がこれ以上崩れないよう気をつけながら懐へしまう。明日にでもこの場所を探してみよう。
(ヘレン。アンタはそれで、救われるかしら)
 コルネリアは、手にかける事でしか救えない。苦しみを殺して終わらせることしかできない。わかっているはずなのに、理解しているはずなのに、未だに心のどこかで銃を持たなかった頃の少女コルネリアが泣いている。
 それはきっと、コルネリアが義母の優しさに救われて、同じように手を取ってあげたいと思っているから。
(……ババアみたいになるのは、難しいわね)
 義母のような、手を差し伸べられるシスターになるのは難しい。コルネリアにできるのは――銃声という福音を鳴らす事だけだ。




 ――スコーピオ。
 ――ヴェルンヘル。
 ――フォルト。

 それは使い込まれて、随分とへたっていて。はらりと頁をめくったなら、沢山の文字が踊っている。
 時に丁寧な文字で。
 時に殴り書きのように。
 時にはインクを滲ませて。
 その文字の全ては、名前だ。コルネリアがその手で、その手に握った得物で屠った命の名。
 死んだ者は、魂が肉体から離れた時に死ぬのでは無い。誰からも忘れ去られた時に死ぬのだと、誰かが言っていた。だから悪人であっても自分は忘れないであげよう、なんて――。
(そんな、大層な理由だったらマシだったのかしら)
 なにがマシだって言うの? そんな問いに解を返す気にだってなれやしない。
 これはコルネリアの罪の証。命を屠った罪を忘れないよう記すもの。これがある限り義母マチルダのようになんてなれやしない。アタシは、アタシにしかなれないんだ。
 帰ったコルネリアはペンを取り、最後の頁を開く。沢山の罪を重ねて、重ねて、その先にある罪の伸びしろ。アタシはこれからも罪をここへ連ねていく。

 だから、今日もここに新しい名前つみを。



 今日も沢山殺した。返り血などほとんど浴びてはいないけれど、それでも血の匂いが纏わりつく。
 汚れている。
 穢れている。
 拭ったとしても洗ったとしても消えないシミだ。
 こんなにもきたなくて、あのこはあんなにもきれいで。
 汚れた星穹が触れたら、彼だって汚れてしまうかもしれない。いいや、きっと、いつかは。そんなのは嫌だ。汚れた者はロクな死に方をしない。
 星穹はとっくに汚れ切っていて、だから良い。良いなどと言えば相棒は顔を曇らせるだろうが、汚れたものを綺麗にすることなど出来やしなければ、汚れに汚れを重ねたところで何も変わらないのだから。
 だから星穹は、良いのだ。けれど彼は――息子は違う。まだ綺麗でちゃんとした生を歩めるはずだ。間違っても私と同じ道になんて進んではいけない。進ませては、いけない。
 大切だから、唯一の家族だから。触れたくなくて、触れてしまった度に罪の意識が星穹を苛む。
(――嗚呼)
 煙がくゆる。闇の中へと立ち上る。煙が喉を通る違和感は拭えないけれど、吸わずにはいられない。


 行き場のない想いも、罪の意識も、汚れたこの身さえも――煙のように、夜闇に溶けて、消えてしまえたら良いのに。

  • 夜闇に溶けてしまえたら完了
  • GM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年12月04日
  • ・星穹(p3p008330
    ・コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315

PAGETOPPAGEBOTTOM