SS詳細
12月25日、
登場人物一覧
シャイネンナハト、クリスマスイブ。それは世界から争いが失われる安息の日である。輝かんばかりの夜に想いを伝え、大切な一日としようとする者も少なくない。
幸せは、みんなが握りしめているべきものだから。
雲一つない透き通るような黒に青白い星が眩いばかりに輝く秋の空、ライトアップされた遥か下の地上で熱を持った水が気化し湯気の渦を巻く。高い仕切りに囲われた自然の温泉で向かい合う2人の蝶の翅を持つ小さな女性。2人は息を押し殺しながら情動に潤う瞳で見つめ合い、唇を重ね合わせる。深く鼻で呼吸をし、ゆっくりと離す。そして額を重ね合わせて……ハッピーとメープルは微笑んだ。
「まだ、ちょっと怖いよ……ハッピーさん」
「大丈夫だよ、あの人ならどんなメープルさんでも……」
「心配はしてないさ、でも、一回きりだし」
メープルは不安気な表情を見せながら、ハッピーの唇を不意に奪う。ハッピーもまた、メープルの求愛に優しく答えて抱き締める。
「一生後悔しそうだもん、変なこと言ったら」
そのまま体温を感じながら静かに夜空を見上げ……ハッピーは小さなメープルの背を優しく撫でてあげるのであった。
冬の失われた秘境、妖精郷アルヴィオン。妖精の女王たちが楽しく暮らす理想郷の傍らに、不思議と四季の魔力が渦巻く領域があった。妖精鎌サイズがその地を任され、発展させた妖精の都・オータムシェル。
これはそんな小さな王国でのちょっとだけ先の出来事、聖夜に三人が愛を誓い合う長い一夜のお話である。
「――そろそろかな」
小さな懐中時計を眺めながら、サイズは温泉の外で2人を待つ。懐にしまい直すと秋らしく袖の青いラフなワイシャツの皺を伸ばし、軽く咳払いをした。サイズたち3人が妖精郷に来ると決まって領地中の妖精が集まってお祭り騒ぎとなるのだ。日の高い時から市場でお土産を貰ったり、いなかった間の報告ついでと悪戯の洗礼を受けたり、花畑でメープルとハッピーが楽しく踊るのを眺めていたら連れ去られる様に踊らされたり。そんな具合で3人の時間が作られるのは妖精たちが巣へと戻り眠りにつく日没後であった。本当に時間を忘れてしまうかの様な一日であった、何より、故郷に帰る事を恐れていたメープルが自然な笑みを浮かべながら妖精の仲間たちと遊ぶのを眺めるのは——
「ッ!」
突然、冷たい何かが背を振れる感覚に思わずサイズは体を逸らす。振り返れば光沢のある、怪し気な緑色の蔓がゆらりと動き、地に潜っていく。犯人を察し、目を細めて笑う彼女の姿を見つけるとサイズはため息をついた。
「……メープル」
「やーりっ♪」
秋の魔力と仲間たちの熱気に当てられ、無邪気な妖精の本能が疼いたのであろう。隙ありとぎゅっと片腕にしがみつくメープルの両手の熱と、彼女が身に纏う紅葉のドレスの鮮やかさを前にしたらどうしても許してしまうのだが。
「サイズ、ぼーっとしてんだー」
「それは……っと!」
「えへへ、隙ありー」
メープルに気が逸れた瞬間、霊障にあったかの様にもう反対側の腕が重くずり落ちる。というよりは本当に今度はハッピーの方がしがみついた。夜は幽霊の時間だ、こっちもこっちでいい感じに茹っている。ため息も2倍出てしまいそうだが、サイズの心はむしろ弾んでいた。
「待たせてごめんね、サイズさん」
「気にするな、今来たばかりさ……2人とも、悪戯はほどほどにな」
「「はーい」」
何故って。こんな悪戯好きで美しい2人の女性を抱きしめることができる事以上の幸せなんてありはしないんだから。
けれど、まだこの幸運に浸ってはいけない。秋の夜風が、そんな事を言っている気がしたから。
「2人とも……ちょっとだけ歩こうか」
「いえーい! 夜のおさんぽっ☆ミ 丑三つ時まで頑張るぞい!」
ポケットに感じる形をもう少しだけ我慢して、サイズは小さな幽霊と妖精の手を恋人繋ぎで握りしめる。そうして、サイズたちは3人並んで夜の妖精郷へと飛び立った——
少し場所を変えれば、サイズの領地はその顔をすぐに変える。街の中心である秋の場所を外れれば風は暖かく、妖精郷の中心であるエウィンを思わせる大きな湖が夏の熱気と湿り気を思わせる——そうした四季の変化を足を運ぶ事で楽しむ事ができるのも、基本的に春を好む妖精たちが秋の都に寄りつく理由かもしれない、そうメープルは、愉しげに語っていた。
「ま、私みたいな春以外が好きな変わり者もいるもんね!」
「……そうだな」
サイズは心に揺れ動くものが感じながらも、手を握りしめるだけ。それはハッピーやメープルも同じ。二人だって、いつもの調子なら『サイズはどの季節が好きなの?』などと調子を上げてからかう所だが、ただ楽しげに絡みついた手を離さぬように握りしめながら静かに宙に舞うばかり。その手は心なしか三人ともどこかいつもよりも熱く、火照っているように感じられる。ただ、この時を楽しむように。
「うわ、サイズさん、見てみて、あれ!」
「……ああ、見事なものだ」
それはマナを吸い、青々とした葉をつける大樹であった。深緑に芽吹き、ハーモニア達にマナを分け与えるマナの樹。妖精郷らしくどことなくポップでメルヘンな雰囲気を醸し出すそれは、虹色の小さな、されどまばゆいばかりの光で美しく彩られていた。
「サイズさん、あれってクリスマスツリーってやつだよね!?」
「ああ、練達のシャイネンナハトにそういう文化があると聞いてね」
近づくと輝きは茎でできた紐に魔力のこもった色とりどりの鉱石や宝石が絡みついた真の姿を現した。この日のために妖精郷の各地にあるダンジョンから持ち帰り、用意された特製のイルミネーション。その輝きにハッピーは思わず飛びつき、茎を慎重に取り、両手のひらを照らしてその輝きに見惚れてしまう。
「なー……サイズ、いつの間にこんなの作ったの?」
「いや、俺は何も……でも、こないだ妖精たちに教えたら、さっきマナの樹で作ってみたって言われてさ……まあ、夏の樹につけるものじゃないとは思ったけどなー」
「いいじゃんいいじゃん、健康的で! ほらメープルさんも!」
木にぶら下げられたイチイの実、球形の不思議な金色の繭を作る蛹、果ては大きな星型に咲く妖精郷の花が飾られている。ハッピーの隣へと乗ったサイズが息を呑むのも、メープルが目を点にしてしまうのも自然のコトだったのかもしれない。
「……綺麗な紅葉まで飾られてんじゃん、すごい……
「ああ、自然や遺跡に有るものを上手く使って再現してる……ここらしいな……メープルが気になるのはそこか?」
「えっと、そりゃ勿論こんな綺麗なものをみんなが自分から作ったのもびっくりしたけど……」
鼻を掠める甘い香りと枝葉の揺れで、サイズはメープルが枝の後ろに立ったのを察する。
「いつものみんななら逆、正しいことよりも愉しい事を優先するのが妖精さ。きっとお祭り騒ぎになっても葉っぱを根こそぎ持ってって、困らせたりしてたと思うよ?」
イレギュラーズが来てどうしようもない世界が変わった。そんな言葉はきっとサイズならば何度も耳にしただろう、けれど、妖精のメープルから聞くその言葉は、少しだけサイズの芯に響いた。
「シャイネンナハトでもここまで1年を大切にしようとしたなんて初めてかもしれないって。みんな変わろうとしてる……きっとキミが来てくれたおかげだよ」
「……きっとしばらく故郷に戻ってないから、そう思ったんだよ、メープル」
「そうだとしても、キミにはそう思ってほしい――」
そっと触れた背中の温かみと、彼女の言葉が、深く、深く底へと沈み込む。今日だけはそういう事にしておこう、サイズは言葉を飲み込んだ。
「……しばらくここで涼んでいこう。ハッピーさん、メープル……終わったら、集会場へ」
今日くらいは傲慢に生きてもいいかな、そんな気分になったから。
吹き抜ける秋の風。ひとときの歓談を経て、再び舞い降りたオータムシェルの中心。普段は踊り明かし、眠ることなく妖精達で盛り上がる妖精たちのお城は静かに静まり返っていた。
(ワガママだけど――この日だけは、二人と一緒にいたかったからな)
サイズと、ハッピーと、メープルが、思いを交わし恋人となったお城のバルコニー。そのタイルにこつんとサイズの靴音が鳴り響く。あの日とは対照的に月のない新月の夜。気が遠くなる数の星が照らし出す、神秘的な夜。
時の矢は戻らない。それはサイズ自身がよく知っている。時の流れの差を恨み自身が作られ、幾多の妖精の血を吸った後に砕かれ、この世界に流れ落ち、たどり着いた妖精の里で、幾つもの苦難と挫折を味わって――そうして、この一日を終えて、ここへとたどり着いた。
ハッピーも、メープルも何も言わない。けれども、二人は見つめ合い頷くと繋いでいた手の力を自然と抜いて彼の前へとゆっくりと並ぶ。二人もそうだ、色々な人生という道を歩んでここに来た。
後戻りはできない。此処から先に続くのは、一筋の道のみ。
ハッピーの綺麗な緑と紅の瞳が、じっとこちらを見上げて見つめる。何も言わず、サイズをいつまでも待ち続けてくれる。メープルの方はちょっと頬に汗を流しながら手を後ろに組んで目を逸している。
「楽しかったな、今日は」
「うん」「……うん!」
「ハッピーさん、メープル。今年も、来年も、これからもずっと――」
他愛もない言葉で締めくくろうとしてしまう自分にサイズは心のなかで首を横に振った。自分の中の何かに、違うだろうと言われた気がして。深呼吸。ゆっくりとポケットに手を入れて、取り出す。藍色のベロア素材の箱を3つ。1つは大きく、2つは小さな、リングケース。
「あれこれ愛の言葉を重ねるのは苦手だからシンプルにいいます……」
彼女たちの身長に合わせるように跪き、小箱を開く。奇跡の力に照らされ、白銀に輝く指輪がそこにあった。シンプルに、何よりも美しいサイズの決意を表すかのような輝きであった。
「優柔不断な鎌妖精ですが、結婚してください……この愛を込めた心の指輪……受け取ってくれますか?」
風が吹き、木々が揺れる。永遠にも感じられた数秒のざわめきの後、静まり返った夜空に、ハッピーの透き通るような髪が揺れ動いた――
顔をあげたサイズのてのひらを支えるようにハッピーの手が添えられる。幸福に満ちた静かな微笑みと共に、ハッピーは頷いた。
「……ありがとう」
ゆっくりと指輪を抜きハッピーの左手の薬指に通す。その手はもう、震えていない。奥までしっかりと指輪を通すと、ハッピーはサイズにもたれかかるように両腕を広げて抱きしめ、湿った唇同士を重ね合う。静かに距離を取り吸い込んだ秋の空気はどこか暖かかった。
秋の妖精はまごまごとした様子で顔を背けて、けれども瞳はじっとサイズがもう一度握りしめた小さな箱を見つめていた。そして少しずつ、瞳を閉じて――胸元に右手を重ね、左腕を広げた。
「秋の魔力渦巻く紅葉の大樹から、空色の泉へ、緋色の迷宮を超えてキミの待つ喜びヶ原、常春の国へ――そしていつか逢える、光り輝く
サイズの方に中指と小指を薬指から離すように広げた左手を向けて、恥ずかしそうに笑みをこぼした。
「だからサイズ、私の溢れんばかりの愛を受け止めておくれ、この身に渦巻く情熱を鎮めておくれ、キミの命、半生をかけた誓いの証で――はは、ふたりとも同じ感じじゃあ格好がつかないから、妖精らしく……でもちょっと恥ずかしい、かな」
顔を赤くしたメープルに思わず笑みの息をこぼしながら、サイズは優しく銀の指環を通す。彼女に渦巻く秋の魔力を鎮め、我が物とする様に――そうして光を増した指輪はあるべき場所へと、メープルの決して通ることがないと思われた指へと。
「メープル、
「
抱擁、接吻。悲恋の呪いを塗りつぶしてしまうかのような、熱い吐息。そして……
「サイズさん」「サイズ」
二人の指に挟まれた彼女達よりも大きな指輪を、自分の運命を司る指に。そして、三人はもう一度その両腕を伴侶の背へと預けた。
契りの成就を祝うかのように、遠い空で3つの流星が眩い軌跡を残した。
興奮冷めやらぬ3人がそれに気づくことは、なかったけれど。
★★★
体が、熱い。
冷気を帯びて冷たいはずの、自分の体が、胸の奥でぐるぐると熱を帯びた混沌が渦を巻いている。
秋の冷気に帯びた熱を奪われないように、悪戯好きの妖精たちがうっかり見ないように城に戻り、サイズが設けた終の住処の一つ、城の寝室のベッドに放り込まれるように倒れてからずっとサイズは自分の中に違和感を感じていた。
悪寒とも憎悪とも違う、この感覚は――
「やわら、かい」
思わず零れた感想が恥ずかしくサイズは黙り込んでしまう。柔らかい、そして熱い感覚が両側のてのひらから伝わってくる。何故こんなことになったのか、どうかしてしまったのか。プロポーズからのテンションとはいえ、2人の妻とスキンシップへと流れ込むなんて! 嗚呼、今日ほど2人の女性を娶った時のマニュアルが欲しいと思ったことはない! 知識があっても経験なんてあるわけがないじゃないか! 俺は悲恋の呪いを背負った鎌なんだぞ!
「恥ずかしがっちゃって、可愛いサイズさん」
揉みしだいてないと否定したいが、いじらしく笑いつつも恍惚に頬を染めてサイズの左手を自分の膨らみに押し当てはにかむハッピーの吐息はそれを許さない。脈はわからない、幽霊だからだろうか、けれども、彼女のクイックシルバーらしからぬ静けさと押し殺したような低い声が、この部屋のムードに呑まれつつあることを示していた。
そして、右手にはハッピーのものよりも軽くて小さな、けれどもハッピーの熱い感覚がもう一つ。
「なんだかくすぐったくてムズムズする……かも」
右手からはメープルの血が流れる感覚が皮膚越しに伝わってくる、どくん、どくんと。感じるたびにサイズの中で渦巻く混沌も共鳴するかのようにより色濃く感じてしまう。妖精の血を求める本能のせいか、指先の感覚が強くなる。何より、吐息が甘い、サトウカエデの香りだ。これまでならば、こうなれば手遅れ、メープル自身も膨らんだ劣情と魔力を抑えきれず秋の魔力が暴走してしまう――
片腕の力を抜くと、もう片方からメープルが倒れ込んで来る。優しく受け止めて、今度は本気のキス。小さなメープルの体を抱き寄せて、舌を絡める。夫婦の触れ合い、ドレスを脱がせる手に罪悪感と、また未知の感情が震える。そう思うたびに、受け止めてあげたくなる。
メープルは自身を醜く卑怯と自嘲した。人生の目標を失い、サイズへの愛が酷く肥大化し、背丈を近づけようとした結果、結果的に性的に誑かすニンフとなってしまった事を呪っていた。だから。認めてあげたかった、そんなメープルの全てを。
「あっ、サイズ……りゃ……」
メープルの少女らしく、永遠に幼い体が服越しに感じられる。大きな、オオカバマダラの翅を優しく撫でて、髪を撫でて、彼女の大好きなキスをいっぱい。
「キミは、サイズ……ごめんなさい……」
「謝る事なんてないさ……そんなメープルも全部愛してるんだから」
「……そう言うところだよぉ、いじわる……」
消してあげたかった、罪悪感を。そして最後にキスをすると、そっと離してあげる。何かをいいたそうに見つめる彼女と、口腔に残る甘いメープルシロップの香りにサイズも幸福を感じながら。そのままハッピーを迎える。広げた腕に飛び込んできた彼女の両手を一つずつ掴んで、じっと見つめ合う。
「サイズさん、私、幸せなんだ」
「ああ、俺も……幸せだ」
昂る感情のままに、手を繋いだまま、布越しに体を重ね合う。ハッピーの魂をより深く感じ取れるように、取り憑かれてしまいそうなほどに近く、熱く。こうも熱く求め合って仕舞えば最後、元よりその気はないがハッピーは永遠にサイズから離れられまい。彼の体が朽ち果てるその日までは。ずっと、ずっと一緒。
ハッピーの方も目を細めて、恥ずかしがりながらもサイズを受け入れるように体をさらに密着させる。くっついて仕舞えば逆に安全と言わんばかりに。
「サイズさんとメープルさん見てたら、もっとこうしたくなっちゃって……えへへ、もっと近くにいても、いいかな」
「……大丈夫」
サイズはハッピーを優しくなだめるように、抱きしめたまま何度もその背に手のひらを触れる。
「……夫婦の営みって、こんな感じでいいのかな」
「どうしたの? サイズさん」
「いや……ええと、どこら辺からが夫婦らしいことかなって……あと、恋人らしいこともうできないのかなって……」
「あはは、大丈夫だって、メープルさんも私も恋人らしいことも全然ばっちぐーだから!」
そんなちょっぴり小っ恥ずかしい会話を気兼ねなく重ねてしまうのも、心がより近づいた証だろうか。
ハッピーの魔力、そして腕に輝く銀の腕輪と指輪から彼女の背中に流れ込み、妖精の光の翅を作るその流れまで手に取るように感じられた。
「これからも一緒にいようね」
「ああ」
「いろんな国を旅して、妖精郷の端っこを目指して、そして――先に死んじゃだめだからね、サイズさん」
「大丈夫、ずっと一緒さ、ハッピーさん……死ぬもんか」
「私もサイズさんより先に死ぬもんですか、ってね」
そんなやりとりに思わず、2人は吹き出すように笑ってしまう。これ以上の人生の絶頂を味わえない気すらしてしまう。ハッピーさんのその髪に、柔らかい皮膚に、触れるたびに自分の中で何かが熱く張り裂けそうで。
「……ふふ、あの人も、そのつもりだってさ♪」
ハッピーの面白そうな笑いに一瞬疑問を感じるも、鼻を掠める強烈なシロップの匂いにその解答を察知する。一際強いドリアードのフェロモン――サイズ自身も何故か待っていたかのような、その蜜の香――にむせ返りそうになるも、ぎゅぅっと火傷してしまいそうなほどに熱い皮膚を押し当てられれば逃れる術もなく――
「えへへ、もっとー♪」
(お、重っ……)
木の精の成体、元は自身へと背丈を近づけるために求めた、愛の故の繁殖期、ドリアードの姿。その豊満な体がお望みとばかりにサイズへと押し付けられる。熱い体躯、甘い香り、惚れやすく、男を誑かす妖精。
「それは後でって言ったよね、メープル……!」
「だってサイズ、全部好きーって言ったじゃん♪」
「うんうん、言ってた♪ 愛してるって」
「はっ、ハッピーさんまで……あ、ぁぁぁ」
両側から温かい感覚が流れてくる、熱い感覚が自分を満たす、悲鳴をあげてしまいそうなほどの幸福、ハッピーとメープルのサンドイッチ。ああ、メープルの甘い唇が近づいて……
額に、熱い感覚が飛び散った。
「……?」
「あはは……おでこにチューだよ、サイズ」
小悪魔的に焦らせ、焦らして、微笑む。メープルに意識を取られる最中、ハッピーさんが暖かく身体を包んで、後ろから首筋に、鎌の柄にも。だって愛してるから。そう妖艶に振る舞うメープルは、何故かサイズの心に影を残す。だって。
「そんな寂しそうにするなよ……」
見透かされた想いに一瞬目を見開くも、ほら、すぐにその寂しそうな笑顔になる。
「はは、もう、キミったら……だって、だってさ」
メープルの望みはドリアードの肉体で、舌と舌を絡めあい、永遠の愛を確かめる事。けれどもそれが意味するのはサイズの欲望の解放。甘い蜜に理性が蕩け、熱が全てを支配して、本能のままに。
「キミの意志を、大切にしたいから」
「……そうか」
サイズも、メープルも、そして恐らくは後ろで甘えるハッピーも。薄々理解している。サイズの中に渦巻く未知の感情、呪いよりも強烈な混沌が、今にも張り裂けてしまいそうだと。今にもメープルと、ハッピーの女体に溺れて、暴れて、彼女たちの劣情を満たしてしまいたいと――それがこの身に余る幸運の反動か、メープルの誘惑の作用か、わからない、けど。
メープルは堪えている、気に病んでいる。自分が愛する人を欲望の発散のためにふいにしてしまう事を。
熱い、体が熱い。愛情が、色欲が、興奮が、胸の中で渦巻く、苦しい。
「大丈夫だよ、キミの愛は十分伝わってるから……だって夫婦なんだ、サイズ……続けよっか」
(違う、ああ、どうしたらいいんだ、どうしたら――)
答えのない葛藤に鼻腔を満たす蜜の匂いと水音だけが響く。もう、何もわからない。澄んだ優しい、ハッピーの声しか――
「……もう、良いんだよ、サイズさん」
ぷつん。
彼の中で何かが切れる音がした。何が切れたのか、何が良かったのか、わからない。ただ、彼はその時に全てを理解した、自分のするべき事を、成るべきものを。
「さひぃすぅ……」
自分に頬擦りをするメープルの頬を両手で優しく挟んであげて、こちらへと向けさせる。唇から漏れた透明な蜜は甘い香りを強く放ち、誘惑と警戒の二つの信号を強く与える。構うものか。自分がするべきことはもう決めている。
「俺の意思なら、良いんだな?」
「へ!? ひゃっ――!?」
引き寄せ、絡み合う舌、吸い付く唇。メープルの唾液が、ドリアードの蜜が奥底から淫らな水音を立てて、サイズの舌に掬われ、吸われていく。混沌が、飴のように練り上げられてサイズの中で危険な震えとなって形を成す――染み込んでくる。熱い、苦しい。だが、もうこの奥底から沸騰する快感はもう抑えられない!
サイズとメープルの唇は離れ、蜜の唾液は糸を引く。彼の背に繋がった鎌が紅――どこか紅葉色めいた様に染まって行く気がしたが、もうそれすらどうでも良い。罪悪感からの解放感、多幸感、熱を帯びた体はもっと二人を貪れと訴えかける。この体動く限り溜まった負の感情を二人に淫らにぶつけて吐き出してしまえと。
「は、はは、ははは……っ!」
彼は嬌声を上げるメープルの肢体に絡みつき、吸い付き、甘い皮膚を、熱い蜜をさらに貪る。豊満に膨れ上がった手に余るほどの重い膨らみを強く握り締め、乱暴なまでに振る舞う。ドロドロと渦巻く本能のままに、何度も、何度も。
「メープルっ、好きだ、好きだっ……愛してるッ……!」
「わた、ひ、もっ……」
激しいスキンシップの末に乱暴なまでに確かめ合う愛。ほんの数分でメープルの方が根を上げてしまうまで、サイズは思いの丈を全て新妻にぶつけ、そして――気づく。
(まだだ……まだ、足りない)
息をあげ動けない彼女を味わい尽くしてなお、燃え上がった炎は燻る気配を示さない、ああ。そうだ、待たせちゃダメだ――
「ハッピー、さん、ごめん……俺、まだ……足りないっ……」
「うん、いいよ」
優しくしないで。そう煽るように誘うハッピーの体にも覆い被さって、サイズは求愛する。激しく、自分を教え込むように。ハッピーもまた、その霊体を弄ばれながら、恥ずかしさのあまりに目を閉じ彼のなすがままに。溶け出し溢れ出した
「嬉しいっ……気持ちいいよ、サイズさん……」
「俺もだ……ハッピーさん……」
ふと、ほんの少しだけ躊躇したサイズの手を取り、ハッピーが引き寄せて抱擁する。もっとメチャクチャにして、大丈夫だから。そう訴えかけた時が彼の理性の終わり、そしてきっと、永遠の幸せの始まり。
覚醒したニンフの花婿、
――キミは今まで色々な挫折や苦難を味わってきただろ。私に弄ばれてきただろ、だから今日くらいは仕返ししてくれよ。ご褒美だと思って、さ。サイズ、愛してる。
おまけSS『恥ずかしさを吹き飛ばすためのあとがき』
「……鎌の色は……変わってないか、あくまで一時的な……」
「……」
「メープル、正座してもダメだぞー? 今日ばかりははっきりと覚えてるから……いや、おでこにキスされてからは俺も夢か現実か自信がないが」
「……はい」
「次からは、調節できると嬉しいです……その、悪くなかったけど、極端かなって……」
「た、多分耐性ついたとおもうます……」
「じゃないと困る……なんでですます調なんだ?」
「申し訳ないと思ってるます……」
「…………ハッピーさんは?」
「え、えと……うごけな、じゃなくて幽霊は朝弱いって寝てます……」
「……そうか……後でどう謝るべきか……」
「……」
「……ローレットにどうやって報告するかな……例の事」
「…………え、まさか……性べ――」
「それはメープルが一番よく知ってる事じゃないかー?」
「……はい」
・メープルが大人の姿に自由になれる様になりました。というよりは子供の姿で我慢できるようになりました。
・サイズさんの性別が██である、或いはそうなったとメープルとハッピーにバレました。
・メープルの蜜毒に対するサイズさんの耐性がある程度マシになりました。
●
ありがとうございました。
メープルを愛してくれてとっても幸せです。しかし全身図をつけてあげた時にはこんな事になるとは夢にも思っていませんでしたとも。
特別に、サイズさんとハッピーさんが『婚約者』『夫婦』の類の感情を投げたらメープルは投げ返します。
それでは、またの機会をよろしくお願いします。