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オトモダチ

登場人物一覧

ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)
白き寓話
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランドの関係者
→ イラスト

 走れ、走れ、走れ。

 止まってはいけないと、ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)は必死に逃げていた。どこへということはなく、ただ『あの子』の手が届かぬ場所へと。
 その後ろから、不気味な笑い声がする。その声は知るものでありながら、そんな笑い方は聞いたことがなくて。
「……どうして」
 思わずそんな呟きが漏れる。それは闇夜に紛れて消えて、答えは返ってこない。
「──ねえヴァイスちゃん、『オトモダチ』になって?」
 不意に聞こえた声は思ったよりも近く、突き出された針状の武器がヴァイスの肌を裂いた。咄嗟に手を後ろへ振り、その軌跡を見えぬ糸が辿って相手へ届く。
 それは相手を切り裂き絡みとり、動きが不自然に止まった。振り返った際に目があって、不気味な笑顔にぞっとして。けれどその一瞬を逃すことなくヴァイスは再び走り始めた。
 その後を追いかける相手は、度々見えぬ糸に邪魔をされて立ち止まる。それでも相手は──彼女はヴァイスにこう言うのだ。

 『オトモダチ』になりましょう、と。


『まあ! ヴァイスちゃんはお人形さんなの!』
 ヴァイスが旅人(ウォーカー)であり、人の身でないと知った少女──カメリア・フォスターはたいそう驚いていた。
 人形のよう、と称すような可愛らしい容姿。それがヴァイスの姿だ。実際に息をして、動くこともできて、食事だって必要なくとも取ることはできる。
 けれどよくよく近づいて触れてみれば、瞳も肌も髪も人間のそれではない。れっきとした人工物だ。
 他の世界には"付喪神"と呼ばれるモノがいると言うから、恐らくはヴァイスもそのようなものなのだろう。ずっとずっとこの体はそこにあって、その姿を見れば大切に──少なくとも粗雑な扱いを受けていたわけではないと、わかるくらいに──されていたことは分かるのだから。
 付喪神も物が大切にされ、そこにいつしか宿る意思だと言う。
「じゃあ、ヴァイスちゃんの体はとっても長く大切にされたのね」
「ええ、きっと。どれくらいの長さなのかは、私にも分からないけれど……」
 少なくとも人の一生よりは長いだろう。
 そう告げると、カメリアはきょとんと目を瞬かせた。少女の口からは素直な疑問が零れ落ちる。
「……ヴァイスちゃんって、何歳なの……?」
 その言葉はヴァイスだけでなく、もちろんカメリア本人の耳にも届いて。他人へ聞くのは失礼だったかと慌てるカメリアに反して、ヴァイスは気にした風もなく小首を傾げた。
 意識が生まれて、体が動かせるようになるまでと。体が動かせるようになってから、今まで。恐らく3桁はくだらないだろう年数は経ているはずだ。
 その言葉はカメリアをまた驚かせ、そしてすごいすごいと目を輝かせるに十分な内容で。
「ねえヴァイスちゃん、キミにドレスを仕立ててもいい?」
「ドレス?」
「そう! アタシ、お裁縫が得意なの」
 自分の持っているお人形にも仕立てているのだと言うカメリア。彼女は自らの言葉を裏切ることなく、ヴァイスに1着のドレスを仕立てた。
「似合うかしら?」
「うん、バッチリ!」
 着てくるりと回ると、ドレスの裾がふわりと膨らみ揺れて。嬉しそうなカメリアの表情に、ヴァイスもまた顔を綻ばせる。
 楽しくて、穏やかな時間。それが2人の初めて会った時だった。

 だから、最初は疑わなかったのだ。

「ヴァイスちゃん」
 声に振り返って、見たことのある姿に微笑みを浮かべて。カメリアの名を呼ぼうとした時──ぴり、と肌がひりつくような感覚を覚えた。
「これは……」
「ヴァイスちゃん」
 カメリアが1歩、踏み出す。同時にその感覚は強くなった。
「私、ヴァイスちゃんのことが好きよ」
 1歩、また1歩。
「『特別なオトモダチ』になって欲しいの」
 その言葉に、狂気を乗せて。
「ねえ」
 おもむろに取り出したのは大きな針のような武器。
「『オトモダチ』になって、ヴァイスちゃん!」
 びりびりと響く狂気にヴァイスはぐっと耐え、素早く踵を返す。
 ──魔種だ。
 間違えようがなかった。ヴァイスはこれまでにもイレギュラーズとして、魔種と相対してきたのだから。
 魔種は危険だ。それ以上に1人で挑むことは無謀だ。逃げ切るか、他のイレギュラーズと合流するか。
 冷静に今の状況を判断する傍ら、どこか片隅で思わざるを得ない。
 ──なぜ、あなたが、と。
 以前会った時は、あんなにも楽しそうにしていたのに。魔種になるほどの何かがあったというのか。明るくて、裁縫の腕も良い彼女が。
「あなたにとって……原罪の呼び声はどんな風に聞こえたのかしら」
 それはわからないし──わかりたくもないことだった。


 そして、場面は冒頭の状況へと戻る。
「また前みたいに一緒に仲良く遊びましょ? ステキなお洋服もいっぱい仕立ててあげる!」
 追いかけるカメリアは歪んだ笑顔を浮かべ、尚ヴァイスを追いかけていた。その足元が不意に持ち上がり、土塊が拳のように握りしめられる。カメリアの視線上では、ヴァイスが肩越しに振り返りながら片手を上げていて。
 その手が振り下ろされると同時に──土塊がカメリアへ叩きつけられた。
(これで少しでも時間稼ぎ……なんて、上手くいかないかしらね)
 上がった土煙を見てもヴァイスは走る足を緩めない。その土煙が晴れるより先に、特に傷を負った風もないカメリアが再び走り始めていた。
「いたい、いたいわヴァイスちゃん! アタシ、キミと『特別なオトモダチ』になりたいだけなのに」
「私は普通のお友達が良いのだけれど──」
「他の子はただのオトモダチでいいけれど、ヴァイスちゃんとは特別なオトモダチがいいの!」
 オトモダチになりたいだけ。
 絶対にそれだけで済むはずがない。魔種の思考はどこかネジが外れたように壊れていて、狂っているのだから。
 しかし『けれど』と呟く自身がいるのも事実。彼女と過ごした時間が楽しかったことは真実であり、友人に──ただの、普通の友人になりたい思いも嘘ではないのだ。けれどその思いは正しく伝わらない。魔種独特の思考に歪められてしまう。
 ──ひどく、もどかしい。
 それは解決することなく、さりとて立ち止まって話し合いなどできるはずもなく。ヴァイスは只々走って足止めして応戦するしかない。
「皆で一緒に、ヴァイスちゃんも一緒に、ずっと楽しく遊びましょ?」
 キャハハハハ、と耳障りな笑い声。見えない糸をすり抜けて接近してくる彼女に、ヴァイスは歯噛みした。
 このままでは追いつかれる。
「あら、まだ鬼ごっこを続けるの?」
 倉庫の立ち並ぶ通りに入ったヴァイスは、彼女の視界から消えるように右へ左へと細かく曲がる。未だ追いかけてくる気配は感じるものの、明らかに攻撃の被弾回数は減った。それでも、ゼロではないが。
「ヴァイスちゃん? まあ、見失っちゃった。どこにいるの?」
 倉庫の陰に隠れ、相手の気配を伺う。彼女は立ち止まってあちらこちらとヴァイスの姿を探しているようだ。
 撒けた、だろうか?
(まだ、まだ動いてはダメよ)
 今動けば見つかってしまう。──動かなければ見つからないとも限らないが。
 カメリアはウロウロと辺りを探して、けれど暫しの後に大きくため息をついたようだった。
「……ヴァイスちゃんは、今日は『オトモダチ』になってくれないのね」
 残念そうなカメリアの声がヴァイスの聴覚を震わせる。

 ──それじゃあ、またね。ヴァイスちゃん。次会った時には──

「……っ」
 風に乗ってきた言葉を耳にして、それは的確に自分の場所を悟られている気がして、ヴァイスは小さく息を呑む。そっと倉庫の陰から辺りを見回してみるが、そこには何者もいない。誰も──カメリアも。
 辺りに気配もなく、ただ静寂が広がっていた。
「逃げ切った……いえ、」
 ヴァイスは緩く頭を振る。逃げ切ったのではない。カメリアが諦めて、逃したのだ。
 そうでなければ、イレギュラーズとは言っても魔種1人をどうこうできるものではない。あのままヴァイスが力尽きるまで追い詰めて、彼女の望むようにしたって良かった。
 そうしないのは、ヴァイスに自ら望んで『オトモダチ』となって欲しいからか。
 空を仰ぎ大きく息をつく。全身がボロボロだった。胸の内も未だにもやもやと形にならなくて。
「次会った時には──」

 ──私は、どうしたら良いのだろう。

状態異常
ヴァイス・ブルメホフナ・ストランド(p3p000921)[重傷]
白き寓話

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