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収穫祭の、その前に
登場人物一覧
秋。
雲ひとつなく晴れ渡る水色の晴天が紅葉の張り付いた窓ごしに透き通る様に見える、秋の朝空。その光入り込む小綺麗な家で、冬支度を進める二人の妖精の姿がありました。
一人は、紺色の鎌の妖精。もう一人は、橙色の秋の妖精。他愛のない日常、床に置かれた鞄は旅支度でぱんぱんに膨らんで。
どこか浮ついた二人の会話を遮る、木の扉と蝶番がきしみ玄関の扉が開く音。妖精たちが振り返るよりも早く、金色の女性、ハッピーが二人の小さな体を抱きしめるように大きく腕を広げ飛び込んできました。
「ハッ――ひブッ」
「いえええええええっす、ハッピーちゃんだぜー! ふたりとも元気にしてたかー!?」
「ハッピーさん、昨日会ったばかり……」
そして抱きしめられた鎌の妖精、サイズのツッコミにもハッピーは「細かいことは気にしない☆ミ」とウインクしてみせるのでした。
それは不思議な御伽噺の魔力が混沌中に満ちるファントムナイト、その少し前の3人のお話――もう一人? メープルの事ならきっと目を文字通り渦巻きになるまで回してくらくらしているよ、きっと。
●AM6:XX
よく掃除がされているサイズの家、リビングに置かれた白いクロスがかけられた丸いテーブルを囲んで、今日も3人は変わらぬ朝を過ごす。
ハッピーとギフトで人並みの身長に背丈を伸ばしたサイズは椅子に、小さな妖精のメープルはクロスの上に。コーヒーカップが3つと、真ん中にはメープルシロップが練り込まれた香ばしいパンが乗った白い大皿。楽しく、時には妖精と幽霊らしくおどけて、笑って。イレギュラーズとしての使命の間のわずかな安息を楽しむのだ。今日は、いつもとは少し違うのだけれど。
「ハッピーさん、ミルクだよー」
メープルの声に合わせてひとりでにミルクの入った白い陶器の入れ物が自然と動く、彼女の念力によって動かされたそれをハッピーは感謝の言葉を伝えながら注いで、残ったミルクを阿吽の呼吸でサイズのコーヒーカップに。
「どうも。それでメープル、今年のファントムナイトの休暇の事だが……」
「まかせい、しっかりプランを用意してるさ! じゃーん!」
どこから取り出したのか、身の丈ほどの羊皮紙を取り出したメープルが両腕を目一杯広げて"秋祭りのプラン"を見せる。
「豊穣・海洋合同の花火大会?」
「そうさ、魔女の魔法がかかる前に盛大にお祝いしよーってわけ! 夜は温泉宿でムフフもね!」
「おっ、いいじゃーん! 盛大に打ち上げちゃおうぜー!」
「ムフフってまた俺に何するつもりなんだ……あとハッピーさん、俺たちは見るだけだと思いますよー?」
「まじか!」
サムズアップを決める二人にツッコミを入れながらもサイズは羊皮紙を眺める。一人でプランを考えたいと言われた時は心配したものだが、なるほど悪くはない……時々こっそりついていって下見を見張ってたのは秘密だけど。
「悪くないと思うぞ、メープル……だけど空中神殿経由なら随分と時間に余裕があるな」
「もっちろんそこも織り込み済み! ハッピーさんも着たいでしょ、和服!」
「おっ、着たい期待! サイズさん達の審美眼に期待だね!」
「なるほどな、それじゃあ俺たちは急いで浴衣に着替えるか」
「サイズサイズ、私に着せるのもよろしくね!」
「わかってるよ……」
ウキウキと両腕をグッグッとする二人に小さくため息をついて立ち上がり、少し考えこんで――
「そうだ、ハッピーさん、メープルに――」
●AM9:X5
紅葉と豊かな水が作り出す美しい景色、豊穣京、神威神楽。その独創的な朱色の建築物が挟む様に開かれた大路を、和傘を手に通り過ぎる精霊種と鬼人種達。それは特に観光の為の地などでは無い彼らの日常だろう。だが、その独創かつ幻想的な雰囲気は、見るものの魂を消してしまうかのように美しく。
「わぁ……」
目を輝かせ息を呑むハッピーが思わず駆け出して(足は無いけど)しまわないか目を配るサイズも同じく、広がる光景に感嘆のため息を漏らしてしまう。……深緑や鉄帝と比べれば、平穏とはいわずともどれだけ平和な光景であったことか。
「本当に別の世界に来たかの様に平和だな……ハッピーさん……メープル?」
「わ、わ、わわわっ」
そういえば、もう一人騒がしそうな反応を見せそうな娘は何も言わないな――サイズは振り返り、思わず倒れ込んできたメープルを受け止めるように両手を広げた。
「んう……ありがとサイズ」
「とと、どうした、メープル?」
「っ、はは、地面が思わず高くてさ、バランス取るの、難しくて、こんだけ大きいと飛ぶわけにもいかないし」
赤くなった顔を逸らしながらメープルが腕をあげて見せたのは、銀色に輝く妖精の腕輪。サイズが二人のために作った、身長差を矯正する魔力の込められたそれを見せびらかしながらメープルはステップを踏み、くるりと回る。
「すぐに慣れると思うけど……大変~」
「メープルさん、背伸ばしたかったんじゃないのー?」
「それは、そうだけど!」
ハッピーにくすくすと笑われ、もっと恥ずかしそうにメープルはピタリと止まると頬を膨らませながらうつむいてプルプルと震えてしまう、そんな子供っぽい様子に、ハッピーは更に上機嫌になってしまうのだ。
「メープルさん、浴衣とっても似合ってるよ」
「でっしょー! サイズのも相変わらず面白い模様だね!」
「魔力を織り込んだルーン文字の浴衣だ……悪かったな、実用性重視で」
恥ずかしさをごまかすように話題を振ってきたメープルにちょっぴりむすっとしながら、サイズはハッピーの方へと目を見やる。
「メープル、それよりハッピーさんの服を探すんじゃなかったのか?」
「そうそう、あそこの呉服店ってとこ! あそこで借りるのもできるんだってさ!」
見ればなるほど、色鮮やかな暖簾がかかった建築物が一つ。大分ごった返しているようにみえる。
「お祭り前だから人がすごいね、早く入らないとやばいかもー」
「そうだな、ここは一つ急ぐとしよう」
今度は転ばないようにメープルの手を取って、メープルはもう片方の手をハッピーの手に重ねて。
「なんだか親子みたいだね、メープルさん」
「う、私は子供じゃなくてサイズのお嫁さ……と、とにかく、早くおよーふくやさん!」
思わず自分も娘と呼んでやろうか、そんないじらしい気持ちになりながら、3人は呉服屋の暖簾をくぐるのでありました。
●AM1X:X7
「おおー、これが呉服店……すっごい広い!」
暖簾を潜って中へと入ってみれば、広がっていたのは一面の畳。その上に織物が積み重なった棚があり、一つ一つ商人が手に取って顧客と値段の交渉をしている。その順番待ちであれほどごった返していたのだ。
「練達とは全然違う……どどどどうしよ、サイズ、値札とかついてない!」
「下見したんじゃなかったのか……?」
「したよ! だけど入り口とレンタルできますって看板までだよー! ネタバレなっちゃうじゃん!」
「いや、ネタバレとは言わないんじゃないか……?」
未知の文化と触れ合う事にすっかり元気になって興奮するメープルを宥めながら、サイズは視線を動かす。本当になんとなく、商人となるべく触れ合わず自分たち
「サイズさん、あれって試着室みたいなやつじゃないかな!」
「そうだな、海洋から来た人向けの一角といった所か」
「やったね! サイズさんポイント10点☆」
見ればなるほど、人の少ない区画には豊穣ではあまり見受けられない飛行種や海種の姿もいる。これもまた1つの異文化交流ということか。
「サイズさんポイントがなにかはさておきあれなら商人と話すのは会計だけで良さそうだ、ありがたく使わせてもらおう……まずは1つハッピーさんの和服を見繕わないと」
そう言いながら、ぱっぱっと近くの台に和服を積み上げるサイズ。
「まずは手を広げてそのままの体勢でいてくれ」
「はーい」
その一つ一つを並べて、宙に浮かせてハッピーの体に重ねて見る。そうして試着前にまずは見繕ってみるのだ。
「どうだ、メープル。ハッピーさんに似合うのあるか?」
「んー、そうだねー」
じーっと服越しに並んで自分を見つめるサイズとメープルにちょっぴりハッピーは恥ずかしく顔を赤らめて、もじもじしてしまうと更にサイズが怪訝そうに見つめてしまうものだから、幽霊なのに蒸気が今にも吹き出してしまいそうになってしまう。
「この草原みたいな色がいいんじゃないかな!」
「若草色か、たしかに、3人並んだときのバランスも良さそうだ……ハッピーさん、熱あるのか」
「ひゃ、ないです、ないですよサイズさんメープルさん! ナイスセレクト! 次は試着ですね! 試着♪」
慌てて和服を奪い取る様に若草色の布地を持って試着室に入るハッピー、その慌てぶりに二人は顔を合わせて首を傾けるなどしてしまう。
「急いでるのかな、ハッピーさん」
「混んでるみたいだしねー、そういえばサイズ、その鎌のガラス玉……」
「ああ、普段は鍛冶道具につけてるんだがな……見ているだけで勇気が湧いてくるよ、メープル」
「へ、へへ……ありがと……」
『なんだー! 何ハッピーちゃんの知らない所でイチャイチャしてんだー!』
「後で言うよハッピーさん、それよりメープル、ハッピーさんが着替えてる内にキミの和服も見繕っておこう」
「え、私はあるよ!?」
「それは浴衣だろ? 明日もまたここには返しによるだろうしな、ハッピーさんが気に入ったら買うついでに……さあ、両腕を広げるんだ、ちょっと大変ならそこの台に手をかけてもいいから」
「お、おう……」
長引きそうだ。そんな事をメープルは考えながらもサイズの声がいつもより浮ついているのに気づいて、素直に従って両腕を広げるのでありました。それに、サイズが気づいているかは、敢えて確かめない事にしたけれど。
「明日、キミが動けるといいけどね……」
「……どういう意味だー?」
「お楽しみー」
「……そ、そうか……」
●PM1:1X
「いやー、やっぱり和服って足のない幽霊にはぴったりのデザインだよね! 上半身だけでいいし!」
「練達の映画に出てくる怨霊みてーで最高だぜハッピーさん!」
「ハッピーさんを幽霊みたいな扱いするんじゃないメープル、いや……幽霊だけど」
時は過ぎて昼過ぎ、若草色の和服に身を包みノリノリのハッピーに引きつられる様にサイズ達は呉服屋を出て、近くの茶屋で一休み。秋の寒気に湯気を上げる、舌を火傷してしまいそうな茶に口づけ、サイズは思い悩むように天を見上げる。
「服を借りてるだけでもうこんな時間、先が思いやられるな……」
「えー、そういって一番これがいーあれがいーって悩んでたのサイズさんだったじゃん☆」
「うんうん、めっちゃとっかえひっかえしてた!」「ねー!」「ねー」
「……くっ」
そんなつもりはなかったのだが、ハッピーの晴れ着を見てサイズが気合を入れすぎてしまったのは否定できない。和気あいあいとするハッピーとメープルの姿を眺めながらばつがわるそうに再び湯呑みを手に取ろうとした時、静かに彼の前に和菓子の置かれた盆が並べられた。
それは赤紫の羊羹の様な艶のある生地に、新鮮な栗が埋め込まれその大きな形を主張しているものであった。
「おー、ちっこくてかわいいお菓子……って私が大きいんだった」
「サイズさん、これ何かな?」
「たしか栗羊羹って奴だな……いや、これは」
切り分けた栗と生地へ爪楊枝を刺し、口へ放り込めばみずみずしく、もっちりとした弾力とほのかな栗の甘い蒸気が広がる。蒸し上げて作られたその独特の感覚は羊羹とは似て非なるものであった。
「サイズさん、これ美味しいよ、なんていうのかな!」
「品書きがついていたはずだ、メープル、そこにある紙を」
甘いものに目がなくもぐもぐと頬張るメープルは無言でうなずき紙を手渡す、書かれていた品名は栗"蒸し"羊羹――なるほど、蒸している分、食感が違うのか。おそらく使われている生地の材料も寒天とは違う澱粉質の物だろう、弾力のある食感にも納得がいく。そんな事を考えてるうちに空のお皿を手にメープルが威勢よく声をあげるのだ。
「ごちそうさまーっ!」
「え、もう食べたの!?」
流石は妖精、甘いものに目がない。メープルにサイズが驚かされたのもつかの間、今度はハッピーがサイズの肩を叩いて振り向けば木匙の上に一口サイズの蒸し羊羹が。
「はい、あーん♪」
「あ、あーん……んっ」
次から次と押し寄せてくる情報に思わず口を閉じてから強烈な羞恥心にサイズは唇を閉じたまま震えてしまう。
「ふふ、ふふ、サイズさんったら、もう……あはは!」
「あっ、あっ、あーっ! しまった! 残しとけばよかったー?!」
「はいはい、メープルさんもあーん☆」
「あーn……
楽しそうに微笑むハッピーさんと悔しがってじたばたしながら咥え込むメープルを見て、更にサイズは恥ずかしくなって。一刻もはやくこの甘ったるい茶屋から抜け出そうと決意してしまうのでありました。
●PM4:XX
人々の喧騒の中、乾いた火薬の炸裂音が鳴り響く。煙を拭き上げるコルク銃、カランカランと甲高くなる鐘の音。あれは射的の屋台だろうか。なるほど、海洋と交易が大分進んだこともあるのだろう。異国の文化が積極的に混ざり始め、地球という地の秋祭りに近い様式へと様変わりしつつある、そんな感想をサイズは抱いた。
「サイズサイズサイズ! あのばきゅーんって奴やりたい! ばきゅーんってやつ!」
「サイズさん! あっちに面白そうなもの売ってる! 見に行こうぜい!」
そんな事を言いながら目を輝かせるメープルに、お土産のけん玉やら何やらをせがむハッピー。片や斜め右前に、片や斜め左前に。つまりベクトル合成されて純粋に前方向にずるずるずるとサイズの足は引きずられていく。そんで前に行けば二人は次の屋台に目を取られて更に前に前に。
「ふ、ふたりとも、そろそろどこに行くか決めないと……あれとかどうだ?」
間違いなく自分が決めないと何処かへ連れて行かれてしまう。そうサイズが慌てて指さしたのは一際大きな屋台。何やら長机が敷かれ、座布団に座った子供達が何か大きな爪楊枝の様なもので硬い色の付いた菓子を突いている。
「サイズさん、カタヌキ……ってなんじゃらホイ!」
「どうやらあの溝の通り菓子を壊さず掘り出したら景品が貰える類らしい。少し気になるな……」
「サイズったら、お出かけでも職人気質なーんだ」
ニヤけるメープルにそういうわけじゃないと軽く否定しつつも、童心が疼かなかったかといえば嘘ではなかった。
「よーし、じゃあ私達も付き合ってやろー☆ というか割ってもあのお菓子美味しそうだし!」
「あ、味は多分保証できないと思うが……いいのか?」
メープルに引っ張られながらちょっぴり恥ずかしい気持ちで問うサイズに、ハッピーがウインクして親指を立てる。
「もっちろん! サイズさんのためのお休みだもん! やりたいことやろうぜ!」
「ハッピーさんも……ありがとう……よ、よし……やるからには元を取るくらいやってやるぞ」
「そうこなくちゃ!」
結局、いざ始めてみれば意外とハッピーの方が型抜きが上手くてサイズが大人気なく夢中になってまったり、メープルが念力を使ってズルしようとして止められてしまったり。時間を忘れて楽しんだあとは花火大会の時間まで屋台を回って美味しいものをいっぱい食べて。最後は一つのドリンクを3人で仲良く吸って、サイズもメープルもハッピーも、こんなにこんなに幸せになっていいのだろうかと考えずには居られないほどの幸福に包まれてしまったのでした。
「サイズさん、ほっぺにイカさん付いてるよ!」
「え? どこだ? 気づかなかったな、取ってくれると……ッて!?」
「あ、ハッピーさん! キスしてー! それメープルの役割ー!」
「はいはい、メープルさんにもしてあげるからね!」
「わーい……って違う! 私がやるのー! これ二回目ー!」
「……はは」
「うわーん! 今度はサイズにも笑われたー!」
●PM7:58
「ふたりとも、逸れるなよー」
「「はーい」」
夜八時、太陽がすっかり沈み暗闇が空を支配した頃。祭りの終端である川辺には押し寿司になってしまいそうなほどの一杯の人々、その人混みをかき分け、なるべく奥へ、奥へと歩いて行く。
手を振るサイズに着いてくる様に、ハッピーさんは可愛らしいいちご飴を片手に、メープルはすっかり地面を歩きなれた様に楽しげにステップを踏みながら大きなりんご飴を手に、ふたり楽しく手をつなぎながら歩いて行く。
「ねーねーサイズ、ここに種まいてばーって成長させたら、花火見やすくなるんじゃね!」
「迷惑だからやめておきな、ほら、ここ辺りならよく見えるだろう」
「静かになってきたねー、もしかして、もう始まってるとか?」
ハッピーの言葉にふと空を見上げるサイズの視界の隅に何かが映る。それが最初の1発目であるということに、彼はしばらく気づかなかった。
「そうかもしれないな……お?」
「……!」
空気を突き抜ける甲高い音に観衆も、3人もまた静まり返り――勢いよく広がる大輪の花。無数の火花が折り重なり内側から緑に、蒼に、そして橙に。金属の欠片が作り出す炎の芸術に魂を吸い込まれてしまいそうになった刹那――空気を震わす灼熱の轟音に意識は逆に吹き飛ばされる。
「すっご……」
ハッピーの息を呑むような声に言葉を交わす間も無く、次々と立ち上る火柱、そして暗闇の空に浮かぶ大輪の花。次第にその刺激に当てられ、観客にもどよめきが広がり、そして。小さな火炎玉が数十、数百と次々と各地から解き放たれる。
「わ、わわわわ、あわわわわ!」
見慣れぬ花火に慌てるメープルの手をそっとサイズが握りしめると、もう片方の手も自然と暖かく火照る。振り返れば光彩に揺れ動くハッピーの顔に焦点があい、思わず目を見開いてしまって。照れ隠しの様にそっと二人の手を引っ張って。
この美しさを語るのに言葉は要らない。側で、見ていたい。本当に美しいものは、こんなにも――
「や、っばい、やっばいよサイズ! 話とか映像では見たことあったけど。想像以上だよ、これ! あ、まだ来る!」
「サイズさん、綺麗だね」
「……ああ。本当に、綺麗だな」
音が、歓声が、二人の歓声以外は聞こえなくなってしまうほどに、惹き込まれるものなのだ、と。
「たーまやー! かーぎやー! サイズさんもいっしょに!」
「え、俺も言うの!?」
「あれー、サイズは知らないのかー? 再現性東京じゃそういうみたいだぜ! 何の意味があるか知らないけどさ!」
「メープルまで……いや、知ってるけどさ……その、恥ずかしくないのか?」
「大丈夫大丈夫! たくさん人いるし! ここに知り合いはメープルさんとサイズさんしかいないから、ほらミ☆」
「あ、ああ、たーまやー……」
「どうしたサイズ! 声小さいぞー!」
「かーぎやー……」
いつまでも続くかと思うほどに長く、それでいて飽きること無く。色鮮やかな花火に包まれて。若草色と紺色と橙色の浴衣に身を包んだ三人は寄り添い、声を張り上げて。いつまでも、いつまでも。
「ねえサイズ、平和になったら妖精郷でも花火作ろうよ!」
「それ賛成♪ 職人サイズさんの腕の見せどころって感じだね!」
「言われると思ったよー……まあ、これくらい綺麗に作れるかはわからないけど、炎色反応や魔力の伝導路を活かせば、きっと……再現はできるかな」
「じゃあ帰ったら早速作ろう、ね!」
「早速か、随分と大きく出たものだな……」
空が静寂に包まれるまで、包まれてからもなお、余韻が3人の中を通り過ぎていくまで。川辺を離れようにも、離れられないのでありました。
●
「……騒がしい1日だったな」
屋台でもうちょっとだけ飲み食いして、歩き疲れるくらいに歩いて。たどり着いたのは都にある立派な温泉旅館。
「なるほど、紅葉が綺麗で……メープルらしい旅館の選択だ、な」
湯が注がれ、どこかに流れていく。秋風に吹かれて、ひらり、はらりと立派なイチョウの木から見事な黄色い葉が揺れて落ちていく――そんな微かな音が延々と聞こえるのだが、さきほどまでの喧騒と比べれば嘘みたいに静かで……寂しい。そんな感想を、サイズは抱くのだった。彼の浸かる露天風呂はとても熱くて、強い硫黄の匂いを放っていた。その匂いを感じながら、湯船の外に置いた鎌に手を重ねて、思考にふける。
ハッピーも、メープルも、彼をせわしなく振り回す。その一時こそが、どんな財宝よりもかけがえのないものである……そんなありきたりな事をわかりきっているのに、何故こうもひしひしと鎌に染みる思いが押し寄せてくるのだろう。
先程まで高い塀の向こう側から聞こえていた二人の黄色い歓声は不思議と途絶えていた。耳を澄ませても聞こえるものはない。彼女たちは、今頃何をしているのだろう――
(……考えるのはよそう、きっと今頃、先に湯船をあがったんだろうさ……)
息を吐き、見上げた空はどこまでも透き通るような黒。星が無尽の光を放ち、その中で輝いている。空を見るたびにふと、あの夢檻の幻覚が過るが、ここには星がある。世界がある、愛する人がいる。月は、あいにく無いけれど。月見団子を食べようと張り切っていた二人は気づいたらどうするだろう、案外、気にせずにそのまま食べ始めようとするのだろうか。
「……あがってから、考えよう」
思いにふける時間はそう長く許されていない。明日か、明後日にはここを出て、次の戦いへ。海洋か、鉄帝か、それとも世界の果てか。突風が吹き、葉や土煙が強く吹き上がる――それはなんの気まぐれか、サイズの人差し指と中指の間に葉を挟めたのであった。それは、ちょうど葉脈に遮られ、中央で紅と黄に分けられている、大きな大きな銀杏の葉であった。
「秋の魔力が、一際強く――」
無意識にそんな事を呟いて、立ち上がると火照り揺れる体を抱えながらサイズはゆっくりと個室へと帰っていく。二人ともっと居たい、そう思うのは罪なのだろうか、そんな事を心の片隅で思いながら。
ふと、どこかで湯が揺れる音がした、そんな、気がするのであった。
おまけSS『SECRET:妖精たちの夜宴』
躰に染み付いた硫黄臭い湯が気化する涼しさを感じながら、軒下の縁側から見上げた空は信じられないほどの数の星々が瞬き、暗闇の世界を演出している。サイズが個室に戻ってきた時、書き置きにはこうとだけ書かれていた。
『妖精の大きさで、お話したいな』
両手を縁に置いたサイズの手に、温かい手が重なった。
「お月見団子でも買ってさ、月が綺麗と言いたかったけど、新月だったんだねー……道理で安かったわけだ」
「今まで気づいていなかったのか……次は月齢くらいちゃんと見ておくんだな」
「そーしまーす」
星の明かりだけでもよく分かる。綺麗な亜麻色の髪の少女は、目を細めてはにかむ様に笑う。そして、サイズの手を伝ってくる、温かくも甘い、秋の魔力。感じたことのないような、包み込んでくるような、暖かさと、恐ろしさ。この魔力には覚えがあった、そうだ、大樹のふもとで、かすかに見た、あの幻影の――
「でも、月なんて無くてよかったかも。だって、さ。誰も見ちゃ居ないってことだろ」
メープルの躰がサイズにより掛かる、腕が肩に伸びて、頭が近づいて。彼女の体の暖かさに、心を奪われる。涙で揺れる彼女の瞳に、心が揺れる。
「メープル」
「……わかってる、はしたないまねだって」
肩を上げて息を荒げて。メープルの瞳が揺れている。自分と、ハッピーさんだけが知っている、メープルの秘密。
「キミがこっちの私がスキなのは知ってるさ。けれど、私の体は、
彼女は妖精女王だけが生きる意味だった。けれども今の彼女は、違った。もう一つの生きる意味が生まれていた。それが、数百年と少女のままで固定していた彼女に変化をもたらしていたことを、漂う魔力の変化で知っている。そしてそれは、この豊穣に漂う秋の魔力で、加速しつつある事も。
彼女の今の夢、それは、俺と――
「ごめんねサイズ、私……ハッピーさんとキミが、両方いる今、ならって」
彼女の
けれども。それがメープルの望みなら。
「言ったろ、メープル――見る覚悟なら、いつでもできてるって」
彼女の言葉を奪うように、唇を重ね合う。瞳を閉じて、ここまでなら、何度もしてきた、そう、ここまでなら――だけど。
唇の内側へと入り込んできたそれは。
「……っ?!」
それはいつもの様に、甘えてしてくる無邪気な少女の口づけではなかった。甘い、甘い、甘い、あまい、あますぎる、舌が、自分の舌に絡む、熱い、熱い、あつい、アツい舌ガ、絡んデクる!?
(なんだ、これ、頭が、濁って――)
『ごめんね、サイズ、うん、ごめんね、見せる、だけ、だよね』
声すら、響いてガンガンと侵食してくる。別の、誰かの声も聞こえる。
『……ありゃ、サイズさん、大丈夫? なんか目を見開いて幽霊みたいに……』
『はは、大丈夫さ。ちょっと効きがいいだけ……多分ね』
ああ、反対側の手にも、温かい感覚が乗っかっている。声が重く、2つの方から響いてくる。メープル、ハッピーさん……。
『ズルい女だよ、私は醜い女だよ、サイズ。私は……キミが嫌だと知っていながら、キミが妖精の血で赤く染まるのを知っていながら、
自分だけに囁きかけるメープルの髪が更に伸びる。背丈が、体躯が、成長する。少女から乙女へ。秋の魔力が彼女を祝福し、精霊から大精霊へ。かすかな嬌声を上げながら、豊満な
『サイズさん、嫌だったら、言ってね、私が止めるから』
意識を喪いたいのに、ハッピーさんが体を支えて、優しく語りかけてくれる。まぶたが重いのに、意識だけがさめていく。
柔らかい胸が和服越しに胸板全体に熱い感覚を伝えてくる。目を細めた、大人のメープルが、もう一度……唇と舌を、熱く、重ねる。
『だからなのかな、甘いだろ、熱いだろ、キミの欲望を後押しするような、甘い、昏い――はは、涙も、唾液も、血すらも、ぜーんぶ、ぜんぶ、ドリアードの蜜の毒……はは、またキミに、先を越されちゃったみたいだけどね……意識を失わないくらいには、耐えてるじゃないか』
『とっても甘いよね、ずっと、ずっと、こうしたくなっちゃうくらい、甘いよね……』
ハッピーさんが自分に甘えるように頬ずりをして、ああ、自分の目の前でメープルさんと、抱きしめて熱く舌を交わしている。あの中に入りたい、違う、俺は。なのに。なんで。
『でもまだ足りないの。キミたちに尽くしたい、恩返しをしたい。こんな方法じゃだめだってわかってるのに止められないの。淫乱なニンフって蔑まれてもいい、キミのお嫁さんにふさわしく……なりたい。こんな私を好きになってくれるなんて、ああ、キミはいい妖精だ、嫌われちゃうかも、しれないけど』
わからないけど、二人の体温に包まれて。幸せな気分に満たされた。後で、後悔してしまうかもしれないのに。理性という枷だけが壊れて、メープルとハッピーさんと一緒に。
ああ、熱い蜜の中に、魂すら、呑み込まれてしまうかのように。ああ、ああ――熱い、口の中が、甘い。
『今はまだ、キスだけだよ。サイズ……だって、私もまだ、受け止められるのは、怖いんだもん』
――ごめんね、サイズ、愛してる、愛してる、愛してル――
熱い呼び声だけが、頭の中に響き続けていた。
●あとがき(?)
・改めて、メープルが大人(ドリアード)の姿をサイズさんとハッピーさんだけに見せる用になりました。
でも、『自分に素直になりすぎてしまう』ためまだサイズさんには許可されないと怖くて見せれない様です。