SS詳細
Nothing's forever.
登場人物一覧
●
「あれ、星穹殿だ。おはよう、どこかへ買い物かな?」
扉を開いた星穹は、丁度お隣さんのヴェルグリーズが室内へ入っていく瞬間とばったり遭遇する。
嬉しそうに笑うヴェルグリーズとは対照的に星穹はやや焦っているように見えた。尤も、彼女のことをよく知るヴェルグリーズだから見抜けただけなのだけれど。
「……っ、ヴェルグリーズ。おはようございます。貴方、今日は依頼だった筈では?」
「あはは、実は明日だったんだよね。準備をしていたんだけど今日は手持ち無沙汰になっちゃったんだ」
「なるほど、そういうことでしたか。今日はゆっくり羽を伸ばしてくださいね」
「どうして? 星穹殿のことを手伝いたいな。駄目?」
「だ、駄目……という、訳ではありませんが。でも、だって……貴方、準備とか、どうするんですか」
「ん? 服を変えてくるだけだよ。少しだけ待っててくれると嬉しいんだけど」
「……はぁ、仕方有りません。本当に、少しだけですからね!」
・
・
・
ほんとうに、すこしだけ。
三分も待ったら出掛けてしまおうと決めていたのに、結局そんな事もできずに並んで歩いている。
(……私、彼に甘すぎるわ。本当に!)
困る。用意しておいたプレゼントを包装するものが必要だから買いに行こうだなんて思っていた矢先に見つかるだなんて。
運命的なのか、もはや宿命なのか。会えたこと自体は嬉しいので、差し出された手をとって二人の歩幅で歩んでいく。
「最近はよく冷えるね」
「そうですね。ヴェルグリーズは指先が冷たいような気がしますが」
「うん、剣だからね。星穹殿が暖かいから、熱を分けてもらおうかな」
「……仕方ないですね」
華奢な指先が触れる。傷だらけで、少しだけ固くて。それでも女性らしい細いそれが、確かなぬくもりを孕みながら。
「そういえば今日はどこへ向かう予定なのかな?」
「ええと……」
まさか百均で飾りのアイテムを買おうと思っていたなんて言えるわけもない。適当に予定をでっち上げなくては。
「……雑貨屋、ですかね?」
「はは、俺に聞いてどうするの。じゃあ近くに良い店を知ってるから、星穹殿を案内してあげるね」
「あら、そうなのですね。ありがとう、ヴェルグリーズ」
なるほど、彼のおすすめと言うだけ合って安心の店だ。店長とは顔なじみらしく談笑している間に商品のいくつかを見て回る。
(あ、)
濃紺のリボンと真っ白な箱。
(……いい、かも?)
だけれども彼が見ている前では買うことが出来ない。とりあえず置いておいて、他のものも見ることに。
愛しい息子が使う食器はもっと揃えてあげたいし、写真立てだって買っておきたい。それから、いくつかのレターセットも。
「決まった?」
「……はい。これにしようかと」
「うん。じゃあ、はい」
「え?」
「ふふ。星穹殿はいつも頑張っているからね、ちょっとしたお礼だよ」
「でもそれは、私の買い物ですし」
「空のものだってあるだろう? なら親として俺が払うのも当然だし。ね?」
「……はぁ。困ったものですね」
「お互い様じゃないかな?」
さらりと手から奪い取られた籠。ヴェルグリーズがレジに並んでいく。
有り難いような、心苦しいような。けれどそんなことで足を止める星穹ではないのだ。
「すみません、あの……彼に内緒で買いたくて。此方でお会計をお願いできませんか?」
貴方の未来の幸せは約束されているべきだ。花道だけを歩んでくれたのなら、どれだけ嬉しいだろう。
だから、だから。……彼の幸せは、私だって作らなくてはいけないのだ。
一生懸命準備もした。
沢山の人に手伝ってもらった。
だから、後は。彼を喜ばせるだけなのだ。
「……すみません、お待たせしてしまいましたね」
「いいや、大丈夫。何かあったの?」
「いえ。迷子の子が居たようでしたので、店員さんに声をかけていました」
気付いている。ヴェルグリーズの視線が此方を向いていたのも。嘘をつけばそれ以上の詮索をしないことも。
鞄の奥に押し込んだ本音はきっと。いつか貴方を傷つけてしまうだろうか。
(……貴方を失うことが、怖いだなんて、)
随分と馬鹿になったものだ。
最初から彼は剣でしかない。そこに付随する感情なんてきっと、私が悲しまないように同調してくれているだけなのだ。
そうでなければ。私は、彼と空を残して死ぬことに耐えられそうにない。
(それならいっそ、最初から出会わなければ幸せだったのかしら?)
手を繋ぐ温もりが。やけに、痛々しい。
●
もしかして。と、彼女の部屋へと続く扉を、合鍵を使って開く。
彼女がいつ帰ってきたって構わないようにと荷物を解いておいた。それから、埃がたまらないようにと掃除機をかけておいた。だから覚えている。
「あれは……」
小さな箱なんて。テーブルの上にはなかった。
靴を揃える余裕なんて無かった。走って。それから、遺品のように素っ気なく現れたそれをまじまじと見つめる。
きっと彼女は解っていたのだろう。だけど何も言わなかった。相談することもなく、行ってしまった。たった一度手紙をよこして、問いかけただけで行ってしまった。
小さな箱にリボンに。それはあの時彼女が買って、嘘で隠されたそれで。まさかこんな形で出会うことになろうとは。
それにしても一体どこまで自分が消えてしまうことを当然のことのように感じていたのだろう? 置き手紙の次は誕生日プレゼントだなんて。
「……そんなの、ずるいじゃないか」
――誕生日おめでとう、ヴェルグリーズ。
手紙は添えられていたけれど。けど、そんなものを読むつもりにはなれなかった。いくつもの反省と、謝罪。それから、自分を想う数え切れないほどの感謝と、願いと、幸せが込められているに違いない。
そんなこと知っている。解っている。彼女のことならば一番理解している。
だから嬉しい。嬉しいに決まっている。けれど、これだって。
「キミの手から貰えないと、どうしようもないじゃないか……っ!」
投げ捨ててしまいたいような気さえした。こんなもの要らないと叫びだしてしまえたのなら、どれほど良かっただろう。
「星穹殿……星穹殿、星穹殿……ッ、」
――もう、どうしたんですか?
呼んだって笑ってくれる彼女はもう此処には居ないのに。
――貴方は『誰』ですか?
重なる。
いつかの日、振り返った彼女の笑顔と。
あの日、ヴェルグリーズを知らないと困惑した表情で見据えた、つい先日の彼女が。
「……ッ、星穹!!」
どれも。どの瞬間も。かけがえなく煌めいていた筈なのに。
――私も。絶対に忘れたりなんか、しませんから。
些細な記憶なんて言葉で片付けることが出来ようか。
もうヴェルグリーズはとっくに、星穹を大切なひとだと思っているのに。たった一人で背負わせるつもりなんて無かったのに。
「どうして……ッ」
俺は、掴めなかったんだ。
あのまま無理やりにでも連れ帰ればよかった。
抱きしめてでもいい。抱き上げてでもいい。
キミが此処に居ない。その事実が、酷く虚しい。
箱を開く。小さな光を携えて輝くピアスはきっと、ヴェルグリーズの想いなんて知るはずもない。
貴方の幸せを必ず約束する――なんて。ちっぽけな箱を抱きしめて蹲るヴェルグリーズのどこが幸せなのか。
押し付けがましい約束と優しさだけを残して消えた彼女が、彼の背中を撫でることはないのだから。
――大好きです。だから、幸せになってくださいね。
おまけSS『二つ目の置き手紙』
あら。これまで見つかっているということは、そろそろ数ヶ月戻っていない頃でしょうか。
困ったものですね、なんて。ヴェルグリーズのほうが困っている頃でしょうけれど。
ごめんなさい。未練がましいというか……でも、貴方の誕生日だけはお祝いしたかったの。来年があるようにと、祈っていたから。
さて。ええと……お誕生日、おめでとうございます。
今年の誕生日はピアスです。なんと、サヨナキドリで購入させていただいたんですよ。その話は……私が戻らなければ、商人様に聞いてください。
貴方の耳朶にはまだ穴が開いていなかったでしょう? だから……これも、本当は直でお願いするべきなのでしょうけれど。
貴方に傷を残したいと思っていて。……文字にすると、なんだか酷いような。
忘れないでほしいです。貴方は忘れないなんて簡単にいってしまうけれど、きっと伝わっていないと思うんです。面倒な女でしょう?
……だから、穴を開けてもらいたかったの。わがままですけれどね。
そのピアスは捨てるのが面倒であれば私がつけますので、無理のないように。穴を開けるのは痛みも伴いますからね。
空は元気ですか? 食育は難しいと思いますが、なるべく好き嫌いがないように育ててあげてくださいね。
困ったことがあれば友人を頼ってください。貴方は誰にも悩み事を吐きませんから。
母として。それから、貴方の育児パートナーとして。不安です。置いていくのは心苦しいのですが……こればかりは。許して下さいね。
そうそう、ピアスなのですが。魔力を流し込めば願い事が込められるらしくって。
だから、貴方の永劫の幸せを願っておきました。叶いますように。
最後まで沢山迷惑をかけてしまいそうです。ごめんなさい。
ヴェルグリーズ。
大好きです。だから、幸せになってくださいね。
そうじゃなきゃ私、地獄で貴方を呪ってしまうかも!
星穹