PandoraPartyProject

SS詳細

猫の街は閑に眠る

登場人物一覧

Lumilia=Sherwood(p3p000381)
渡鈴鳥
マルベート・トゥールーズ(p3p000736)
饗宴の悪魔

 廃墟には二つの種類がある。
 一つは歴史、文化、学術的に価値が高い、いわゆる遺跡と呼ばれる存在だ。
 しかしながら手つかずの遺跡が見つかる確率は非常に低く、殆どの場合において「廃墟」として発見される場は荒れ果てた忘却場であった。
「この街はどちらの側面が強いのかな」
「今のところ『どちらとも』と言えますね」
 視界が急速に薄水の空を映し出す。
 濃霧を抜けた丘の上に、その街は存在していた。
 文明が自然に埋没しつつあるこの空間で、外の空気を感じられるものと言えば訪問者であるLumilia=Sherwoodとマルベート・トゥールーズの二人だけであった。
 白靄の中から足取り軽く現れた黒と白の美しい乙女を、この街の小さな主たちは各々の態度で出迎えた。
 びっくりして逃げ出すキジトラに、興味深々で後をつけてくる黒猫。一瞬立ち止まったものの、すぐに追いかけっこの続きへと戻る小さな栗色の毛玉たち。
「……かわいい」
 Lumiliaは月光のような瞳を柔らかく細めて周囲を見やった。猫たちを見る瞳には静かな喜びが滲んでいる。思わず感情が零れたLumiliaをマルベートは満足そうに見つめた。
「廃墟と聞いていたけれど、存外活気があるね。調査のしがいもありそうだ。もう少し奥まで進んでみようか」
「はい」
 人の気配が無くなって久しい、丘の上の街。
 けれどものんびりとした賑やかさが失われていないのは、瓦礫のいたる所でくつろぐ猫たちの姿があるからだ。
「うんうん、これは確かに『猫の街』と言えるね」
「不思議ですね。彼らは何故この街に留まり続けているのでしょうか」
 街の中には、やはりと言うべきか、人の気配が感じられない。
 代わりに猫たちが訪問客に何らかの反応を見せた。
 好奇心旺盛な猫はマルベートとLumiliaの足元にまとわりつき、何度も足を止めさせた。
 挨拶するようにふくらはぎへと額をこすりつけてくる首元をくすぐってやれば満足して去っていく。それに気がついてからは、二人で交代しながら挨拶にやってくる猫の相手をしている。
 一方で、二人に無関心の猫も多かった。
 石畳を突き破って成長した常緑樹の上で昼寝をする白猫たちの中に、どうにも見覚えのある猫がいる。
 Lumiliaは中身を確認するようにそっと鞄へと手を伸ばした。
「……アイリス?」
 いつのまにか鞄から抜け出していた白い友人の名を呼べば、自由な白猫アイリスは片目を開けて応えるように真っ赤な口を大きく広げた。見事な欠伸だった。
 ――ここでのんびりしているから、街の調査をするならお二人でどうぞ。
 振り子時計のような尾が揺れる様は、そう言わんばかりの緩やかさだ。
「帰る時は呼びますね」
「また後でね、アイリス」
 ニャア。
 マルベートとLumiliaを見おろしながら、アイリスは了解と云わんばかりの擦れた声で見送った。


 その第一報をマルベートがローレットで聞いたのは偶然だった。
「幻想北東の山間部で無人の街が発見された」
「あの辺りに無人の街なんてあったか? 事件性は」
「今はまだ何とも言えない。ただの廃村という可能性も高い」
「その割には深刻そうだな。何故今まで報告が無かったんだ」
「見つからなかったからだよ。数度調査チームを送ってみたんだが、深い霧に阻まれて空振りだ」
「魔術か? もしくは何かの法則でもあるのか? 発見した奴らは何と言っている」
「ああ。女二人組の冒険者だったんだが、たまたま霧の中を歩いていたら猫だらけの街にたどり着いたと」
「猫? なんで突然猫が出てくるんだ」
「知るかよ。それを調べに行くんだろうが」
「調べられてねえじゃねえか」
 次第に険悪になる情報屋の会話を聞き流しながら、マルベートはLumiliaの顔を思い浮かべた。
 猫のアイリスと旅をしているLumiliaは、きっと猫が好きなのだろう。誘ったら一緒に行ってくれるかな。
「それ、私が調査に行ってもいいかな?」
 声をかけられた情報屋たちはぎょっとした様子で振り向いたが、声をかけてきたのがマルベートだと分かると少しだけ肩の力を抜いた様子であった。
「ああ。別に構わないが……アンタが行くとただの調査依頼なるぞ。悪魔サンには少し物足りねェかもしれねえ」
「それに、いるのも猫で狼じゃないぞ」
「分かっているよ。猫。だから良いんじゃないか。じゃあこの依頼は貰っていくから記録しておいてね」
 口早に告げたマルベートは、苦笑気味の情報屋たちに背を向けてローレットを後にした。
 黒睡蓮の館を訪れる白い旅人の、喜んだ顔を思い浮かべながら。
「ねえ、ルミリア。こんな依頼を見つけたのだけれど、良ければ一緒に行ってみないかい? 猫、好きだろう?」
「猫、ですか」
 ルンルン気分で突如現れたマルベートに、最初は驚いたLumiliaであったが、手渡された依頼書を素直に受け取った。
 彼女が依頼書の内容を読んでいる間、マルベートは己が柄にも無く高揚している事に気がついた。そして、Lumiliaに誘いを断られた場合、自分がひどく落ち込むのであろうという予感を得た。
 感情の上下は普段も存在するが、どうにも揺れ幅が大きい。
「どうだろう。ダメかな……突然だったものね」
 読み終わっても無言のままのLumiliaに不安を覚えたのか。マルベートの寂しそうに言った。頭とお尻にくぅんと垂れた狼耳と尻尾が見えるようで、思わずLumiliaはくすくすと笑う。
「喜んでご一緒させて頂きますよ。どうして無人の街に猫が住み着いたのか、そこが気になってしまって考え込んでしまいました。すみません」
 Lumiliaの返答を聞くなり、ぱっとマルベートの顔が華やいだ。
「そうだよね。どうして猫がいるのか、気になるよねっ。無人の街の秘密を解き明かすのも楽しみだし。それに、ああ、良かった。ルミリアと一緒に出掛けるのが今から楽しみだよ」
「お誘いありがとうございます、マルベートさん」


 高い丘の上に造られた石造りの街は、まるで段々畑のようだ。
 崩れ落ちた街壁や石造りの家屋はかつては美しいモザイク模様を描いていたのだろうが、今や癇癪で壊された積み木細工の如き有様だ。
 かろうじて外壁の跡地として分かるバターやチョコレート色の石材にはクマの毛皮によく似た苔や、静脈のように盛り上がった木の蔓が張り付いている。
「不思議だね。野ざらしだけれど、民家の中はどれも綺麗な状態だ」
 もはや屋内とも言えない家々を覗き込みながらマルベートが言った。
「箪笥や石窯、鍋や鋤といった生活必需品らしき残骸はあるけれど、必要最小限といった具合だ。ここに住んでいた人たちは随分と清貧を好んでいたようだね」
「オモチャもあるようですが、とても小さいです。赤ちゃん用、でしょうか」
 ロープを巻き付けた木片に、羊の毛を丸めただけのボール。どこの家でも、探せば似たような玩具を見つけることができた。
「そうだね。猫たちにとっては、遊び道具がたくさんあるように見えるだろう」
 どれも猫の毛まみれだ。そう言いながら黒髪の主人はくすくすと笑った。優しい夜に光る、星のような笑い声だった。
「このテーブルセットが原型を留めていれば、二人でディナーをするにはぴったりだったんだけどなぁ」
 マルベートはひょいと腰をかがめると、爪とぎの結果として残された椅子の残骸を拾い上げる。
「ここからだと星を見ながらのディナータイムになりそうですね」
「ロマンチックな食事になりそうだ」
「花瓶に活けるお花でも探してきましょうか」
 微笑みながらLumiliaはマルベートの手元を覗き込んだ。
「ここに彫られているのは、お花と猫の模様ですね」
「そうみたいだね。随分と愛らしい模様が多いなぁ」
 今は無残な木片だが、かつては花や猫が彫られていたのだろう。薄らと在りし日の生活の名残が見えた。
 マルベートは視線を斜め上へと向け、かつて梁と屋根があったであろう場所に視線を走らせる。
「しかし同じような造りの家ばかりだ。ここも、二階と地下室の無い平屋建てだし、特別といって変わった様子もない」
 そう告げるマルベートの言葉には、何かを懐かしむような郷愁の色が微かにあった。
「人数が多い家族なら、この狭さは窮屈だったでしょうね」
「そうだね」
 視線を落としながらマルベートは思案げに呟いた。
「それに、見て下さい。この家にも猫用の食器がありましたよ。この街に住んでいる人たちは昔から猫を家族として見ていたのでは無いでしょうか」
「なら、この扉にある小さな穴は猫用の入り口だったのかな」
 入口付近に散らばった腐敗した木片をパズルのようにつなぎ合わせ、マルベートは不自然な途切れ目を見つけてみせた。
「あの状態から……?」
「ルミリアに感心して欲しかったから、頑張って復元してみたよ」
 目を丸くするLumiliaに向かって、照れくさそうにマルベートは頬を掻いた。

「ルミリアは、此の街に人が居ない理由についてどう感じた?」
 歩きながら、マルベートはLumiliaへ問いかけた。その横顔は優しく、気品に満ちている。まるで優雅な黒猫のようだと思い、Lumiliaは慌てて心の中で否定した。狼を友とするマルベートに対して、失礼かもしれないと思い直したからだ。
「盗賊、戦争、徴兵。争いが原因では無かったのだと思います。家や壁が崩れた原因は経年劣化や主でしたし、街のなかを見て回っても強制的に行われた戦闘の痕跡が見られません。何より鉄が農具として残っています。個人的な主観としては……」
 Lumiliaは周囲を見渡した。肌に涼やかな水気を感じたからだ。
「必要最小限の家具しか置かれていない家や、街の規模に対して最後まで舗装されなかった道。此処は誰かが逃げてきた、隠れ里のような街なのだと思います。静かに、緩やかに。衰退する道を自ら選んで此の街は寿命を迎えたのではないかと、そんな印象を受けました」
「そうだね。私もそう思う」
 群青色の石で作られた側溝は使う者がいなくなった今も静かに役目を果たしていた。Lumiliaがしゃがみこんで水面に顔を近づけてみれば、さらさらと流れる透明な水流に抗う小さな魚たちの姿が見える。Lumiliaはてのひらを浸した。
「無人になった後でも、生き物は住んでいる。彼らはずっと、ここで静かに暮らし続けるのでしょうね」
「安定した静かで変わらない暮らしを羨ましく感じるかい」
 くすぐるようにマルベートは尋ねた。
「さっきの小さなテーブルセットのように、二人きりでずっと穏やかに暮らす自分を考えた事はある?」
 Lumiliaは初霜の睫毛を伏せ、淡雪のように呟いた。
「どうでしょう。たしかに、そういった暮らし方も素敵なものだと思います」
 雪解けの温度がLumiliaの肌をくすぐって、少しだけ体温を盗んでいった。
「けれど、私は渡り鳥で或る自分の生き方を誇っているのです。世界を漂い、巡り続ける。私の辿った足跡が小さな蝶のはばたきのように、いつかは実りあるものに成ると信じて旅をする。学び、啓発し、渡っていく。そんな暮らし方に戻ってしまうのが、私なのでしょう」
「それでこそ、だよ」
 顔を上げたLumiliaは、マルベートの優しい赤月の瞳ルベウスに自分が映っていることに対して少しだけ驚いた。
 マルベートはいつだってLumiliaに対して味方であろうとする。そのさりげない優しさと慈愛は彼女の湖で揺れる黒睡蓮の芳香のようにLumiliaへと寄り添うものだ。
「黒睡蓮の館はいつだって良き宿であれるように努めるよ。だからルミリア。宿り木が欲しくなったら私の屋敷に来ればいい。いつだって歓迎さ。おっと、これは前にも言ったかな」
「マルベートさんのお屋敷は、とても居心地が良いですから。また、長居しちゃいますね」
「そう言ってもらえると嬉しいよ」
 ふとマルベートを包む空気に華やかさが混じった。
「ああ、そうだ。そろそろルミリアの成人が近いじゃないか。その日が来たら腕によりをかけて料理するから期待していてね!!」
「覚えていてくれたんですか」
「覚えていて下さいと、言われたからね。まるで昨日のことのようだ」
 純粋に驚いた眼差しを向けるLumiliaに、勿論さとマルベートは大きく頷いた。
「あの時用意した極上の葡萄酒はルミリアの成人祝いのためにちゃんと取ってあるんだ。それに三年分の『埋め合わせ』の件もあるし、忘れてなんかいられないよ」
「三年……。長いと思っていたのですが、案外あっという間に過ぎてしまいましたね。ふふっ。ええ、埋め合わせ。ちゃあんと考えておきます」
 鈴のような笑い声があふれる。さざ波のように広がった幸福の色彩に、にゃあと猫の声がまじった。
「さぁ、行こうか。ルミリア。この辺りは石畳が崩れているから、足元に気をつけて」
「あぶないっ!!」
 マルベートの手を取ろうとしてルミリアはたたらを踏んだ。
 ぐらりと傾いたLumiliaの身体をマルベートの白い腕が抱きとめる。柔らかな感触と強い花香が肌に触れた。
「ごめんなさい、せっかくご忠告いただいていたのに」
「いや、ルミリアに怪我が無くて良かった。この辺りは濡れていて滑りやすいんだね」
 金色の瞳が見上げた先には、やや顔を赤らめた焦った女主人の顔がある。
「私の顔に、何かついてるかな?」
「マルベートさん、普段よりもお顔が赤いです。大丈夫ですか」
「ああ」
 頬に触れる指先は、先ほどまで水に浸していたせいか少し冷たい。
「少し焦ってしまったせいかな。それに、こんなに愛らしいマドモアゼルに抱き着かれたら流石の私も照れてしまうよ」
「ふふっ。相変わらずお口がお上手なんですね、レディ。でも」
 普段はナイチンゲールのように囀る清楚な小鳥が、笑う猫のようにニコリと告げた。
「私はマルベートさんの新しい表情を間近で見ることができて、何だか得しちゃった気分です」
 マルベートは目を瞠った。
 いつも大人なマルベートが珍しくも表に出した感情をもっとよく見ようと、Lumiliaは満月の瞳をめいっぱいに見開いている。
 その近さに、マルベートが珍しく内心で照れているなど露にも思わない。
「ところで、私達はどこに向かっているのでしょう」
「おや。まだ言っていなかったかな」
 余裕と距離をとりもどしたマルベートは白い人差し指を唇に当て、ひっそりと囁いた。
「答え合わせに行くのさ」


「此処は」
「お墓だよ。此の街に住んでいた住民の」
 緑の絨毯に並んだ石碑。刻まれた名をなぞるように、マルベートは優しく指をすべらせた。
 マーガレット、ハンナ、フェリーチェ、クララ。
「ここに着いた瞬間にね、懐かしい気配を感じたんだ。昔に訪れた女子修道院と似たような気配をね」
「女子修道院……」
 人里から離れ、清貧を善しとする隠遁者たち。
 Lumiliaが村で抱いた印象と、今までの旅で訪れた修道院の空気は確かに似ている気がした。
「神殿や祠、神像といった崇拝対象がどこにも見当たりませんでしたね」
「そう。そこが不思議だった。でもね、壊れた家を見ているうちに納得したよ。あれは、二人で住むために建てられた家だ」
「二人」
「そう。同性同士では家族に成ることは出来ても子を成す事はできない。もしかしたら可能なのかもしれないけれど、ここに住む人々はそうしなかった。代わりに猫を、子供代わりに可愛がったんだ」
 生産性の無い同性同士の恋を忌避する者は多い。それゆえに、この街に住む者は侮蔑する人の目から逃れるように此の街を築き、逃げ込んだのだろう。
「ここに来るまでの霧は結界だったのですね。逃げてきた方を保護するために張られ、人がいなくなった今もその役目を果たしている」
 Lumiliaは背後を振り返った。
 二人の背後には白猫と黒猫が座っていた。
 霧のような毛並みの白い猫と、濃紺色の猫だ。二匹は、街に入ってきてからずっと二人の後ろをついてきていた。
 炯々とした瞳孔は金と紫の輝きを見せていた。それは自然に発生する色ではない。帯びた魔力の質によって変化したものだ。
「貴女たちが街を守っていたんですね」
 ニャア、とどこか誇らしげに黒猫が鳴いた。揺れる尾は四本。
 Lumiliaの言葉を理解したように鳴くことと良い、明らかに普通の猫では無かった。一方で白猫の方はじっと探るように二人を見つめていた。その瞳の色がLumiliaによく似ていたので、マルベートはふっと意識的に態度を和らげる。
「そんなに睨まなくても、君たちの悪いようにはしないよ。ねえ、ルミリア」
「そうですね。此の街のことは報告しますが、それは『猫以外、此の街には何も無かった』という報告です」
 宣教師のように厳かにLumiliaは語る。
「自然な人口減少による街の廃棄。そう書けば事件性が無いことは分かるでしょうし、何よりイレギュラーズの報告であれば調査の優先度も下がります。そもそも辿りつくための条件に気づかなければ他の調査員が来ることもないですから」
「そういう訳だから安心していて良いよ。私たちは君たちの暮らしを壊しに来たわけじゃない。少しばかり愛でに来ただけなんだから」
 言われた意味が分からなかったのか。二匹の猫は目をまんまるにして揃って首をかしげた。
 どこか人間臭いその様子に、マルベートは少しだけ猫も良いかもしれないと思った。
 もちろん狼至上は変わらないが、Lumiliaの嬉しそうな顔が見られたのだ。ちょっと愛玩してやっても良いかくらいには株を上げている。
「さて。充分に猫とルミリアを愛玩できたことだし、そろそろアイリスと合流して帰ろう」
「夕方には麓の街にたどり着きたいところですが」
「ねえ。どうせなら一泊して、この辺りを観光してからローレットに報告に行かないかい」
 悪戯をそそのかすように、マルベートはLumiliaへと耳打ちした。
 半分は冗談で、半分は本気の提案だった。
 普段ならこのままローレットに直行して報告していただろう。
 Lumiliaを夕食に誘って、黒睡蓮の館に泊っていくように提案していたかもしれない。
 けれどもマルベートは、そうしなかった。
 もっとLumiliaと旅をしていたかった。Lumiliaの見ている世界を共有したかった。
 別れがたいという感情はマルベートの心を少しだけ幼く、臆病なものへと変えてしまう。
 それを外へと出す事は、決して無いけれど。
「そうですね。少し、寄り道してから帰っちゃいましょう」
 Lumiliaは囁き返した。春の訪れを密やかに告げるような声だった。
「愛らしい猫たちやマルベートさんを思う存分愛でることができて、満足です」
「恥ずかしいところばかりを見せてしまった気もするけどね」
「可愛いかったですよ」
「可愛い……、それはルミリアのことだと思うけれどなぁ」
 へにゃりと笑うマルベート。
 外の空気のせいだろうか。それとも、この遺跡がそうさせているのだろうか。
 今日の主人は普段の凛々しい空気よりも、ふんわりとした柔らかい空気を纏っている。
 それがLumiliaには嬉しい。
「ローレットには何と書いて提出しようかなぁ。適当な報告書をあげたら怒られるだろうし」
「大丈夫ですよ。私が腕によりをかけて『何でも無い報告書』を作りあげてみせましょう」
 白い少女は強かに笑ってみせた。そこに霧のような儚さはない。
 何かを護ろうとする強い意思の輝きがあるだけだ。
「おお、それは頼もしい」
「猫たちが平穏に暮らせるなら、それに越したことはありませんから」
「世界には白い嘘も必要だね」
 なびく黒髪を抑えながら悪魔は振り返った。旅鳥もそれにならった。
「さようなら」
 それから、お休みなさい。
 墓石の周りに咲いた白い鎮魂の野花マーガレットが、丘を下りていく二人を見送るように揺れていた。

  • 猫の街は閑に眠る完了
  • NM名駒米
  • 種別SS
  • 納品日2022年10月16日
  • ・Lumilia=Sherwood(p3p000381
    ・マルベート・トゥールーズ(p3p000736
    ※ おまけSS『ルチア・マダレナの街』付き

おまけSS『ルチア・マダレナの街』

・イメージジャンル
考古学メイン
清貧・切ない・かわいい・静か
月と夜・白と黒
仄かな恋

・イメージ風景
マチュピチュの遺跡
アルベロベッロの街

・ねこ
イタリア・ローマの自由猫
ヨーロピアンショートヘア
黒:ケット・シー、幸運の象徴、人懐っこい
白:神聖な生き物、恋の守り神、しっかり者

・報告書
霧に包まれた街の報告書。
調査者:イレギュラーズ二名
街が廃墟と化した理由は過去の人口減少が原因と見受けられる
周囲に魔物の生息は観測されず
寒暖の差が激しいことから年中霧の発生が見受けられるため遭難に注意
街に至るまでの道は自然に回帰しているため到着するまでの難易度は高い
特筆事項に猫の繁殖

「猫、猫。かわいいよなぁ。その街、行ってみたいなぁ」
「馬鹿か。猫見に行って遭難とか洒落にならんだろ。その辺の猫で我慢しとけ」
「へーい」

異変無し、追加調査は不要。
【調査終了】

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