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燻る想いに別れを告げて
登場人物一覧
●並び歩いた日
その突然の誘いに、私――『朝を呼ぶ剱』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)は少し驚きました。
あの『夜刀一閃』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)さんがプレゼントの相談をしたいから、買い物に付き合ってほしいと言ってきたのです。
プレゼントは女性物のアクセサリーに決めているそうです。それを聞いて、少し胸が燻りました。けれど、クロバさんの頼みです。私は二つ返事で了承しました。
その日は、よく晴れていて秋風も心なしか暖かかったです。短くなった髪が首元を擽るように動きました。まだこの感覚には慣れません。
「よ、待たせたな」
「遅いですよクロバさん。女性を待たせるなんて、そんな平均的物語に出てくる主人公男性の真似をしないでください」
「なんのこっちゃわからんが、単純に寝坊だ。すまん」
「まるで反省してないその笑顔が腹立ちますが、まあいいです。アクセサリーを見るんですよね? 目星は決まっているのですか?」
「いや、まったく。そのあたり門外漢でね。オススメのお店とかあれば教えて欲しいんだけど……」
私に丸投げなクロバさんに、わかりやすくため息を吐いて見せました。
まったく、この人は……少しくらい自分で調べたりしないのでしょうか? 依頼では頼りになりそうな雰囲気なのに、こう言うことにはずぼらなんですから。
「わかりました。近くによく行くお店がありますから、そこから見ていきましょう」
「へへ、助かるぜ」
ニカッと笑う少年のような顔に、思わず顔を背けます。まったく、この人は天然のたらしなのでしょうか。
私達は並び歩き、一つのアクセサリーショップへと入りました。それなりに上質な宝飾を扱う店です。贈る相手にも寄りますが、プレゼントとしては上等なものになりそうです。
「どんなものを贈るとか、要望はなにかないんですか?」
「うーんそれが特には。イヤリングやネックレス、ブレスレットなんかが良いかな? 指輪(リング)は……重い、よな?」
「定番な感じですね。それなら、流行の形が良いかも知れませんね。可愛いデザインとかありますし……流行と行っても首輪はダメですからね?」
私は積極的に意見を出して、アクセサリーを一つずつ見ていきます。色彩鮮やかな宝石が光り、見る目を奪っていきます。贈る相手のことが分かれば、もっと選びやすいのですが……。
そんな私の献身的アドバイスを、クロバさんはまるで適当に流し聞いています。そして何より最悪なのは――
「……シフォリィはどういうのがいいんだ?」
これです。
デザインの良さや、可愛さを説明して色々な選択肢を広げているというのに、ちょくちょく私の好みを聞いてくるんです。
私の好みなど聞いても意味はないでしょう。だってこれは”私以外の方への贈り物”なのに。
まったくこの人は……女性のことをなにも分かっていないのですね。
「そんなに私の好みが知りたいなら教えてあげますよ。私ならこのブローチを選びますね。これしかありません」
不意に悪戯心が沸いてきたので、この店一番のブローチを選んで見せます。ディスプレイされた値段は、少なくとも一介のイレギュラーズが出せる金額ではありません。
「……いや、さすがにこれは……」
値段をまじまじと見て焦るクロバさんは、とても可愛いです。
陽は傾き始め、短くなった私の銀髪を朱に染めていきます。
――結局、贈り物は決まりませんでした。
色々と選んだのですが、これと言ったものをクロバさんは見つけることができなかったようでした。
クロバさんがどんなものを選ぶのか、少し興味があったのですが、残念です。
互いに口数の少なくなった帰路。どこか寂しげな風が、髪を揺らします。
「もし――」
ふと、クロバさんが呟きました。
「もし俺が君の婚約者――レオニスのように、愛する人の心をよく知っている……理解出来る人間だったら、迷わなかったかも、な」
私は瞳を閉じて、そして思ったことを口にしました。
「……いいえ、私はそうは思いません。
レオニスさんでも、きっと最適な答えは出せません。愛する人……他人の心を分かろうとするのは、きっと神様だって難しいです」
「だが――」
クロバさんは「レオニスならば――」と続けようとしたので、私はクロバさんへ振り向き言葉を被せました。
「――それにクロバさんはレオニスさんにはなれません。クロバさんはクロバさんです。だから……クロバさんらしく選べば良いんですよ」
「俺らしく……か。そうなのかな……そう、かもしれないな」
微笑む私に、クロバさんは何かを思いながらも頷きました。
うん。それで良いんです。誰かのようになろうなんて思って欲しくない。クロバさんはクロバさんで合って欲しいから――
●告白
連れ添い歩いた道は、別れの帰路に立ちました。
今日一日、とても穏やかに過ごせたように思えます。こんな風に誰かと歩いたのはいつ以来でしょうか。
デート、と呼べるもの……だったかもしれません。そうであったのなら、きっとこれも良い思い出になるのでしょう。
夕日を眺め、ボブカットを揺らす私にクロバさんが謝りました。
「今日は付き合わせてしまって、悪かったな」
私は夕日を背負って、ニコリと微笑みかけました。
「遅刻はするし、アクセサリーは決められないし、事あるごとに私の好みを聞きますし――」
「うっ、……すまん」
「でも、楽しかったですよ」
「……そっか。それなら、まだよかったか」
ホッと胸を撫で下ろすクロバさん。続く言葉はきっとこうだ――
「なら、また今度も――」
私は首を横に振りました。
そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、それは求めてはいけないのだ。
「楽しかったです。とても。出来ることなら、またご一緒したい。そう思えるくらいに」
「なら……」
「でも、ダメです。もう今回みたいなことに、私を連れ出してはいけません」
はっきりとした拒絶を、伝える。
「……私は、知っているんです。クロバさんが、誰かに想いを寄せられている事を。人気者ですからね、クロバさんは。でも、強く、誰かが想いを寄せている……」
私は言葉を続ける。この言葉を伝えるのに、私の心は強く痛みを感じる。けれど、この朴念仁にはしっかりと伝えなくてはいけない。
「それに、クロバさん自身が、誰かに……想いを抱いていることを。……鈍感だから自分で気づいていないでしょうけど」
「……俺が……?」
クロバさんは、他人の夢や想いをとても大切にする人。でもいつも、自分の事は勘定に入っていない。
誰かが気づかせてあげないと、きっとこの人はいつまでも自分のことに――自分に向けられる想いにも気づけない、と思う。
夕焼けに染まる空を仰ぐ。
軽やかになった髪の重さは、同時に心の重さのようでもある。
私は、クロバさんと関わってきた日々を思い出し、そして燻ってきた想いに決着をつける決心をした。
どう、言葉にするか。一瞬悩んで……でもクロバさんに伝えるのだから、と飾らないストレートな告白をする。
「クロバさん、私は、貴方が好きです」
締め付けられる心と、僅かに揺れる感情。ただ告白するならば、相手の返答を待つけれど、私は言葉を続けなくてはならない。
「……でも、この想いを受け取るべき人は――きっと違います」
クロバさんとの思い出。大切な思い出。これから先も増やしていきたい、そんな想いが溢れる。でも、貴方の隣に並び立つのは、私じゃない。
貴方のことを本当に想い、そして貴方が本当に想うその人が、きっと隣を歩く『誰か』なのだ。
「私は貴方に救われました」
魔種レオニスとの戦い。
絶望的な状況にあって、命を懸けて決着をつけてくれたのは、貴方でした。貴方が決着をつけてくれたから、私は囚われていた過去から、一歩踏み出すことができた。
きっとあの出来事が、私の想いを決定的なものにしたと思う。でも、同時に、この想いが報われないものだと言うことにも気づいてしまった。
「――だから、今度は貴方が、本心から救いたい人を救って下さい」
私は燻っていた想いを全て吐き出した。
我ながらひどい告白だと思う。
一方的に想いをぶつけて、一方的に別れを告げる。自己満足で、相手の気持ちも考えない、最低な告白だ。
でも、それで良いのだと、私は思う。
こんな鈍感な人には、これくらいして相手の気持ちに気づかせてあげなきゃダメなんです。
私は満足げに微笑んで、クロバさんの顔を見つめます。
「シフォリィ……おまえ……」
心底、驚いている、そんな顔も可愛い物だと思いました。
「やっぱり、気づいてなかったんですね」
私は、微笑みを保ちつつ、でもどこか寂しそうに、鈍感な男の心にグサリとオートクレールを突き立ててあげます。
どう反応すればいいのか、何を言えば良いのか。クロバさんが慌てているのが手に取るように分かります。
そんなクロバさんを置いて、私は歩き出しました。
クロバさんの往く道とは別の道。これは私が歩む、私の道だ。
燻っていた想いは露と消え、どこか晴れやかな気持ちになったのでしょうか。弾む切りそろえられた短い髪が前後に揺れました。
そう、これで良いんです。
これで、ようやく私の想いに決着をつけられました。
――これで、しっかりと前を向いて歩いて行ける。
染まる夕日に目を細めながら……僅かに潤む瞳を見なかったことにして、私は駆け出した。
どうか、彼の想いが、実りますように。
空へと願いを届けながら、肌寒くなった――けれどどこか暖かな秋風の中を進んでいく。