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SS詳細

再現性東京で触れる和歌の心――あるいは真夏の深夜テンション

登場人物一覧

アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士

 無辜なる混沌とは別の世界、無数の天体によって構築される宇宙の中、地球という天体の日本という地域からこの世界に呼ばれた人々は、その地域が持つ『歴史』の記録をもまた無辜なる混沌へと持ち込んだ。
 それはあるいは個人の記憶、あるいは偶然持ち込んだ書物、何故か体系だった史書や文学書のワンセットと共に現れた旅人もいれば、さる小説の登場人物、あるいは『書物そのもの』とか『概念そのもの』が旅人として、特異運命座標として混沌にやって来ちゃったとか――信憑性は様々ながらも日本から来た旅人同士が情報を突き合わせることで、だいたい『日本史』とか『日本文学』という学問ジャンルを成立させられるくらいには資料や記録が整理された、その結果。
「和歌という文学形式はあまりにも興味深いですね。定型詩は様々な言語にて決して珍しいものではありません。けれど単語を選択する上での例外こそあれ、五文字と七文字の組み合わせのみで幾つかのパターンを作り出し、さらに連歌なる複数人での即興文学という形態まで生み出しているなどとても面白い文学ではありませんか」
 探求都市国家アデプトは再現性東京にある大学に通う散々・未散が、課題に使うからと借りてきた本で予想以上に『和歌』という定型詩に魅せられてしまうことになったのである。

 再現性東京の下北沢を中心に活動している『AM04:25』(アム)は、散々・未散とアレクシア・アトリー・アバークロンビーがダブルボーカルで歌いつつギターとベースを分担するデュオバンドである。線が細く小柄な女性二人という見た目と編成に見合わぬ重厚さと、それを生かした繊細さを併せ持つサウンドを乗せるオリジナルの楽曲が生み出されるのは吉祥寺のマンションの一室。未散が暮らしアレクシアが半ば入り浸っている楽器OK喫煙OKのその部屋に、未散が大学の講義を終えて帰ってきたのを見計らったように大きなエコバッグに買い出し済ませたアレクシアが現れた。
 せっかくわかりやすくまとまっているからとコピーしておいた講義で配られた資料に、アレクシアが興味津々といった顔で目を通す。
「ええと……この短歌、っとていうのが多いのかな、五七五、七七の……31文字」
「時代問わずに多いのはそのようですよ、アレクシアさま。なんだか技法もいろいろあるようですし、表現などに流行り廃りはあっても詠まれなかった時代はない、というようでして」
「すごいね、未散君。前からそういうの知ってたの?」
 アレクシアがそう問えば、未散が口元に人差し指の先を添えて悪戯めいた笑みを浮かべ。
「借りてきました参考図書のあまりの面白さに、ついつい講義の間に読んでしまいました」
 まるで秘密を打ち明けるように囁いたのだった。

「『いにしへの奈良の都の八重桜 今日九重に匂ひぬるかな』……なるほど、8と9って連続した数字を重ねたり、『いにしへ』、つまり昔のことと、首都のあった奈良、を現在のことである『今日』とその地点での首都である『京』の同じ音で掛けつつ対比させてる、シンプルな詩に見えるけど随分と意味が圧縮されてるんだね」
「ちなみにこちらはその反対となりましょうか、『あしびきの山鳥の尾のしだり尾のながながし夜をひとりかも寝む』……この『あしびきの山鳥の尾のしだり尾の』という前半は、全て『ながながし』の飾りでしかない、つまり長い夜をたった一人で眠らなければいけないという嘆きだけが本筋なのだそうです」
 それぞれのソファで講義のプリントに目を通しつつ、気になった和歌やその解説を挙げていく。コピーした方のプリントを受け取ったアレクシアは既にその余白や別の紙の上にペンを走らせて気付いたことや補足を書き加えているし、未散は既にギターを手にして軽くチューニングしながらだ。
「でも、この前半のだらだらした感じが、ああもう夜が長いなぁって気持ちを表してる感じはするね」
「同じ助詞の『の』を繰り返したり、尾という単語を繰り返してみたり、こういった表現が確かに一人で寝る夜の長さ、という心情に合うと思われますね。ちなみにアレクシアさまが先程挙げていらした和歌も、『昔の首都に咲いていた八重桜』が『今の首都では九重に匂っている』という、今の首都の方が栄えているのだという主張と取ることもできそうですよ」
「あ、確かに! そっか、首都が変わるっていうことは、何かその理由が政治的にあったっていうことでもあるからね」
「かつての首都にはかつての王の信念と滅びがあり、今の首都には今の王の誇りと虚栄があったということなのかもしれません……どのような意図があったにせよ、こうして残るはただの31の音にて作られた詩の一編のみ」
 調音を終えたギターを未散が爪弾く。いわゆるヨナ抜き音階と呼ばれる『日本風』あるいは『和風』の楽曲に多用される五音音階のアルペジオをゆったりと鳴らしていく。
「その一編のみから偲ぶことしかもはやできない、こことは異なる世界の出来事、想い、生き様――それはとてもとてもうつくしくて、いとおしいものでございますね、アレクシアさま」
 未散のギターの音階に乗せるかのように幾つかの和歌を呟いていたアレクシアは、はらりと落ちた横髪を耳へと掛けつつプリントから視線を上げて、これもまた歌うかのような未散の言葉に頷いた。

 ちなみにこういう構想を練っている時が一番純粋に楽しいというのは、創作活動において割とよくあることだろう。
 こうして新たに触れ、夕暮れがすっかり夜に染まるまで浸った和歌の世界や古き良き日本語を、歌詞に落とし込み新曲にしてみようとなればその楽しさに産みの苦しみが混じるのもまた真理。
「枕詞って見てる時は格好いいのに使おうとするととんだ縛りだよね未散君」
 そう言いながらアレクシアはべったりと紙の上に突っ伏していた。
 ちなみに「あしひきの」とか「たらちねの」とか「ぬばたまの」とかの下にそれぞれ掛かる言葉がメモされている。さらにそこからつながる言葉がメモされていたりはするが、まだ一首の歌には程遠い。
「そういった形式にあまり拘らぬ歌もあるわけですし、まずは形に収めてみればよろしいのでは?」
「それはなんか普通にできそう」
「確かに」
 作詞自体は初めてというわけではない。ならば確かにすっ飛ばしてもいい段階とも言える。
「とはいえ普通にできそうならば、やってみても大して時間は取らないのかもしれませんよ」
「なるほどー……それも一理あるね、確かに」
 がばっと顔を上げたおでこにペンのインクが染みを作っている。手櫛で髪を整えながら、もう片手に持ったペンの先でとんとんと紙を叩きつつ思案するアレクシア。
「……夏の夜の」
「夏の夜の」
「夏の夜の……」
「……」
「なーつーのーよーのー!」
「意外と難航していらっしゃいますね」
「ううう……夏の夜の、時計を見れば、十二……じゅうにがつ」
「それは時計ではなくカレンダーですしおそらく冬でございますよアレクシアさま」
「そうだね!! 時計を見れば十二時! 文字数が! 合わない!」
 勢いよく後ろに倒した頭はしかしソファの背もたれにぽすんと受け止められる。そのまま凝った肩や首を解すようにぐりぐりと頭を左右に動かしていたアレクシアに「あ」と未散が声を上げた。
「そう、まさに時計を見れば十二時なわけですが」
「あ、はい」
 ソファから頭を起こすアレクシア。
 深刻な顔で告げる未散。
「夕食がまだだった気がしております」
「……そういえば」
 そりゃ頭も回らないし気づけばお腹も空いてるってもんである。
 時計を見れば十二時ということは、もうとっくにデリバリーも終わっているような時間なので、未散はさっさと電気ポットのスイッチを入れた。アレクシアが居着くようになってから買った電気ポットは、2人分のカップ麺を作ってさらにコーヒーやお茶なんか添えてしまえるくらいの大容量。一人でいるときも水の補充に席を立つ回数が減るので買ってよかった家電のかなり上位に位置している。買い出しのエコバッグから取り出したカップ麺を、アレクシアはそわそわわくわくしながらも悩みつつ選び始めた。アルティオ=エルム出身のハーモニアの中でもずっと本ばかり読んでいたアレクシアにとって、特異運命座標としての活動、様々な地域を訪れること、全てが新たな挑戦だ。それはカップ麺選びだって例外ではない。ようやく選びだしたカップ麺の封を切って、湯を注いで待つこと3分、その間もちらちらと視線を送りっぱなしだ。3分間にセットしたタイマーが鳴るのに跳ねるように立ち上がってわくわくとカップ麺に向かって――その場に崩れ落ちた彼女にあわてて未散が「アレクシアさま!?」と声をかける。
「……5分だった……」
「あ、その、お疲れ様です」
 よくある。たった2分ではあっても期待したところをさらに待つのが辛いというのもよくある。
「カップ麺、お湯入れ待って3分後……あと2分だとわかる悲しみ……」
 崩れ落ちたままぼそぼそと呟くアレクシアの言葉に、思わず未散が目を瞬かせ。
「アレクシアさま、ちゃんと短歌になっておりますよ」
「え、あ……本当だ!?」
 一気に元気を取り戻してガッツポーズで喜ぶアレクシア。ほっこりとした笑顔でそれを見守る未散。顔を見合わせ唐突なハイタッチ。
「あっ2分計るの忘れてた」
「けれどそろそろ2分くらいだと思いますよ?」
「じゃあ食べよう!」
 ちなみにアレクシアが悲喜こもごもしている間に未散も自分のカップ麺の準備を終えている。
「それじゃ、初めての短歌の記念に乾杯!」
「え、あ、……乾杯!」
 ハイテンションなアレクシアに慌てて発泡スチロールの器を合わせる未散。
 しばし麺を啜る音。まだ少々箸に慣れていないアレクシアがたまに苦戦しつつ、ぼそりとまた呟く。
「夜半過ぎて食べるジャンクな夕食に……」
 そこで続きを考えるアレクシアに、ふと思いついたように未散が口を挟む。
「これも真夏の短夜の味」
「おお! それなら『夕食よ』とか『夕食ぞ』とかの方がいいかな!? あっそれにこういう二人で順番に詠んでるのって、もしかして連歌!?」
 わくわくきらきら目を輝かせるアレクシアとそれを微笑ましげに見守る未散は一度カップ麺を置いて両手でぱん、と景気のいい音のハイタッチをキメる。
「これにさらに続ければさらに連歌なんだっけ」
「さらに連歌というべきかはわかりませんが、連歌とはそういうものであったと記憶しておりますよ」
「コール&レスポンスとかに取り入れたら格好いいかな!」
「上手く曲調と合うようにできれば可能かもしれませんね」
 ほぼ無意識にカップ麺のつゆまで飲み干しながら語り合う2人。
 世間ではそれを深夜テンションと呼ぶんだぜ。

 七五調、あるいは五七調と四拍子は相性がいい。というか五文字や七文字は基本的に四拍子に合いやすい。いわゆる唱歌と呼ばれるような『希望ヶ浜学園とか再現性東京にある学校の音楽の教科書によく載ってる曲』を想像してもらえるとわかりやすいだろう。
 なので和歌という形式自体を歌詞の形に落とし込んだり、曲をつけたりというのは比較的やりやすい。
 どちらかというと「いままで馴染みの薄かった世界観を歌詞に反映させる」方が難易度が高い。
 そしてしつこいようだが深夜である。
「ぎーおーんしょーおーじゃーのーかーねのーこーえー……しょーぎょーおーむーじょおーのおひぃびぃきぃあぁりぃ……」
 aPhoneで平家物語の一節を開きながら、ギターを琵琶代わりに未散は「感覚を掴むため」という名目でそれを弾き語っていた。なお別に琵琶法師をなぞっているとかではなくメロディも伴奏も割と適当である。
「ぬばたまとーしろたえをー対比させてみたいお年頃ーでも思いつかない具体案ー」
 そしてアレクシアはその向こうでビーズクッションタイプのソファに埋もれていた。いわゆる人をダメにするとかいうアレである。
「しろたえのーおふとん干してーとりこんでーぬばたまの布団カバーかけたいー」
 ちなみに三十一文字みそひともじの形にするのは慣れてきた。むしろ日常会話がこれでできる気すらする。
「既存の和歌を取り込む形にしてみるのも一つの手かと思いますよ、アレクシアさま」
「うーん……未散君がやってみたい和歌があればアリ?」
「乗り気ではないのですか?」
「というより多すぎて……こう、ひと目見てピンと来るのがあればいいんだけど、熟考して元ネタにできる和歌を探すにはあまりに多くて……」
「その悩みはぼくにも理解できます、よくぞこれだけの数の歌が時代と世界を超えて記録されているものですねぇ」
 必要になるかもしれないと思って、大学の図書室で帰る前に追加で借りておいた歌集をぱらぱらと開く。歌の一つ一つに添えられている記述はそれぞれだ、作者の経歴や文法的な解説まで書かれているものもあれば、ただ歌と現代語訳だけがぽんと載せられていたりもする。あくまでウォーカー達の知っていた情報や保持していた書籍からまとめたものだから、和歌それぞれに付随する情報量には相当なばらつきがある。
「……ふと思ったのですけれど」
「お、どうぞ未散君」
 考えつつも口にした未散に、にょきっとアレクシアが体を起こす。
「和歌の題材は様々なれど、どこか共通したものがあるとするならば……それをこそ、歌い上げるべきではないかと思うのです」
「共通したもの……」
 未散が手に持ったままの歌集をアレクシアが覗き込む。いつの間にか拾い上げたペンがメモの上を時折走り、歌の一首一首、あるいは幾度か繰り返し、言葉にして乗せてみる。
 やがてぽつり、アレクシアは呟いた。
「…儚さ」
「ええ」
 それに未散も頷き賛意を示す。
「移ろいゆくもの、変化するもの、滅ぶもの。ただ変わりゆくことのみに焦点を当てたもの、そこに含む感情を明白にしていないものはあれど、不変なるもの、不滅なるものを表現する和歌というのは確かに滅多に見ないように思います」
 思わず顔を見合わせる。――見えた。定まっていなかった方向性が。表現したいものが。
「とはいえロックに落とし込むなら、嘆きじゃない、欲しいのは……開き直り、かな」
「行けますよアレクシアさま、この方向性で行けますよ、ぼくは、わたしはもう浮かんでおります」
「よし、行けるとこまで行こう、未散君!」

 ――そしてすっかり日も昇った夏の朝。
 今日も暑くなりそうな空に満足げに紫煙吐いてから、煙草の火を消した未散は部屋に戻って。
 行き倒れたかの如き姿勢でソファで寝息立てるアレクシアに薄掛けを被せてから、自分ももう片方のソファをベッド代わりに眠りに落ちたのであった。

  • 再現性東京で触れる和歌の心――あるいは真夏の深夜テンション完了
  • NM名旅望かなた
  • 種別SS
  • 納品日2022年09月15日
  • ・アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630
    ・散々・未散(p3p008200
    ※ おまけSS『AM04:25新曲『コの色に咲き誇れ』』付き

おまけSS『AM04:25新曲『コの色に咲き誇れ』』

色は匂へど散りぬるを
その常ならむすら愛おしく

春の嵐に夏の雨
秋の野分に冬は木枯らし
今は昔も今の今も
花の命は短けれども

いずれ散れども散りぬからこそ
花の盛りに咲き誇れ
白妙の藤 烏羽玉の黒百合
花の色紅葉もみじばうつりにけれど
散りし果てまで風に舞え

染めてみせなむ雨も嵐も
己咲かせし花の色に
人は死して名をば残す
なれば誇らむ我が色を
その果てを咲くも散るも


※コの示すものは聴く人の心のままに。個、此、己――その他でも、どうか思うがままに。

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