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……She just laughed.
登場人物一覧
どうしたって、こいつらは。……ま、力を貸さない理由も無いんだけど。
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「で、なんだよ」
「貴方、料理が得意と聞きましたが」
「……まぁ少々は。だけど質問していいか?」
「どうぞ」
「なんで俺正座してんの?」
「教えを乞おうかと思いまして……」
「そんな態度じゃあねえよなあ?!!」
午前10:00。練達、ザ・タワー『クレティアン』。其処に仁王立ちするエプロン姿の女と、玄関で靴を脱いで早々正座させられた男――星穹とクロバ。
彼等は互いに良き友人であり、今日は星穹がクロバを呼び立てた形になる。というのも、『彼の誕生日祝いの相談に乗って欲しい』と念を押されたからなのだが。
彼女が何かを頼むこと。はたまた、誰かを頼ろうとするのは珍しいもので。それに、共通の友人の『彼』の為であると付け足されたのならば頷かない訳もなく今日此処に居るのだが。冒頭に、至る。
「だって、料理が得意な人に食べさせるお菓子なんて無いんですもの」
「へぇ、菓子にしたのか。軽量さえしっかりしてれば失敗することはないと思うが」
「私、一年前は禄に料理もしてないのですが」
曰く。いつだか戦友から聞いた覚えがある。
彼女は殺しを得意をしていたらしい、と。こうしてみれば只の華奢な女にしか見えないのに、戦友との間に生まれた奇跡の子が無ければこうして定住をすることも無かったのだろうと笑っていたか。見かけや口調以上に複雑なようで、どれが冗談でどれが本気なのか、口下手なクロバには解らない。頬を掻いて当たり障りのない言葉を述べる。だから戦友ではなく友人に落ち着いてしまうのだろうなと少々の自己嫌悪。
「あー……まぁ、まぁなんとかなるだろ」
「根拠のない自信ですか。嫌いです」
「四の五の言うな! 足が痺れたんだよ、いい加減案内しろ!」
「はぁ……全く、そんな調子では一生独り身なのでは?」
「余計なお世話だよ!」
からからと笑う星穹の表情はいつも通りで。だからきっと問題はなかったのだろうと判断する。
どうせなら相棒の前でもこんな風だと良いのに、とぼやけば、にっこりと包丁を構えられる。思わず両手をあげる素振りを見せるが、勿論冗談のようで、予め用意してくれていたのであろう菓子を切り分けて更に出してくれた。
添えられたストレートティーはグラスに注がれ氷がからんと揺れる。
「良いんじゃないか?」
「……本当に?」
「なんで疑うんだよ……ああ、初心者って言うには出来すぎてるくらいにはな。何が不満なんだよ」
あっけに取られたような。そんな顔。
完食したクロバが不思議そうに空っぽの皿を見つめれば、星穹は観念したようにため息をつく。
「これを、プレゼントにしていいものか悩んでいて」
「はぁ……?」
「だって、食べ物ってすぐになくなってしまうでしょう? ものの方がいいのかと思ったけど、彼は大切にしまってしまうから捨てにくいかとも思って……」
なるほど、贅沢な悩みである。
「でも星穹、お前は誕生日……」
「まぁ、食べ物でしたけど。私と彼は違うじゃないですか」
「…………女ってそういうところが面倒だよな」
「もう一回言って頂いても?」
「いやーーーそうだな。食べ物。難しいな!!!」
とは言え、なんとなくその気持ちも解らないではないので、思案する。
大切な人を喜ばせたい。そのために頑張りたいけれど、何を贈れば喜んでくれるのかが解らない。
クロバとてよく知る友人なのだ。星穹の悩みにも共感せざるを得ない。
「あいつは何を渡しても喜びそうだもんな」
「そうなんですよね。だから……はぁ。こうして色々と早い内から準備をしてみたりしているところなのです。直前で変えやすいように」
何が起こるかも解らない人生ですし、と付け足されたそれは、星穹にしては珍しい弱音。
そういえば彼女は誕生日には深い眠りの檻に囚われていたか。ならば彼の誕生日に何かが起こるかもしれないと不安視するのもやや当然で。
夏も盛り。彼の誕生日にはまだまだ早いのだけれど、今のうちから準備をしておけば何があろうとも確実に祝えるだろうと考える彼女は健気にも一途で真っ直ぐである。
「まぁ、そう悩む必要はないだろう。そこまで焦る理由があんまり解らないんだが、何か依頼の予定でも入っているのか?」
最近は依頼が長期化していることもあり、星穹が指名を受けて依頼に入っているのだとも知っていた。
戦う国や理由は違えども友人であることは確か。気にかけない理由は、ない。
「……ええ、まぁ。腕を磨いておかねばならない理由がありそうで」
「へぇ、そうなのか。最近は空も居るし、中々落ち着かないだろうが」
……その理由が別に存在していたことを知らないクロバは、後に苦しむことになるのだが。
苦笑を浮かべた星穹のそれを肯定と受け止めて、話を続ける。
「しかし食品ともなれば今のうちから保存……はだいぶ厳しいんじゃないかな」
「ですよね。物の方が良いのかしら」
「あいつがそんなこと気にするようなタイプだと思うか?」
「いいえ。だから悩んでいるのでしょう」
「はは、そうだった」
いつ死ぬかも解らない。いつ会えなくなるかも解らない。
そうなるのが今かもしれない。明日かもしれない。だから、せめて彼と私の間で残る記憶は幸せなものだけにしておきたいのだと笑った女との距離はどこか遠く思えて。
たったひとつのテーブルを挟んだだけなのに、どうしてこんなにも不安になってしまうのだろう?
「……星穹」
「はい?」
「君が何を考えてるのか、俺は知らないけど。……何か困ったことがあるなら、俺じゃなくてもいい。せめて、あいつには相談してやれよ」
『無茶しいな相棒なんだ』と。互いに互いを言い合う二人の良き理解者であるクロバにはそう告げることしか出来なかった。
たった一人の相棒のための誕生日を最良のものにしたいと願う気持ちは、彼女が一番強いことはもう明白だ。
だからせめて、そんな彼女の想いが無駄になることだけはないように。どのような形であれ、残って、彼を喜ばせることが出来るように。
「……善処します。まぁ、何かあれば、
「ああ、そうしてくれ。っとそうだ、これのレシピを教えてくれよ。俺も一旦家で作ってみて、美味しく出来るアレンジを探してみるのが良いんじゃないかなって思ったんだけど」
「あら、名案ですわね。ええと……少々お待ち下さい、あっちにレシピを置いてきたのです」
「解った、待ってるぜ」
キッチンへぱたぱたと走っていく星穹の姿を目で追いながら、やれやれと笑みを浮かべる。彼女の相棒にとって誕生日が意味のあるものかは解らないけれど、こんなにも熱心に準備を頑張っているのだ。今から驚く顔が見られるような気がして、安堵する。無事に祝えた報告を受けたいものだ、とも、思う。
……後に彼女が豊穣へと姿を眩ませてしまうことを、クロバはまだ知らない。
だからこそこんなに焦っていたのだろうことも。きっと後から気付くのだ。
彼の誕生日だけは、
ただ其処にあったのは、ただ相棒の幸せを願う一人の盾の女の姿だけがあったのだから。
そんな星穹が、無事に相棒の誕生日を祝えるかどうかは、今は未だ神のみぞ知る結末なのであった。