PandoraPartyProject

SS詳細

黒の荒野にただ1人。或いは、綴られない物語…。

登場人物一覧

咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年

●前略、貴方へ
 鉄帝国ヴィーザル地方。
 冷たい雨の降りしきる、夏の午後のことである。
 畳敷きの一室に座し、書机に向き合う女が1人。濡れたような黒髪をした彼女の名前は咲花・百合子。
 片手には墨に浸した細筆を持ち、目の前の紙へまっすぐ視線を向けている。
 けれど、どういうわけか、百合子の筆は進んでいない。
 たったの1文字さえも書けないままに刻刻、時間だけが過ぎていく。

 どこか憂いを秘めた横顔。
 身に纏う凛とした空気。
 座る百合子の姿は時に“牡丹”の花にも例えられる。
 けれど、今日に限っては百合子の纏う覇気は、普段より幾分かだけ“しおらしい”。
 はぁ、と重い溜め息を零す。
 頬に落ちたひと房の髪を、白魚のような指先でそっと払う。
「駄目だな」
 ポツリ、と。
 知らず、意図せず零されたその一言に気付いて、百合子は自嘲するかのように唇を歪めた。
 駄目だ、などと口にしたのは一体いつ以来だっただろうか。
 
 壊すばかりの人生だった。
 血と肉に塗れ、岩も鉄も砕き割り、それでもなお真白い己の拳を見下ろし、何度目かの溜め息を零した。
 ことの起こりは年の初めのころのこと。
 物語を書く事に挑戦する……と、約束した日の記憶は今も鮮明だ。
 それから数ヵ月。
 暇を見ては書斎に籠り、白い紙を目の前に広げ、細筆を手に取って来た。まったく、己の手がこれほどに鈍いとは思わなかった。
 殴打であれば、瞬きの間に数十も放って見せるのだが……文字を綴るとなれば急に動かない。
 それでも、少し前までは遅々としたペエスでありながらも、物語を綴っていたはずだ。
 物語を紡ぐ過程で、急に筆が止まる瞬間というのは誰にでも訪れる。俗にスランプと呼ばれる現象ではあるが、ならば今の百合子の身に降りかかっているのもそれではないか。
 なるほど、確かに此れをスランプと言うならきっとそうなのだろう。
 1日か、1週間か、ひと月か……それとも1年ほども続くものだろうか。スランプがいつ明けるかなど、当人でさえ知り得ない。
 そもそも、スランプを明けて……それから、どうするのか。
 まただ。
 また、思考が行き詰まる。
 明かりの無い暗闇に、道さえも無い黒の荒野にポツンと1人、佇むような感覚にゾクリと背筋に怖気が走る。
 紡いだ物語を、誰に見せるというのだろうか。
 読んでくれるはずだった、青い髪の魔術師に己は拒絶されたのだ。
 そう思えば、胸の奥がじくりと痛んだ。
 心臓を握りつぶされるかのような痛みに、ギリと奥歯を噛み締め耐える。
「この心臓を潰してしまえば、働きの悪い脳を頭蓋から取り出せば、少しはすっきりするだろうか」
 なんて。
 そう呟いて、くすりと笑う。
 そんな真似をしてしまえば、いかに百合子と言えど命を失うだろう。それで生きて居られる者など、それこそ件の魔術師ぐらいしかいない。

 空が暗い。
 時刻は夕と夜の境。結局、1文字も進まないまま今日という日も終わろうとしている。
「いつの間にか雨が止んでいるな。あぁ、気づかなかった」
 そう言って、百合子は筆を硯に置いた。
 それから襖へ視線を向けると、ふぅと吐息を吐き出して……。
「盗み見とは不届きな輩よ。姿を見せぬか」
 静かな、けれど強い怒気と殺気を込めた言葉を放つ。
 ピリ、と空気が震えた気がした。
 否、事実として百合子の怒気と殺気によって、世界は確かに震撼したのだ。余談となるが、この瞬間に、世界の果ての海で小規模な嵐が1つ生まれたらしい。
 ズズ、と襖が横へ滑った。
 襖の端にかかっているのは、都合15の指である。
「ほぉ? 珍奇な形をしておるな」
 開いた襖の先に居たのは、6本腕に蟲の翅を備えた可憐な少女である。
 人ではない。
 そして“良い”存在でも無いことは明らか。
 けれど、不思議と敵意を感じることは無い。否、それどころか奇怪な少女から向けられているのは、ある種の好意でさえあった。
「はじめまして! 私の名前はドゥファイス!」
 鈴のなるような声で、歌うような抑揚をつけて、少女……ドゥファイスは名乗りを上げる。
 それから彼女は、トントンと跳ねるみたいな足取りで百合子の前へと近寄ると、書机の向いにストンと腰を下ろす。
「何用だ? 否、何用でも構わぬ。今日は些か機嫌が優れぬのでな……今すぐに去ね」
 淡々と百合子は告げる。
 ドゥファイスは、にぃと口角をあげて笑った。
 百合子の言葉を聞いているのか、いないのか。
「素晴らしい物語を書きたい? 書きたいよね! ねぇ、書かせてあげる! 私が、このドゥファイスが、貴女に文才を贈ってあげるよ!」
 嬉々としてドゥファイスはそう告げる。
 それから、そっと手を差し出して、こてんと小首を傾げてみせた。
「もちろん無償ではないよ! 契約をしましょう! 貴女の大切な記憶をちょうだい!」
 百合子の顔を覗き込み、ドゥファイスは目を見開いた。
 視線が交差し、百合子の脳裏に記憶がよぎる。
 青い髪の魔術師と、共に過ごし、語り合った記憶であった。
 魔術師の姿が、声が、厭世的な言葉が脳裏に反響している。
 大切な記憶だ。
 けれど、今となっては大切だった分だけ思い出すのも苦い記憶になった。
 この記憶を手放せば、きっと楽になれるだろう。
 元の何も考えなくてもいい自分に戻れるだろう。
 己が望んでいたことでは無いか。己にとって理想的な結末ではないか。
「さぁ、手を取って! 手を取って、そして物語を紡ぎましょう! 蚕の糸から綺麗な布を織るように、キラキラと輝く素敵なお話を紡ぎましょう!」
 さぁ、さぁ、と。
 早く、早く、とドゥファイスが契約を迫る。
 目の前にある小さな彼女の手を取れば、契約はそれで結ばれる。
「…………」
 だと言うのに、百合子はその手を取れないでいた。
 青い髪の魔術師のことを、セレマのことを忘れたくないと思うのだ。その想いが、百合子に契約を拒ませる。
 なぜ?
 なぜ? 
 どうして? 
 自問自答を繰り返す。
 脳の内が、己の問いに埋め尽くされる。
 溢れる「なぜ?」の海の底で、ほんの一粒の光を拾った。
 それが答えた。
「セレマは、どんな時でも自分の成長を願って導いてくれていた」
 舌に、言葉を乗せて吐く。
 気づけば、百合子は立っていた。黒の荒野に立った1人で立っていて……。
 だから、どうしたというのだ。
 当然だ。
「“自分で勝手に幸せになれ”とは、あぁ、当然のことではないか」
 そう呟いて、百合子は立った。
 疑問を隠すこともせず、ドゥファイスが百合子を見上げる。
 うん、と1つ頷いて……。
「何を言っているの?」
 ドゥファイスが問うた瞬間、百合子は拳をその顔面へ目掛けて落とす。

「何を言っている? それは吾の言葉である」
 書机を蹴り上げ、畳を踏み砕き、獣のような形相で百合子が殴打を繰り返す。
 蟲の翅を羽ばたかせ、ドゥファイスが悲鳴をあげた。
 何が起こっているのか理解は出来ないが、まずは生き残らねばならない。
「わぁ、なんで! 喉を狙わないで!」
「その喉を噛み潰し、舌を引き抜き、頭蓋を割って脳を庭へ撒いてくれる」
「だから! なんで!」
 ドゥファイスの悲鳴が響く。
 
 雨上がりの夜空を見上げ、百合子は思う。
 もう1度、セレマと言葉を交わす必要があるのだと。
「しかし、さて……どう逢えばいいか」
 道は開けた。
 けれど依然、問題は山積みなのである。
 果たしてセレマは、今、どこにいるのだろう。

  • 黒の荒野にただ1人。或いは、綴られない物語…。完了
  • GM名病み月
  • 種別SS
  • 納品日2022年09月03日
  • ・咲花・百合子(p3p001385
    ・セレマ オード クロウリー(p3p007790

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