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Case study
登場人物一覧
●双竜の尾を踏むならば
「御苦労」
フィッツバルディ本邸、当主の執務室。
黒壇の立派な机に向かったままのレイガルテ・フォン・フィッツバルディ (p3n000091)は面を上げる事さえ無くそう言った。
凡そ愛想や愛嬌とはかけ離れた対応だが、彼の場合は毎度の事だ。そして彼を良く知る者ならばその機嫌が決して悪くない事は案外容易に伺える。
「全ては――完璧なのだろうな?」
老眼鏡を掛け、手元の書類に視線を落としたままの老竜は念を押すように言った。
彼は自身の全ての能力に非常に強い自負を持っている。故にそれは唯の通過儀礼のような問いだった。
「その、心算ではありますがね。公のお眼鏡に叶うかどうかは――お墨付きを待つ他は」
「可愛くない男だ。そう言われぬか?」
「さあ? 自分の事は案外分からないものですから」
レイガルテの意味の無い問いに幾分か皮肉な切り返しをしたのは正面に立つ報告者――シラス (p3p004421)だった。
背筋はピンと伸びていて、大人びてきたその顔には緊張が乗っている。しかしながらこれも経年で『慣れ』か。
思えば初めの頃は文字通り『竜に威圧されていた』かのような彼も、幾度と無くレイガルテの仕事を請け負う内に軽口を叩く程度の余裕を有していた。
(可愛くない、ね――)
――もう! ああ言えばこう言う! 本当に可愛くないんだから!
レイガルテとは余りにかけ離れた愛らしい顔が脳裏を過ぎった時、シラスは思わず軽く噴き出してしまった。
「……うん?」
「いえ、そんな事を言われた事を思い出したので。
レイガルテはシラスの冗句に面白くもなさそうに鼻を鳴らしていた。
幻想なる歪みの国のスラム出身であるシラスは元々レイガルテのような大貴族を恨むべき人間だったかも知れない。
されど、特異運命座標なる運命に魅入られて以降、様々な紆余曲折を経て――今は彼の能吏として活躍を見せる日々だった。
「褒められた態度ではないな」
「失敬。ただ、俺は公に忠実ですよ。尊敬もしているので」
傍に控える黄金の騎士、ザーズウォルカ・バルトルトもそれ以上の咎めをしないのが証明のようなものである。
レイガルテの命じる仕事は時に後ろ暗く、真っ当な倫理観だけで判断したならば眉を顰めるものさえある。
たった今報告をした内容にしても、『蜂起しかかった領内の村に赴いて武装を解除させ、減税の訴えを煽った活動家を拉致した』というものである。
レイガルテ曰く「貴様程の
――ご安心を。後は良いようにします。公にも口を利く事をお約束しますから。
笑顔で言ったシラスの言葉は完全な嘘ではないにせよ、多分な建前であった。
「例の男は如何するのです?」
「聞かぬ方が良いと思うがな。
「……村の処遇の話なのですが」
……とは言え、そこを気にするシラスは完全な露悪主義に染まる程、振り切れていないのも確かである。
ローレットでの活動と黄金双竜の尻尾はどちらもシラスにとっての日常であり、バランスを取っているかのようだ。
「分かっておる。結局蜂起は避けたのだ。税は減らさぬが、不作の分程度、黄金双竜の名の下に支援をしてやるのは吝かではない」
「成る程」
「理由は分かるな?」
『お気に入り』に甘いレイガルテは自派の貴族の子女を宛がおうとする等、シラスを取り立てたがっている節があった。
同時に強烈な立身出世への欲求と克己心を有するシラスは政治の怪物であるレイガルテから薫陶を受ける身でもあった。
これまでの学習から
「要するに同じ結果にするにしても、成功体験を与えない事。後は威光に感謝しろと」
「そういう事だ。ついでにこれは『貴様のお陰故』な。
愚か者を処して、再現性は無いと理解させるのだ」
レイガルテの貴族の論理は誰もがお気に召す話ではないだろうが、少なくともシラスは納得した。
跳ね返っていた数年前ならいざ知らず、随分と大人になった彼は目の前の老人がこの国にとっての必要悪である事を理解している。
如何な歪な形と言えども、臓器が無ければ人は死ぬ。国は死ぬ。
そういう意味なら、その活動を妨げるアーベントロートの方が余程悪質というものだった。
「……ところで」
「報告は終わったのではないのか?」
「褒美を頂きたいと思いまして」
「強欲な」
「少しの無駄口に付き合って頂ける程度には、御身の苦労を減らした事と存じます」
「フン」と鼻で笑ったレイガルテの様はシラスの良く知る『肯定』である。
そして彼が問いたいのは先程頭に思い浮かべた『アーベントロートの事』であった。
「……ついこの程のアーベントロート動乱、公はどう動くお心算なのです?」
「……」
「『お嬢様』はローレットにも親しい者が多いので。
……少なくともこちらは鼻息の荒い連中も多い。仮にギルドマスターが止めてもいざとなれば暴発確実な位ですよ。
クリスチアン・バダンデールの負傷事件もある。中央もかなり騒がしい頃合いでしょう?」
「随分と耳がいいな、貴様は」
サラサラと軽やかなサインの音が響いている。
レイガルテは相変わらず余裕の構えを崩していない。
「アベルトの奴めにも言われてな。こうして国元へ戻っておる。
ヨアヒムめが何を考えようとこのザーズウォルカがおる限り、わしに手出しなぞ出来まいがな」
言及を受けたザーズウォルカは直立不動のまま動じない。
「当然です」を口にしないのが彼の堅物な忠誠心である。
「公はお動きにならないのですか?」
「どう思う? いや、問いを変えよう。
「――――」
改めて問われればシラスも少し言葉に困った。
これ程の政変である。それも政敵が勝手に争っている以上は、一つ位は噛んだ方が正解にも思えるが。
果たしてどう噛むかは確かに中々難しい。リーゼロッテの援助をしてヨアヒムを倒した所で傀儡になってくれるような女でも無かろう。
何よりそれをすれば国を割っての戦争になりかねないのだから、レイガルテの『好み』には成り得まい。
「軽挙は竜に相応しくはないものだ。
わしはその時になれば即座に、取るべきを取れる。立つべきを立てる」
「それで中央にはアベルト様が」
「不肖の息子だがな。アレも竜の血を受け継ぐものだ」
頷いたレイガルテはシラスの内心を察しているかのように続けた。
「貴様はあの小娘に然したる興味は無かろうなあ」
「俺は公の走狗ですから」
「しかし、だからといって此度の動乱がどうでも良い訳ではない」
「……………」
「貴様は存外に仲間想いだ。それに何より、国が荒れるのを嫌う。違うか?」
「否定は出来ませんね」
「それでわしを使おうとは実に生意気な不遜だが――まぁ、許そう」
利用する、までの心算は無かったがシラスは軽く冷や汗をかいていた。
派の動きが誰かの思惑に利すれば良い、と思ったのは確かだったからだ。
「待て」
「……はい」
黄金竜は大いに笑う――
「時勢を待ち、情報を待ち、必要を待て。
わしが一声を上げれば全てはひれ伏す――ゆっくりと
……まぁ、愚か者が――双竜の尾を踏むならば話は別になろうがな!」
- Case study完了
- GM名YAMIDEITEI
- 種別SS
- 納品日2022年09月02日
- ・シラス(p3p004421)
・レイガルテ・フォン・フィッツバルディ(p3n000091)