PandoraPartyProject

SS詳細

8月10日

登場人物一覧

メープル・ツリー(p3n000199)
秋雫の妖精
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド

 ――妖精は、ただ自然のあるがままに生きるのさ。運命であれ、天気であれ。
 それが、ままならない感情を抑えられない時に話す彼女の口癖だった。
 たとえ夏真っ盛りの太陽が天の頂から目眩を覚えそうなほどの陽の光と熱を放とうとも、喜んで日向ぼっこするべきだと。昨日も倒れそうになりながらそんな事を言っていたっけか。
(……これもありがままの姿だっていうのか? もう昼前だぞ……)
 鍛冶師の妖精鎌――サイズは目の前の光景にそうため息をつく。
 癖のある長い髪を大きく広げ、大胆にパジャマをはだけてさらけ出された太腿で掛け布団を挟み込み……涎を垂らして熟睡する、秋の妖精のあられもない姿に。
 メープル、大地の精霊種、木々と話をして自然と共に生きていた楓の木の精。そんな彼女のために増築された妖精サイズの小綺麗な部屋は、陽の光が入り込みやすいように大きな窓が設けられており、ベッドの周りには彼女の話し相手となる様に観葉植物が飢えられた鉢植えが幾つか置かれている。片隅におかれた木製の机には積み重なった手紙の山……もはや交換日誌状態になった80通以上の自分の手紙だ。
 ……サイズが部屋を一度見回したのは別に目的を忘れたわけではない。控えめに言って『くかー』だなんてそれっぽい寝息と鼻提灯でコメディチックに寝ていたとしても、正直、せめて寝相だけはなんとかしてくれないと女性のその様な姿は、目のやり場に困るのだ。
「メープル……そろそろ起きてくれー、せっかくの休みが寝て終わっちゃうぞー」
「さいず……おこして……」
(……甘い)
 訂正をしなければならない。目をそらしながら声をかけても、むせ返るほど甘いサトウカエデの香りが彼女の身動ぎと寝息に合わせて自分の嗅覚を刺激する状況にはいろいろな意味で耐えられない。サイズは意を決して、ゆっくりと宙に浮かせたメープルの両腕を掴んでベッドから引き離す――集中力にかけていたあまり、その腕から感じる重量が一瞬で失われた事にも気付かずに。
 ちゅっ。
「ッ……!?」
 唇に伝わる熱く湿った感触。思わずサイズは目を見開き、掴んでいた腕を手放し尻もちをついてしまった。その様子をメープルは意地悪そうに笑い、今度は彼女がサイズへと手を差し伸ばす。
「うんうん、一発で目が覚めた! 今日は良い日だね! おはよ、サイズ!」
「メープル……キスはいきなりするものじゃないっていっただろう……」
「えー、起こしてーじゃわかんなかった? ごめんごめん! えへへへ……」
 メープルにゆっくりと起こされながらサイズは思うのだった。一般的なカップルは毎朝キスが必要なのだろうかと――悲恋の呪いを背負う自分には、少なくともそうは思えなかった。


「朝食……いや、もう昼食の支度か。パンは俺が焼いておくから、コーヒーを頼む」
「はーい」
 コーヒーメーカーを動かすメープルをこっそり見守りながら、サイズは火を付けた窯の中へと寝かせていた生地を入れていく。こうして一緒に食事の準備を進めるようになったのも、いつからだったか。
「砂糖とミルクはどれぐらいがいいんだっけー?」
「ああ、そうだな、じゃあ今日は――」
 彼女《たち》の愛を受け入れ、三人で生きていくために倉庫のような住み家を大幅に建て替えたサイズが初めにしたことは、メープルへ同棲を持ちかけたことであり、そしてそれは当然のように成立した。サイズにとって元々あちこちで居候や野宿をしていたメープルの安全は確保しておきたかったし、メープルにとっても憧れの恋人の家で一緒に暮らす事は夢だったのだから。
 寝起きにはメープルシロップをたっぷり塗ったパンをお皿に乗せて、コーヒーカップと一緒に妖精サイズのテーブルで二人一緒に、だなんて事も今ではもう、珍しいことではなくなった。
「贈り物を探したい?」
 コーヒーの水面をじっと眺めるサイズの言葉に、メープルは大きく頷いた。
「そう。ずっと帰ってなかったからさ、妖精のみんなにありがとうの気持ちを込めてお土産を贈りたいのさ」
 半分に千切ったパンを両手に握りしめたままメープルは腕を広げて、大きさをアピールするかのように声を張り上げる。
「再現性都市に行けば、こぉーんなにおっきな箱にお菓子とか一杯入ってるんだぜ!? 今は『ボンヤスミ』でお土産シーズンだから、一杯あるんじゃないかなって!」
「……ああ、饅頭とかそういうやつか……妖精なら、何箱か買っていけば確かにお土産にはなるかもしれないな」
(そうか、メープルにとってはほんとに半日戻ったきりだったのか――)
 妖精にとってはあっという間の半年とは言え、あの地に起こったことの数々を思えば、彼女にとって長い時間だったに違いない――サイズは軽く頷き、人差し指を立てた。
「いいさ……それくらいなら」
「あーりがとっ、サイズ!」
「お安い御用……うおっ!?」
 返事を得るやいなや、回り込んで、ぎゅうっとメープルがサイズの体を椅子ごと抱きしめる。
「あ、危ないよメープル……背中のコアで傷ついたら……」
「いつまでもか弱い女の子扱いするなー! 私だってキミを追い越せるように頑張ってるんだぞー!」
 崩れた体勢を整えながら、随分とぼんやりする事が増えたものだと思わず考えてしまうサイズであった。


「機械!」
「車だな」
「たくさんの人!」
「お休みだしな」
「道の向こう側には大きな建物!」
「デパートだな……お土産じゃなくて単純に練達来たかっただけじゃないか?」
 そんなわけで空中神殿をスルーしてやって参りました再現性東京。制服に身を包み、人の大きさとなったサイズと肩に乗ったメープルが目指すはお菓子のギフトがいっぱいあるデパート。
「なんだかこうして信号待ちしてるとさ、1年前を思い出すよね」
「ああ、あの時は日射がキツイってポケットの中で伸びてたもんな……平気か、メープル?」
「うんうん、いやあ、我ながら1年の成長が恐ろしい!」
 ドヤ顔仁王立ちを器用に肩の上でキメるメープルに肩をすくめながら、サイズは回転ドアをゆっくりと進んでいく。クーラーの良く効いた店内に身を震わせながら、どうしてこうも不便な環境でここの人は生きているんだろうと思わずサイズは考えてしまう……それが妖精郷に頭が馴染みはじめてしまったのか、単に疲れからの予備力の低下かはわからないけど。
「サイズ」
「確か食品コーナーは地下2階のはずだ。あそこのエレベーターで……。
「サイズサイズ!」
(ああ、そうだ、デパートに行ったら気をつけないと……メープルの奴、何に興奮するかわかったもんじゃないからな。余計なものは見せずに――)
「サイズサイズサイズ!! あっちから出る人めっちゃきれいなもん持ってる!」
「しまった、遅かった!」「遅いって何がだ!」
 忙しなくサイズの服を引っ張るメープルが指さしたのは、手創り民芸品の体験会。中を見れば、子供や大人達が金属の棒に通したガラスをバーナーで丸く整形し、飾りを埋め込んで細工をしているようだった。メープルがいっていたきれいなものとは、あれを数珠つなぎなり一つ通してネックレスに加工した類のものだろう。
「ねえねえ、あれ一緒に作らない!?」
「ああ、ガラス玉か……ちょっと手間はかかるが俺の鍛冶屋で――」
「サイズ」
 突然の真顔アンドマジトーン。
「サイズ、わかってない」
「え、ええ……!?」
「これはデートなのさ、多少不便でもこう、作るからいいんじゃあないか! というわけで私は一人でもいくぞー!」
 ポケットから飛び出して受付の方へと飛んでいくメープル、受付も疑わないなんて異形朋友すごいなちくしょう。
「ま、待ってくれメープル、お菓子はどうしたんだ、というかやり方はわかってるのか?!」
「見て覚えた! とにかくガラスとかして、でっかい玉作る!」
 サイズが辿り着いた頃には、メープルはその30センチメートルの体で金属棒を両腕で持ち、鼻歌を歌いながら器用に回し始めていた。くるくる、くるくる、くるくると。彼女の念力で宙に固定され、白熱に輝いた藍色のガラス棒が溶けて、流れて、丸くなっていく。卓球の玉ほどの直径になったところに、ふわふわと別の装飾パーツと思しき金属箔やオレンジ色の鮮やかな蝶を模したパーツが、ずぶり、ずぶりと取り込まれていく。
「器用になったな、メープル(……なんか思ってたより大きいし、ちょっと車輪っぽくなってるけど)」
「サイズー、火止めてー!」
 メープルに言われた通り。バーナーの火を止めてやるとくるくると回り続けるガラス玉はゆっくりと輝きを失い、硬化していく。
「よーし、出来たー!」
 きゃっきゃっと喜びながらメープルは金属棒からガラス玉を引き抜き、代わりにきれいな紐を通して輪を結ぶ。なんだか、完成したガラス玉が引き込まれるほど綺麗に見えてしまったのは贔屓目だろうか――
「おつかれメープル……お土産とは関係ないが、それでも大分よく出来たじゃないか」
「んー? 何いってるのさサイズー、勿論これもお土産だよ?」
 そうメープルは笑うと、サイズの肩にゆっくりと乗っかり――彼の首にガラス玉を通した紐をかけた。
「はい! 妖精たちの一番星MVPにご褒美さ!」
「め、メープル!?」
 突然のこれには予想外――目を見開いて困惑するサイズにメープルはニコニコと笑い、彼の顔へと寄りかかる。
「言ったろ、『妖精のみんなにありがとう』って。勿論キミにもさ。こんなんでお礼になるって思ってないけど。でも、食べ物よりは形になるもので、お礼したかったんだ……サイズ、みんなのために頑張ってくれて、ありがと、だよ」
 サイズは何を考えたのか、暫く静かに考え込んで、そして静かに囁いた。
「……俺もだよ……ありがとう、メープル」

「でも忘れてないよな、ここに来たのは……」
「はっ!? そうだ、みんなのお菓子!!!」
「……はあ」
 ……それにしても、一体いつになったら彼女は落ち着きを覚えるのだろうか。


 それからメープルといくつ店を回って、買い物をしただろう。個包装のサクサクのチョコレート、ふわふわのバター菓子、とても妖精が喜びそうにない酒のつまみやらなんやら、自分の両腕とメープルの念力を持ってしても運び切れなさそうなほどのお菓子の山と、お土産の数々、ついでに生活に必要な機材と、メープルシロップ。一杯買って、いっぱい見て、いっぱい遊んで。疲労困憊のサイズが鍛冶屋の扉を開けた時は、既に長い日が沈んで満天の星が煌く夜であった。
(……疲れたな)
 神殿から自分の家への道のりで、サイズは一人天を見上げながら空虚な心に自分の声を響かせた。
 全てが終わったら一緒に遊んで過ごそう、楽しいことだけを考えて、辛いことは全部考えないで。そうメープルと約束したのは自分じゃないか。
「サイズー、お家の鍵開けたよー、早く入らないと貯金とか盗まれちゃうかもー」
「……メープルがいるだろ」
 メープルの声にふと我に返り、粗野な声で思わず返事を返した自分に首を横にふってしまう。今はただ、彼女と一緒に、家で。
「いやあ、次に帰るときが楽しみだね。 あ、でも私より先にサイズが届けるほうが早いかな――」
「メープルの提案だ、俺も手伝うからメープルも一緒に……」
 部屋の灯りをつけ、朝食事をしていたテーブルとは別のテーブルに荷物の山を置く。そうだ、帰ったら、次は。

「サイズ!」
 気がつけば、自分は天井を見ていた。ほんの数秒、意識を手放してしまったのだろうか。
 背中には温かい自分を確かに支える、けれど風通しの良い感覚がある――この感覚は知っている。
「支えてくれたのか、メープル」
「はは……念力で支えるのは、随分と不格好だね?」
 意識の底にある僅かな魔力を集中させ体を縮め、サイズはゆっくりと地面に降り立ち――今度は前に倒れ込んだところをメープルに支えられてしまう。なんだか、自分が情けなくなる。
「大丈夫だ、体は……」
「……座りなよ」
 そう、言われるがままに冷たいリビングに座ると……ぎゅっと、メープルの体が覆いかぶさる。
「ただ、あるがままにさ」
 自分が抱きしめられているとサイズが気づいたのは、彼女の声と体が小刻みに震えているのを感じとった、そのときだった。
「サイズ、やっぱり私、帰るの怖いよ、ずっと女王様のために頑張ってきたのに、相手が冠位魔種だって気づいたら怖くて動けなかったんだ、女王様が、みんなが、戦ってるのに、私だけ、臆病で、全部キミに任せて、それからキミはずっと。ずっと」
 サイズはそっと、メープルの背に腕を回して抱きしめる。暗い家にメープルの泣き声が、響き渡る。サイズは、ただ、彼女の背を優しく何度も、何度も撫でた。
 温かい、甘い香りが、とっても暖かかった。それがとっても、辛かった。
 
 ――わかってるさ、こんな気晴らしじゃ長くは続かないって
 キミは奇跡を使っても女王様を救えなかった。それが許せないんだ。
 あるがままに逆らうなんて出来ないんだ、それはあまりにも強いんだ
 キミはそれにすら逆らって、臆病な私が一生かけてやりたかった事をやりとげてくれたのに
 私がキミに、女王様を助けてなんて言ったせいで、無力だって、無意味だって、そう思わせる
 そんなキミの心を救ってあげられない、自分が許せないよ、サイズ――

 彼女の涙の理由は、わかっていた。だからサイズは、謝ることはしなかった。
 きっとそれが彼女に負担をかけたくない、サイズの優しさだったから。

「今日は一緒に寝ようか、メープル」
「……うん」

「落ち着いたか、メープル」
「はは、は、お休みの日くらい、泣くのは禁止って言ったのに、ごめんよ、サイズ」
「もう言うな、楽しかったさ」
「……うん、私も、楽しかった」
 全てが寝静まり返った、夜。布団の下で二人の妖精は抱きしめ合う。流石に毎日それを許すことはないが、メープルはこの行為を好んでいた……これなら、頭を揃えて寝ることができるから。寝る前にサイズが許す限りキスをすることが出来たから。その時だけは、どんなに辛くても幸せになれたから。
「キミに会えて、本当に良かった」
 何度も、何度も、肩に腕をかけ、抱きしめ合い、唇を重ねる。言葉はいらない、それを語る口は塞がれてしまうから。


 甘い愛という名の毒の蜜に、身を任せてしまいたくなる。――彼女は言った、本当に心が折れてしまった、その時は、秋の妖精の甘い血で苦しみをわすれさせてあげようと。きっとそうはならないと、サイズ自身も誓っているだろうけど。だから、そっと彼女の肩を支えて、離して、それきり。
「……明日は早起きしような、メープル」
「うん、まだまだお休みはあるし、ね?」
 泥沼のような疲労と、後悔と、そして愛に包まれて、二人の妖精は眠りに落ちるのだ。どこまでも落ちていくように、どこまでも堕ちていかないように。

「おやすみ、メープル」
「おやすみ、サイズ」

  • 8月10日完了
  • GM名塩魔法使い
  • 種別SS
  • 納品日2022年08月10日
  • ・ツリー・ロド(p3p000319
    ・メープル・ツリー(p3n000199
    ※ おまけSS『おまけ』付き

おまけSS『おまけ』

メープルのトンボ玉
妖精メープルが手創りしたガラスを加工した民芸品、藍色のビーズの中に埋め込まれた鮮やかな橙色の蝶が目を引く一品…ちょっと潰れてるのはご愛嬌。妖精の特別な想いが込められた輝きは摩訶不思議な加護を与えます。


 そんな思い出が、出来た気がする。文字数もピッタリ100文字な気がする。

●Letter.xx
 やあ、サイズ。
 またせちゃってごめんね、お休みはいっぱいどうしようって悩んで、さ。
 結局、最後はないちゃったけど、ほんとに、楽しかったよ。
 サイズも楽しい一日だったら、よかった。
 楽しくない一日だったら……ごめんね。
 ほんとうに、ありがとう、サイズ、いっぱいいっぱい、ありがとう。

 泣き言は残したくないから、これだけは読んだら燃やしてくれると助かる、よ。

  キミの、メープルより

●あとがき
 ここだけの話、
 サイズサイズサイズーってセリフ、好きなんだ。

PAGETOPPAGEBOTTOM