PandoraPartyProject

SS詳細

熱砂の夏

登場人物一覧

クシィ(p3x000244)
大鴉を追うもの

 ――暑い。
 プレイヤーたちの心の声はただ一つだった。暑い。暑すぎる。ゲームの中なんだから暑さは雰囲気だけでいいじゃないか。
 Rapid Origin Online、通称R.O.Oと呼ばれる仮想空間ゲームの中。混沌に煮たこの世界は当然ながら夏があり、一体誰の気まぐれか、その日はかなり珍しい――もちろん、現実世界を基準にした話だ――気温を記録したのである。それはNPCのみならずプレイヤーたちにもリアルに感じられた。
 何が言いたいかと言うと、ヒトは必然的に涼しい場所へと流れるのだ。それは緑豊かな避暑地かもしれないし、パウダーサンドの煌めく航海セイラーのビーチかもしれない。あるいは友好的な貴族が解放するプライベートプールだとか、涼しい場所というのは色々ある。
 日焼けの天幕を張った砂嵐サンドストームのオアシスもまた然り――だが、完全に暑さを凌ぐと言うのは難しい。
「あっっつ……」
 クシィ(p3x000244)もまた、そうして避暑にやってきた1人であったがこの通り。ぐったりとしながら飲み物を煽る。
 このオアシスでも何もかもが高いのは変わらないな、と思う。だがここで物を求めようとすれば仕方ないとも言えるだろう。まけてくれ、などといえば身包み全て剥かれるに違いない。
 故に、と言うべきか。プールと化した湖では縁でのんびり過ごす者より、湖に入って体を冷やす者の方が多いようだ。幸いにして、そこまで深くもないらしい。
 だがしかし、クシィの目的はそこだけではないのだ。
「まあ、いないよな……」
 飲み物の容器が空になって、ポリゴンの集合体に変化すると空気へ溶けていく。しかしそんなことも気にせず、クシィは湖を――湖で遊ぶ者たちを――睨みつけるように観察した。
 違う。こっちも違う。あっちは――あっちも違った。
 違うを繰り返すたび、彼女の心に落胆が降り積もる。なかなか会えないのは仕方ないというか、そう簡単に会えるような実力であるわけがないのだが、それでも会いたい時に会えたらと思うのだ。
(いや、会いたい時に会えたらずっと傍に居たくないか……?)
 離れる時は名残惜しいし、離れている間は会いたくなってしまう。でもでもでも、会っている間はあんなに心臓が高鳴っているのに、ずっと傍にいようものなら心臓が破裂するのでは???
 赤くなったり青くなったり、百面相のクシィ。しまいには大きなため息と共に頬杖をついた。
「会いたいなぁ」
「誰に会いたいンだ?」
「コルボに……え?」
「あ?」
 声のした方をばっと向けば、会いたくてたまらなかったご尊顔がすぐ横に!
「コルボ!?」
「うるせェ」
「えっごめん! いやコルボどうして!?」
「うるせェっつってンだろ。その口黙らせてやろうか」
 どうやって!? いやいやそんな関係でもないのにでもその言い方はとクシィのテンションが跳ね上がる、が。
「むぎゅ」
 大きな手がクシィの口元を鷲掴む。思ってたのとだいぶ違う。でもあのコルボの手が触れているのだと思えば――しかもしかも、乙女の唇がコラボの手のひらと触れ合っている――これはこれで、イイ。
「……何にやけてンだ」
 若干引き気味のコルボにクシィはハッとした。これではいけない。コルボのためにも自分のためにもいい女でいなければ。
 口を塞がれているとうまく喋れないので――大変名残惜しくはあるが――もう退けてくれと示すと、コルボの手が離れていく。
「……それで? こんなところに団長様が来たってことは、ここで何かあるのか?」
「本当に言うと思うか、考えてみろよ」
 努めて平静に問うと、コルボがにやりと笑った。そんな表情も素敵なのだけれど、何かを企んでいるのであれば突き止めたい気持ちもある。以前は一時的な共闘ということで味方だったが、本来彼は"悪"なのだ。
「――何もねェさ、こんなところで。肩透かしだったか?」
「え?」
 横を見ればコルボが小さく肩を竦める。その言葉の真偽は置いておくにしても、一応は彼の言う通り何もないのだとしておくべきか?
 いやそれならば何をしにきたのか――クシィは首を傾げて、コラボを凝視した。その視線に気づいた彼が鬱陶しそうにしっしと手を振る。
「いいだろ、見て減るもんじゃなし」
「前見とけよ前。暑苦しいンだよ」
 嫌がられては仕方がない。立場上は敵対することもあるが、嫌がられても嫌われたくないのが恋心である。
 仕方なしに前を向けば、有象無象が湖に飛び込んだり、水を掛け合ったりとまるで子供のように遊んでいる。こんな治安の悪い場所で遊ぶ本物の子供は大抵クソガキだし、ほとんどは大人だ。
(見るものと言ったらこれくらいだよなあ)
 別に綺麗な湖でもなし、こんな場所に裕福な者いいカモがくることは滅多にない。ゆえに見せ物のようなものも存在しないのである。
 つまりクシィのような者は特異で、大抵は我先にと水浴びに行くわけで――。
(……ん? ならコルボの目的は……?)
 何か仕掛けに来たわけでは"本当に"ないのなら。ここを訪れた目的は果たして前者か、後者か。
「なあ、コルボ――」
 どっちなんだ、と問おうとして、向けた視線ががちりと固まる。向けられたコルボは眉間に皺を寄せた。
「今度は何だ」
「え、いや……あの……」
 口をぱくぱくと開閉させ、しかして何も出てこない。クシィは顔を真っ赤にしながらコルボ――の上半身を指差した。
「あ? てめェ、何しに来たと思ってンだ。水かぶるために決まってんだろ」
 そう言って――半裸になった彼はにぃと笑い、湖へ飛び込んだ。跳ね上がった雫が日向に差す光で輝く。思わずクシィはそんな光景を凝視した。
(…………えっ? コルボが水浴びしてる?? 半裸で??? 本当に?????)
 本当にこれは現実なのか。いや仮想世界なので現実という表現もおかしいのだが、夢ではないだろうか?
「おい、てめェもこのために来たんだろ。脱いでこっちこいよ」
「はひ、」
 脱いで。今コルボに脱いでって言われた? 脱いでって言われた!!
 すっかりそこにいい女の影はなく。居るのはただコルボの一挙一動に振り回される乙女である。
 コルボを待たせられない一方で、たとえ下に水着を着ているとしても、目の前で脱ぐと言う行為はクシィの手を止めさせる。モダモダと葛藤するクシィだが、意を決して服の裾に手をかけた。
「コ、コルボ……こういうの、どう……?」
 衣擦れの音と共に肌色が空気に触れる。ああ、やっぱり恥ずかしい。
 ギュッと目を瞑る。はしゃぐ大人たちの声が遠い。沈黙がいち、に、さん――。
「――へえ? 悪くないぜ」
「本当!?」
「おう」
 ぱっと目を開けて聞き返せば、コルボがニヤッと笑って。それから思い切り、湖の水をクシィに向かって跳ね飛ばした。
「うわ! なに!?」
「隙のあるヤツが悪いのさ、悔しいならやり返してみたらどうだ?」
 目論見が成功して大満足なコルボに対して、クシィはぐぬぬと唸る。このままやられっぱなしなんて癪に触るじゃないか!
「待て! 待てったらー!!」
「待てって言われて待つヤツいねェだろ!」

 ――大人2人の、大変に大人気ない夏の話であった。

  • 熱砂の夏完了
  • GM名
  • 種別SS
  • 納品日2022年07月11日
  • ・クシィ(p3x000244
    ※ おまけSS『香るは夏と、砂と、それから』付き

おまけSS『香るは夏と、砂と、それから』

「はー……」
 砂の上に引かれた布にごろんと転がって、クシィは息を切らす。割と真面目に、本気で水の掛け合いなどしてしまった。しかもコルボに。
(いい女って……難しいぜ……)
 思うようにいかないのは腹立たしい。けれどもコルボが関わっているから、本気で腹が立つとも思えず。なんともままならないものだと考えるクシィに、ばさりと何かがかけられた。
「やるよ」
「え?」
「必要な時以外に視線を集めるもンじゃねェだろ。悪ってのは」
 それだけ言い残し、コルボはシャツを引っ掛けるとじゃあなと片手を上げて去っていく。あとに残されるのはぽかんと口を開けたクシィと、彼女にかけられた大きいマント。
「……え? え??」
 コルボの背中と、それから手元のマントを交互に見てクシィは目を白黒させる。いやどういうことなんだ。

 ――彼女はこの時、まだ知らない。
 湖ではしゃぐ彼女の姿に注目が集まっていたことも。
 湖から上がってからも肌を晒す彼女に近づく輩も。
 ただ、コルボの背姿が見えなくなったあと。クシィはマントを恐る恐る口元にあてた。香るのは夏と、砂と、それから――。

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