PandoraPartyProject

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世界はそれを愛と呼ぶ。或いは、雨の降る世の片隅で…。

登場人物一覧

咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年

●ある月の無い夜
 しとしとと、夏の雨が降る夜のこと。
 気温は低く、湿気は多い。
「それでは、お先に失礼しますね」
 カラン、と扉の閉じる音。
 建物から出て来たのは、黒く長い髪の少女だ。
 細い伸びた四肢と、どこか憂いを秘めた眼差し。
 視線を空へ……雨の勢いを確認し、長い髪を手櫛で梳いた。
 雨が降り始めたのは、確か昼を過ぎた頃。
 それからずっと、しとしとと小雨が降り続けているのだ。当然、湿度も高くなる。湿度が上がれば、湿気を含んだ髪の纏まりも悪くなるのが常ではあるが、彼女……咲花・百合華の髪は、幾らか艶を帯びるばかりで微塵も膨らんではいない。
 それも彼女が“美少女”である故だろう。
 百合華は“美少女”としては平凡だ。
 けれど、歴とした“美少女”である。
 小雨程度では、彼女の美しさを微塵も損なうことは出来ない。
「これが彼女であれば……この程度、雨の方から避けていくのに」
 思わず、と言った様子で百合華は呟く。
 彼女とは、白百合清楚殺戮拳の伝承者にして最高傑作、そして白百合清楚殺戮拳を終わらせた“美少女”咲花・百合子に他ならない。
 最強の名を欲しいままにする美少女の極致。
 最狂と呼ばれた、人の形をした怪物。
 最恐と畏れられた生きる伝説。
 1度は百合華の前から姿を消した美しい少女。
 一族は百合華を除き死に絶えた。
 最後に残った百合華もそこで終わるはずだった。
 だというのに、いったい何の因果だろうか。
 百合華は、こうして別の世界へと喚ばれ、命を長らえることになる。
 見知らぬ土地。
 見知らぬ人種。
 見知らぬ怪物。
 そして、すっかりそこに馴染んだ“美少女”。
 消えたはずの咲花・百合子はここにいた。
 あの頃と同じように、咲花・百合子はこの地で己の“美少女”を貫いていた。
 なんと眩しいことだろう。
 なんと怖ろしい女だろう。
 それに比べて、己はなんと醜く弱い。
 もはや肩を並べることは叶わない。
 けれど、しかし……狂おしいほどの憧憬が、百合華の心に火を入れた。
 止まったはずの百合華の時間は、別の世界で再び進み始めたのである。

 唯一抜きんでて並ぶ者なし。
 咲花・百合子を一言で称するのなら、そう言うことになるだろう。
 そんな彼女の隣に立とうと努力し、琢磨し、己を鍛え、それでも届かず、遥かな高みを知って挫折した“美少女”は数えきれないほどにいた。
 極まり過ぎた百合子の美少女力は、望むと望まざるとに関わらず、周囲の者に影響を与える。彼女の美少女力に耐えきれず、発狂した者までいたはずだ。
 なにしろ百合子は、産声で戦争を1つ終わらせたとも、微笑み1つで老爺の寿命を10年延ばしたともいわれる存在だ。
 そんな百合子は、ただ周囲に与えるだけ。
 彼女の存在により、誰が幸福になろうと、誰が不幸になろうと、意に介さない。理解できない。彼女の誰にも興味がない。
 ただ1人の例外が、百合華だった。
 百合華は百合子に並ぶことは出来なかったが、百合子の視界に入ることは出来ていた。
 凡庸極まる百合華の抱く優越感。
 異界の地ににて、再び百合子と出会えたことは百合華にとっての幸福だった。
 そして、同時に不幸でもあった。
「……また、あの人と一緒にいるのね」
 雨の降る中、暗い夜道で少年の怒鳴る声を聞いた。
 視線を向けた先には、百合子と並ぶ美少年の姿があった。
 少年の名はセレマ オード クロウリー。ローレットにて事務職に就く百合華は、彼の名前も、その異常さも知っている。
 セレマはひどく脆弱な生き物だ。
 百合華程度の美少女でも、簡単に首を折ってしまえる。
 それどころか、豆腐の角に頭をぶつけただけでも絶命するんじゃないかと思えるほどだ。
 今だって、百合子に背中を叩かれて心臓を止めていた。
「でも……か弱いけど、弱くはない」
 一瞬、白目を剥いたセレマだが、数瞬後にはあっさりと息を吹き返す。
 百合子とセレマは、きっと対等なのだろう。
 元の世界では、百合子が終ぞ得ることの出来なかった対等なる存在。混沌なるこの世界にて、百合子はそれを手に入れた。
 かつて、あれほどに活き活きとした百合子の姿を見たことは無かった。
 他人に対し、興味を持とうとする姿なんて初めてみた。
 そんな姿を見れて嬉しい。
 隣に立つのが、自分で無いことが妬ましい。
「執着ねぇ。美しく、儚く……ドロドロとしていて、闇よりも暗く、胸のうちで幾千万の蛆のごとくに這いまわる感情の渦……あぁ、世界はそれを愛と呼ぶのよ」
「っ……!? 誰ですか? いつの間に」
 背後に突然、人の気配が現れる。
 振り返った百合華の口が、白く細い指に塞がれる。
 そこにいたのは、赤と黒を基調としたドレスに、青白い肌をした美女である。
 ダークトーンの紅を塗られた唇を歪めて、彼女はくすりと微笑んだ。
「あぁ、大声を出しちゃ駄目よ。気づかれてしまうから」
 そう言って女は手にした傘を広げる。
 ばさり、と空気を打つ音がひとつ。
 百合華の周囲に闇が落ち、雑音だけが掻き消えた。
「いい夜ね。貴女、あの美しい少女を愛しているのね? その隣に立つセレマのことが、妬ましくて、羨ましくて仕方がないのね?」
「違います。私は百合子の……同胞の様子を見守っていただけ。言いがかりは止めてください」
 雨に湿った空気を吸って、百合華は冷静さを取り戻す。
 淡々と。
 にたりと笑う女へ拒絶の言葉を返した。
「見守っていた? そんな顔で?」
 しかし、女は百合華の拒絶を拒絶する。
 百合華の顔へ顔を寄せ、血色の瞳でじぃと見つめた。
「そんな……顔」
「この私、サン・テオフィール・ド・アムールヘィンに隠し事は出来ないわ。そして、私には貴女の想いを手助けしてあげられる」
 さぁ、話して。
 囁くように女……テオフィールは告げる。
「いい笑顔ね。あの2人、とてもいい笑顔でお話しているわ」
「そんなことは」
「無いと思う? ほら、よく見てちょうだい?」
 百合華の肩と腰に、テオフィールの手が回される。
 百合華の視界に、通りを進んで行く百合子とセレマの姿が映る。
「お互いを尊重し合っている者同士、特有の雰囲気ってあるわよね。きっと、表面上はどうであれ、心の奥の大切な部分で繋がっているのね。そう言うのって、よくよく見ていれば分かるものでしょう?」
 ねぇ?
 問いかける声が、脳の奥を痺れさせた。
 抵抗する意思さえ失って、脱力したまま百合華は2人の様子を見つめる。
 2人の姿が見えなくなるまで、ずっと……ずっと。

「憎いのね。妬ましいのね。さぁ、私に聞かせて? 私以外の誰も聞いていないから、遠慮なんていらないの」
 そう問うた声に、知らず知らず答えを返す。
「憎い。妬ましい。同胞を奪った混沌という世界が、私は」
 百合子は1度、彼女の前から姿を消した。
 この世界は、百合華から百合子という存在を奪っていった。
「本当に憎いのは、妬ましいのはこの世界? それとも、あの子かしら?」
「あの子……セレマ オード クロウリー」
「そう。数多の魔性と契約し、人の道を外れた化け物。見た目はいくら美しくとも、その本質は人外極まる怪物よ」
「怪物。でも、私には彼も、世界も……どうすることも」
「できないわね。貴女1人では。でも、私が力を貸してあげる」
 だって私は、恋する者の味方だもの。
「貴女に魔法をかけてあげるわ」
 なんて。
 心地の良い囁きが、百合華の脳を搔き乱す。

  • 世界はそれを愛と呼ぶ。或いは、雨の降る世の片隅で…。完了
  • GM名病み月
  • 種別SS
  • 納品日2022年06月22日
  • ・咲花・百合子(p3p001385
    ・セレマ オード クロウリー(p3p007790

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