PandoraPartyProject

SS詳細

稚魚と黄金竜

登場人物一覧

レイガルテ・フォン・フィッツバルディ(p3n000091)
黄金双竜
シラス(p3p004421)
超える者

●傲慢の竜
「どんな褒美よりも、貴方に拝謁したかったのです――」
 黒檀の机に向かったままの威厳の老人を目の前に『夜闘ノ拳星』シラス(p3n000091)はそんな言葉を紡いでいた。
「願わくばそのお言葉を頂き、己の存在を認知して頂きたかったのです」
 我ながらの白々しい言葉にシラスは内心だけで舌を出した。
 言葉は嘘ではないが、無論十全な真実をも捉えていない。
 幻想に居を構えるローレットは特にこの国の依頼を受ける事が多い。
 気難しい幻想貴族達が己が重大なアイデンティティーにも置く『果ての迷宮』――即ち建国の勇者王が望んだ踏破の事業にさえ関わり出したイレギュラーズの名声は今やうなぎ上りである。
 とはいえ、当の幻想の現況は厳しい。
 かつての大国は長引く政情不安により疲弊し、分断され、民はその煽りに苦しんでいる。統治する国王フォルデルマン三世は『以前よりは幾らかマシになったとは言え』相変わらずの放蕩振りで、こちらが覚醒し一本立ちするのを早晩期待するのは中々困難である。
 難しい『幻想の泳ぎ方』だが、器用なものがいるのも事実。
「良く回る舌だな。特異運命座標。だが、その殊勝な心がけ、『まずは幾ばくか』買ってやろうではないか」
「恐悦至極。この度はご挨拶出来て光栄です、公」
 その一人が如才なく恭しい礼をとって見せたこのシラスである。彼は唯の褒美より、この幻想において最大の政治力を有し、王党派さえ凌ぐ権勢を振るう老人――即ち、レイガルテ・フォン・フィッツバルディに己を売り込み、取り入る機会を得る事こそ『最高効率』と確信したという訳だ。
「ザーズウォルカより報告を受けておる。首尾は十分だったようだな?」
「それは勿論。公の権勢には一つの傷もつきますまい」
 平素とはまるで話し方を変えたシラスは今日ばかりは『レイガルテの望む態度』を演じていた。
 彼が褒美としてこの謁見を願ったのは偏に彼に気に入られて――ローレットに、自分に更なる期待を寄せられんが為である。失敗して裏目を引いては余りに報われないというものだから。
「しかし、貴様――その心がけは良いとして、それだけではないのであろう?」
「……はい?」
「美辞麗句を並べ、不敬にもわしを利用しようとは。甘く見られたものだな、この黄金双竜も」
 レイガルテの猛禽のような瞳が鋭く細められていた。
 全身を射抜くかのような大貴族の眼光は少なからずシラスの肝を冷やすものになる。
 老人はシラスを直接傷付けるような武力は持つまい。さりとて、彼の持つ王者の風格は――幻想の貧民街で生まれ育った彼を竦ませる程に異質な『強さ』を持っていた。
 歳相応のそんな部分が除いたのはイレギュラーズならぬシラス自身が持つ少年性によるものか。
(……いやいや。落ち着けって、俺。疚しい事なんてないだろう?)
 ジロリと自身をねめつけたレイガルテをシラスはやや引きつった愛想笑いでかわそうとする。
 そんなシラスの下手な取り繕いに鼻を鳴らしたレイガルテは言葉を続けた。
「だが、良い。特別に不問としてやろう。
 貴様がわしの仕事を果たし、褒美に謁見を願ったのは事実故な。
 このわしに取り入ろうとする者等、百では利かぬ。千もそれ以上も見てきたわ。
 たまに一人の下手くそに付き合ってやるのも、このわしの器量というものよ!」
「……えっと、その、一応そういう心算ではないといいますか。でも、ありがとうございます」
 安堵に胸を撫で下ろしたシラスの返答は些か間の抜けた風情となった。
 しかし、壁際で控えるザーズウォルカもこれは予測していた範囲だったのだろう。レイガルテの言を事実上認める形となった――否定しても無駄だし、却って良い結果は招くまい――シラスにも怒った反応は見せていない。
「さて? 特異運命座標。貴様の分不相応な野心に付き合ってやろうというのだ。
 少しは腹を割って――面白い話もするのであろうな?」
「……公の為に働きたいと思っているのは本当ですよ」
 苦笑したシラスの言葉に嘘は無い。幻想国民の一人としてシラスはレイガルテがどれ程の男かを知っている。
 スラムで育ち、死んでいく予定だった自分のストーリーを捻じ曲げたのはあの運命の日、始まりの日の召喚だ。
 あれから色々あったが、少なくとも今の自分は――『ローレットのシラス』はレイガルテ程の男と言葉を交わす資格を有している。否、そうでなければ彼の前に立てようものか。
 故にシラスは――臆しそうになる自分を叱咤し、丹田に力を込めた。
「――そして、それは公にとっても悪い話にはならない筈です」
「戯けめ! 囀りよるわ!」
 自身の眼光に怯まず、真っ直ぐに言葉を跳ね返したシラスをレイガルテは一喝した。
 しかし彼の機嫌は、口調は言葉と裏腹に何ら怒りを帯びていない。
 むしろ黄金双竜に正面から啖呵を切った子供風情、平民風情に楽しそうな顔さえ見せている。
「それは何れわしが決める事。だが、特異運命座標。そうまで言うならば問いの一つもくれてやろう」
「答えられる事であれば……何なりと」
「貴様はこの国がどうなるのが一番良いと思っておる?
 いや、わしに遠慮する必要はない。思う侭に答えてみよ。
 幻想は三つの勢力に割れておるな? それはフィッツバルディであり、アーベントロートであり、バルツァーレクである。そして我等は陛下を上に戴いておるのだ」
 シラスは問いの意図が掴めずに咄嗟に答える事が出来なかった。
 本当の本音を言えば貴族なんてものは力を失えば平和になるのだろうが――それは難しい。
 レイガルテはフォルデルマンを立てるように言ったが本音では軽侮しているに違いない。
 下手な回答をすれば藪蛇を突いて出すだけであり、つまり――この政治の怪物を前にシラスの腹芸では話にならない。
「……公の御心の侭に」
「ふん。答え等望んではおらぬがな。随分とつまらぬ答えを返したな?」
 シラスの回答は明確な逃げであり、しかし先刻承知のレイガルテはそんな彼を鼻で笑い飛ばした。
「この争いはな。わしが勝つべきなのだ。わしはそう言うに決まっていると思ったか?
 だが、なかなかどうして。これは唯の自負ではないぞ。竜の義務に相違ない。
 アーベントロート侯ならいざ知らず。政の上に自身の感情を置く小娘に宰相が務まるものかよ。
 バルツァーレクが上に立てば民草は喜ぶか? 馬鹿な。覇気のない若造は国を小上手く治められても、ネメシスやゼシュテルに抗する事なぞ不可能よ。つまる所、わしがやるしかないのだよ。
『貴様等、民草がどれ程にわしを嫌おうとな』」
 レイガルテは自身を嫌うものに敢えてシラスの名をも入れた。
 彼は傲慢の塊であり、その言葉も全て心よりの確信ばかり。
 シラスはそんな彼に何とも言えない顔をして、しかし一つだけは言い返す事に成功した。
「公の為に働きたいと思っているのは本当です」
「……ふん」
「欲得とでも、野心とでも受け止めてくれて結構です。しかし公にはその力があるでしょう?」
 シラスの言葉にレイガルテは幾度目か鼻を鳴らした。
『きっと、一応は成功したのだ』。
 会談の緊張感はそれで解け。レイガルテは猛禽の瞳の奥に幽かな愉悦を覗かせる。
「言葉を違うなよ、特異運命座標。いや――シラス」
 意外にも彼の名前さえ呼んで、口の端を歪めていた。
「わしの為に良く努めよ」
 それは傲慢の竜の見せる確かな期待。確かにシラスの望んだ一言(まんがく)だった。

  • 稚魚と黄金竜完了
  • GM名YAMIDEITEI
  • 種別SS
  • 納品日2019年10月01日
  • ・シラス(p3p004421
    ・レイガルテ・フォン・フィッツバルディ(p3n000091

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