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投げ込まれた石が描くのは
登場人物一覧
此処は鉄帝の「とある酒場」のVIPルームの1つ。
目的以外の誰とも会わず、来て去る事が可能な、そんな場所だ。
此処での会話を知る者はおらず、決して漏れることはない。
だからこそ『群鱗』只野・黒子(p3p008597)は『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)との会合の場所に此処を選んだ。
目的はあくまでエッダへの脱穀の度合いを調整した米で作った製品……きりたんぽ、米粥、餅、干し飯と酒の試食の誘いだった。
慎重すぎると笑うなら笑えばいい。しかし、本当の目的は幾つもの理由で厳重に梱包しなければ、黒子はこれからしようという話を出来る気がしなかった。
エッダとしても、黒子がその程度の警戒を出来ない人物だとも思っていない。
秘密は漏れるというのが基本であり、そうではないと信じるのは純粋が過ぎる。
2人とも、そんなお伽噺の人物のように人の悪意に対して鈍感ではなかった。
だからこそ、2人は表向きの目的通りに試食会を進めていく。
その間、そこかしこの気配を感じ取ろうとし……ようやく「目も耳もない」と確信できた時、黒子は「それ」について切り出した。
「今は調査段階ですが、危惧があるので」
「ああ、話題の『庭』のことでありますね」
「今は何処もガーデニングの話で持ち切りでしょう。何しろ最先端の趣味です」
「否定はしないでありますな。猫も杓子も……とは言うでありますが、我先に良い花を求め争うでありますからな」
それは浮島アーカーシュのことではあるが、そうであるかは「これだけ」では確定は出来やしない。
だが、それを前提にして聞けば『軍務派』と『特務派』の派閥抗争……その人材の奪い合いの話であることが理解できるだろう。
しかし……そこでエッダは、カツンと机を指で叩く。
「迂遠な話し方はこのくらいにしとくでありますか」
この場が今完全に「白」であることは確定だ。
だが、時間が立てば要らぬ推測をする連中も混ざるだろう。
その為には此処で言葉を選ぶのはそれ自体が時間の無駄だ。
だからこそ黒子も頷き、本題を語り出す。
「浮遊島自体が浮遊要塞」だった場合。
「発掘品の偏りが民事よりも軍事向き」だった場合。
そして特務派が「憂国という善意に基づいた行動の先に地獄が待っていた」場合。
それこそ浮遊島vs鉄帝+ローレットなんてことになる前にある程度楔を入れておきたいのだと。
「……まあ、その懸念はもっともでありますな」
ゴーレムのような存在などもすでに発見されている。
アーカーシュが何かしらの軍事兵器ではない、そうでなくとも転用可能な軍事兵器が大量に見つからないと考えるのは、あまりにもお花畑であるだろう。
あの特務のいけ好かない男が動いていることを楽観視する程、エッダは平和な思考はしていない。
「とは言え、何も諜報させろ、というわけではありません。そんなこと言ったら首飛ぶでしょうし。物理的に」
「まあ、その方向での協力は難しいでありますな」
それは黒子も分かっている。だからこそ、用向きは「それ」ではない。
「発見品の軍事/民事向きの偏重さ、浮遊島から出入りの物の流れの変化……等の「聞けばわかること」の積み重ねでもわかることはありますし。いわゆる「OSINT(Open Source Intelligence)」で足りるでしょう。なんか焦げ臭いぞ、とわかるだけでいいと思います。後はそちらの管轄ですし。もちろんこちらで手に入れた情報もお出しします」
そう、表に出てくる情報だけでも大きな動きの推測は可能だ。
一見何でもないように思える情報でも丁寧に突き合わせれば方向性が見えてくる……その中には「大火事」に到るものもあるだろう……つまりは、そういうことだ。
「そもそも、これらの物品も元は鉄帝の食糧事情改善が目的で前々から卸してたんですが。豊穣は領土的野心はないですし、幻想に胃袋握られるよりかは平和でしょう。ただ、それでも「外の国」です。いわゆる戦略物資を外に頼るのは国防上よろしくない」
今黒子は戦略物資……と言ったが、それはまさに「その通り」であり、それ以上の説明が必要なものではない。
「なので、今回の浮遊島発見は私としても喜ばしい限りですよ。裏表なしに。「鉄帝が自前で飯を確保できるようになった」なら国家間の緊張はだいぶほぐれると思います」
その辺りについては鉄帝の上層部がどう考えるかはまだ未知数がところがあるし、エッダも気軽に頷いたりはしない。
何より、本題は「そこ」ではないのだ。
「ただ、先の「善意に舗装された地獄」の確率はあまり変わらない、というのが個人的な見積もりです。「飯が確保できた、新しい兵器が出た。じゃあより良い畑を求めて戦争だ」という思考もなくはないので。特務派の動き次第ではそれが起こりうるかな、という心配がありまして」
「ま、その懸念ももっともでありましょうな」
足りて礼節を知るとはいうが、それは理想論でもある。
何処で「足りる」のかなど本人次第であり、何処までも貪欲なものだっている。
国家という巨大なモノであれば尚更だ。その意向は「舵取り次第」であるだろう。
「もっとも、ではありますが。そこまで悲観的予測を掲げる理由は、何でありますか?」
エッダとしては「もっとも」だからといって、それで簡単に納得するわけではない。
あくまで一面的な見方であり、別の見方をすれば別の方向が見えてくる。
国家とはそういうものであり、大佐であるエッダとしては常に複数の方向性を見据える必要は当然にある。
だからこそ、神経質とすら言えるまでに黒子が特務派にネガティブな予測を向ける「理由」は知っておきたかったのだ。
「レイシス卿に「ヴァレーリヤが国家の敵にならないように助けてくれ」と前に頼まれたことを思い出しまして」
だからこそ、黒子もその理由を隠しはしない。
ここで隠せば、エッダは黒子の話を頭に置きつつも「1つの可能性」とタグ付けする事が分かっていたからだ。
「貧しい者の腹が膨れればそうはならないと私は踏んでいます。そのためにこれらの商品を開発/販売してたりしてたんですが、別口からそういう事になりそうだったんで。それに、私は「余計な仕事」はない方がいいと思っています。役人の性ってやつですかね」
その言葉に、エッダが頷く。
心情的にも商売的にも政治的にも納得できるものがある、と。そう理解できたからだ。
1度腹を割った以上、その辺りを隠されてもエッダは「信頼性」の度合いを下げただろうから、これは黒子の誠実性の勝利とも言えるだろう。
「あ、商人の参加可否問わず、OSINTの概念と先の危惧を貴女にお伝えした時点で私の目的は「成功」しています。実際に警戒するのは、貴女の隷下部隊でも私の知り合いの商人でもどちらでも構わないわけですし」
なので、参加の可否判断は特務派の防諜と国家の利益を勘案して判断なさってください……と。黒子はそう話を締めて。
エッダは静かに席を立つと、黒子を真正面から見据える。
「面白い話でありました。どう動くかはさておいても……今日の話、存分に活用させて頂くでありますよ」
「ええ、是非に」
それで、2人の話は終わりだ。
浮島アーカーシュを巡る諸々は始まったばかりだが……そこに投げ込まれた石がどんな波紋を描くのかは、今は分からない。
今は、まだ。