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過去の欠片【あるいは、友情の始まり】
登場人物一覧
さわ……と風が吹いて。静李の髪を小さく揺らした。
切り揃えた前髪は、特に理由があるわけではないけれども。
……いや、理由はあった。この髪型から変える理由がないだけ。
結局のところ、踏み出す理由が何処にもないのだ。
だからこそ、『外』の世界の情報に憧れがあるのかもしれない。
自分はそうしようと思えないから、此処ではない何処かの話に焦がれるのかもしれない。
だからこそ、たまに来る外界の本を手に入れては、こうして読んでいるのだ。
それでいい。それでいいのだ。
もう2度と、間違わないと決めたのだから。
「……ねえ、君。それ、面白い?」
「またあなたか」
だからこそ、静李は何度冷たく跳ね返しても壁打ちのボールか何かのように戻ってくる少女への対応を、決めかねていた。
「あなたじゃなくて奏音だってば」
「知ってる。何度も聞いた」
「でも呼んでくれないじゃない?」
「隣に座るんじゃない」
「もう座ったもーん」
静李が何度跳ねのけても、黒鉄・奏音を名乗る少女は気にした様子もない。
関わりたくない、という空気をこれだけ出しているのに何故なのか。
空気が読めないのか空気を読まないのか、いまいち判断がつかない。
「放っておいて、と何度も言ったはず」
「言われたけど。でもボクも静李に何度も『遊ぼ』って言ったから相殺されたんじゃないかな」
「自己紹介はしてないはず……!」
奏音がスッと指を向けた先を見れば、酒職人の黒鉄・相賀が手を振っていた。
それだけで誰が静李のことを教えたのか一発で分かった。
「相賀の爺様……あの人は全く……!」
「ねえねえ。静李が本好きなのは知ってるけどさ。ボク静李と遊びたいなあ」
「……」
拒絶は何度もした。
かなりひどい言葉も放ったはずだが、全く効いた様子がない。
あとはもう実力行使くらいしか残っていないのだが……そうする理由は、あっただろうか?
考えて……静李は、パタンと本を閉じる。
「どうして、そんなに私に構うんだ?」
そう、そこが分からない。
黒鉄・奏音。彼女は1人で何処かに修行と称して出かけていくアクティブなタイプ。
静李からしてみれば、いつか突然死んで居なくなってしまいそうな……そんな、あまり縁を深めたくないタイプだ。
奏音は、いつか静李を置いて死んでいくかもしれない。
何気ない静李の一言が、間違いを呼び起こすかもしれない。
だから、関わってはいけない。そう強く思うのだ。
なのに、どうしてこんなに真正面からぶつかってくるのか?
「んー?」
そんな様々な感情を含んだ問いに、奏音は真正面から静李を見据える。
「友達になりたいからだけど」
「友達……」
その言葉に、静李は揺れる。
嗚呼。なんて飾りのない言葉だろうか。
まるでかつての自分を思い起こさせる、そんな愚かしくも眩しい言葉だ。
だからこそ、その言葉は静李を揺さぶる。
だからこそ、静李は奏音の腕を掴んでいた。
「それは、よくない」
「え? 何が?」
「私はかつて、そうやって間違えたんだ。あなたにだって相賀の爺様という家族がいるだろう。あなたのソレはいつか、間違いに繋がる」
覇竜領域デザストルは、そういう場所だ。
さっきまで笑っていた人が、襤褸のように引き裂かれる。
何気ない約束が、永遠に果たされなくなる。
「もっと考えるべきだ。あなたには、慎重性が足りていない」
そう、天真爛漫で、考え無しで。それはいつか絶対に、間違いに繋がる。
静李はそれを、知っているのだから。
だからこそ、それだけは言わなければならないと。
静李は、奏音の腕を強く掴んでいた。
「んー……確かに、それはよく言われるかなー」
「だったら」
「だから、静李が手伝ってよ」
「……は?」
「静李が友達になってくれて、そういうの考えてくれたら最強じゃない?」
何を言っているのか。一体どうしてそういう話になるのか。
本当にこいつは私の話を聞いていたのか。
色々な想いが静李の中を巡って、何を言えばいいのか分からなくなって。
「……最強っていうのは、そういうのじゃない」
そんな間抜けな返答をしてしまい、静李はハッと顔を赤らめてしまう。
「え? でもボク、もうちょい考える頭があればなーってよく言われるし」
「分かってるなら改善しろ!」
「頭悪いから無理!」
「威張るな!」
「助けて静李!」
「ああもう、くっつくんじゃない! うっ、力強い!?」
静李は抱き着いてくる奏音を引き剥がそうとして、しかし力で全く敵わない。
筋肉量が全然違う感じだ。どういう生活をしていたらこうなるのか。
修行か。いつも修行に行っているんだった。どうしてそれを頭の修行に回さないのか。
「なんか静李ってばぷにぷにしてるね! やわらかーい!」
「……!」
反射的に静李は奏音の脇を抓って「うぐっ」と言わせる。
「ああ、もう! バカなんだな、バカだろう! もう分かったぞ、この修行バカ!」
「いたーい……もう、何するのさ静李ぃ」
「奏音が悪い。私が本読むのを邪魔するし。抱き着くし。煩いし」
「ええ、酷くない……?」
「酷くない」
静李は再び本を広げて、文字に視線を落として。
自分を見ている視線の「圧」に耐えきれず、再び本を閉じる。
「……まだ何か?」
キラキラとした目で自分を見ている奏音に嫌な予感を感じ、静李は後退りそうになる。
「今、ボクのこと奏音って呼んだよね!」
「え……? あっ」
そういえば言ったかもしれない。いいや、言った。つい、言ってしまった。
「やったあああ! これでボクたち、友達だね!」
「友達はそういう仕組みじゃない!」
「親友?」
「どうして重くなるんだ!?」
「ボクは重くないもん、ほら!」
「うああああ、重い!」
静李の膝に乗る奏音に鍛えていない静李はそんな声をあげるが、奏音はすっかり不満そうな顔になっていた。
「ボク重くないもん。静李が鍛えてないだけだもん」
「そういうのは私はいいんだ」
「良くないよ! 鍛えればほら!」
「うわっ!?」
突然奏音が静李を抱え上げるが……所謂「お姫様抱っこ」である。
何故こんなことになっているのか。
理解が追いつかず静李は遠い目になるが……奏音は勝ち誇った顔をしている。
「ね? 鍛えればこうだよ! 静李もこうなりたいでしょ?」
「ならなくていい」
「なろうよ! 出来るよ静李なら!」
「奏音はまず引くことを覚えようか!? 押しが強すぎる!」
「でもボク、静李と夕焼けに向かって走りたいなあ」
「私は走りたくない。あと降ろして」
さっきからフリアノンの住人の暖かい視線が痛い。
恥ずかしくて静李は消えてなくなりそうであった。
渋々といった様子で……何故そうなのか分からないが、とにかく降ろしてもらった静李は溜息をつく。
「とにかく奏音。もう色々諦めたから、まずは互いの妥協点を決めよう」
「友情は妥協じゃないよ?」
「どうしてそこだけ頭良くなるんだ?」
「褒められた!」
「褒めてない」
押しの強さだけで押し切られた形ではあるが……静李はこの日、自分の世界に黒鉄・奏音という「知人」を受け入れた。
それはまだ奏音の言うような友情かどうかは、分からない。
けれど……あるいは、友情の始まりであるかも、しれなかった。
そして、これはベネディクト=レベンディス=マナガルムというイレギュラーズと会うよりも前の……そんな、とある日の出来事であった。