PandoraPartyProject

SS詳細

かみさまじゃなくたって

登場人物一覧

寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
寒櫻院・史之の関係者
→ イラスト
冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)
秋縛


 気づけばすぐ隣に温もりがあった。
 布団の中に潜り込み、まずは奇襲成功とばかりに『しろがねのほむら』冬宮・寒櫻院・睦月(p3p007900)が柔らかく笑う。
「しーちゃん、おはよ」
「おはよう、っていうか……まだ六時なんだけど」
 眼鏡をたぐり寄せて『若木』寒櫻院・史之(p3p002233)が部屋の掛け時計を見る。一瞬だけ見間違いかと思ったものの、どう見ても針の位置は変わらない。しかも今日は休日だ。こういう時の睦月は、思いつきで無茶を振ってくる。とりあえず話を聞こうかと史之は寝返りをうった。
「あのね、闇市でこういうの見つけちゃって。すっごくデートしたい気分なの」
「『無辜なる混沌観光ガイド』? いきなりだな」
「……駄目?」
――あぁ、もう。そんな表情かおされたら断れない事、知ってるくせに。
 ちょっとだけ悔しいので、せめてもの抵抗に頬をむにむに弄ってやる。
「行きたいとこでもあるの?」
「まっひぇ、こへかはひへふ……う~!」
 頬を解放した途端、もう頬に悪戯されないようにと、睦月はもっと史之へ身を寄せた。頬をくっつけ合いながら、ひとつのガイドブックを二人で眺める時間が続く。
「一通り見てみたけど……近場の観光地だと、何だかパンチに欠ける気がするね」
「カンちゃんも俺も、ライブノベルに行き慣れてるせいかもね」
 あちら側の世界では、何もかもが振り切れている。物語を魅力的に引き立てるようにと書き換えられる理。その演出をオーバーに感じる事もあったけれど、改めてその重要性に気づかされる事になるとは。
「この神社……」
 新たに捲れたページを見て、史之がぽつりと言葉をこぼした。『桜狐神社』という名前が豊穣の山奥のエリアに小さいコラムとして追加されている。
 その場所は忘れる筈もない――二人が永遠を誓い合った思い出の場所だ。そこに降る桜色の雪の中で愛を伝えあったカップルは、永遠に幸せになる――史之と睦月、そして社に住まうお狐様のミケが起こした伝説は、瞬く間に噂となって各地へ拡散していった。しかし売り出し方に雪を絡めてしまった都合上、それ以外の季節はどうなっているのだろうか。
 信仰が薄まれば、土地神であるミケもまた尻尾の数が減ってしまうかもしれない。
「ねぇしーちゃん、デートの場所だけど」
「お人よしすぎるよ、カンちゃんは」
「まだ何も言ってないけど!?」
「今までだってそうだったでしょ。幼馴染の夫なんだから、これぐらいすぐに分かるし」
 布団の中で指先がふれあい、ぎゅっと恋人繋ぎで絡めとられる。真っ赤になった睦月と視線を合わせ、史之は「仕方ないな」と嬉しそうに笑った。
「いいよ、行こう。桜狐神社へ」


 そんな甘いやり取りを経た数時間後、二人は『桜狐神社』を訪れ――人の波に押し寄せられて、もみくちゃになっていた。
「きゃーっ! 女神様が珍しい服をお召しになってるわ!かわいいっ!」
「女神様がこのように私どもの近くまで来てくださるとは、ありがたや、ありがたや」
「すみません、もうちょっと下がってください。カンちゃんが潰れちゃうので……!」
 こんな時でも守ろうと人込みに割って入る史之へ心強さを感じながら、睦月は状況を把握しようと境内を見回してみる。
 よく見れば境内の案内看板には自分そっくりの絵が描かれ、社の近くには似た姿の石像が新設されている。極めつけはお土産コーナーだ。ぬいぐるみにタペストリー、果てはいつ撮られたのか分からない生写真まで。『女神様監修! 桜狐神社名物・雪うさぎ饅頭』――これも正直、睦月には覚えがない。
 ただ見覚えがあるとすれば、女神と呼ばれている睦月の服装だった。あれは確かにこの場所で、結婚の儀に使った衣装に他ならない。
「ねぇ、しーちゃん」
 ひそひそと睦月が史之に耳打ちし、遠くを見るよう伝える。群がる群衆よりももっと奥、人だかりを避けた位置から誰かが、こちらの様子を建物の後ろから伺う姿が目に留まる。
 それは確かに冬宮・寒櫻院・睦月そっくりで、見知った儀式服を身に纏っていた。
「……カンちゃん、ちょっとゴメンね」
「えっ何? ちょ、しーちゃん!?」
 謝罪の言葉を口にするなり、史之はおもむろに睦月を抱き上げた。驚く彼女をしっかりと抱いたまま、追い詰められていた建物の壁をダンッ! と勢いよく蹴って大きく跳躍。呆然と見上げた群衆を飛び越え参道へと着地してみせれば、そのまま真っ直ぐ"睦月に似た誰か"の元へ一直線に走り出す!
「何だいまの!?」
「すげぇ、女神様の護衛は韋駄天だべ……」
(韋駄天だって修羅にさえもなってやるさ、カンちゃんのためなら!)
 その頃には"睦月に似た誰か"も史之の思惑を悟ったのだろう。慌てて神社の外の森へ、姿を消そうと去っていく。しかし――
『……!』
「その煌びやかな服じゃ、素早くは動けないよね」
 史之が見事に回り込み、退路を断った。女神と睦月、鏡移しのようにそっくりな二人が見つめ合う。

 遠くの空では陽が傾き、三人を茜色に染める。
 長い沈黙のを先に破ったのは――女神の方だった。

『悪かったよ、勝手に姿を使ったりして』
 白い煙がぽんと上がり、女神の姿が消えてなくなる。代わりにその場に立っていたのは、白くてふわふわな見覚えのある生き物。

「ミケさん!?」
『お、おう。久しぶりだな』

 バレたとあっちゃ話さざるをえまい。ミケは狐耳をしょんもりと垂らしたまま、事のあらましを語ったのだった。

 二人の愛が実を結び、桜色の雪の伝説は瞬く間に広がった。冬の間は連日参拝客が訪れ、人々の信仰心は高まり、ミケの尻尾も三尾に増えた。
 そのおかげで、ミケは久しぶりに変身術で人の姿に化ける事が出来る様になっていた。――嬉しい。やっぱり人間を信じてよかった。
……そう思いながら境内を少年の姿でわんぱくに走っていると、大人たちがこう話し合うのを耳にしてしまったのだ。
「春になったら本物の桜が山を彩る。そうなったらこの神社に来る必要ってなくなるな」
「雪が名物だからねぇ。そもそも、この神社って何を祀ってるんだっけ?」
「そこかしこに狐の飾りがあるけど、まさかそんなものを拝まされてるんじゃないよな」

――あ。そっか、俺はどんなに頑張ってニンゲンを幸せにしても、ちんちくりんのズル狐にしかなれねぇんだ。

「帰ろうぜ」

――嫌だ。待てよ、待ってくれ! 史之と睦月アイツらがせっかくチャンスをくれたのに、このままじゃまた……!

 必死になったその時、気付けばこの姿になっていた。根の国の大儀に顕現した神性。その姿を間近で目撃したミケには、完璧な神のイメージとして睦月の姿が記憶の中へ焼き付いていたのだ。

『お待ちなさい』

 振り向いた人々は、その神なる姿に驚いた。かくしてこの神社には"根の国の女神"が現れる様になり――

「それでいいのかよ」
『いっ、いい訳ねーよ! 睦月に迷惑かけちまったし……』
 史之の一言にバッサリ切られてミケはじりじりと後ずさった。あれから定期的に睦月の姿を借りては人々の前に現れ、女神としてふるまい続けてきたミケだったが、
 本物が人に揉まれてもみくちゃにされているのを見た時は心臓が止まりかけた。社を救ってくれた恩人に、あんな嫌な思いをさせてしまうなんて……。

「迷惑をかけた自覚はあるんだな」
「しーちゃん、ちょっとミケさんに厳しくない?」
 服の袖を引かれて、史之は眉間に寄せていた皺をようやく和らげる。怒っていながらも、困ったような繊細な顔だ。
「カンちゃんが優しすぎるんだよ。冬宮の祭具として扱われて、苦しんでた時期もあったのに。また勝手に祀り上げられるなんて事があったら、俺は許せないよ」
 いいように使われて傷つく彼女に、寄り添えなかったあの日、あの苦しみを史之は未だに忘れていない。独りで置き去りにするなんて――そんな事は、絶対に嫌だ。
 恋人の固い決意を知り、睦月の頬は自然と緩んだ。眼鏡ごしでも分かる強い眼差し。その瞳を覗き込んて、唇に触れるだけの優しいキスをする。

「大丈夫だよ。だって僕のかわりに、しーちゃんが怒ってくれるでしょ。悲しい事も辛い事も、しーちゃんと一緒なら全部、半分こにできるから。
 それでいて幸せな事や嬉しい事は、二人で分けても倍になっちゃうんだから……夫婦ってすごいよね!」

……僕のために怒ってくれて、こんなにも大切にしてくれる人がいる。冬宮の祭具なんかじゃない。大好きな人が、妻として大事にしてくれてる。
 この奇跡は、とっても大きなものだから。ミケさんだって巻き込んで、幸せにしてみせるよ!

「それにね、この問題って結構シンプルに解決できると思うよ?」
 目をまんまるくしているミケを睦月は抱え上げ、温もりを堪能するようにぎゅっと抱きしめた。そのまま手元の柔らかい感触を楽しみつつ歩き出す。
「しーちゃん、お願いきいてくれる?」
「はいはい。俺にきっと拒否権はないからね」
「上手くできたら、ぎゅーってしてあげるから!」
「それは……果たしてどっちのご褒美なんだか」
 軽口を叩きながらも、史之のやる気は本物だ。頼もしさに頬を緩めながら、睦月はひそひそと彼の耳元へと耳打ちした。


「――という訳で、僕はしばらく好きな人との時間を大切にするために、この神社を離れる事にしました」
 史之の手により集められた神社の人達は、女神――睦月の突然の留守にします発現に一瞬固まり、そして口々に不安を吐露しはじめた。
「そ、そんなぁ! じゃあこの神社はどうなっちまうべ!?」
「女神様のいない神社を参拝しても意味がないわ!」
「そこはご安心ください。僕の代わりに皆さんへ加護を与える守護神を置いておきますから。御饌津神みけつのかみ――ミケさんです!」
『おい、そこは正式名称でいいだろが、ッ……!?』
 ミケの方へ、人々の手が近づいてくる。ぎゅっと目を瞑り身体を強張らせた彼へ、降ってきたのは――あたたかな温もりばかり。
「よろしくな、ミケ」
「ミケちゃん、油揚げとかあげたら喜ぶかしら?」
『お、お前らまでミケって呼ぶなーー!!』

……嗚呼、そっか。ニンゲンに撫でられるのって、こんなに気持ちよかったんだっけな。

 やっと拝みに来て貰えると思ったら、また嫌われてしまうのが怖くて、勝手に怯えて自分から距離を置こうとしていたのだ。それに気づいたミケが人々に受け入れられるのを見届けて、史之がぐいと睦月の手を引いた。どこに行くのか聞くよりも信頼の気持ちが勝り、睦月は寄り添いながら共に森へと歩んでゆき――


 水面に揺蕩う月が、オールの動きに合わせてゆらゆらと揺れる。
「桜狐神社の隣の森って、湖があったんだね」
 ゆっくりと漕ぎ出した史之から目を離し、睦月は湖面に映る神社の鳥居を見つめた。真っ直ぐ素直に座っていると、史之の顔を無限に見ていられる。
 普段はそうしていたいと思うのに、実際にそういう状況になると照れくさい。この複雑な乙女心は性別迷子の時から、ずっとこじらせっぱなしだ。
「夜の湖って、すごく静かだね。もっと虫の声とかするのかなって思ってた」
「今はまだ季節がら、そんなに居ないんじゃない? 秋になったら蛍が出るって、お参りに来てたおばあさんが教えてくれたし」
「なんだ、心配しなくても冬以外に名物になりそうな時期があったんだね」
 くすくすと無邪気に笑う睦月を見つめて、史之はゆっくりとボートを漕ぐ手を停めた。湖の中央で、誰にも邪魔されず二人きり。身体を前にのり出すと、ぐらぐらと船体が揺れた。
「わ、しーちゃん落ちちゃうよ!」
「バランスを取れば大丈夫。どうすればいいか分かるだろ?」
 言われてからハッとして、睦月もまたゆっくりとボートの中央へ移動する。互いを支え合うように両手の指を絡めて、間近で見つめ合う。
「しーちゃん的に、今日のデートは何点くらい?」
「53点」
「評点ひっくい! せっかく僕から誘ったのに!」
「当たり前だろ、デートに余計な邪魔が入ったんだから」
 それはそうだけど、と俯きかけた睦月の唇を史之が奪う。驚く彼女に、ほんの僅かに口角を上げて、史之は「でも」と付け足した。

「睦月の可愛い顔が見れたから、やっぱり100点」

「~~っ! しーちゃんの馬鹿ぁ!」
「暴れないでよカンちゃん、ちょっと、落ちるって本当に!」
「ご褒美にぎゅーってしてあげるって約束でしょ?」
「それはっ……、嬉しいけど、タイミング!」

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