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秋色デートは美味しい時間
登場人物一覧
カコン……コロコロ、コン、コロロン……――。
一見すると複雑に、パーツごとに見ればシンプルな機能を組み合わせた装置の前で、ルツはコロコロと転がる球体を見ていた。
真っ直ぐなレールを転がり、カーブを曲がり、螺旋階段はくるくると踊るように落ちて、最後はまた元の位置に戻って転がっていく。
(これは中々凄いな……)
感心したように見上げていたルツの横に、ふわりと小さな花が舞い降りる。
「あら? ルツおにーさんを待たせてしまったかしら?」
仄かに香る甘い香りは李の香りだろうか。
「いや……。私が少し早く来ただけだ。約束の時間にはまだなっていない」
そう言って装置の上にあった大時計を指させば、確かに約束時間にままだ少し早い。
「それは良かったです♪ でも折角早く会えたのだから、少しでも沢山楽しみましょう?」
小さく柔らかな手が躊躇うことなくルツの硬く大きな手を握る。そのことにルツは狼狽えたが、それも長くは続かない。歌うように、踊るように、花の少女がルツの手を引いて歩きだしたから。
「ルツおにーさんは何か見に行きたいものとか、気になるお店とかありますか?」
「いや、私は特には……。それよりフルール、君は行きたい店とかあるのか?」
「私? そうね、私は可愛い花飾りがあれば見に行きたいわ♪ それから綺麗なケーキや可愛いパフェも素敵ね♪」
「ケーキやパフェか……」
一見無表情で強面なルツだが、その言葉にぽわんと花が飛んだ気がした。いや、見る人が見れば実際に花が飛んで見える。それも、可愛らしい色合いの花が。
「それは私も気になるな」
元の世界に居た時からこっそり食べていた甘い物。それはこの世界に来て、幸せな時間の象徴の一つになった大好きなもの。
「まぁ! ルツおにーさんも甘い物好きなのね♪ 私も好きよ♪」
くるりとフルールが振り向けば、それに合わせて甘やかな花びら入りの蜂蜜色の髪がふわりと舞う。柔らかく微笑む少女はまさに花のようだ。
「近くにお勧めのカフェがあるの♪ お買い物の後に行きましょう?」
ルツの方を向いてにっこりと微笑むフルール。だが次の瞬間、その体がぐらりと揺れた。
「あら?」
思わず目を瞬かせるフルール。こけると思ったが痛みも衝撃もなく、感じるのは布越しの低めの体温。
「大丈夫か……?」
耳元で聞こえる、低いが通りの良い声に顔を上げると、ルツがフルールを抱き寄せ支えていた。
「えぇ。少しびっくりしたけど、ルツおにーさんのお陰で怪我はないです。有難う♪」
「怪我が無いなら良いが……」
「良くあることだから大丈夫♪ それよりお買い物しましょう?」
にっこり笑って手を引っ張れば、ルツも心配そうに寄せていた眉間の皺が薄くなる。
「そうだな……。何が見つかるか楽しみだ」
「きっとルツおにーさんが気に入る物が見つかります♪ だって、お店の中は宝箱ですから♪」
窓から中を覗けば太陽の光を浴びてきらきらと輝くアクセサリー。その隣のお店は何だろう。見て回るだけでもわくわくが止まらない。
「あら、素敵なペンダントトップ」
そんな中、ルツが見つけたのは吸い込まれるような深い黒いペンダントトップ。持ち上げて光に当てても向こうは見えない。
「これは何の石かしら?」
「それはモリオンって言う石ですよ。魔除けの一種で、持ち主を守ってくれるんです。お嬢さんにはちょっと武骨だけど、お兄さんには良いかもしれません」
確かにフルールが持つには大きくて似合わない。もしフルールが持つなら、細身のブレスレットなどが良いだろう。
「フルールには、もっと可愛らしいアクセサリーの方が似合うだろう」
「なら今日の記念に何か選んでくれますか?」
小さく首を傾げてみると、ルツはぐるりと店内を見回す。
可愛らしい服に雑貨、アクセサリーが綺麗に置かれた店内で、きらりと存在を主張するように何かが光を反射する。何だろうと思って見に行けば、小さな花を模したパーツを沢山集めた、花束のような髪飾り。
淡いピンクを基調としたパステルカラーに明るい黄色系。爽やかな青系に大人っぽさを感じさせる紫系。
その中でパステルカラーと黄色を手に取ると、フルールの髪に合わせてみる。
「……明るい黄色も君に合うと思うが、髪に飾るならこちらかと」
そう言ってパステルカラーの髪飾りを差し出すと、フルールは青と紫の髪飾りを見た。
「青や紫は似合わないでしょうか?」
くすくすと笑いながら言うと、ルツは表情が変わらぬまま内心焦り始めた。
「そ、そう言う訳ではない……。ただ、君には可愛らしい色が似合うと思っただけだ」
「ルツおにーさんは私に可愛い色が似合うと思ってくれたのですね♪」
そんなルツを見てフルールは楽しそうに笑う。
「とっても嬉しいです。有難う♪」
にこにこふわふわ、綺麗で可愛くどこか儚げで夢のような笑顔。だけど触れれば確かな温もりがあって、ルツは無意識のうちに安堵していた。
「どうかしら。似合うかしら?」
パステルカラーの髪飾りを付けてその場でくるりと回ってみれば、楽しそうな微笑みと相まって、フルールはとても華やかだ。
「あぁ、良く似合っている。今日の礼にプレゼントしても良いか?」
「有難うございます。お言葉に甘えさせて頂きます♪」
包装しようかという店員の言葉を断って、逆にその場で値札を外してもらう。フルールが動く度に、填め込まれたスワロフスキーがキラキラと煌めいた。
代金を払って店を出ると、いつの間にかお茶の時間。
「あら大変。もうこんな時間だわ。急いでお店に行きましょう♪」
先ほどまでより軽やかな足取りで進むフルールに、ルツも行く先がフルールお勧めのカフェと分かって足を速める。
途中でフルールがこけかけるハプニングがあったが、到着したカフェにはお茶とケーキを楽しむ人で混みあっていた。
「満席か……?」
木目を生かした素朴な店内。そこにあるテーブルはどれも埋まっている。
「テラス席なら開いているわ。ルツおにーさんはテラス席でも大丈夫ですか?」
「あぁ。問題ない」
「良かったです。それならテラス席に行きましょう♪」
うきうきと踊るような足取りでテラスに向かえば、店員がお冷とお手拭きを持って来る。
「本日のお勧めは何ですか?」
小さく首を傾げるフルールに店員は笑顔で答える。
「本日のお勧めはモンブランにサツマイモのタルト、それからシャインマスカットのパフェになっています」
可愛らしい絵で紹介されているお勧め。そのどれもが美味しそうで、二人して悩んでしまう。
これが定番であれば次来た時に。と考えるのだが、こう言う限定品は次に来たらないことが多い。だが一人で二つ三つは多すぎる。
一見無表情に、だけど真剣に悩むルツを見てフルールがぱち。と両手を合わせた。
「ルツおにーさんもお勧めでどれにするか悩んでいるなら、二人でわけっこしましょう? 一人で三つは無理でも、二人で三つならきっと大丈夫♪」
その提案に、ルツはぱちくりと目を瞬かせた。
「私は構わないが、フルール、君は良いのか……?」
「えぇ。私もどれも気になるけど、一人では食べ切れないもの。ルツおにーさんが半分食べてくれるなら嬉しいわ♪」
にこにこと微笑むフルールを見て、ルツは小さく頷いた。
「なら二人でわけっこしよう。飲み物は決まっているのか? 私はモルティ―……いや、アールグレイにしようと思う」
「私はオレンジペコーにします♪」
「なら決まりだな」
「はい♪ すみません、注文良いですか?」
慣れた様子で注文し、更には取り皿まで頼むフルールにルツは感心していた。
(こんなに小さいのに流れるように注文をこなすとは……。私も早く色々出来るようにならないとな)
こっそりと目標を立てていると、フルールが再び首を傾げる。
「そう言えばルツおにーさん、ペンダントトップだけで良かったのですか?」
一瞬何のことを言われているのかわからなかったが、すぐに先ほど買ったモリオンの事だと気づく。
「あぁ……。どんなチェーンが良いのかわからないから、そこは本人に選んでもらおうかと思ったんだ」
「あら、それはプレゼントだったのですね。どんな人に渡すのかしら?」
にこにこと楽しそうなフルールに、ルツは親友の事を考える。
「吸い込まれるような、透き通る黒……」
「まぁ、変わった表現。どんな人かますます気になるわ♪」
ルツが返事に窮していると、助けるかのように店員がケーキを持ってきた。
「お待たせいたしました」
薄茶色のマロンクリームがくるくるとうず高く巻かれたモンブランは、その山頂に艶やかな栗の甘露煮が乗っている。半分に割れば中は真っ白なクリームと、食べやすくカットされた甘露煮入りのマロンペースト。その下のタルトは割った瞬間さくっと良い音がした。
サツマイモのタルトは逆にしっとりとしている。ずっしりとしたサツマイモペーストの中に、軽く煮て透明になった林檎が見え隠れ。
シャインマスカットのパフェはマスカットの緑と葡萄の紫の対比が鮮やかで、そこに生クリームやバニラアイスの白が加わって華やかだ。
「とっても美味しいわ……♪」
パフェを食べるフルールが幸せそうにうっとりと息を吐く。
「確かに、これはお勧めになるな……」
モンブランを食べるルツもどこかうっとりとしている。
見て楽しく、食べて美味しいケーキとパフェは、あっという間になくなってしまう。
「どうでした?」
「買い物も楽しめたし、ケーキは美味しかった。素敵な日を有難う」
「楽しんでもらえたなら良かったです♪ また別のお店も教えましょうか?」
くすくす笑いながら首を傾げれば、ルツはこくこくと小さく頷く。よほどケーキが気に入ったのだろう。
「なら今度は別の場所でデートですね♪」
「デートか……。今度はエスコート出来るように頑張ってみよう」
生真面目なルツのその言葉に、フルールは屈託ない笑い声を上げた。