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Smoky quarts
登場人物一覧
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クソみたいな気分だった。
ああ、何故かって?
目が覚めた瞬間、どこもかしこも痛かったんだ。死んでるんならもっとマシな痛みにしてくれやって思ったさ。
戦ってる最中から比べれば、撃ち落とされたように気持ちは落ちていた。というより、戦闘中がただただ異常だったのだと今なら理解できる。いいやけれどそんなことは今どうだっていい。
戦いはどうなったのか。盗賊団は。コルボは。どちらが勝ったのか。
その答えを提示したのは他でもない、俺を覗き込む姿だった。ようやく焦点を結び始めた視界に映った、情けねえ顔で見下ろすガキは、俺に追いつかんとして追い掛け回してくるしつこい奴で――
だから、わかっちまったのさ。
なによりマトモに戻された俺は生かされ、取り残されたこと。
「……なんて顔、してんだよ。あの大鴉盗賊団に勝ったんだぜ?」
そう、本当に。勝者の顔とは思えない。敗者のことを案じていられる甘ちゃんだ。こいつがもっと冷酷だったなら、俺もコルボとともに地獄へ落ちられたのだろうか。
行き着くところまで行き着いたのなら、地獄で酒でも飲みかわそうと思ったのによ――クソったれ!!
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『俊足の』コラットという、1人の男がいた。
大鴉盗賊団の幹部としてコルボに付き従うスカイウェザーの男は、その二つ名の通り――彼が主と唯一定めたコルボであっても追いつけないとされた、俊足の持ち主だ。天も地もすべからく彼の庭であった。
何人もが追い付こうと足掻いて、しかし追いつけずに去っていった。それが何人いたのかなど忘れてしまうくらいに多くが同じ道を辿ったのだ。
しかし、いつからか――そう、
彼、アルヴァ=ラドスラフ(p3p007360)について特筆すべきはその執念深さだ。どれだけコラットが逃げ切ろうとも、アルヴァは懲りずにまた追いかけてきた。途中からそれを楽しみにしていたことは否めない。勿論、負けるつもりなど毛頭なかったが。
(それでもまあ……結果が全て、なんだ)
狭く薄暗い牢の中、コラットは視線を上げる。高い場所に作られた窓は小さく、かつ鉄格子をはめられてしまえば天高く舞うスカイウェザーも籠の中の鳥だ。
大鴉盗賊団は負け、イレギュラーズたちは勝利した。過程など関係なく、帰結した内容以上のものはない。
このままここで死ぬのだろうか。それともいつか放り出されて砂漠を彷徨うのだろうか。ふと考えて、それからコラットは自分が空っぽであることに気付いた。
コルボとの出会いはそれこそ、彼が頭領までのし上がるより以前に遡る。それすらも遠い記憶で、もっと前に自分がどうしていたのかなど朧げにしか出てこない。
コルボという存在がいなくなって、まるで抜け殻になってしまったかのようだ。
(なら、このまま――)
――消えてしまっても。
朝も夜も夢も現も、分からなくなるほどに眠ってさえしまえば、この身は衰弱して死を遂げるだろう。気が付けばコルボのところへ辿り着いているかもしれない。
それもいいか、なんて目を閉じかけたその瞬間。コラットは目を薄く開いた状態で、牢の外へ視線を向けた。
近付いてくる足音。見回りだろうか。それにしては随分と軽い音だが、軽装なのか、小柄な者か。
牢の外を睨みつけるコラットの視界に現れたのは、もうすっかり見慣れた少年――アルヴァだった。
薄暗い場所だ、とアルヴァは進みながら視線を滑らせる。最低限の灯りはあるものの、煌々と焚かれているわけではない。頻繁に人が通る道でもないから、その必要もないと言うことだろうか。
人気のない通路をしばらく歩いた先、狭い牢屋の中に目当ての人物はいた。少しこけただろうか。顔色も悪いような気がする。
アルヴァが立ち止まれば、辺りには静けさが広がった。視線が交錯する。
「……」
「……よお、コラット」
何から切り出せば良いかわからなくて、いつも通りに声をかけてみる。投げかけられたコラットは小さくため息をついた。
「何しに来た、こんなとこまで」
ラサを大鴉盗賊団の脅威から救ったイレギュラーズ様の来るところではない、と。そう告げるコラットにアルヴァは口を開く。
「……俺と一緒に来ないか、コラット」
「おいおい、俺の立場わかってるか? ここから出られるわけないだろう」
「権利はもぎ取ってきた」
アルヴァの言葉にコラットはぽかんと口を開ける。それから瞑目して「幻聴か?」と呟いた。
しかしながら幻聴ではない。『イレギュラーズの監視付き』という名目で、アルヴァの近くにいることを条件に牢を出る許可を得たのである。
「そいつは……むしろ、俺に選ぶ権限があるのか?」
「ああ。とはいっても、断られたってしつこく来るけどな」
1回で諦めるつもりは毛頭ない。何度だって足を運んで、自分から付いてくると決めるまで口説くつもりだ。
アルヴァに付いてこないのならば、このまま牢の中。アルヴァに付いてくるのなら――。
「俺は一緒に義賊をやりたい。生活費は自分で稼いでもらわないといけないから……飲食店の経営とか、どうだ?」
「どうだ? って……素人だぞ。それに義賊って俺に罪滅ぼしでもしろってか?」
「ああ」
至極真面目なアルヴァに再び溜息をつくコラット。まるで子供の夢物語だと言われているようで、アルヴァはむっと眉根を寄せた。
空を自由に駆ける翼も、今はしまわれている。追いかけ続けたその身は、アルヴァが手を伸ばせば届くところにある。こんな飛べぬ場所に閉じ込められたままを、良しとすると言うのか。
「別に罪滅ぼしがしたいとか、したくないとか、そういうんじゃない」
「なら、どうして――」
「なあ、」
――どうして、俺を生かした?
それはコラットの純粋な疑問であった。現にコルボは倒され、亡き者となった。自分もそうなって然るべきだったところを『敢えて生かされた』のだ。
「どうして、生かしたか? ……俺が、気に入ってるからだよ。お前を、生かしたいと思うくらいに、気に入ってるから! だから義賊だって飲食店だって誘うんだ!」
そのための用意がしてあるだなんて、まだ言ってやらないけれど。それだけその想いは本物だ。
「……なあ、アルヴァ。大鴉盗賊団のコラットはあそこで死んでる。ここにいるのはただの飛行種さ」
「それでも、お前はコラットだ」
見事な即答だった。コラットは目を瞬いて、それから苦笑いを浮かべる。
嗚呼、こいつは執念深いんだった、と。