PandoraPartyProject

SS詳細

Rain,rain,go away

登場人物一覧

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
サンディ・カルタ(p3p000438)
金庫破り

 ――からぁん、ころん。

 そんな洒落たドアベルを鳴らせば、振り返った“家主”がよう、と片手を上げた。其れに応えるようにアクアマリンの瞳が瞬き、シキは笑みを浮かべて片手を上げ返す。
 此処はサンディが根城にしている使われなくなった酒場。「ボトル置き放題だぜ」と言う彼に、思わず笑ってしまったのを覚えている。
「今日は曇りだから、家の中で過ごすにはうってつけだね」
「ああ。……うお、もう昼か。武器の手入れしてたら時間忘れちまってた。シキちゃん何か食う? 酒場風のご飯ならご用意してありますが」
 芝居めいて言うサンディに、ふふ、とシキの唇から笑みがこぼれる。
「サンディマスターは何がオススメなのかな?」
「そうだな……今日は肉と野菜炒めにライスとかどうだ? 昨日市場で新鮮な野菜買ったんだ」
「ああ、じゃあ其れを貰おうかな。二人前で」
「あいよ」
 こんなやりとりが出来るようになったのは、最近の事。元の世界で心を殺し、濁ったアクアマリンを瞬かせて生きてきたシキ、あの頃には考えられなかった事。幻想に来てから何もかもが変わった――そう思っていると、ぱたぱた、と窓ガラスを叩く音がした。
 カウンター席から横を見ると、おやまあ。雨粒が窓ガラスを叩いて、存在を主張している。幻想には練達ほど詳しい天気予報はない。今日は傘を持ってきていないので、帰るまでに上がればいいなあ、とシキはのんびりと構えていた。
 とんとんとサンディが野菜を切り分ける音が心地良く響く。ぱたぱた、とんとん。ぱたぱた。 ――あ。
「何か手伝う事ある? いけない、普通に構えちゃってたよ」
「ん? いいんだよ、シキちゃんは客なんだから。水かお茶でも飲んでゆっくりしてて良いんだぜ」
「いやいや、お昼ご飯をご馳走になるのに何も手伝わないのはちょっと良心が痛むかなぁ。せめて食器の準備くらいはさせてよ」
 ね、と頼み込む。このサンディ・カルタという男は兄貴肌ゆえに頼まれ事に弱い。頼み込まれると断れないタイプなのだ。だから今回もうーんと唸った末、判った、と渋々頷いた。
 ばたばたばた。雨は豪雨になりつつあった。シキは席を立つとカウンターの奥側へと入り、勝手知ったる様子で皿を用意する。炒め物なら平たい皿が良いだろう。ライスは……ライスも平皿でいいか。
 なんて、結局平皿を四枚引っ張り出して、カウンターに置いた時の事だった。

 ――ごろごろごろ……

「うわ、雷鳴ってるな」
 先に気付いたのはサンディだった。天空で鳴る稲光の嫌な音。停電をしたらまずいのは冷蔵庫くらいだが、この季節だ、数分であれば持ってくれるだろう。
「雷雨になっちゃったね。早く止むと良いんだけど」
 窓を見るシキの横顔を見たサンディは、あれ? と首を傾げた。最近は感情を出した本当の笑みを浮かべてくれる事の多いシキだが、今のシキはまるで昔のように、貼り付けたような笑みを浮かべている気がしたのだ。
 いや、気のせいかも知れない。サンディは少し、話を続けてみる事にした。
「あ……ああ、そうだな。シキちゃんは傘持ってきてるか?」
「持ってきてないね。だから止むまで此処にいようかな?」
「其れは歓迎するぜ。でも、あんまり降り続くようだったら貸す傘はあるからな」
「ふふ。そうしたら、返しに来てまた此処に入り浸ってしまうかもね」
 ああ、やっぱりだ。
 やっぱりシキちゃん、笑顔が少し違う。其れは正確には貼り付けたような笑みではなくて、繕うような笑みで。口角は上がっているのに視線はうろついて、それで、

 ――ごろごろ、ぴしゃん!!

「……っ!」
 思わずシキは肩を竦めた。かっと窓ガラスに光が差し込んだかと思えば、轟音が鳴り響く。ごろろ、ごろろ、と余韻を奏でながら、雷雲は真上に差し掛かっているようだった。
「……なあ、シキちゃん。大丈夫か?」
 明らかにいつものシキちゃんではない。サンディは切り終わった野菜と肉を中華鍋(というらしい。旅人に教わったものだ)に放り込み、一旦手を止めてシキを見た。
「ん、大丈夫、」
 だよ。
 と言おうとして、ごろろ、と雷鳴が彼女の言葉を切る。碧い瞳が僅かに床を向いた。
「……なあ、もしかしてシキちゃん」

 雷が苦手なんじゃないのか。

 口にするには勇気が要った。何せ、彼女の弱みに踏み込むという行為に外ならないから。



「私が元いた世界は、ただただ広い荒野みたいなところでね」
 じゅわん、じゅわん。
 サンディが野菜を炒める音を務めて聞きながら、シキは諦めたように話し始めた。其の方が稲光の事を考えなくて済むから、というのもある。
「雨なんて滅多に降らないところだったんだ。恵みというより一つの災害なんだと思っていたよ。水は希少で、僅かな水を求めて争う人を何度も見た」
「……」
 サンディは沈黙をもって相槌とした。きっと言葉を挟むのは無粋だと思ったから。
「……此処に召喚されて、雨が災害じゃない事を知ったよ。ああ、勿論過ぎた雨は災害だけれど、天候の一つなんだって理解したって事。だけど、雷には慣れなくてね。慣れないというより、見た事がないものが空にある、と思ったんだ」

 ――空を割き、大地に落ちる閃光。
 ――当たれば全身が焼け爛れ、死に至る。

「まあ、当たる事は余程の事がなければないって聞いたから、雨の日も外に出てたんだ。そうしたらね、――落ちたんだ。雷が」
 覚えている。
 閃光。衝撃。ぐわんと頭を揺らし、幾度となくリフレインする、落ちた時の轟音。落ちたのは樹だったのだろう、めきめきと折れるような音がしたのをよく覚えている。

 其れが、初めてシキが見た雷だった。

「あれ以来、ちょっと苦手になっちゃってね」
「シキちゃんは大丈夫だったのか?」
「ああ、うん。私は大丈夫だった。あれって背の高い所に落ちるんだよね? 近くの樹に落ちたんだよ」
「ふうん……」
 気付けばサンディは炒め物を平皿に盛り終わっていて、ライスをよそっていた。手伝うと言ったのに、いつの間に昔の怖かった話をしているのか。シキはそこはかとなく恥ずかしくなった。
「ま、此処は幸い背の低い酒場だから」
 サンディが振り返る。唇には笑み。
「だから取りあえず食おうぜ。あ、其の前に俺はちょっと雨戸を閉めるから、シキちゃんは食器の用意してくれるか?」
「え、うん。良いけど」
 言うと出来た料理をカウンターに置いて、サンディは手早く雨戸を閉める準備を始めた。雨戸を閉める、といっても、窓に木の板をはめ込んでいくのだが。
 シキは言われた通り、食器――フォークと、一応ナイフも――を準備する。正直な所をいうと、いつ稲光が輝くか判らない窓に近付きたくはなかった。
 サンディが雨戸を閉めるごとに、酒場は暗くなっていって。樹の板の最期の一枚を嵌め終わると、いよいよ暗くなった。
「へへへ、さて、シキちゃんに何をしてやろうか――ってな」
「サンディ君が私に? 何か出来ると思ってるのかな」
「さあてどうだか。ま、今日は大人しく一緒に飯を食って貰おうかな」
 ぱちり、と音がすると、天井の中央に明かりがともる。どうやら停電にはなっていないようだった。
 ばたばたばたばた、と雨音がする。シキの聴覚がそちらに向く前に、サンディが「腹減ったー」と、カウンターに座る彼女の隣に座った。
「そういや、シキちゃんは最近はどうだった? 俺はいつも通り、ローレットで依頼をこなしてるけど」
「私もだよ。討伐依頼が多かったかな……」
「俺は猫探しの依頼を受けたぜ。其れがもう酷いのなんのって。追いかけてたらペンキのバケツに足突っ込んでさ」
「――……ふふ。何それ」
 思わず笑った。本当に酷かったんだぜ、と事の顛末を語りだすサンディの声で、雨音は遠くなっていた。



「ご馳走様」
「はー食った食った」
 あれから話は弾みに弾み、すっかり昼ごはんは冷めてしまったが美味しく頂いた。ふとシキが窓に視線をやると、雨戸の隙間から光が差し込んでくる。――雷雨は去ったようだった。
「おー、雨やんだみたいだな。良かったなシキちゃん」
「そうだね。私が此処に泊まれなくて、サンディ君は残念だろうけど」
「本当に残念だ。ま、また今度ちゃんと遊びに誘うからさ」
 サンディはきっと、自分が稲光に怯えないよう、雷鳴を恐れないよう、雨戸を閉めて話を続けてくれたに違いない。
 シキには判る。そして、其れに気付かれて欲しくない事も、判っている。
 其れは男としての意地という奴なのだろうか、判らないけれども、気付かれて欲しくないなら、気付いていないふりをしようとシキは思った。ただ、でも、一つだけ。
「……サンディ君」
「何だ?」

「ありがとう」

 電球の下で浮かべたシキの笑みは、心からの柔らかい笑みだった。
 サンディはシキの思いを知ってか知らずか、「どういたしまして」と頬杖をついて笑った。

 鳥が鳴いている。恐ろしいものは去ったよと、歌っている。

  • Rain,rain,go away完了
  • GM名奇古譚
  • 種別SS
  • 納品日2021年12月01日
  • ・シキ・ナイトアッシュ(p3p000229
    ・サンディ・カルタ(p3p000438

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