PandoraPartyProject

SS詳細

君は、弱くてもいい

登場人物一覧

クロバ・フユツキ(p3p000145)
傲慢なる黒
シフォリィ・シリア・アルテロンドの関係者
→ イラスト
シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女



 ザッザッザッ、ザクザクザクと、草踏む二つの足音がある。一つはブーツ、一つは下駄。マフラーを一瞬正して、緊張した面持ちで先を行くのは、白が混じった黒髪を持つ男。その後をついてくるのは、白銀の髪を後ろに撫で付け、青い瞳を細める和装の男。

「クロバ君、これは何かね」

ふと道中で足を止め、銀髪の男が質問を口にする。クロバは振り返り、彼が手で示した先を見た。
柔らかい土の上で、艶ある葉っぱがてらてらと、小さな青い花々が愛らしく風に揺られ。

「……ああ、これは、この辺りで採れる薬草だよ。リラックス効果や、沈痛の効果がある。昔ッからここに住んでる幻想種も、眠れない時にハーブティーにして飲んでいた、らしい」
「成る程、深緑の地には植物に通じる者も多いと聞くからな。この地に元々ある良きもの、そして住まう民の特技を生かした交易品を出していると言う訳か」
「……ああ、まあ」

クロバの歯切れが悪いのは、貴族への嫌悪感とは異なる感情が原因であった。
『そうかそうか』と頷く彼の名は、リシャール・リオネル・アルテロンド。『アルテロンド』と姓を持つ彼は、即ち、クロバの恋人たるシフォリィのなのだ。彼から『後学のためにラ・ピュルテ白夜区の視察を希望したく候』との文を受け取ったのは、数週間程前の話。念のため封蝋、筆跡などをシフォリィにも確かめて貰ったところ、それらが本物である事はすぐに分かったのだが。いざこうして本人を目にするとなると、やはり緊張すると言うものだ。

「ではクロバ君。向こうから何かもくもくしたものが見えるが、あれは何だね」
「あれは、最近うちの領内で掘り出された温泉で。色々、整備してるとこだ」
「ほう、温泉か。そういえば、遠き豊穣の地では、このような場で疾病、負傷の治療を行う湯治なる物があると聞いた。クロバ君は温泉を観光資源と捉えるかね。それとも医療施設として利用する心算だろうか?」
「ええ、と」

この調子で、リシャールは何か目にする度にクロバに尋ね、クロバがそれに答えていた。
あれは何だ。住民はどんな家に住んでいる。彼らはどのような衣食住をしている。この地の特産は何だ。働き手は足りているのか。災害時の備えは充分か。どのような避難ルートを想定している?
けれど、最もクロバが気にしていたこと。リシャールが尋ねてくるかと思われたこと。

──それで、クロバ君。君とシフォリィは、どのような関係なのかね?

その問いが、彼の口から飛び出す事は無かった。




「……はあああああああ~!」

 どかりと自室の椅子に座り込み、クロバは大きくため息をついた。今日の視察は、どっと疲れた。とにかく疲れた。
今日はリシャールを領地の隅から隅まで案内したが、ほぼ未開の森だった当初と比べれば、あの距離を歩くぐらい、今さらどうと言うこともないのだ。元々の自然をうまく利用して、かつ人々の営みもより良くなるようにうまく共存している……筈だ。満点の対応だったと豪語する気は無いが、それでも、問われた限りの全てに答えた筈だ。しかし、リシャールもまた幻想の一角を預かるもの。彼に、領主として真摯な対応ができただろうか。

(……うだうだしててもしょうがない、外の空気でも吸ってくるかあ)

そう思い立ち、バルコニーに続く窓へと手をかける。木々を更々と揺らす風が、柔らかく心地よい。

「おや、クロバ君」

その声にドキリとして向き直れば、リシャールが先客としてそこに立っていた。

「り、リシャっ……!」
「ははは、驚かせて済まなかった。そう固くならずに、楽にしたまえよクロバ君」
「え、ええっと、なんでこんなところに。んんっと、リシャール、卿?」
「ははは、『卿』は結構だよクロバ君。この地の主は君なのだからね」

思わず声が上擦るクロバの姿に、思わず笑みをこぼすリシャール。その柔和な表情に、クロバの心身は少しずつ解れていった。

「今日の視察はとても楽しかったし、私としてもためになったよ。案内、誠にご苦労であった」
「雇われ領主に過ぎないんだがなあ、俺は」
「何を言うか。民の信が厚いからこそ、君はその座を任されたのだろう? こんなにも素晴らしい景色が、君の尽力の成果でない筈があろうか。誇りに思うといい」

それに、と、リシャールはさらに言葉を紡ぐ。その視線は、輝かしい白夜へと注がれていた。

「そのような人間だからこそ、私の妹シフォリィは君を信じているのだろう」

今日初めて、彼の口から飛び出したシフォリィの話。けして聞き逃すまいと、リシャールの近くへと並び立った。

「……妹は、とても気丈でね。父とレオニス君が亡くなった時も、殆ど涙を流さなかった。私が知る限り本当に泣いた時は、幼くして母が亡くなった時ぐらいだった」
「そう、なのか」

確かに、彼女の涙をいつ見たかと問われれば、クロバにも答えられまい。そのぐらいに彼女は『強い』人だと。そんな人に、自分が見合う者かと何度悩んだかも、分からないけれど。

「一方で、本当にお転婆だった。悪戯好きで、何度私とコンセリエが叱ったかわからない。だが、本当に明るい娘だった。……そんな娘が、我が家の没落に際し、何をされたかは……君も知っているだろう」
「……ああ」

シフォリィ自らが語った事。あるいは、『アルテロンド』をよく思わぬ者が囁くゴシップや、事実を覆い隠すように生えた枝葉。その内容は、クロバの鼓膜にもよく焼き付いていた。

──アルテロンドが婚約者を殺した。より良い嫁ぎ先が見つかったから、魔物の仕業に見せかけて、体よく婚約者を処分したのだろう。全く、あの家は血も涙もない!
──アルテロンドの娘が、娼婦に身を落とした。あの家は今や落ち目、盛り返すにも先立つものが必要だ。娘の嬌声が、件の館から聞こえた。あの娘も、実は満更では無いのではないか?

勿論、その真偽が分からぬクロバではない。好き勝手囁くお貴族様に、何度舌打ちしたことやら。

「久しぶりに会ったあの娘は、どこか陰のある笑顔を見せていた。そんな彼女がようやく、昔の様に笑えるようになった。それはきっと君達のおかげなのだろう。本当に、ありがとう」
「えっ、ああ……こちらこ、そ?」

貴族は高慢な者ばかりではないと知ってはいたけれど、いざこうして感謝を嫌味なくド直球に言われると、照れが勝つというものだ。たじろぐクロバの姿を微笑ましく眺めるリシャールだったが、緩む口角を引き締め、更に言葉を続けた。

「妹は、他者の為にはいくら強くなれる。だが、その強さがいつか彼女自身を苦しめるだろう」
「シフォリィに、これ以上強くなるなって言ってるのか?」
「ああ、勘違いしないで欲しい。女子は剣を置き、館に籠れ等と云うのは、時代遅れも甚だしいだろう? 第一、それを決める権利など、私にも無いとも」

事実、シフォリィはイレギュラーズの一員としても多くの魔を打ち倒し、多くの人々を救ってきた。
その実力は、クロバやリシャールのみならず、多くの人間も知る所だ。

「私は心配なのだ。ふとした切っ掛けで、彼女が崩れて、弱ってしまったら。シフォリィは、誰を頼ればいい?」

強き彼女は、強いからこそ誰かを頼れない。きっと、私にも、その胸の内全てを明かしてはくれないだろう。
彼女の心が、闇に飲まれ、誘われ、消えてしまいそうな時。その手を伸ばせるのは。掴んでやれるのは。

「私でも、親友でも、かつていた婚約者でもない。クロバ君、きっと君だけだ」

かつて彼女を、『銀の君』と呼んだ男。
彼女は、彼の手を振り払ってまで、自分と共に歩む道を選んでくれたのだ。
そんな彼女を、失いたくはない。今度こそ、大事なものを、取り零さずに守り抜きたい。妹を思う兄の気持ちは、クロバにも痛いほど、伝わってきた。

「かつて、力及ばない私のせいで妹には地獄を味合わせてしまった。そんな私が、言う事ではないのかもしれないが」

リシャールは、大きな手をクロバの両肩に載せ、真っ直ぐに彼を見据えた。

「クロバ君。どうか、妹を、いや、シフォリィを頼む。あの娘が自ら選び、そして彼女を救った男だ。私は、君を信じる」

『信じる』。
その言葉を、真っ直ぐ自分に向けてくれたその意味。それを噛み締めて、飲み込んでから。リシャールへと、静かに言葉を返した。

「ああ、俺も守られて、助けられてばっかじゃ、カッコ悪いからな。安心しな、シフォリィの兄さん。俺はその信を、絶対に裏切らない」

その返答にふっと微笑めば、クロバの肩から、重みがすうっと引いていった。

「……それはそれとして、もし娶るというのならばその時は私は立ちはだかろう。真に欲しければ血を分けた肉親から勝ち取りたまえ」
「ええっ、実質『妹の事は任せた』的なやつじゃないのか!?」
「当たり前だろう? 信じるとは言ったが、それとこれとは全くもって別問題だ」

ぐぬぬと小さく唸ったかと思うと、ぐっと拳を握りしめ、クロバは力強く宣言した。

「クソッ、絶対負けねぇからな……!」
「フフッ、サドーの真髄、存分に示してしんぜよう」

二人の男の約束を聞き届けたかのように、白く輝いていた日が、遠く森に沈んでいく。
ラ・ピュルテ白夜区の夜が、訪れようとしていた。


おまけSS『君のために、強く、強く』



あっ、クロバさん! ローレットにようこそ~!
えっ、お仕事ですか? 勿論敏腕情報屋ですからっ、海千山千、バッチリ取り揃えてますよ~!

さあさあ、魔物退治からキャラバンの護衛、薬草採取のお手伝い、あとコスプレ酒場のスタッフ募集も……えっ、そっちはいらない? そんなー。

それにしても、今日はえらくヤル気満々ですねぇ。何かあったんです?
……えっ、いつか『参った』って言わせたい人がいる?


ふふっ、事情は存じ上げませんが、そういうの、なんかカッコいいですね……!
わかりました、では、とーっておきの、紹介しますね!

これは、幻想のとある地区から届いた案件なんですけどね……?

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