SS詳細
この三重奏、最強につき。
登場人物一覧
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「……えっと」
「だーかーらー、ちょっとでいいんだって。こっち来てくんない?」
ミルクティーの髪が面倒だと嘯いた。ネモフィラの瞳の奥には淡々とした感情蠢いて。
少年或いは青年。ハンス・キングスレーは不運にも――後に幸運だったと嗤うのだが――先日片付けた依頼の残滓に絡まれていた。
簡単に言うなら報復。弁当の隅の漬物にも満たない己の自己満足の為にお気持ち程度の制裁を加えに来たのだろう。尤も、ローレットでも指折りの『足癖が悪い』少年である彼ならば一蹴りで一般人は気絶もいいところだろう。彼がそれをしないのは面倒で望んですらいない最低の客とて守らねばならない一般人であること、ローレットに迷惑をかけること、強いては所属する隊に迷惑をかけることがありありと予想できたからだ。
(面倒だなぁ……てか誰だろ。こんな人達居たっけ)
はぁとため息を吐くのは心の中にしておいた方がいい。強くなるにつれ『それ』を理解した。
依頼の後とて納得できない、理解できない、そうだ仕返しをしようと直結しがちなお馬鹿さん達は居るのだ。一見すると、或いは彼を知らない人間であれば、こんな華奢な少年がと足蹴にしてしまうのだろう。その端正な見た目故にハンスは絡まれやすい。
「てかほんとにこいつなのかよ、シマ荒したってのは」
「そうだって。だって兄貴連れてかれてんじゃん」
「てか嘘なんじゃね? ついてきたとしてもコイツのひょろっこい見た目じゃあ殴るも蹴るも無理でしょ」
「はは、それは言えてるわ」
(品が無い、知性も無い、あとなんだろ。常識も欠けてそうだ)
両手いっぱいに抱えた荷物が今宵ばかりは邪魔をする。買い物を頼まれたから意気揚々と買いに出た。そこまでは順調だったのだけれど。
「僕、今急いでるんで」
「えー? 聞こえなぁ~い」
「ちょっと~、いじめんなよ男子ぃ~」
「お前も男子だろうが!」
「はは、そうだったわ」
通行人もまばら、目があったとて逸らされる。これだから、と諦念混じりに石張りの大通りに薄く目を細めて。
幻想という国がよく表れているなあなんて前に立つ男達を見れば、飛んできたのは拳だった。
「いっけね、手が出ちまった。大丈夫? 泣いてない?」
「おいおい、荷物飛んでんぞ」
「あーあーやっちまったな! もっと見えねえところでやるべきなんだって、こーいうのは」
いつもであれば素通りをしてやったものだが、売られた喧嘩は買うのが礼儀というものだろう。内向的ではあるものの積極的、手を出されたなら酷くしない程度に痛めつけてやるが吉なのだ。
「……はぁ」
「あ? んだよ賺しやがって」
「痛くなかったんじゃね?」
「強がりだろーが、察してやれよな~」
耳障りな笑い声が聞こえる。同じ空気を吸っている現実に眩暈さえ覚えそうだ。汚くて醜くて気持ちが悪い。同じ人の形をしているのですら疑ってしまいそうだ。
「お兄さんたちが先に手を出したんですからね」
せっかくいい店で見つけた新しいパンツは土で汚れてしまった。機嫌も急降下、最悪で最低だ。
ハンスが瞬いた。散らばった荷物も其の儘に、がらんどうな刃を足に宿して道を踏む。
ぴき、ぴきと石が音鳴らす。舐め腐った男たちは頬を殴った程度でご機嫌のようだ。
駆ける。宿す。薙ぐ。はずだった
「やめとけ」
静止。空虚ではない刃がハンスの足を止める。
「は?」
「おいお前ら、大人数で殴って楽しいのかよ」
「なんだてめえ、そいつの知り合いか?」
「そんなことは些細なことだね。俺は今お前たちに聞いてるんだが?」
深緑では名高い死神。否、幻想とてそうであろう。黒曜石の髪とまばらに散った乳白水晶の髪。左の魔眼が揃えば、人は理解する――死神のお出ましだと。
「おい、こいつ……」
「んだよ、誰だよ」
「クロバだよ。ローレットの」
「ちっ、またローレットかよ。おい餓鬼、覚えてろよ」
まだ手もだしていないのに。それどころか殴られて覚えておかないわけがないだろう。
(やっぱり頭の中、詰まってないんじゃないのか……?)
無感情な貌にクロバは気付かず、男たちの背を睨みつけて。クロバが振り返る頃には頬を赤くしたハンスがそれなりの感情をそろえて口元に小さく笑みを浮かべていた。
「すみません、ありがとうございました」
「いや、気にするな。それより顔は大丈夫か?」
「まぁ、痛みますけど。止めて貰えなかったら手、出してたと思うんで」
「はい、これ」
後ろからひょっこりと現れた男は、ハンスの荷物を拾い集めて薄く笑み咲かせた。
「あ、すみません」
「気にしないで。それにしても災難だったね」
ぼろぼろの男たちがハンスを囲む。なんとも言い難い心地。成長期だってこれからだと信じている。
双剣のレアンカルナシオン。快晴の海の国へと進み始めていたクロバとヴェルグリーズは、ハンスの受けた一部始終を目撃していたのだ。
「見た目的にはお二人の方がぼろぼろですけど」
「はは、まぁ否定はしないが。君も診て貰ったほうが良いだろうな」
「俺も同感だよ。ちょっとついてきて……あ、殴ったりはしないからね?」
けらけらと笑ったクロバ。逃がすつもりもないのだろう、隣に端正な男が並ぶ。
(これも不運ってやつなのかな)
溜息にはならなかった。
なるとすれば、上がる心音だった。
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「っ……」
「ったく、我慢はよくないぞ。まだ若そうだし」
「クロバ殿が言えたことじゃあないさ。口の中は切れてる?」
「……」
「イエスとみて良さそうだね? もう……」
「すみませ、」
「いや、謝ることじゃあないさ。それよりもあいつらをどうするかだろうな」
「うん。きっとまた絡みに来るだろうしね」
「え?」
情報屋に無理を言って借りた医務室、座った三人。ハンスはまたもや瞬いた。
(見ず知らずの僕の為に、わざわざ首を突っ込むの……?)
「お前は……えーっと、名前は、」
「ハンス、です。ハンス・キングスレー」
「ハンスか。ハンスは、あいつらに心当たりはあるか?」
「……『シマ』と言っていましたから、恐らくは先日の依頼の関係者かな、と。
薬を売っていたヤンキーを捕まえる依頼だったんですよ」
「あー……」
あとはお察し。ヴェルグリーズは苦笑し、クロバは頭を掻いて。
「乗りかかった舟だ、俺達も首を突っ込ませてもらうぞ」
「いや、そんな」
「気にしない気にしない。困ったときはお互い様って言うんだろう?」
朗らかに笑ったヴェルグリーズ。クロバも頷き示せば、同じ轍を踏んだ仲間だ。
「……じゃあ、まぁ。宜しくお願いします」
「おう」「うん」
なんでこんなことになったのか。ひりひりと痛む頬だけがその証拠だ。
「あ、っと。俺はクロバ。クロバ・フユツキだ」
「俺はヴェルグリーズというよ。宜しくね、ハンス殿」
ただ、単純明快なのは、その時差し出された手は。それぞれに握られた両の手は、酷く温かかったということだけだ。
「さて、やられっぱなしは癪なんでな。俺であろうと、そうでなかろうと」
「うん、それもそうだ。でね、俺に良い案があるんだけど」
自分よりも面倒な依頼をこなしてきた後だろう、包帯が、絆創膏が物語っている。
「どうした、ハンス」
「傷が痛むのかい? やっぱり家に送った方が……」
「いや、大丈夫です。続けてください」
「うん、わかった。覚えてろ、って言われたんだから、覚えててやればいいと思うんだ」
神妙な顔をして語るヴェルグリーズ。にっと笑みを浮かべたクロバは「ほう?」と悪い笑みを浮かべて。
「と、いうのは」
「彼らと同じ方法で、『覚えさせて』やればいいんじゃないかな?」
悪戯っ子のように笑うヴェルグリーズ。
「はは、名案だな! さて、」
「「君/キミ はどうしたい、ハンス(殿)?」」
何故だか。
固まった心が。積みあがっていた石壁が、一撃で砕かれたような気がした。
「……あ。えと。賛成、です」
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さぁ、お礼の準備を。
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月は煌々星は爛々。
礼儀に乗って云うならば喧嘩上等。
手を出されたならば出し返す。決闘の日は今夜と決めた。
「なんだかすみません、手伝ってもらっちゃって」
「何回言わせるんだよ。良いんだって」
「俺、木刀なんて初めてだよ。使えるかな」
「ヴェル殿なら大丈夫だ」
「はは、そうかも」
あらゆる特徴をしまい込み、これもまた彼らの礼儀であろう黒い学生服に身を包む。
ローレットにも隊にも恋人にも友人にも迷惑をかけない最高の迷彩服。
さぁ、喧嘩の始まりだ。
「ねぇ、おにーさんたち」
「あ?」
彼らがシマと呼んでいた其処に、同じく彼らはいた。
煙草を吸い残りかすの薬をうち。けらけらげらげらと笑って、女を回して。
「この間はどうもありがとう。お礼をしに来たんだ」
「……あー、この間の餓鬼か! わざわざ殴られに来てくれたのかよ」
「マジ? こんなバカな奴いるんだ?!」
「やっべ、aPhoneで撮っとくわ。これ喧嘩っしょ」
「やべ~、三人か!」
シマだというだけあって、そこには先日手を出してきたくだらない輩だけでなく、仲間と思しき面々が居た。興味もないのだが。
「この間兄貴を連れてった奴が殴られに来てくれたから、皆で遊んでやろうぜ!」
ハンスの頬を殴った男が大声で叫ぶ。大声が街を包む。寝静まった夜を騒がせる汚い声だ。
「……おいハンス、やりすぎるなよ」
「はは、言いますね」
「それはクロバ殿もだけど」
「いいや、俺達全員だな!」
駆けだして。
とまらない。
ああいたい。
くだらねえ。
よわいんだ。
ぼくだって。
奇襲も奇襲、夜の喧嘩。
顔はなるべく隠していたから、そっくりさんで済んだことだろう。
一夜にして街のチンピラをぼこぼこに追い込んだその三人組を、のちに殴られた彼らは『悪魔の
「おにーさんさ、」
「くそがっ、調子乗ってんじゃねえぞ!!」
「やだな、調子になんか乗ってないよ。先に手を出したのはそっちでしょう?」
痛みを与えるのは足がいい。逃走の枷になるから。
つま先に急転直下の蹴りをお見舞い、腹を、頬を、腕を蹴る。
「ぐっ、ああ!!」
「だってこれ喧嘩でしょう? こうするのが良いんだって聞いたんだ。おにーさん達からね?」
「ったくよ、」
「オラァ!!」
「俺、拳で語るのは、」
「くそがあ!!!」
「苦手なんだって……!」
躱し、躱し、拳で殴る。金属バットはまずいからと木造バットで手を抜いたのがいけなかった、さすがにチンピラとはいえ喧嘩慣れしているだけあっておられてしまった。
武器になりそうなものを使えば殺しかねないので使ってやらないだけ優しさだろう、ちょっとのハンデでは負けてやらないのがこの男だが。
「まったく、手が痛むぜ」
「木刀、案外手に馴染むけど」
後ろに積まれた人の山。思わず後退するチンピラに向かってヴェルグリーズは苦笑して見せた。
「軽いなあ」
「ひっ……」
「怯んでんじゃねえ、たかだか三人だぞ!!」
「うーん、あんまり痛くないように加減するのが難しいや」
『でも、戦ならそんなことを言ってられないんだよ。感謝してね?』なんて笑ったヴェルグリーズは、その『軽い』木刀で重い一撃を食らわせる。
「折れないように加減するのも大変なんだから」
「……っ、バケモンかよ!!!」
「リーズさん、後ろ危ないです」
「っと、ありがとうハンス殿」
「なぁ、これってどこまでならいいんだ?」
「わからないです。まあ死なない程度なら?」
「俺達だってわからないようにして帰らないとなあ」
「あ、忘れてた。名前呼んじゃダメじゃないか、ヴェルグリーズ」
「そういうクロバ殿もだよ」
かくして。
三人のお礼参りは、色々あったものの一件落着。
「……なんか、楽しかったな」
「俺もだよ。あんまりこういう戦いはしたことがないからかな?」
「どうだろうな。ただ、」
「「「疲れた」」」
男三人、夜中の大暴れ。
腹が減った。嗚呼、帰ろう。
「そうだ、勝鬨ってやつだ。何か食べて帰ろうか」
「おう、いいな。ラーメンなんてどうだ、お手軽でうまい。あとコスパがいい」
「食べたことないや。それにしよう。ハンス殿もそれでいい?」
白み始めた夜に、二人は振り返った。
照った月がハンスを照らす。
「うん、大丈夫です。僕は醤油のにしようかな」
「俺はこってりだな」
「じゃあ俺はシェフにお任せしてみようかな……」
「シェフなんていないですよ、リーズさん」
「そ、そうなのかい?」
「はは、これだからヴェルグリーズは!」
おまけSS『四重奏には一音足りない』
奏でる音はそれぞれ違う、三者三様、三原色も両手を挙げて降参する鮮やかなトリオのメロディー。
好きなものを聞かれたって、好きな場所を聞かれたって、何をしたってバラバラ。
ただ、交わり始めた音が阻まれることは無い。
「もう、遅いですよ……先輩が最後ですよ」
「はは、すまんすまん。今日の『お茶会』は?」
「ええと、このラーメンがいいかなって。クロバ殿に希望は?」
「いくつかパンフレットを貰って来た。ただハンスのお眼鏡に適うかどうか、だが」
「やだなぁ、僕そんなグルメじゃないですけど」
「ハンス殿に任せておけば美味しい店に入れるからね」
「そうだそうだ」
白耳菜草咲かず、お茶会の一音欠けた野郎所帯の場合のみ開かれる定例会は美味しいラーメン巡り。
「ああもう、お腹すきました。歩きながらでいいですか?」
「うん、そうしようか。それじゃあ行こうか?」
「ああ。シェフが店で待ってるからな!」
「クロバ殿、まだそれを……」
「っ、あはは!」