PandoraPartyProject

SS詳細

夏の終わり、妖精ふたり

登場人物一覧

メープル・ツリー(p3n000199)
秋雫の妖精
ツリー・ロド(p3p000319)
ロストプライド


「ほーらサイズ、はやくはやくー!」
「ああ、すぐに行く」
 どこまでも続きそうな砂浜に、どこまでも続いていそうな水平線から波が押し寄せる。眩いまでの太陽が照らす白い砂浜に乱暴に突き刺されたパラソルの黒い影が映る。
 その下のビーチチェアのへりに立ち、海風に鮮やかな茶色の長髪を揺らしながら大きく手を振って呼びかけるメープルの元へとサイズは急いで飛んでいく。サイズが彼らの体が何人分も入りそうな大きさのクーラーボックスを両手から離しクーラーボックスを置くと、メープルはおどけながらサイズを労うのだった。
「ご苦労! いやあ、サイズは力持ちだねえ、メープルはこの中の瓶1個持つだけで精いっぱいなのに!」
「パラソルとチェアを勢いよく運んで言うセリフじゃないと思いますけどね、メープルさん?」
 衝撃と風で砂埃が若干舞う中、パタパタと翅を動かすメープルと自分の周囲だけが器用にクリアになっているのを眺め、サイズはメープルに合わせふざけ気味にそのお世辞を否定してみせた。
「いやあ、イレギュラーズっていいねえ。もう念力無しの生活は考えらないよ! 混沌肯定様様!」
 そんなんで賞賛される混沌肯定とは一体……そう思ったが、話が進まないのでサイズは突っ込みを放棄した。
「それに『ぷらいべーとびーち』って言うんだっけ?『すぽんさー』がどうのこうのってこんな所気前よく貸してくれるなんてさ!」
「ああ……ここなら誰にも邪魔されず過ごせそうだ」
 サイズの言葉にメープルは笑顔で頷いて見せる。彼らは人気の少ない砂浜を探し、ある貴族が所有する砂浜を雑用を手伝う代わりに1日だけ借りる事ができたのだ。
「おかげで夏終わりぎりぎりになっちゃったけどねー、誰かさんが私の水着姿見せたくないーって言うからねー」
「お……遅くなったのはメープルが暑いのが苦手だからだろう?!」
 クーラーボックスから取り出した水の瓶を早速1本ずつ開けながら、二人は荷物を整理する。規則的な波の音が心地よい。
「それに、その……メープル、恥ずかしくないのか?」
「んー?」なんて顔して近づいてくるメープルから思わずサイズは顔を逸らしてしまう。だが視線だけは鮮やかな橙と対になる青に思わず動いてしまい、その上の谷間に――
「目泳いでるぞー、えっちなサイズー」
「!」
 思わず猫の様に飛び退いたサイズにメープルはけらけらと笑いながら楽しんでいるようであった。体は小さくとも妙齢の女性のそれであると否応が無くも思い知らされてしまい、思考が定まらなくなったサイズの肩を叩きながら、メープルはサイズに軽く謝った。
「ごめんごめん! いやあ、やっぱ恥ずかしいもんだね? こういうのって!」
「露出が多すぎて心配になっただけです……」
 顔をそらしながらぶつぶつとつぶやくサイズの顔ががしりとメープルに掴まれ、無理やり正面を向けられてしまう。さっき非力って言ってなかったか?
「顔、赤いぞ」
「はい、似合ってると、思います」
「……あっはは! こんな妖精ちび誰も見ないって、サイズは心配性だな! それにこのかっこで一緒に寝たのにいまっさらっしょ!」
「……よく寝られませんでした」
「うん、知ってる」
 完全に弄ばれている。そして悪戯好きの妖精メープルは完全に上機嫌で笑っている。
「恥ずかしくてもいいのさ、キミが選んだ水着をキミに見せれるんだもの、ぜーんぜん平気!」
「俺は一瞬、手に取っただけで……」
「まーだ認めないか、このエロサイズっ!」
 ついに背を向けたサイズは背中を叩かれるのを感じながら、持っていた瓶を一気に傾け浴びる様に飲み干した。何か別の話題にしなければまた性別ステシの危機に陥る気がする。何か、何か……そうだ。
「こ、こんな立ち話してる時間はないぞ、今日は大事な特訓の日なんだから」
 咄嗟に思い出したその言葉に、はっと我に返るメープルの顔を見て内心サイズは安堵の息を吐いた。そうだ、こんな色気に惑わされている場合ではない。
「そうだね! 大事な日……サイズのカナヅチを直さないと!」
「そうじゃなくて、メープルのだろう?!」
「サイズだって泳げないじゃん!」
 話題が逸れたのもほんの数秒の出来事、どちらがだったのだろうか、やはりしばらくの言い合いの後おかしさで噴き出した笑い声につられ二人の表情が柔らかいものとなる。この時間が、いつまでも続いてほしかった。
「二人で一緒に溺れない様に気を付けよっか、サイズ」
「ああ、そうだな」
 とはいえまたとない機会の海だ、いつまでものんびりパラソルの下で立ち話では華が無い。妖精ふたりは覚悟を決めると、夏の暑い日差しの下へと飛び込んでいくのであった。


「そんじゃあ準備もすみましたし!」
「行くか、まずは日焼け止めを塗って準備体操を……ってメープル!?」
 サイズがストレッチを始めたのもつかの間、メープルは勢いよく海に飛び込んでいた。海に大きな柱が出来上がり、次いでメープルの頭と声が海面から飛び出す。
「あっはは! 何これ、お風呂みたいにあったかくて気持ち悪ーい!」
「夏に暑いのは空気や日差しだけじゃないのさ……汚いから舐めたりしちゃだめだぞ?」
 相変わらずのお転婆ぷりは最早ほほえましいまである。それにしても海でじたばたするメープルを見ると水着が何かの拍子でずれたり溺れてしまわないかいろいろな意味で心配だ。
(まあ、心配できるような身分でもないんだけど、な)
 水中眼鏡をかけ、背に鎌を背負うとサイズはそんなメープルを横目に海の水へと飛び込む……やはり泳ぎ辛い、それを想定して妖精体の四肢に浮きをつけたはいいが、巨大な石か何かを背に乗せながら泳いでいるで当然ながら前に進むのもままならない。
 戦闘時の様に鎌を手に持って泳げば多少は楽になりそうだが、万が一抜き身の鎌がメープルの翅でも切り付けてしまったらと思うとできようはずがない。そう考えていく間にさらに沈んでいく。
「っ、う……」
「あれ? 急に静かになったぞ? サイズー……うぎゃっ!?」
 そんなサイズの様子に心配になったメープルが駆けつけようとするも、海底の砂に足が縺れて倒れてしまう。彼女たちにとって重いのは鎌だけではない。翅が水を含み、ぴっちょりぱんぱんと膨れ上がって重くなってしまうのだ。
「ちょ、ちょっち待って、体の向きが、うわ、しょっぱぁ!?」
「……メープル!?」
 気が付けば自分よりメープルの方が溺れている。沈んでいる場合ではなかった。とっさにギフトを解除して海底に立ちメープルを掬い上げると、サイズの両腕の上でメープルがぐったりと延びてしまう。
「っへえ、助かった……こんな浅瀬で溺れるなんて……」
「浅瀬って言ってもメープルの身長は余裕で超える深さだからな……」
 苦笑するメープルを砂浜に寝かせるとサイズは元の妖精の大きさになり、そっと彼女の体を起こしてあげる。
「ともあれ、俺は万が一溺れてもギフトで大きくなれるから大丈夫だ……メープルは無理しない方が」
「あはは、だねえ、こんな海の中じゃ生やせても海藻くらいだし……急に泳ぐって難しいねえ」
 ふらふらと海にメープルは戻ると、今度は両腕を使ってすーいすいと泳いでいく。
「なんだ、できるじゃないか」
「今度は魔法ズルしてるしねえ、なんだかこれでいーのかなーって」
 なるほど、見れば波を念力で押さえつけ、足や腕の力を魔力で補っているのはわずかなマナの流れて見て取れる。非力な妖精に卑怯と目くじらを立てるようなヤツは、いない。
「魔法だろうとなんだろうと、泳げるようになればそれでいいんだ」
 サイズの励ましにメープルは安心した様に「そっかあ、いいのかあ」と言うと宙返りをする様にターンをして、ゆっくりと仰向けで泳ぎながら背泳ぎで戻ってきた。
「じゃ、サイズも魔法使って泳いでもいいんじゃないの?」
「えっ」
 硬直したサイズの様子に怪訝そうな顔を浮かべるメープル。そしてその表情は次第に別のものに変わっている気がする。多分驚愕とか失望とか、そっち系の。
「いや、えって」
「その、俺の本体は鎌だから……魔法を使ってもうまく体を動かすのがですね?」
 あー……と気まずそうなメープルの声。
「……泳げないのは知ってたけど、魔法使ってもカナヅチなんだ……
「恥ずかしながら……って本体は関係ないだろ?!」
 返事を濁らせたサイズの表情をじいと見つめ、メープルは得意げに笑う。そこにいつもの揶揄うような語気は含まれていなかった。
「ふふ、ちょっと嬉しいかも! 何やってもメープルより上だと思ってたから!」
 サイズの両手を掴みながら、メープルはうんうんと頷く。
「いっつも恩作ってばっかりだもん! たまには返さないとね!」
 そして一目散にビーチパラソルへと飛んでいくと、あるものをサイズに持ってきて見せた。
「メープル、それって水の瓶じゃ……どうしたんだ?」
 紐をおなかと翅の間に巻き付け、メープルはサイズの質問に仁王立ちして応えて見せた。
「私もこれ背負って泳ぐ! これで平等だよね!」
「もしかしてこの鎌の事を気遣ってるのか? メープルは持たなくたって……」
 全てを言い切る前にメープルは首を振り否定した。
「いいの! メープルだって戦うときは杖持つし! 溺れたらまた助けてくれるしょ?」
 メープルがこうなれば言葉で言って聞かせるのは無意味だ。
「わかった、ただ次溺れたら外してもらうからな?」
「オッケー! 意地でも溺れないんだから! 一緒に頑張ろうね!」
 自分もやっとコツをつかんだばかりだというのに、すっかり教官気分になったメープルはえいえいおー!と腕を突き出すと、遠くにある岩を指指し、そしてすかさず飛び込んだ。
「……そうと決まれば練習再開だね、まずはあそこの突き出た岩の所までレッツゴー!」
「待ってくれ、そこまでは流石に深くてギフトでも助けれるか……!?」
 メープルはもう聞いていない。とっくの昔に泳ぎだし、あっという間に遠くまで行ってしまっていた。最も聞こえたとしても聴いていないだろう。たまには頼られる自分になりたいと願うのに自分の事を一度信用したら頼り切ってしまう、メープルはそんな妖精だ。
「そんないつもの調子で行かれても、水は苦手なんだけどなー?」
 ゴーグルをかけながら、サイズはどうしたものかと頭を悩ませた。まずは体を安定させよう、次に魔力で推進力を得てとにかく進もう。メープルが見えなくなる前に。
「……溺れませんように」
 後で終わったらメープルを叱ろう。そんなサイズの想いは、果たして叶う事はなかった。
 メープル達が思ったよりもその距離は長くサイズが何とか戻ってきた頃には南に浮かんでいた太陽が西に傾きかけ始めていた頃で。そのままチェアにたどり着くと気絶するように眠りについて忘れてしまったからだ。
 ただ、その時の眠りは、心地よかった。そして隣で同じく疲れ切っていたはずのメープルが、体を起こして寝かしつけていた。そんな気がした。


「イズ……サイズ……」
 疲労が時間間隔を、記憶を曖昧なものとする。自分は何をしていただろうか、確か海で、溺れかけながらも必死に泳いでいたような……。
「サイズ? サイズさーん?」
 ぼんやりとした視界がはっきりとしたものに変わっていく。気が付けば四つん這いになったメープルが心配そうに自分を覗き込んでいた。眩い西日でパラソルの厚い膜が真っ黒な澱みに見え――思わず飛び起きた、頭がずきずきと痛む、息苦しい。
「ね、寝すぎた!?」
「すっごく疲れてたみたいだねえ、何時間も泳いでたし暑いし、うなされちゃってもしょうがないよ、サイズ」
「そう……みたいだな」
 肺に入り込む暖かく重い空気に息を吹き返し、前髪を払うように首を振る。気分が深く沈んでいるのは、メープルとの時間を惰眠で過ごしてしまったからだろうか。
「なあ、メープル……」
 クーラーボックスに手を伸ばし、メープルに声をかけたその時、彼女の目の下に白い何かが見えた、気がした。
「水、取ってくれないか」
「はーい!」
 クーラーボックスを開け、冷たい水の入った瓶をメープルから受け取ると妖精体の喉に流し込む。
「なあ、俺が寝てる間何してたんだ?」
「お、気になるお年頃かなー? 見てみて!」
 メープルが指刺した先を見ると、20メートルほど先に見事な見事な鳴門のような巨大な砂の渦が出来上がっている。周囲の放射状の直線を見るに、おそらく巨大な太陽の砂絵でもつくっていたのだろうか。
「なんだ、これ?」
「ミステリーサークル! 金槌鎌が寝てる間にメープルはここで念力の練習をしていたのさ! えっへん!」
「よくできてるじゃないか……でも片付け間に合うかな……」
 腰に両手を当てふーんと鼻息を吐くメープルに思わずため息交じりの笑い声を漏らしてしまいながら、サイズは胃にさらさらとした水が満たされるのを感じていた。頭の中に湧き上がっていた混沌がすぅと引いていく。海水が乾いた塩が丁度頬の上にできただけさ、そうだよな、
 さっきまで泳いでたもんな。
「ま、来年まで泳がないっしょ。それまでには戻ってる戻ってる!」
「いい加減だな、後で怒られても知らないぞ……でもそうか、夏も終わるんだな」
「うん、終わりだね、サイズ」
 気が付けば、メープルは自分の隣に寝そべり、アイスキャンディーを舐めながら海を眺めていた。どこまでも続くと思われていた静寂の青。その果ての地を、自分達は知っている。
「そしたら秋が来るんだ」
 そっともう1本のキャンディがサイズに手渡される。サイズはメープルの手を取り、それを受け取ると口に含んだ。冷たく、甘い。口に柑橘類を思わせる香料と酸味が広がっていく。
「ああ、メープルの好きな……秋が来るな」
「ふふ、楽しみだねえ、美味しいものいっぱいさ、キレイな物もいっぱいさ……もう何百回も見たはずなのになんでだろう、1年がすっごく長く感じるんだ」
 なんでだろう。メープルのそんな呟きの答えをサイズはなんとなくわかっていた。だけど、それを口にするのはやめにした。
「きっと妖精郷や――メープル自身もイレギュラーズになって――大きく変わったからさ。だから、長く感じるんじゃないか」
「……そうだね、ホントにいろいろあったよ、本当に」
 細くなった青いキャンディを咥えメープルはしばらく考え込む、しばらく後、それを齧って呑み込むと、ぽつりと呟くのだった。
「そうじゃないんだけどなあ……」
 そんな言葉は波に飲み込まれ誰の耳に届くこともなく。メープルはそれきり、静かに紅に染まりつつある海の波をいつまでも、いつまでも眺め続けていた。サイズの隣で、いつまでも。

  • 夏の終わり、妖精ふたり完了
  • GM名塩魔法使い
  • 種別SS
  • 納品日2021年08月31日
  • ・ツリー・ロド(p3p000319
    ・メープル・ツリー(p3n000199
    ※ おまけSS『8月3X日』付き

おまけSS『8月3X日』

 ああ、またか。こんな時に。
 声が出ない、助からないと思っても一人でに腕が伸びてしまう。助かりようもないのに、このコールタールの様な眠りの世界に落ちていく――
『おっと、デート中に他の人に会うのは禁止だぜ?』
 感触と温度に目を見開く暇すら与えられずに澱みから引き上げられる。新鮮な空気と、思わぬ人影が飛び込み、五感と思考が狂いだす。
『なんでここに居るって顔してる、流石にメープルだって夢の中には入り込めないからねえ』
 見えない壁に囲まれた黒の虚無の中に、ドレス姿のメープルと自分の姿が弱い光を放っている。待ってくれ、これじゃあまるで。
『妖精の呪い、慣れっこでしょう? それとも呪われた覚えがないとか? ここだよ、ここ』
 気が付けば体はメープルに壁際に追い詰められていた、喉元にメープルの人差し指が弱く食い込んでいく。違う、彼女はメープルじゃない。
『キミを苦しめてるのがキミ自身の心ならそれを正したい、あわよくばキミに思いを伝えてほしい……そんな願いで、メープルが私をキミの心に送り込んだのさ』
 足元に暖かい、いや熱い何かを感じる。粘っこい何かが足元を満たして自由を奪っている。
『お話、しないでひっそりとキミの片隅で座って消えるのを待ってようと思ってたんだけどさ……そうもいかなくて、引っ張り上げた』
 すっと指が離れ、反射的に冷たい空気が肺に入り込んだ。その様子を、彼女はじっと昏い笑顔で見つめていた。なんだこれは、すでに膝まで熱くなっている。
『ごめん。もう私にも、抑えきれないんだ、メープルのキモチが。支離滅裂な愛が、メープルから流れてくる、あの子は泣いてるのかな、甘くて悲しい感情が私にも流れて、止まらない』
 だからせめて、聞くだけ聞いてあとは忘れてね――彼女の体から、背後から、怒涛の如く粘性の強い液体があふれ出し、サイズの全身を包み込む。熱い、そして重い、何かが口の中に入り込んでくる。指一本自由が利かない体にメープルの声だけが響く。
「苦しそう、サイズ、怖い、でもその顔が好き。私とあの人の愛でキミを支配してあげたい」
 メープルは泣いていた? 現実? 夢? 呪い? もう何もかも判らない。
「ああ、来ないで、私を愛してるって言わないで、でもやっぱり来て欲しい。愛してくれるなら。真っすぐこの海を泳いで伝えに来てよ、今度は溺れたりしないでね――」
 意識が遠のく、愛のメープルシロップにどこまでも深く沈み込んでいく、押し流される。
 それは甘く、甘く、甘く、甘甘甘――

※メープルの内面が一つ変化しました。

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