SS詳細
薔薇園殺人事件
登場人物一覧
●1/7day
車椅子探偵のシャルロッテと、その助手のイーリンは、貴族の別荘地をオフシーズンに利用する権利を得て屋敷「ヨルキオカニナ」にやってきた。船に乗り、海風に揺られ。何時間待ったことだろうか。天気予報によれば明日からは高波、海は大荒れ、大雨もハッピーセットらしい。ちょうどいいタイミングだったようだ。
ヨルキオカニナ。そこに広がるのは、透き通り美しい青と白い砂がくっきり見える海と、山には上質な果物がたわわに実り、それらを食らい大きくなった動物達のその肉が、屋敷で振る舞われるのだという。
「――っていうのが、この島と今日宿泊する屋敷についての解説みたいよ」
と、片手にパンフレットをひらひら揺らしたイーリンは、車いすにゆったりと腰掛けたシャルロッテに大きなつばの帽子を被せてやりながら呟いた。帽子には憎々し気に、けれど手を振り払う気にもならなかったシャルロッテは頬杖をつきながらそれを甘んじて受け入れ、遠くに聳えるヨルキオカニナに目を細めた。
「良い別荘じゃないか。どうするね司書殿、これ程のんびりした時間は少々珍しい」
「そりゃねぇ、貴族の別荘地だもの。間者対策はばっちりでしょう」
まだ舗装されていない砂利道を、その細身な身体が振り落とされぬように、車椅子のハンドルを掴んだイーリンは、荷物をシャルロッテの膝の上に置きながら屋敷への道筋を辿る。
「ああ、そうだね。そうだとも。そうなら良いさ。只、」
「只?」
「――何か起きるような気がする」
「そうかしら。屹度、流石にそうホイホイ事件なんて起きやしないわよ。
それよりも、果物狩りをしてもいいってパンフレットには書いてあったわ。荷物を置いたら早速行ってみない?」
「ほう、それは何とも楽しみだね。イーリンには世話をかけて済まないが、早速行こうじゃないか!」
事件なんて起きやしない。
ましてや、こんなゆったりとした避暑地で。
●
「ほう、此処はいちごが有名なのかな」
「いちごだけってことはないかもしれないわ。ほら、向こうを見て」
イーリンが指さした先。そこには、本来ならば冬の果実であるはずのりんごが実っている。その近くには梨の園もある。たくさんの果物がたわわに実っていることから、果物狩りにはうってつけだろう。
「美味そうだな。イーリン、いちごもいいが今度は梨にいってみよう」
「ああ、ちょっと待って頂戴。あそこに真っ赤になったいちごがあるから!」
じゅわり、口の中に広がる甘い果汁はまさしく極楽、名物になるのも解るお味。これを市場で食べようと思ったならば、おいくらになるだろう。きっとこう易々、目に映ったものすべてを捥いでいては財布が薄くなって消えてしまうに違いない。
恐らくこれはこの後食べるりんごや梨にも共通して言えることだろう。元をとるなんて言い方では少々どころかだいぶみみっちいが、苦労の分美味しく味わうとしよう。きっと此処で休んだ後だって、ローレットの
「ふう、お待たせ。それじゃあ行きましょうか、フルーツが私達を待っているわ!」
「ああ、ああ、そうだとも! りんごから行くべきだと思うのだが、司書殿、どう思うかね」
「賛成ね。きっとあの梨もだいぶ甘いでしょうから、りんごでさっぱりしておくのは手だわ」
果汁に塗れた手をハンカチで彼女にしては丁寧に拭いて。というのも、車椅子を押すのは彼女なのだから、後で手がべたべたして困るのはイーリンだし、べたべたしてコバエなんかが寄ってきてげんなりした顔を見せられたらもっと申し訳ないというものだ。
もっとも、友人のものを壊したり汚したりするつもりもないのだけれど。
そんなわけで初日はたっぷりとフルーツを味わって屋敷へと帰った。
「……すっかり忘れてたわ」
「ああ、ボクもだよ。どうしたものかな」
「確実に美味しいことだけはわかるし、これを逃してはいけない気がするわ」
「奇遇だね、ボクもさ」
恐らくシェフたちが腕によりをかけて作った、恐らく最高に美味しい、恐らくきっと市場におろせば結構値の張る、恐らく最高の品だ。推測にしかならないのは食べていないから。つまり一口食べてみることが大事なのだ。
他の招待客たちも同様に、食べ過ぎたのか苦笑しつつもテーブルへと腰掛けた。二人も含め、全員で8人。
いただきます、の、その声が、8音。
次の夜に重なることが無いだなんて。思ってもみなかった。
●2/7day
「へぇ、ここは薔薇も有名なのね」
「パンフレットに書いてあったのさ。もう少し先らしい、悪いけど頼めるかい」
「ええ、任せなさい。昨日は食べ過ぎたから、今日沢山動いておけば0カロリーよ!」
何も言うまい。乙女とは難しい生き物なのだ。
なだらかではありながらも確実に坂だというアピールをしてくる丘を越えるころにはイーリンはへとへと。持ってきた扇子でシャルロッテが扇いでやれば、『生き返るわ』なんてへたりこんで。
「それにしても、この薔薇園は立派ね」
「ああ、ボクもそう思うよ。こんな孤島じゃ手入れだって大変だろうに、よくやるよ」
「……はぁ」
鼻を擽る煙の香りに、シャルロッテは目を瞬かせた。煙草の香りだ。島の中では屋敷を除く外では、火事の可能性があることや、動植物に悪い影響を及ぼしかねないことから、禁煙となっているのに。
「失礼、此処は禁煙だったと思うのだが?」
「……うるせえなあ」
「ルールを破っているからうるさく思えるんじゃないかい?」
「んだと?!」
「『さて』、此処で仮にボクが止めなかった、或いは見過ごしたとして、ボク達以外の使用人に見つかったらどうするつもりだったのかお聞かせ願おうかな?」
「……」
「そう馬鹿でもないようで安心したよ。この島から追い出される。せっかくのおやすみなのに、君はこの屋敷からも追い出されてしまうわけだ。
今日からは大雨と高波、海は大荒れらしいから船すらも出されないし、せいぜい木製のボートがいいところなんじゃないかな。そのまま君は海の藻屑となるわけだ」
「……悪かったよ」
「ああ、それでいい」
「まったく、シャルロッテったら」
「面倒ごとは覗いてみなければ面倒かもわからないだろう?」
「それもそうなんだけどね」
「そういやァ……嬢ちゃんたち、どこかで見たことあるような」
ぱちぱち、瞬いた二人。シャルロッテはにったりと笑みを浮かべながら、また男を嗤った。
「彼女を知らないのかい?」
「は?」
「幻想の勇者とも謳われた彼女を知らないとは、なかなかだね」
「?! あの勇者か!? ってことは、騎戦の勇者イーリン・ジョーンズか!」
「まぁ、そうなるわね」
「いや……本物は随分ちんまいもんだなあと思ってな」
「失礼ね、貴方!? まぁ、よく言われるわ。これから成長すると思って多めに見て頂戴」
「おうよ、そりゃ種族で違うだろうよ、そういうのは。俺はジョンってんだ、短い間だが宜しくな」
差し出されたその手は固く、大きく。されど悪意を孕んだものではない。そう感じだ。
態度こそ悪いがそういうものなのだろう。根は善人だ。
軽く自己紹介をしたところで、小さく咳き込んだシャルロッテ。ジョンを見ながら意地悪く微笑んで。
「ところでなんでさっきからボク達についてくるんだい、口封じを狙っているのかな?」
「ちげえよ。悪いことしたから、アンタらがよけりゃ何かご馳走しようってな」
「ほう、それはありがたいね。この薔薇園には店はないのかい?」
「ああ、そうね。私達、この先の薔薇園に用があるのよ。ジョン、貴方もくる?」
「そうだな、俺は特に用事はねえ。ツレもいねえから、嬢ちゃんたちがよけりゃついてくよ」
と、煙草をしまって、イーリンに代わり車椅子を押して。
「あら、優しいのね」
「嬢ちゃん達は二人できたんだろ、どうせなら仲良く並んでた方がいい。両手もふさがるし、喫煙欲も静まるってもんよ」
からから、車椅子を押しながら三人は薔薇園を見て回った。地図によれば休憩できるような小屋もあるらしく訪れてみたのだが、夫婦で使用していたようで休むことは叶いそうになかった。
「ありゃ、ツイてないな。まぁそういう日もあるか」
「向こうの方に川があったわ。あの辺りなら休憩もできそうよ」
「お、いいな。この時間だと向こうでスイーツ販売もしてるらしいから、そこで何か奢るとするかね」
「おや、一品だけとは言ってないだろう?」
「はー……まぁ財布はありがてえことに潤ってるし、なんとかしてやるよ。ほら、行くぞ」
簡単に飛び越えられそうな程浅い、恐らく人工の川にかかった橋を渡る。恐らくはシャルロッテのような客もいることを想定してあるのだろう、なんとも用意がいい。
「あら」
「先にどうぞ」
「これはどうも」
恐らくは先程休んでいた夫婦の妻の方だろう。財布を握って、スイーツ販売に並んでいた。
「……おい、アンタ、腕」
「!? ッ……ええと、」
その女の腕は青く、それを告げると女は慌てて腕を後ろへ隠した。
「どこかでぶつけたのかしら。シャルロッテとジョンはスイーツを買っておいて。私は手当てをしてくるわ」
「あいよ」
「まったく、司書殿は人使いが荒いものだね」
「それはシャルロッテもでしょう?」
「どうだろうね」
イーリンが女の手を引いて店の外へ出る。困った様子で俯いた女に、イーリンは声をかけた。
「あなた、これどうやっても転んだとかじゃつかない位置よ」
「……」
「ぶつけた、訳でもないでしょう」
「……はい」
「もしかして、貴方、」
「彼は、悪くないんです。わたしが、駄目だからしつけをしてくれているだけで、彼は、」
「……そう。でもあんまり、これは良くないわね」
「大丈夫です。わたしのギフトは、これを隠せるので」
「そうなの?」
小さく頷いた女。化粧ポーチをとりだし、ファンデーションをいくつか混ぜたものを薄くその青い肌に伸ばす。その後は粉をはたいて、カバーする。女のギフトというのは、色をだますものなのだろうか?
「すごいわね!」
「……はい、ありがとうございます」
「でも」
「?」
「……もしもこの旅行中に命の危機を感じたら、私たちの部屋に来なさい。貴方、さっき見た限り使用人も置いて来たでしょう」
「……わかりました」
頷いた女。淑女の礼をすると、薄く口を開いて。
「わたしは、ローラ・アルモンドと申します。彼は、レオナルド。三つ年上の夫です」
「私はイーリンよ。気軽に司書とか馬の骨とでも呼んで頂戴」
「う、馬の骨だなんて……では、司書様と。何かありましたら、お世話になるかもしれません」
「ええ、いつでも任せて頂戴な」
なんて会話をしているうちに、シャルロッテとジョンが戻ってくる。
「はぁ、ったくどれだけ食べるんだよ」
「そこの令嬢の分も買っただけさ。キミの望みの品はこの中にあるかい?」
「ええと……そのローズクッキーを頂けますか? お金はお支払いいたしますので」
「金は彼に。さあ、どうぞ」
「ありがとうございます」
ジョンに金を渡し、シャルロッテからクッキーを受け取った彼女。踵を返し戻ろうとした時のことだった。
「……おい、煙が上がってるぞ」
「あら、何かのイベントかしら」
「いや、こんな薔薇園で炎が上がるなんてことはおかしいだろう。花が燃えるし、近くは禁煙エリアだ」
「……か、火事?!」
もくもくと昇る黒煙。不安を煽るような煙の臭い。
「……近くには川もあったし、火が小さければ消せるかもしれないわ」
「ジョン君、押してくれないか」
「まだ人もいるかもしれないし、ともかく、行くわよ!!」
「ったく、初対面にしちゃあ人使いが荒いんじゃねえかね! しっかり捕まってろよ!」
駆けだした三人につられるように、ローラも共に走る。
走って走って、その先には。
「っ、小屋が……!」
「れ、レオ、レオは?!」
先ほどのおどおどとした様子とは打って変わって、動揺して近くをぱたぱた駆け回る。しかし、どこにも彼の姿はない。
使用人たちがホースを取り出し、小屋に当てていく。黒こげの骨組みが露になる。
「もう逃げているのかもしれないわ。良かったわね」
「……消火が済んだようだね」
「っおい、あれって……!!」
ジョンが指し示した先。
椅子にくくりつけられるように燃えた、男の遺体。
小屋もろとも燃えてしまったのだろう、もう息は無いとみて間違いなさそうだ。
「レオ……?」
「嬢ちゃん、見るな!!」
ローラはジョンの静止も聞かず、よろよろと駆け寄って崩れ落ちる。
「レオ……!!!!」
ぼろぼろと泣いているローラ。きぃきぃと音を鳴らしながら、くっくっと笑みを堪えられないようにして、シャルロッテは現場に近付く。
自ら車椅子を押し、進む。それが普段の彼女だ。好奇心は収まらず、事件の香りの強い方へ進んでいく。
「へぇ…孤島の屋敷で人が死んだか。ふふ…………それはご愁傷さまだ」
「――謎解きもいいけど、私がなぜ貴方をここにつれてきたかって謎もまた考えておいてちょうだいね?」
その隣に歩み寄ったイーリン。くすくすと笑いながら、シャルロッテの手を握って。
「……これは、人為的と見て間違いなさそうだね」
「ええ、そうね」
「おいおい、どうしたってそんなことがわかるってんだ」
「だって、そこにうまく隠された古新聞の束があるじゃあないの」
「?!」
ともかく。
こうしてはいられない。今は外とも連絡が絶たれているから、誰かがまた殺される可能性もあるというわけだ。
「……お客様、とりあえず屋敷に戻って頂くことはできますか」
「キミは?」
「私はこの屋敷一帯の使用人です。先程クッキーを販売させていただきましたギルディオと申します」
「ふむ、ギルディオ君。君がそう考えるのはどうしてかな?」
「人為的ではないと考えられる可能性もありますし、ここに警察がいないからです。それに」
「それに?」
「……もうすぐ雨予報なのです」
「それはまずいわね、一旦戻るとしましょうか」
●
こうして屋敷に戻り状況を整理した三人。
この島で起こった不幸な事件の結末や、いかに。
おまけSS『シャルロットの手帳』
●森
手前には果物狩りができる場所が、奥には放し飼いの牧場がある。
育ててある果物は、りんご、梨、苺。
屋敷から近い。
●薔薇園
小さな小屋がある。薔薇の生垣、迷路などもある。
近くには川があり、ゆっくり足をつけながらみることもできる。
一定の時間スイーツ販売をしている(ギルディオ)。
屋敷からは少し遠い。
●屋敷
特記事項なし。透視や物質透過やテレパスが使用不可。
●島までの道
船。しばらくは帰れないし、誰か立ち入ることもできなさそうだ。
●ジョン・レピアン 34/男
・カオスシード
・記者
・喫煙者
・176/78
・ギフト:喫煙時の煙をある程度無効化できる。
毒煙などはその限りではない。
・アリバイ:ボクたちと居た
●カナ 年齢不詳(成人済み)/女
・カオスシードとハーモニアのハーフ
・女優
・多くは語ろうとはしない(まあ当然か?
・調査に協力的ではない
・162/46
・ギフト:気配を消すことが出来る
・アリバイ:なし。果樹園に居た
○レオナルド・アルモンド 27/男
・カオスシード
・今回の被害者
・いちごアレルギー
・焼死体
・現場には凶器なし
・172/-
・ギフト:彼の声にある程度の説得力を感じさせることができる
●ローラ・アルモンド 24/女
・ハーモニア
・レオナルドの妻
・DVを受けていた
・憔悴している、話は聞けそうにない
・157/51
・ギフト:欲しいと思った色を作ることができる
・アリバイ:ボクたちと居た
●ギルディオ 25/男
・ブルーブラッド
・ローラの友人
・この島で働いているシェフ
・メガネ
・182/79
・ギフト:料理を失敗しない
・アリバイ:不透明。スイーツ販売前は仕事をしていた。
スイーツ販売中、以降はボクたちとほぼ一緒。
●セリュア・ミュール 27/女
・ディープシー
・この島で働くメイド
・情報は基本彼女が持つ
・格闘技経験あり
・160/54
・ギフト:夜目が効く
・アリバイ:なし。
●使用人は他にもいるし従業員も他に入るが、特にかかわりはなさそうだ。
●現場
縄でしばられた被害者が生きたまま燃やされたと想定。火事を装ったとみられる。
現場付近には薔薇用のビニールハウスがあり、そこで薔薇を育てているのだという。
昨晩は雨が降っていたが、小屋付近含めそこまで雨のあとはなかった。
付近には誰も居なかった。一番近かったのが我々。
もう少し調べてみることもできそうだ。