SS詳細
双剣のレアンカルナシオン
登場人物一覧
「お前にだけは渡さないッ、」「其の剣に、汚い手で触れるな――!」
――美しき太刀筋に咲き乱れるは、磨き上げた技と託された想い。
●
嗚呼、此の噂を聞くのも何度目か。
ギルド・ローレット。其の依頼募集に貼られた『盗品回収』の依頼が避けられるようになったのは、そう昔のことではない。至って最近の、其れも何人も依頼を受けて――そして、誰一人帰ることはなかった。だからこうして今日も依頼が貼られているのだ。どちらかと言えば犯人の特定に近いだろうか、腕の立つ者が何人も同じ噂の為に亡くなっているのはあまり気持ちいいものではない。
そもそも正式な依頼でないのに此の依頼ボードにあること自体おかしかったのだ、なんて依頼人である情報屋の名前を睨んでみても変わりはしない。同一犯かも怪しいのに依頼に出せるか、と言ったところだろうか。そういったことを『何とか』するのも彼ら
「で、ええと」
「俺達が選ばれたわけらしいんだけども……犯人の確保、という形で動けばいいのかな」
頷き示す情報屋に二人――クロバとヴェルグリーズは顔を見合わせた。
片や依頼書を眺めるクロバ・フユツキ。名を聞いたことがある者も多いだろう、刀――其れも太刀とガンブレ―ドの異色の二刀流の剣士である彼は其の実力も名高い理由の一つである。愛しい銀糸の為ならば少々の無茶も辞さないところも、多くの人から愛される理由のひとつだろう。
片や思考を巡らせるヴェルグリーズ。剣の精霊種である彼にとって、『依頼』の其れは興味を惹かれるものに間違いなかった。其れは勿論ヒトの役に立ちたいという人間らしい感情もあるのだけれど、彼自身が剣であるということと酷く関連しているのだから、依頼を受けない理由がなかった。
「にしても、珍しい剣ばかりを、ね……キミはどう思う?」
「どうもこうも、中々質の悪い話だなって。何人か斬られてるってのも相まって――胸騒ぎがするな」
「うん。俺も同意見だから……依頼は、成立ってことでいいかな」
「嗚呼、大丈夫だ」
ほっとした様子を見せるヴェルグリーズは事の重大さを理解する。依頼にできないということ。其れだけ熟練の同業者に犠牲を齎す『敵』なのだ――高揚している己は、おかしいだろうか?
「嗚呼、ええと。確認なのだけれど、同一犯にしろ別々の犯人にしろ、即時取り押さえる形でいいのかな」
「いや、戦闘ともなればそうもいかないだろう。屹度俺達に反抗する、或いは先制攻撃を仕掛けてくる可能性の方が高い」
「そっか、其の可能性を失念していたよ。解った。場合によっては、」
「そうなる、な」
(もし、此れが。ヴェルグリーズと云う『生ける剣』を狙っての犯行だとしたら――彼は、)
否。其の可能性すらも否定してこその
情報屋と話を続けるヴェルグリーズを眺めるクロバの双彩の瞳は、不安げに揺れていた。
●
数日後。ある程度情報も纏まって、今日は最終調整をする――筈だった。
森を抜ければ、ヴェルグリーズ達が待つ街に着く。歩いていたクロバを呼んだのは、ヴェルグリーズの叫びだった。
「其処の人――嗚呼、クロバ殿ッ!! 其の男を捕まえてくれ――――彼が、犯人だ!!」
「ッ、――――応!!」
一般的な男だった、とは言い難い。厭、外見だけでいえば背丈がある程度で、後は何処にでも居そうな男だと云えるだろう。問題は、少々とはいえヴェルグリーズに傷をつけていることだ。仮に一般人であるならば、ローレットの
クロバが剣を抱いた男に向かって構え、咄嗟に巴投げをする、の、だが。
「なんで効いてないんだよ……ッ」
木を壊す勢いで投げ飛ばしたにも関わらず、男は未だは知っている。其の背を追うために走り出す。此処が街中であったら自分が通報されてしまう、なんて思いながら。
「どうやらオールドワンのようだ。先程斬ろうとしたんだけれど、腹に刃が通らなくてね」
走る男を追うクロバに追いついたヴェルグリーズが、
地を蹴ったのはヴェルグリーズが先だった。森は非常に逃げやすく目くらましもしやすくなる。逃がして堪るか、こんなところで。
「はぁぁぁぁっ!!」
美しき剣戟、其の嵐が男を襲う。此の技の連撃の目的は傷を一つでも多く与えること。此の森の中で逃がさぬために、一つでも多く隙を生むための乱舞。グリップを逆手に握り、壱、弐――空へ投げ、握りなおして、
ヴェルグリーズの攻撃に合わせクロバも絶ち筋を重ねる。目にもとまらぬ速さで空に弧を描き、命令を放つ。彼奴を食らえと。森を駆ける牙は、道を切り拓くクロバの剣。
だがしかし、敵とて容易に殺されてくれるわけではない。
ヴェルグリーズの
(おかしい、其処迄して逃げたとて、2対1なら――嗚呼、そうか!)
「クロバ殿、彼は仲間との合流を急いでいるのかもしれない、或いは逃走用の乗り物……兎に角、急ごう!!」
「応、絶対に逃がしてたまるか!」
剣を使うものとして。
剣として。
逃がすわけには、いかないのだ。
●
巡り廻る剣戟の輪舞。ステップを止めたなら、後は観客席へ真っ逆さま。
La La La 美しいリズムを奏でるように
La La La 其の命が尽きるまで
La La La 命喰らう旋律を 奏でませう
剣と剣を交え爪弾く金属音。足を止めれば『終幕』の殺し合い。嗚呼お客様、瞬きですら命取りで御座います。
命懸け。或いは、全身全霊。
数人の犠牲者が出たというだけあって、其の身のこなしは到底『素人』の其れではない。
奪うものだけが持ち合わせる強欲な。
喰らうものだけが持ち合わせる鮮烈な。
傲慢で、圧倒的で、繊細な、磨かれた技。
けれど男は戦う相手を間違えた。
彼ら二人の剣士にとっては。強い相手と相見えることこそ至上の喜びに他ならぬ。
理性のストッバーなど既に壊れた。筋肉繊維がちぎれ続ける。己の最速で、己の最高の技を繰り出し、敵を圧倒する。其れだけだ。
「キミの剣は強かで傲慢で、屹度幾度も研鑽を積んだのだろうね」
重みのある太刀筋が入る。己を使いこなせるのは、過去未来に出会うであろう主と、己だけ。木漏れ日に銀糸が照らされる。影に落ちれば、其れは黒に転じて。
戦いこそが人生であると、其の刃には嫉妬交えて血肉を斬る。どうして、キミ程の剣士が、そのような
「キミの
ヴェルグリーズの声、低く。剣の軌跡が囁く。許せない、と。
「五月蠅いッ!!」
「――剣はッ、」
幾度剣が蒼穹眺めようと。弾かれようと。尚、振るい続けたクロバは、吠える。
「剣は磨き上げられた技と同じく、其の持ち手の誇りそのもの。お前は命だけではなく其の心すら、踏みにじった!」
「五月蠅い五月蠅い五月蠅いッ!!!!」
我武者羅に。
其の太刀筋は言葉によって搔き乱される。転じて、其れは隙を生む。
クロバが空砲を撃つ。其れは、頬を掠め、男の注意を惹いた。
其れは軈て訪れる終幕。
「お前にだけは渡さないッ、」「其の剣に、汚い手で触れるな――!」
――美しき太刀筋に咲き乱れるは、磨き上げた技と託された想い。
死神の剣が我先にと地を駆ける。型無しの斬舞が急所を貪る。肩、肘、膝。血潮を求めた致死の口付け。刃は尚、輝いた。
全てを絶つ剣は別れを告げる。幕引きは、せめて美しく。剣を当てるのは男の身体のみ。分割。其の剣は利き腕を斬り取った。
「アアアァァァァァァ!!!!!!!!」
後に残ったのは。奪われた剣と、男の悲鳴だけ。
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「全く、無茶をして……」
「クロバ殿こそ。失血死だってあり得るのだから、今日は安静に」
「いや、二人共ですから!」
待ち惚けを情報屋の元に現れたクロバは血みどろ、駆け寄った情報屋に話をすればあきれ返って。犯人の身柄を押さえて現場の片づけをし、己の血と返り血で汚れていたヴェルグリーズが『なんとかなったよ』とひらり、手を振れば情報屋は青筋を浮かべて二人をその場に正座させた。
『後片付け』は別の人間に任せ、二人は病院に場を移すことに。戦闘になると無茶ばかりするのは二人のどちらも変わらないようで、二人が我を忘れていたからこそ止血しただのなんだのと言われれば、苦笑を返す他なかった。
頬にはガーゼ、腕には包帯。かすり傷には絆創膏。明らかに人目を引く二人の男の其の姿が、幻想の街にはあった。依頼報告を終えたのだ。人々が注目しているのは、この時ばかりは美しい容姿よりも今は傷に、だが。
消毒液をしみ込ませた綿を傷口にわざと強く押し付けられたときは思わず声をあげてしまったとヴェルグリーズは笑って。
「其れにしても、あの剣は何故盗まれたんだろうね」
「……」
クロバが突如黙るものだから、ヴェルグリーズは小首を傾げる。『屹度金欲しさだろうさ』と付け足して笑ったクロバ。
「そういえば、報酬が出たから何か食べていかないか? 海洋にお勧めのパン屋があるんだ。小さいが、人気でね」
「俺も同じところを『知って』いるかもしれない。気になるから、是非」
二人は歩み出した。
彼ら自身の剣が切り拓いた、明日に向かって。
おまけSS『化膿/kindness』
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「時間を取って頂いて済まないね。其れで、何故あの男は剣を狙っていたんだい?」
クロバに問おうと優しくはぐらかされ、或いは話を逸らされ。
痺れを切らしたヴェルグリーズは、先日の情報屋と話をしていた。
「……貴方のような『生きる剣』を売ろうと目論んでいたからです」
「は……?」
其れを言うかはクロバに任せたと、情報屋は困ったように笑った。
だから。告げなかったのか。
ヴェルグリーズは情報屋に礼を告げ、立ち上がった。
胸の中を支配する、吐き気にも似た痛みを押さえて。
此の感情は、なんだろう。
俺の為に沢山の命が失われた剣はそんなつまらないことのために汚されていたのか屹度金欲しさだろうさ
あの日の感情が、思考が、ヴェルグリーズの中に蘇る。
「……嗚呼、」
ヒトは、こんな感情と戦っていたのか。
クロバの
俺の為に、亡くなった人が、