PandoraPartyProject

SS詳細

その耳朶に、零れんばかりの彩を

登場人物一覧

ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)
黄昏夢廸
タイム(p3p007854)
女の子は強いから

 冴えた空気を吸い込むたび、澄んだ氷に包まれている心地になった。冷えた身体は暖を求めたいのに、美しさが足を止めさせる。タイムとランドウェラはそうして、シャイネンナハト一色の街を楽しんできた。だから買い物をしたくて一度別行動を取ったタイムが、とある店先で『それ』にふと気付いたのもきっと――美しいものが溢れた世界で、一際眼を惹く美を知ったからだろう。
 氷みたいだと思うより先に、彼女の胸中へ湧いたのは。
 ――ウェラさんがいつも付けてるのと、そっくり。
 店先に飾られた耳飾りへ、意識せず指先が伸びた。切り揃えた爪でつんと突けば、くすぐったげに宝石が揺れ、零れ落ちてしまいそうなほど繊細な光を滑らせる。眺めるタイムもかの石の震えが治まるよう、思わず指の腹を添えた。まるで懐かしさをなぞるかのように。寒空の下、道行く人を眺めてばかりの『それ』に、タイムの知る思い出など有りはしないのに。
 ただ「外せない」と聞いただけの『それ』と同じ形をした耳飾りは、移ろう光景だけでなく、タイムの指をも映していた。自分も、そこに映してくれていた。そう思いついたときにはもう、迷いなく掬い上げていて。
 ――冷たいけれど、なんだかそわそわするわ。
 言葉で象るのも難しく、踊る心を音楽にして、タイムはやがてランドウェラの元へ戻ってゆく。
 外せないならせめて、気が紛れるといいのだけど。そんな淡い期待も一緒に抱いて。

 待ち合わせ場所で典麗なモニュメントと化していたランドウェラは、やがて馴染んだ靴音が雑踏に紛れていると気づく。導かれるように音を辿れば、待ち望んだ友の姿はすぐに見つかった。タイムは今にも宙へ飛び上がりそうなぐらい、軽やかな足取りだ。
 姿こそ平時と変わらないのに、彼女を織り成す輪郭がやや霞んで見える。交差した光の数々が彼女を囲み、取り込もうとしているように錯覚して、ランドウェラは少しだけ息を呑んだ。けれどタイムは、賑やかな人だかりに呑まれそうで呑まれない。ランドウェラがそんな彼女の笑顔に安心していると。
「お待たせ、ウェラさんっ」
 目の前へ飛び込んできたタイムの声音は、心なしか弾んでランドウェラの耳朶を打つ――耳朶を打つだけなら、面差しにも変化はなかっただろう。しかし駆け寄った拍子にちらりと覗いた形と輝きは、続ける筈だったランドウェラの言葉を失わせる。
「それは……?」
 ランドウェラが悴む声で尋ねてみるも、タイムから人懐こさや明るさは損なわれない。
「似ていたから、買っちゃいました」
 雑じる念も淀みもなく、純粋な気持ちから告げたとわかる彼女に、ランドウェラは僅かながら瞠目する。投げられた言に他意を感じなかったからこそ、喉が渇く。照れを帯びたタイムの頬は寒さからか、ほんのり上気して嬉しそうだと彼は感じた。感じてしまったが為に、自然と手が己の耳元へ向かう。
 固く冷えきった耳とイヤリング。浮かび上がる金色の記憶と凍てついた情。
 綯い交ぜになった要素が、ランドウェラを皮膚の裏から掻き乱していく。
 ――喋らなければ、良かったのか?
 イヤリングのことを僅かなりとも打ち明けた事実に、口にした本人が打ち拉がれる。思考はすぐに静まってくれず、いや別に喋るのは悪いことではないな、と自身の想いを否定した。否定してはまた、目の前で笑む優しい黄金色に視界を吸われてしまう。
 しかし動揺が彼を支配したわけではなかった。湯水のように湧き出るものが口端をもたげる。
 いつしかランドウェラは、タイムと同じふくふくとした嬉しさを頬張っていて。
「ほんとだ、僕のと一緒」
 色違いのまなこを揺らめかせて、髪を掻き上げる。
 すると彼の他愛ない仕種を目撃して、タイムがぱぁっと咲う。
「ね、これで立派に『お揃い』です。……どう? 似合うかな?」
 流れる金の紗幕を指で掬い、あまりにも彼女が分かりやすく笑ったから。
 耳へそうっとかけながらもはらはらと垂れる金糸の狭間、露わとなった耳元に――ランドウェラは、在りし日とは違うかたちと彩りを覚えた。
 同じようで、ちがうもの。ちがうようで、同じもの。
 不思議な感覚が彼の心へ干渉し始める。
 降り注ぐ街の光と耳飾りの目映さで、ランドウェラには透けて見えた。タイムの意思に沿って大人しく耳周りを見せてくれる髪も、彼女の意思とは別に奔放に遊ぶ毛先も、それらの一糸を纏う柔らかな指先も。
 だからか彼女と合流した先ほどの景色を想起してしまい、彼は耳飾りへ思考を集わせる。賑わいで溢れた街の光に、あっという間に連れていかれそうな彼女の様相を。そんなことは有り得ないのに、どうしてか。
 ――互いに旅人だから、かもしれないな。
 突如として召喚される驚愕の現実を体験し、そこまで考えが至っても、ランドウェラの胸裡で渦を巻くのは、冷たく重たいものばかりではなかった。ゆえに彼は、眼前で浮き立つタイムの在り方に微笑むことができる。自分なんかのために、そっくりのものをそっくりに付けてくれた優しい友へ。
「似合ってる。とても。タイムちゃんのためにあるみたいだ」
 彼女の健やかな耳たぶを飾る『それ』は、己のよく知るそれと酷似していても、やはり彼女のものだ。そう感じてランドウェラは言の葉を紡いだ。凍てつく外気に溶けて、消え入りそうなあえかさで。
 タイムの指が触れるたび、タイムの笑い声に合わせて揺れるたび、きらりきらりと花が開く。光の花弁は耳飾りから彼女の髪を、爪を、指を伝い、見る者の眼を――ランドウェラの見ている世界を彩ってくれた。心弾む気がしているのは、もしかしたらこれが原因なのかもしれないと、ランドウェラの眦も和らぐ。
 ふとタイムがぱちりと瞬ぐ。
「あら? ウェラさんの耳飾り……」
 彼のイヤリングに生じた微かな変化を知り、タイムがくるりと視線を舞わせる。正に今彼女が知った装飾品の姿は、鮮烈な印象をもたらした。そうしてタイムは長い睫毛を湿らせて、これまでとは僅かに違う笑みを寄せる。
「きっとウェラさんの瞳を映したのね。ほんの一瞬だったけど」
 持ち主の眼には届かぬ美しさを、タイムが楽しげな声で教えていく。
 自分のイヤリングに、何色が差したのか――。
 ランドウェラは聞きそびれた。聞くことができなかった。ただひとつ、わかるのは。
「タイムちゃんのも同じだ。たぶん、瞳の色が混ざってる」
 問う代わりに説明を返せば、まあ、とタイムが一驚する。そして流れるように自らの耳飾りを覗こうとするが、容易にはいかない。相手が零す色や輝きなら、いくらでも拝めるというのに。
「わたしからは自分の色が見えなくて残念ね」
「そこもお揃いだね」
「ふふ、ええ本当! こんなとこもお揃いだなんて」


  • その耳朶に、零れんばかりの彩を完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別SS
  • 納品日2021年04月15日
  • ・ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788
    ・タイム(p3p007854

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