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生きる価値を証明する為の籠の中の小鳥の反逆

登場人物一覧

セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
セレマ オード クロウリーの関係者
→ イラスト

●反逆の冒頭句

――この逸話は十歳だった頃のボクの反逆記録。
  「自分の価値」を手にするために邪悪な女に家族を売り払った話だ。

       ――『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)

●幼少期の不憫さ
『天義』郊外に佇む荘厳な屋敷の窓から覗ける外の景色が羨ましかった。
 何故なら喘息持ちで寝込む事が多い病弱なセレマは籠り切りの生活だったからだ。
「げほげほ……。う~ん、今朝も良い天気で小鳥達が鳴いているね。もう朝ご飯かな」
 セレマが淡い日差しの眩しいベッドから目覚めるとメイド長が部屋に入室した。
「セレマ様。おはようございます。朝食のご用意が出来ました。旦那様方もお待ちです」
「はい。支度したらすぐ行きます」
 セレマはメイド長に促されて小奇麗な子供服に着替えてから洗面台に向かう。
 広々とした食堂に入室すると豪華な朝食と温かい家族がセレマを待って居た。
「お父様、お母様、使用人の皆様、おはようございます。本日もよろしくお願いします」
「うむ、おはようセレマ。では皆、揃ったので神様に祈ってから食事にしよう」
「あら、おはようセレマ。今朝はあなたが好きな農園のコーンスープもあるわよ」
 屋敷を取り仕切る偉大な父親と絶えず気に掛けてくれる温厚な母親。
 セレマを優しく補助する使用人達も含めて素敵な人々に囲まれて居た。
(しかし……幸せなんだけれど、なんだろうか、この違和感は?)
 皆、笑顔で食事して居るが何時も必ず誰かしらがセレマを睨み嘲笑って居る。
 どう云う訳かセレマに対する軽蔑や殺意の邪念が過る事は毎日幾度もあった。

 朝食後、セレマは趣味の古典戯曲や異界物語を紐解きながら其の日を過ごす。
「……ふぅ、面白い本だった。やっぱり魔女の物語は最高だね。お父様に次のシリーズも買って貰えるようにお願いしようかな?」
 セレマが自室の扉を開け様とすると廊下から掃除中のメイド達の雑談が聞こえた。
「セレマは嫌らしい子よね? よくもぬくぬくとこの家に居るわね!」
「そうね。実子ではない上に病弱で旦那様方に迷惑を掛けて……」
 其処に通り掛かった執事がメイドの雑談を咎める様に怒鳴り散らす。
「こら、お前ら黙って掃除しろ! そんな事はこの家にいる人間なら誰でもわかっている! 旦那様と奥様だって立場上苦しいんだ! いいか、セレマ様にはこの手の話を聞かれるなよ?」

 時は既に遅くセレマは今の様な囁きを館内で幾度も聞き続けて居る。
 妾の子を引き取る事で体面を取り繕う「臆病さ」がある反面、弱者を保護して憐れむ「優越感」に腐った気持ちで浸るのが此の家の者達の本性だった。
 歪な形で愛や正義は其処に在ったかもしれない。
 だが、セレマの「今後の将来」と「存在価値」を慮る者は誰一人居なかった。
(くぅ……。確かに、ボクはこの家の本当の子共ではない……しかも身体が弱くて外にも碌に出られない。でも、たぶん、面倒を見てくれる家族や使用人の皆には感謝している)
 本当はセレマだって陰から蔑み排除する皆の気持ち悪さに気が付いて居る。
 お家の大義名分の下に都合良く幽閉されて居る事を理解出来ない訳でもない。
 ただ、天義人らしく自分自身の価値観を押し殺さねば此処で生きてはいけない。
(だから結局、ボクは何もわからない……。うん、わからない、わかる訳ないさ、自分という人間の価値なんて!)

●家庭教師との出会い
 学校にまともに通学出来ないセレマにも学問が必要であると云う意見が出た。
 我流の読書だけではなく確固とした教養を会得する為に家庭教師が招聘される。
「はじめまして、セレマ。家庭教師のジュアン・ダウンよ。よろしくね?
 早速だけれど、まずは国語から始めましょうか?
 あなたの勉強の為に丁度読ませたい小説の教材を持って来たのよ?」
「は、はい、よろしくお願いしますダウン先生。……へぇ、厚くて難しそうな文学の本ですか?」
 聡明で美人な大人の先生の登場で最初はセレマもしどろもどろで緊張して居た。
 無論、其の口調も目上の方と改まって会話する時用に丁寧と成る。
 両親から聞いた通りに彼女は教養ある親切な幻想人と云う模範的な教師だった。

「では、セレマ? この短編小説のテーマはわかるかしら? そして、なぜ、作者はこういう比喩的な表現を主人公の台詞で書くのかしらね?」
「う、うぅん……? おそらく小説のテーマは『家族の愛』……でしょうか?
 たぶん、ですけれど、恥ずかしがり屋の主人公が大人達に上手く伝えられなくて遠回しに言っているのだと思います」
「正解よ! セレマ、あなたすごいわ! 頭の回転が速くて教え甲斐があるわ!
 じゃあ、次の問題に移るわよ? 次の文章は『天義』の学校でよく教えられている有名な引用句だけれど……」
 ダウン先生は教えるのが上手な教師で授業も現に面白いと云うのがセレマの感想だ。
 彼女は人を食った所も有るが評価するべき所で評価してくれる公正な人物でもある。

「……さて、初回の授業はこんなもんかしら。あなたとても優秀な生徒ね? ぜひこれからも勉強を続けた方がいいわよ! もし私でよければ、また呼んで貰えるようにご両親に伝えてくれるかしら? 実は私、学校に行けないあなたのような子の力に成る為に家庭教師の道を選んだのよ!」
「いえいえ、とんでもないです、ボクなんて大した事なくて……。でも、次回もダウン先生の授業を受けたいです。両親にもそうお願いしてみます。実は、ボクの方もけっこう前からダウン先生みたいに素敵な教師から勉強を教わりたいと思っていたんです」
 初回の授業で意気投合した後日、ダウン先生の個人授業は今後も継続と成った。
 セレマはジュアンに心底陶酔して居る節もあるが此の様な人物には大抵裏がある。

――ふふ、セレマって思った通りのおバカな子! わざと簡単な問題を出して正解させて褒めちぎるだけですっかり私を尊敬してしまったようね? しかも両親の方も不安を突くとあっさりと授業の継続を認めたわね。こういう頭の弱い良家が相手だと本業の『仕事』も捗るわ!

 上記の様に心中でエゴイズムに溢れた独白をするジュアンこそが真の姿である。
 彼女は品行方正で才色兼備な家庭教師の振りをして居るが列記とした詐欺師だ。
 実は時期を見て当良家を強請り法外な金銭を巻き上がるか、家宝とも云える貴重品を窃盗して逃亡する犯行計画を企てて居たのであった。

――ダウン先生って本当に素晴らしい方だね。もう勉強するのが楽しくて仕方がない。ああ、早く次の授業の日にならないかな。ボクも先生を見習って将来は教養のある立派な大人を目指すんだ!

 一方のセレマは浅はかにも騙され切って居て心中は既に付け込まれてしまった。
 まさかとも云えるジュアンの邪悪さを想像する事も出来ない程に幼かったのだ。

●魔女の正体と籠の中の小鳥
 もしかすると楽しい一時を過ごせる時間とは永く続かない物かもしれない。
 セレマとジュアンの蜜月の様な個人授業の日々も或る日を境に亀裂が生じる。
「あ、ダウン先生、プリントを落しましたよ? ん? あ、これってまさか!?」
「あら、いけないわ。拾ってくれてありがとう、セレマ。って、え、これって!?」
 書類を拾って渡すセレマと受け取るジュアンの双方の表情が凍結する。
 何故ならば「プリント」は其処に在るべきではない「呪文書」の一枚だからだ。
 しかもセレマが机上の教材の束を窺うとさらなる枚数の「呪文書」が覗けて居た。
「ダウン先生は魔女なんですか?」
 若干十歳の子供から発せられた何気なくてさり気ない無邪気な質問だった。
 物語の魔女に憧れを持つセレマは恐怖心を上回る好奇心から尋ねたのだ。

(くっ、私とした事が……。まずいわね、昨日研究していた呪文書の一部が本日の授業の教材に紛れ込んでいたのかしら? おそらく私の凡ミスだとは思うけれど、本当に気に食わない質問で苛立たせるわね、この子? そもそもセレマは自分が何をしたかわかっているの!?)
 ジュアンは無言で殺気立ちながらも不愉快な表情を浮かべて焦燥して居た。
 彼女は先ず此の国で魔女と云うレッテルを貼られる不利を熟知して居るからだ。
「ねえ、ダウン先生? 怖い顔してどうしたんですか? どうか教えて下さいよ?」
 ピンチを如何に乗り切るか苦闘するジュアンに対してセレマが嬉々と問い質す。
 セレマにとって魔女とは魔法の力で夢を叶えてくれる雲の上の存在なのだろう。
 例えば、病弱な身体を治して欲しいと云う願いすら叶える事も出来るだろうから。
「ええ。そうよ……。その通りよ。私は魔女だわ。そんなに魔女の事が知りたい?」
「わぁ! やっぱりダウン先生は魔女なんですね? はい、実はボク……」
 覚悟を決めて魔性の正体を明かすジュアンは標的を狙う魔物の顔付きと成る。
 そんなセレマの子供染みた言動を鋭利な言葉で劈いた。
「だったら教えてあげるわ。私はね、魔女だからあなたの事を何もかも知っているわ。例えばね、セレマ? あなたのご両親は本当の両親ではないわ。だってあなたは妾の子であって、産まれて間もなくしてこの家に引き取られた子なのよね?」
「えっ……? ダウン先生、なぜ、それを知っている、の、です、か……?」
 困惑して青褪めるセレマに対して今度はジュアンが冷笑しながら反撃する。
 さらに巧みな詭弁術でセレマの環境に潜んで居る醜い真実を暴き出すのだ。

――ねぇ、セレマ? あなた、本当はご両親から愛されていないどころか、疎まれているのよね? ご両親は臆病だから妾の子であるあなたを引き取って体裁を繕っているのよね? ご両親は腐っているから病弱なあなたを保護して優越感に浸っているのよね?

――そしてね、セレマ? あなた、ご両親だけではなくてメイドや執事といった使用人達からも嫌われているのよね? 彼らは皆、大嫌いなあなたの陰口を叩いているのはご存知かしら? 妾の子で病弱なあなたを腫れ物のように扱っているわよね?

――あはは、セレマ? あなたって、そもそも生きる価値はあったかしら? ある訳がないわよね? だってあなたは生きる価値も示せない籠の中の小鳥に過ぎないのだから。そして、例えあなたが死んだとしても、誰も悲しまない事ぐらいは子供の頭でも理解しているわよね?

 不覚にも正体を暴かれたジュアンは機転を働かせてセレマに精神攻撃をする。
 ジュアンは恐怖心と自己嫌悪を煽ってセレマを自殺に追い込もうと責め立てた。
 セレマが部屋の窓から飛び降りるか机上のナイフで首でも切れば勝利とも云える。

――さて、ダウン先生は「魔女」だからボクの事情を詳しく知っているのだろうか? それとも手元にあった情報を組み立てて推理しているのだろうか? どちらかは判断ができない。でも、一つだけ、確かな事がある。それは……ダウン先生がボクに言っている事は、ボク自身が今までに感じていた気持ちの証明そのものじゃないか!

 錯乱も号泣もせずに冷徹に何かを考察するセレマにジュアンは目を見張った。
 セレマは心中で「己の価値を示したい」と云う強烈な欲望が芽生えたからである。

『あなたのような存在になりたいです! なんでもしますから弟子にして下さい!』

 僅か十歳の子供では在るがセレマは乾坤一擲の言葉を絞り出して請願する。
 ジュアンの的は外れたが、彼女はセレマが導き出した『解答』を邪悪に笑った。
 結論が其れならば契約魔術の遣い手であるジュアンはセレマに改めて問い掛ける。

「だったら……。契約を交わす為の交渉をしてみなさいよ! この私と交渉できるだけの物があなたにあるという事実を、今、此処で、証明してくれるかしら?」
「契約の……交渉……? では、こういうのはどうでしょうか? ボクはこの糞ったれの家にある金庫の場所と番号は知っています。自分があなたの窃盗を手引きします。家庭教師なんてやっていますけれど、『魔女』のあなたが本当に欲しい物は……たぶん、この家の財産でしょう?」

 籠の中の小鳥で在ったセレマが発する決死の取引にジュアンは『満点』を付けた。
 思えば、此の契約は冷酷非道なエゴイストに全生涯を賭けた売り込みであった。

 後日、セレマが居た屋敷は『何者かの火の不始末』によって炎上崩壊した。
「セレマ」と云う子供は火事に呑まれて焼死したと当時の事件記録に残って居る。

 了

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