PandoraPartyProject

SS詳細

3月14日

登場人物一覧

メープル・ツリー(p3n000199)
秋雫の妖精
サイズ(p3p000319)
妖精■■として


 旅人たちが世界から目を背け、帰還への道を探す国、練達。そのどこか清潔感のある青白い内装や建物がそれとなく近未来感と寂しさを覚えさせる街の中。
 再現性都市から少し離れたその喫茶店でサイズは周囲の様子をそわそわとした様子で眺めながらコーヒーをゆっくり流し込んでいた。
(全部が『大きく』見えるだけでこうも落ち着かなくなるなんてな……)
 カップを口から離し、息を吐く。普段のサイズならば妖精郷やローレットにいる時ならともかく、わざわざこの大きさになってこの国を訪れるという事はなかっただろう。
 視線を戻す。座布団代わりとテーブルに敷いたハンカチの上に座るサイズの前には真白い皿の上にこれでもかとメープルシロップがかけられたつるつるきつね色のパンケーキ、そして身の丈の半分以上はあるフォークとナイフを文字通り念力で浮かべ頬張るおてんば妖精――
「んー、美味し―☆」
 手を頬に当て恍惚とした表情を浮かべるメープルの姿を見ると、思わず本来の目的を忘れこの静かなひとときにいつまでも浸かって居たい、そんな気分になってしまう。
「サイズ、練達って思ってたより妖精向きのもあるんだね!」
「そうだな……花の蜜とメープルシロップしか口に合わないメープルでも……」
「其れは言うな!」
 顔の緊張が解け、自然な表情を浮かべたサイズにメープルも歯を見せて笑い、最後のパンケーキの大きな一切れが刺さったフォークを不意にサイズの口へと頬り込む。思わず驚き咥えこんだサイズの口内に、甘いメープルシロップとバターの香りが広がっていく。
「んもう、ぼーっとしてたら何買うつもりだったか忘れちゃうよ? えへへ!」
 忘れないさ、そう言いたくなる気持ちをパンケーキと一緒に飲み込み、サイズはフォークを掴み引き抜いた。
「そろそろ行こうか」
「もち!」
 いつもの様に左手を挙げたメープルに対しサイズはハイタッチで応え、テーブルに備え付けられた装置に小銭を投げ入れる。
『もう! 私が払うって言ったのに!』……などと言われそうな事は承知の上で、サイズはメープルの腕を優しくつかむと宙へとふわりと浮かび上がる。そんな予想を裏切るかのようにメープルはじっと無言でサイズを眺め、そして後をついていった。


 ガラス張りの自動ドアを抜け、二人の妖精は表通りをゆっくりと飛んで行く。
 幾つも並んだ車道に自動車が列を為し、歩道を飛ぶ自分達を追い抜かしていく。
 街路樹には今にも咲きそうな蕾が付き、その傍らには早咲きだろうか……もうチューリップが蕾をつけ、幾つかは花開いているのが見て取れた。
「へえ、この街にも四季へんかがあるんだねえ」
「大方コントロールされた気候だろうから、その気になればずっと暖かくできるんだろうけどな」
「不思議だねえ、不便な事もあると思うのに」
「ここに住む人にとっては、変化がある事こそが変わりないって事なのさ」
「そっかー……」
 再現性都市に行ったことはあれど練達の外側を見るのは初めてらしい、目的地に向かう時間を潰すついでに興味津々なメープルの疑問や質問にサイズは自分なりに考えながら答えていく。
「そういえばメープルはここの木とも話せるのか?」
「うん、でもみんなびっくりしちゃうから、あまり話しかけない様にしてるー」
「なるほどな……と、着いたぞ」
 次第に歩行者が増え、横断歩道を渡り、辿り着いた先はアーケードのある商店街。前にずらりと並ぶお店のウィンドウ越しに見えるのはブランドものの高価で煌びやかな服飾の数々。メープルは思わず息を呑み、目を離せばガラスに張り付いてしまいそうな程に惹かれてしまい。
「わぁぁぁぁ……!」
「これを買いに行く訳じゃないけどな、どんなのがいいか参考までに――」
「どれもすっごくキレイ! サイズ、これ買ってくれるの!?」
 聞いていない、というか目を離してなくても既に鮮やかな橙のドレスに夢中になってガラスに手と顔がくっついている。
「……メープルじゃ着れないだろう? まあ、生地選びの参考くらいにはするさ」
「そうだった!」
 慌ててガラスから顔を離したメープルは頷くと、お店の入り口を指しながら頷くのであった。
「それじゃあ参考に突撃、だね!」
「ああ、行こうか」
 メープルに相応しい衣服を選ぶ事に夢中になっていたからか、あるいは何時もより広く感じられる店内に思わず興味心が疼いてしまったのか、メープルを追い抜かして店内に入ろうとして……ふと足を止める。
「おっ、私よりノリノリだねえサイズ!」
「ま、まあね……」
 そしてメープルに揶揄われながら、恥ずかしそうにサイズは頭を掻くのであった。


 日が傾き、混沌に夜が迫ろうとしている。良く慣れた鉄と火の匂いが揺れ動く。
「ただいま、すっかり遅くなったな……」
「でもでも、日帰りで練達に行って帰ってこれるなんてすっごいじゃん!?」
 両手にずっしりと(妖精サイズの)生地が入った紙袋を抱えてヘトヘトで鍛冶屋へと帰るサイズに、疲れ知らずの手ぶらのメープルがガッツポーズを取って見せる。
「それにサイズの方があれもこれも見たいってはしゃいでたから遅くなったじゃーん♪楽しかったけど!」
「それはいいだろう……」
 サイズは――実際、このお転婆姫の好みを聞き振り回される内に楽しくなってついつい長居してしまったのは事実だが――生地の一つを取り出すと、大きく広げて見せる。
「さて……メープル、自分の体格はわかるか?」
「へ?」
「妖精郷でも服を作ったり作ってもらう時にサイズを測った事はあるだろう?」
「えっ……お友達にぱっと見で作ってもらってた……」
「……」
 無言で妖精用のメジャーを取り出すサイズ、そこでようやく合点が言ったのか顔を赤らめ手を振って慌てるメープル。
「まままま、まって、適当でいいから、サイズも見たままでいいから!?」
「悪いな……メープルに悲しい思いをさせたくないからな、嫌なら服の上からでもいいから」
「待って! 脱ぐから待って!?」
「そこまでしなくても……」
「いいの! やると決めたらやってやるー!」
 お目ぐるぐる思考もぐるぐる。訳も分からずとんでもない事を口走ったメープルはサイズと自分しかいない部屋で観念した様にその服を脱いでいく。サイズとしても正直気は引けるが、測るしかあるまい。
「あ、ありがとう……それじゃあこれを押さえててくれ」
「こ、こうかな?」
「違う、俺の手ごとじゃ……あっ」
「あっ、あっ、あーっ!?」
 その光景については敢えて割愛するが、サイズでさえあの時の事を思い出すと今でも顔が茹だったように赤くなるのは二人だけの秘密。

「うん、なんとか測れたな……メープル、その」
「絶対いいドレス作ってね……」
「ああ……わかった」
「うわーん! やっぱりサイズが変な事考えてる気がするー!」
「考えてない……多分」
 ただ、メープルは着痩せするタイプだな、そんなことを考えてしまった自分を処分してしまいたい……サイズは自罰的な感情を追いやる様にドレスの設計へと取り掛かるのであった。


「まだだ……」
 星が空を照らし、巡っていく。メープルの寝息が聞こえる鍛冶工房にサイズのうなり声が響く。
「違う」
 選んだ生地から更に厳選したものを選び、型を取り、縫い合わせ、その形を整えていく。頭の中に浮かんだイメージを魔力を帯びた糸で編み形にしていく。
「うん、そうだ……こうじゃないと」
 手を動かし始めてからもう何時間が経っただろう。大量の眠気覚ましと気合で作業を続ける妖精なんて滅多に無い。
 一縫い、一縫い、納得が行くまで心を込めて、妥協を許さず。彼女の魔力と体に合わせた魔法のドレスを造り上げるのだ。
 気力を極限まで鋭く尖らせ1ミリの誤差も許さず、体力が削れようとも倒れていられない。一度形が出来ようとも完璧でなければ意味がない。

「メープルのために、メープルの……」
 トントンと肩が叩かれる、虚な思考が晴れていく。

「サイズ、サイズ」
「メープル?」
「おー、やっと起きた、何回揺さぶっても起きないから心配しちゃったよ?」
「……うん?」
 ふと見れば時計は正午を示していた。灯にしていたランプは既に消え窓からは陽の光が差し込んでいる。
 そして先ほどまでその手に握られていたドレスは跡形もなく、もしやと振り返れば案の定『それ』は確かに彼女の身に纏われていた。
「じゃーん、ほんとに一晩で作っちゃうなんてすごいね、サイズ!」
 鮮やかな黄色とオレンジが空に舞う、紅葉を思わせるスカートがふわりと広がる、メープルとサイズ、二人の魔力で輝く月と雫のペンダントがその首元で光り輝いていた。
「……綺麗だ……」
 息を呑む様に鮮やかで可愛らしい秋の装いに身を包み、メープルは自らの鮮やかな茶髪を踊らせながら宙に舞う。
「ほんとにピッタリ! それにさ、なんだかこれを着てると凄く力が湧いてくるの!」
「メープルのために思いを込めて一から作ったドレスだからな……と、まだ完全にはできてないから一旦降りてくれないか」
「はぁい」
 サイズは自然な笑みを浮かべ静かに机へと降り立ったメープルと向かい合う。そう、彼女に改めて伝えるべき思いを込めたのだ。
「その衣の名前は『秋雫の月』。秋が好きなメープルのために、ずっと着ていて欲しいという想いを込めさせて貰った」
「ふふ。サイズらしいなあ、分かってるよ、キミは私に――」
「ああ、メープル。キミは大きな使命を背負う必要はない。ただこのドレスを着て、俺の秋の都で幸せに、お姫様として暮らして欲しい……そう思って、女王様のドレスにも負けないこれを作ったんだ」
「――っ!?」
 メープルの目が見開かれ、一歩後ろへと下がる。
「そして外の世界で得た知識を妖精女王になるためじゃなくて、妖精郷のために使って欲しいんだ」
「どうして……?」
 絞り出す様な、かすかなメープルの声。その意味に気付く事はなく、気付くはずもなく。
「酷い事を言っているのは分かってる、でも、やっぱり俺はメープルに生きていて欲しいよ」
「……わかってる、わかってた、わかってたのに、こんな事って、こんな」
 俯きながらよろめく様にメープルがまた半歩下がり、その足が次第に机の端へと近付いていく。このままでは転げ落ちてしまう――思わず駆け出し、メープルを助けようと飛び出したサイズを待っていたのは想いもがけない展開であった。
 メープルはサイズの肩をその手で力強く掴み、勢いよく彼を押し倒したのだ!


 世界の光景がひっくり返る。見慣れた天井を、見慣れぬメープルの表情が覆い隠す。
「メープル……?!」
「サイズのバカァ!」
 泣き笑いにも似たこの表情、この声が意味する感情はなんなのか。歓喜、悲嘆、恋慕、苦悩、混乱、そして色欲――全てが入り混じり、渦を巻いていた。
「ずるいよ、サイズ、ひどいよ、サイズ、こんな事するなんて、こんな事言うなんて!」
「ごめん、嫌だったよな……女王になるな、なんて」
「サイズが私に生きて欲しいっていう気持ちはわかってる! 嫌だなんて思わないよ、君はいっつも優しくしてくれる! こんなに綺麗なドレスだってくれた!」
 サイズの言葉にメープルは首を振る、その体に覆い被さるように倒れ込みながら首を振る。
「でも……でも! 一緒に暮らそうだなんて言われるなんて思ってなかった! わからないよサイズ、私は私がわからないの! すっごく嬉しくて、でもずっと苦しくて!」
 大粒の涙が頬を伝わり落ちる。揺れる雫の形のペンダントが淡く輝く。
「どうすればいいのかわからないの、何千年も生きてきたのにこんな感情初めてで! この感情を『故郷を救ってくれた感謝』に留めていけなきゃダメってわかるのに、履き違えちゃいけないってわかってるのに、それでも……ごめん、ごめんね、ごめんなさい」
「……メープル」
 メープルの押しとどめていた感情が溢れ出していく、ダムが決壊するかのように、一度溢れれば感情の全てを押し流さなければ止まりやしない。だから、言わせてあげよう。
「キミの事が、どうしようもなく、途方もなく。一緒に居たい、側で笑っていたい、温もりを感じたい……抱かれたい、ダメだよ、キミに恋慕の感情が二つも芽吹いているのは知ってるんだ、なのに、なのに! このドレスを着て君の声を聞いていたらわって止まらなくなっちゃって――」
 泣きじゃくるメープルの背にそっと、腕を回す。ゆっくりとその鮮やかな茶の髪と背を撫で下ろせば、くしゃくしゃになった顔でメープルが自分を見つめてくる。
「サイズ……キミは私が……」
「妖精だから仲良くしたいと思っている、そう思いたい、けど」
 自分の舌をこれほど斬り落としたいと思った事はない。サイズは内心毒を吐く。
「メープルの事は、妖精の中でも、特別に思ってるさ」
「……イジワルサイズ、呪ってやる」
 メープルの顔が自分に埋もれる、そして嗚呼、やっぱり。何かが流れ込む様な感覚と共に、微かに喉を吸われる音がした。
「これが私の気持ち、でも、私はキミを好きな人が不幸になって欲しくないの」
 気まずそうな笑みを浮かべながらメープルはそっとサイズから離れると、腕を胸元に当ててキュッと拳を握る。
「んもう、ダメだなあメープル。この気持ちは芽吹かせちゃダメだって、わかってるのに」
 朱く充血した目をこすり、涙を拭うとメープルはしばらくサイズに顔が見えない様に俯き、そして顔を向ける。
「まずはキミはキミを好きになってくれる人を幸せにしてあげて。それでもサイズが、みんなが、私がいても構わないって言ってくれるなら、私はそれを受け入れる……なんて、悲恋の呪いを帯びた鎌にいうのもなんだけど、さ」
 そしてその笑みは次第に爽やかなものに変わっていた。それは思いを吐き出してスッキリしたのか、それとももう取り返しが付かないことに対しての諦めか。
「無理だったなら、えと、そうだね……これからも友達同士、今のは妖精の悪戯って事にしよっか? ひひひ、迫真の演技だったっしょ☆」
(とても演技とは思えないよ……)
 サイズは起き上がりながら、そっと喉に手を当てる。さっきまで感じ取れたメープルの仄かに暖かかった魔力はもうどこにも見当たらなかった。
「さ、しみったれた話はここまでにしよっか! サーイズ、ドレスはこのまま着て帰っていい?」
「そうだな……さっきの見栄えに合わせて調整するから、一度脱いでくれると助かる……終わったら届けに行くさ」
 お互いなるべくいつもの様に、とてもそんな気にはなれないけど、振る舞って。
 別れの言葉を交わしながら、いつもの様に手を振るのだ。
「ばいばい、サイズ」
「……おつかれ、メープル……」
 バタンと鍛冶工房の扉が閉まり、しばらくの静寂の後サイズは近くの机に両肘を勢いよく突き頭を抱える。ああ、どうしてこうなったんだと、いつまでも自分自身へと終わることのない詰問を続けるのだった。


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