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輝かんばかりの、とある日に
登場人物一覧
「フレイムタンくん! こっち、こっちだよ!」
ぶんぶんと手を振る炎堂 焔(p3p004727)にフレイムタン(p3n000068)は小さく顔を綻ばせた。そんな表情は彼が大柄なものだから、たとえ人混みでだってすぐわかってしまう。シックなタートルネックのニット1枚で、上着も着ていないのは急いできたからだろうか?
「すまない、待たせたか」
「ボクが楽しみで早く着きすぎたんだよ! ボクこそ今日は付き合ってくれてありがとね!」
にこにこと満面の笑みを浮かべる焔に「その言葉はまだ早いだろう」と苦笑いを浮かべるフレイムタン。そう、本日の目的はまだ何一つとして果たしてないのだから。
発端は少し前に遡る。ほのおを司る者同士であり、友人である焔が1枚のチラシを持ってローレットに、そこにいたフレイムタンの元に飛び込んできたのである。
「フレイムタンくんフレイムタンくん!!」
「――どうしたんだ、一体」
その返事が遅れたのは気のせいでない。だってあまりにも彼女の勢いが強かったものだから。そして圧倒されてしまうくらいに彼女の瞳がキラキラと輝いていたものだから。
「あのね、もう少ししたらシャイネンナハトでしょ? その時期だけの限定ケーキが出るんだよ!」
見て! と差し出されたチラシはどうやら季節ものスイーツの案内らしい。色々なデザートが載っているものの、彼女が『ケーキ』というのだから食べたいものは――。
「む?」
フレイムタンは首を傾げた。それもそのはずである。
「焔。限定ケーキ、とつく物は2つあるようだが」
「そ う な ん だ よ !!」
めちゃくちゃ力強く肯定された。そうか。そうだな。
すっごく悔しそうな顔をした焔曰く、いつもは1種類だった限定ケーキが今年は2種類になっているのだと言う。甘いものは別腹とか言うけれどどこぞの異空間に繋がっているわけもなし、無理やり2つとも1人で食べてしまおうだなんて――乙女的には大変な事態なのだと。
だからね、と焔はフレイムタンを真っすぐ見た。
「ボク、考えたんだ。1人で2つは無理だけど、2人で行って少しずつ交換し合えばいいんじゃないかって! フレイムタンくん、一緒に行ってくれない?」
お願いをするように両手を合わせる焔。その姿にフレイムタンは笑みを浮かべ、勿論と頷いた。
そして本日である。シャイネンナハトという時期によって人混みはいつも以上であるが、『フレイムタンにとっては』さしたる障害でもない。
「焔、手を」
「えっ?」
「これだけ人が多いとなると流されてしまうだろう」
一瞬ぽかんと差し出された手を見た焔はそうだね、そうだよねと口早に言ってその手を握る。それはフレイムタンからすれば小さく、柔らかな手であった。
「この辺りだったか?」
「そうそう! ええっとね……あ、あそこだよ!」
指さす焔。その先には可愛らしいお店と、そこへ並ぶ女性客たちが見える。その最後尾へフレイムタンが並ぶと――非常に、良く、目立つ。
このシーズン故にカップルもいるようだが、それでもやはり女性が多いようだ。テイクアウトで買ってすぐ出る者もいれば、そのままイートインする者もいるようだが。
「食べていくんだろう?」
「うん! ……あ、でも……今更だけど、大丈夫?」
甘いものもそうだけれど、と焔はもにょもにょ語尾を小さくする。焔としてはフレイムタンと来たかったのだけれど、半ば勢いで押しきった感もある。それにこれだけ女性向けの店で彼だって居心地の悪さはあるだろう。そんなことを本当に今更ながら思ったのであった。
しかしフレイムタンは目を瞬かせ、ふっと笑う。
「今更だな」
「ボ、ボクだって思ったよ!」
「なに、問題ない。まあ多少視線は感じるが」
焔に沢山の友人がいることをフレイムタンは知っている。旅人である彼女だが、持ち前の明るさで自分を始めとした数多くの者と打ち解けてきたはずだ。……例え、たまにローレットで「焔ァ!!!」と怒声を聞いたとしても。あれもまた仲の良さなのだろうとフレイムタンは思っている。
その数多くの友人には当然、同性である者も多くいるはずで。それでも焔がフレイムタンを選んで誘ってくれたのなら応えぬわけにはいくまい。
「ほら、そろそろだぞ」
「あ、本当だ!」
見れば列のかなり前まで進んできたようで。2人の後ろにもまだまだ人は並んでいるが、それなりに回転は早そうである。ほどなくして席へ案内された2人は限定ケーキを1つずつ注文した。
「ここね、毎年お店に凝った装飾をするんだよ。しかも同じじゃないんだ」
周囲の客の迷惑にならない様、ほんの少し声量を落として告げる焔にフレイムタンは視線を巡らせる。シャイネンナハトの季節ということで星の装飾が多いようだが、これは装飾の仕入れも準備も大変だろう。
「これを毎年、か。すごいな」
「そう! それにね、装飾が変わっても手を抜いた感じがするとか、一度も思ったことがないんだよ」
などと店の装飾だったり、他のメニューについて話しているうちにウェイターがお待ちかねのケーキを運んでくる。テーブルへ置かれたそれに焔は目を輝かせた。
「わぁ、可愛い!」
「芸術だな」
焔が選んだのは1人でも食べられるようなブッシュドノエル。その名を聞けば誰もが大きなロールケーキと、その上に乗った装飾品のあれこれを思うだろうが、皿に載っているのは1カットのケーキと同量ほどの小ささにしたそれである。上には果物が盛りつけられ、リースの飾りなども載せられている。
一方のフレイムタンが選んだのはミニドーム状のショートケーキ。名前だけ聞くとシンプルだが、その表面にはまるで天の川を思わせるようなアラザンの装飾がかかっているのだ。
食べるのも惜しいようなそれらを見て楽しみ、とうとうフォークを入れる。ひと口食べた焔は蕩けるような笑みを浮かべた。
「~~っ、美味しい!」
「こっちも……思ったよりしつこい甘さじゃないんだな」
意外だ、と言うようにフレイムタンもケーキを食べる。焔はひと口分にフォークで分けると、それを刺してフレイムタンへ向けた。
「フレイムタンくん、あーん」
「あ」
差し出されるがままに食べるフレイムタン。お返しにとこれまた自然な動きで彼は「あ」と口を開いた焔へ食べさせる。ショートケーキを食べた焔はこれまた笑みを浮かべて頬を押さえた。
「ん~、幸せで溶けちゃいそう」
「溶けるな溶けるな」
ブッシュドノエルはどこかこってりとしたチョコの甘さがあり、ショートケーキはふわっと軽く甘さは控えめ。どちらも美味しく、2人は度々交換し合って2つのケーキを楽しんだ。最後に紅茶を飲んで、少しばかりゆっくりしたならば――腹ごなしにこのままどこかへ出かけてみようか?