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『真実』のゲームと夕焼け色の飴玉

登場人物一覧

セレマ オード クロウリー(p3p007790)
性別:美少年
セレマ オード クロウリーの関係者
→ イラスト
セレマ オード クロウリーの関係者
→ イラスト

●セレマの回想録

――これはひと時の思い出。
  もはやその味も舐め尽くしてしまった夕焼け色の飴玉の話だ。

       ――『性別:美少年』セレマ オード クロウリー(p3p007790)

 今回の逸話は遡る事、実に四十年も前だ。
 三十代の頃のセレマと云う人物が一介の見習い契約魔術師に過ぎなかった頃の物語。
 まだ美少年の身体も不滅の肉体も持って居ず、特異運命座標へ参入する以前の前日譚。

「ボクは幼少期には体が弱く碌に外に出られなかったのさ。そんなだったから、若き日のボクは、過ぎ去った青春を取り戻したいとずっと願っていた。今、この瞬間が、なくしていた青春を取り戻している日々なんだとはまだ気づけていない頃だったね……」
 二度とは戻らないと或る若き日を回想して、セレマは其の様に呟いて居た。
 ローレットの仲間達と円卓を囲みながら、セレマが『真実』のゲームを語り出す……。

●復讐に立ち上がるセレマ
 其の事件は或る日の長閑な昼下がりの事だった。
 セレマが秘密基地の様な旅宿のハンモックで昼寝をして居ると同居人が帰宅した。
「ううっ……。ぐすん、ぐすん……。なんで……僕がこんな目に遭うんだ……」
 玄関で号泣して居るのは仲間のワーニー(ワネギウス)である。
 ヘタレな優男であるが、こんなに泣きじゃくるのは悪友に誘拐された時以来だろう。
 唐突な展開に疑問を抱いたセレマが直ぐに駆け付けた。
「どうしたんだいワーニー? 何をそんなに泣いているのかな?」
 セレマは泣き止まないワーニーの頭を優しく撫でながら問い質した。
 ワーニーから発せられる苦痛の泣き声がセレマに鋭い緊張感を与えるからだ。
「う、うん、とね……。さっき、盛り場でね……ダンから馬鹿にされていじめられた……」
「ダン」と云う人物はセレマが通って居ると或る盛り場で人気の男性店員である。
 あろう事か今回も彼の乱暴者の名前が加害者として耳に入る事に成ろうとは。
 実はセレマ自身も盛り場でダンから幾度も下品な口調で揶揄われて業を煮やして居た。
「そうか、またダンの奴が悪事を働いているのか……。さて、どうしたものか……」
 其処へもう一人の同居人であるジュアンが帰宅すると彼女も玄関前の騒動に啞然とする。
「あら? どうしたの二人して? ……何か訳ありみたいね?」
「実はね、ワーニーが……」
 今度は怪訝な表情のジュアンが宥め役のセレマから冷静に事情を聴き取ってみる。
「あの盛り場はいつもその手の問題が絶えないのね」とジュアンは深い溜息をつく。

「こうなったら仕方がない。皆でダンに復讐しないか? ふふ、とっておきの方法があるんだ……」
 セレマは今、理性のネジが外れて人間を闇に葬ってしまいそうな程に機嫌が悪い。
 下劣な性的ネタで善良な仲間のワーニーを嘲笑う奴はもはや此の復讐しかないだろう。
「どうするのかな? 仇を取ってくれるのは嬉しいけれど、セレマは何かされない?」
 確かに、反撃も怖いが、表立って盛り場の男性店員に復讐すると名声にも傷が付く。
 ワーニーの配慮は嬉しいが、其れは杞憂に過ぎないとセレマがスマートに笑う。
「ダンをゲームに誘うのさ。復讐だと相手に悟られないように『真実』のゲームにね」
 まさかセレマが復讐の名目で仇敵相手にゲームで遊んで和解する訳はなかろう。
 にこやかなセレマの口から出た其の言葉が意味する所をジュアンは瞬時に察知した。
「なるほどね。ゲームで一緒に遊ぶふりをしてダンを陥れるってことね? いいわ、私も二人の仲間である上にダンが嫌いだし協力するわ。もちろん、イカサマのカード捌きとかで援護するわよ」
 心強い後方支援の申し出にセレマとワーニーの瞳が煌々と輝いた。
 ジュアンは何を考えて居る分からない所もあるが今回の様な場面では非常に役に立つ。
(ふうん? 面白い事になったわね。こいつがいかに使える駒かを見定める良い機会ね)
 とまあ、計算能力もプライドも高い彼女は内面で此の様な事を考えて居たそうだ。

 兎に角、野蛮な輩を相手にしてもセレマは互角以上に戦える自信がある。
 セレマにとってジュアンは「勝負事に於いて全幅の信頼を置いて良い人物」だからだ。
 そして、ワーニーとは「危うい復讐を代行するだけの価値がある人物」であるのだ。

●『真実』のゲームで勝負!
 カードゲーム『真実』(普及版)より、以下のルール重要事項を引用する。

***

『真実』は魔法のカードを使用する会話形式のゲームである。
『真実』のカードは製作者次第でタイプは違うが、何れも以下の共通点を持って居る。

・タロットに似た25枚のカード束で構成されて居る。
・『真実こそが素晴らしい』という合言葉で魔法が起動する。
・参加PL、敗北PL、勝利PL、そしてゲームの決着を判別する。
・『語り手』の語る『真実』に交じった虚偽を看破すると『聞き手』が勝利する。
・『真実』が『聞き手』の誰かを驚かせれば『語り手』が勝利する。

***

「……というのが、『真実』のゲームさ。『語り手』は山札を1枚引くたびに金貨を1枚場に支払う。敗北すれば追加で1枚支払う。そして勝った奴が総取りする。……というルールでね。どうかなダン? 盛り上がるだろう? 面白そうだろう?」
 セレマは盛り場で休憩中のダンを捕まえて円卓に着席させるとゲームへと誘う。
 美丈夫で快活な盛り上げ上手であるが、自意識過剰で傲岸不遜な大男が爆笑した。
「わはは! 面白いゲームじゃねぇか? 俺にもやらせろよ? 儲けるぞ!」
 円卓を囲むのはセレマとダン、さらにワーニーとジュアンの計四名である。
(ふん、ダンめ! そうやって馬鹿笑いしていられるのは今のうちだけだよ?)
 セレマは心底が怒りで沸騰しそうな勢いだが表面では冷静を取り繕って居た。
 第三者のマスターが順番を決める為のダイスを取り出すと観客は固唾を呑んで見守る。
 卓上で百面ダイスが煌びやかに転がるとジュアンの出番から始まった。
「あら? 最初は私からね? さて、私が引くカードは……」
 ジュアンが『魔術』のカードを引き当てると彼女は十八番の「契約魔術」を語り出した。
 彼女の老獪な語り口の前でプレイヤーの他三名がじっくりと耳を澄ます。
(流石にこの話ならダンは手も足も出ないはず。まず、私自身の脱落から狙うわ)
 しかも実際に今回のゲームセッションは見事にジュアンだけが脱落する結果と成る。
「あらら。私の負けかしら、これは……。ごめん、私はここまでね……」
 転がしたダイス、引き当てたカード、決定された勝利と敗北……。
 正に「イカサマが得意なギャンブラー」のジュアンが仕組んだセッションである。
(次はワーニーが負ける予定ね。終わったら掛け金の大半は報酬で貰うわよ、セレマ?)

●『真実』のゲームの結末
 カードゲーム『真実』(「虚偽」カード編)より、以下のルール重要事項を引用する。

***

「00.虚偽」が選ばれた場合のみ、ゲームのルールが若干変更される。

・『語り手』はどの様な内容でも構わないので『真実』を語る。
・但し、其の内容に虚偽を交えなければ、此のカードは持ち札に成らない。
・『聞き手』は質問や感想を述べる時、『真実』の何処に嘘偽りがあったかを指摘して良い。
・指摘が適切であった場合、『語り手』は敗北する。
・指摘が不適切であった場合、指摘した『聞き手』は敗北する。

***

 其の後、『真実』のゲームはとんとん拍子で進行して最後は一騎打ちと成る。
「ふぅ、どうやら僕の負けのようだね。あとは任せるよ、セレマ?」
 ワーニーが惜しい所でダンに敗れ去った為、ゲームから撤退する。
 もっとも、最後の宿敵同士の一騎打ちこそがジュアンが仕掛けた「イカサマ」なのだ。

 ゲームも最終局面と成ると場には金貨の山がたんまりと有る。
 勝負の行く末にギャラリーが騒めき、方々から欲望の眼差しがぎらついて居た。
 マスターも両目を閉じて無心で百面ダイスを転がした。
「ふむ。ダイスの結果ではボクの番だね。では、ボクがカードを引くよ?」
 セレマが無造作に引き当てたのは『虚偽』のカードである。
 そして此の「無造作に引き当てたカード」はジュアンからの最後のトリックである。
「ほお? 今度はセレマの話からか? よっしゃあ、掛かって来い! 倒してやる!」
 ダンは既に圧勝した気で居る様であるせいか乗り気でほくそ笑んで居た。
 もっとも、今迄のダンの無敗がジュアンに仕組まれた事実を知る由もない。

「……別の町で仕事をしていた時の話だ。偶さか関わった情婦を助けてやったことがある。彼女は亜麻色の髪と青い瞳をしていた。『天義』のシンボルを大事そうに抱える妙な情婦だったよ。見た目はともかく、情婦にしてはやや老いており潔癖な節があった……」
 セレマが紡ぎ始める其の「虚偽」の語りは存外にも「情婦」に関する物語であった。
 さて一体、此の「情報」の何が「虚偽」の物語なのであろうか……。

「……なぜ情婦をしているかと聞かれれば、それは遠い地で勉学に励む息子の為に学費を稼いでいたからだそうだ。
 彼女の下へ定期的に送られて来る息子の手紙には、自身が学院の首席であるとかどうとかの成果が記されていた。ただ、彼は、より良い学科に進むためには金が必要なのだと。
 研修生として成果を残すことができれば、大手を振って母さんを迎えにいけるだとか。手紙には殺し文句のようにいつもそう書いてあったそうだ……」
 ポーカーフェイスで淡々と「真実」を語るセレマの話題の何処に「虚偽」が在るのか。
 周囲のギャラリーは神妙な顔つきでセレマの談義を黙って聞いて居たが……。

 ――…………。

 唯独り、ダンだけが苦虫を嚙み潰した様な表情に成って無言で俯くのだった。

「……ついでだからボクは小金を稼ぐことにした。働き手を選ばないようなそういう『特別な店』を知っていてね。ああ、俗には『交際クラブ』って言うのかな、そういうビジネスは。で、そこを紹介した。
 でも、怯えさせてしまうと悪いから内容は伏せてやったんだ。いいことをしてやったと思う。ボクも紹介料に金貨を何枚かもらえた。あとでまた尋ねに行ったらロザ……いや、彼女もそこでの仕事を堪能しているようだった……」
 セレマは淡々とする口調から眼を鋭利に輝かせながら愉しそうな声調で語り紡ぐ。
 しかも、「獲物」である冷や汗を流して居るダンを横眼で眺めながら。

「最近もらった手紙には感謝の旨と、見受けの相手が見つかった旨が記されていたよ。いやあ、本当にいいことを――」
 したね、と言い切ろうとするセレマの愉快な語り口に突き刺す様な視線が飛び交う。
 蒼褪めた表情をして無言で俯いて居たはずのダンが止めに掛かった。

――……おい!

「どうしたんだい怖い目をして? ……おっと、カードはキミの敗北を示しているようだけど?」
「真実」を仄めかすセレマは「虚偽」を語り終えると仕留めた獲物に微笑み掛けた。
 ダンが睨みながら牽制して居る理由はセレマの方こそ熟知して居るはずであるが……。

――その……! その女の、女性の、名、名前は!

「ゲームはボクの勝ちだ」
 今にも怒号を爆発させそうなダンを相手にセレマが飄々とゲームの勝利宣言をする。
 もっとも、激情して居るダンにとって勝敗の行く末はもはや関心事ではなく……。

――答えろよぉ!

 怒涛の勢いで絶叫するダンは正に今からでもセレマを殴り倒し兼ねない。
 それでも「答えろ」と問われるのならばセレマは嫌嫌な表情を偽って回答した。

「……ロザリーと、そう言っていた気がするね。そんなに年老いた売女のことが気になるかい? なんだったらキミに貸してやるように掛け合ってあげようか? 具合は悪くないと聞いていたよ。素質があったんだろうね……」
 セレマが「真実」の全てを告白するとダンはもはや正気では居られない様だ。
 怒りで加熱したダンはセレマの胸倉を掴んで拳を振り翳した。

――う、うそ、嘘をぉ! 嘘をつくなぁ!!

 まあ、此処から先に何が起きたかは、お察し頂ければ幸いである。
 後日、以下の様にセレマは回想しながら当時の結末を語る。
「最低限でも身を守るように試みたけど……。痛いもんは痛いよね、やっぱ。
 ちなみに店員の親子関係を探ったのは『真実』だよ。いかがわしい店を紹介したのは『虚偽』だね。わざわざそんな面倒くさいことはしないさ」
 なお当時のセレマは現在の様に不屈に立ち上がるバトルスタイルではなかった。
 要するに、複雑骨折で出血多量に陥って全治一か月程度の重症だったそうだ。

●後日談
 後日、問題と成る騒動を起こしたダンは盛り場から解雇されて街を出て行った。
 セレマはゲームを利用して宿敵に復讐した事でワーニーを見事に救えたのだ。

「あの時は、本当にありがとうセレマ。あのゲームでセレマがダンを追い詰めていくところを観ていたら胸がすく思いだったよ。でも、本当にごめんね。こんなに大怪我させてしまって……」
 ワーニーは先日を振り返りながら親友とも呼べるセレマに厚い礼を述べる。
 一方のセレマは外科病棟にて満身創痍で包帯に巻かれながらベッドに居る。

「そうね。皆が嫌いなダンをゲームで倒すあの戦いはとても面白かったわね。でも、あんなに回りくどいやり方をしなくても復讐ぐらいできたと思うわよ? 何もこんなにまでぼろぼろにされなくてもやりようは幾らでもあったでしょう?」
 かく云うジュアンも当時は大変に調子良くイカサマを連発して大金を儲けて居た。
 しかし、彼女も疑問を述べる様に、なぜセレマは此のやり方で挑んだのであろうか。

「確かに、仲間の二人を心配させてまでやる復讐だったかな、という言い分もわかるよ?
 でもね、ボクは不器用なんだよ。キミから『優しさは弱みだ』と教えられたかつての教訓が頭からなかなか離れないから……ああいうやり方だったのかな?」
 どうやら今回の復讐はワーニーの一件から始まったが、発想はジュアンを経由して居た。
 師匠のジュアンから訓練でそう諭されたセレマは優しさを表現する事が下手なのだ。
 回りに回って、セレマは慕う者達に文句を言いながら世話を焼くドツンデレなのだろう。

――あの頃は本当に楽しかったね。もしかしたら、あの馬鹿騒ぎした復讐劇すらも「青春」だったのだろうか……?

 以上の回想録がセレマ、ワーニー、ジュアンの青春の断片を切り取った物語である。
 当時を追憶しながらもセレマは一抹の寂しさを覚えてそう呟く。
 思えば、其の頃がセレマの半生にとって最も輝かしい瞬間だったのかもしれない。

 後日、ワーニーは鴉を愛するあまり鴉へと変貌した偏執狂の鴉塔館長・ワネギウスと成る。
 ジュアンは美に対して深い羨望を抱く聾唖の魔女である無聲の妖婆・ジュアンと成る。
 親しき間柄の仲間達が怪物に成り果て様とは、当時の三人には与り知らぬのであった。

 了

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