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君がくれた黎明
登場人物一覧
――どんな壁が阻もうとも。俺/私の隣に居るのは、君/あなたが良い。
●満ちる夜
年越しは一緒に居たい、なんて初心なカップルじゃないんだから。実際はそうでもないような気もするのだが、口に出すのは憚られるというもの。
手を繋ぐ時だって手汗を気にしてしまうし、口付けならばもっとだ。
成人済み、大人ではあるものの些か少年少女とも言えそうな恋と愛を育んでいる彼ら。周りから見ればじれったかったり冷や冷やしたりする場面もあったのだけれど、幾多の困難を、戦いを乗り越えることでその絆は一層強く、固くなっている。
命の意味を、生きている理由を問うクロバにとって、新たな年を迎えるということはまた新しく年を重ね、進んでいくべき理由も、重みも増えるというもので。
彼に寄り添うシフォリィも、また立ち上がらんと、進まねばならないと決意を新たに、新年を迎える。
故に。
「……なぁ、シフォリィ」
「はい、クロバさん」
「今年の年越しは……その」
『はい』と笑って頷くシフォリィ。きっと言いたいことはわかっているのだろうけれど、クロバ自身の口から言わせたいのだろう、続きを促すように嬉しそうに微笑むだけだった。
「…………わかっているんだろう?」
「ふふ、どうでしょう? ちゃんと教えてくれないと私、予定入れちゃうかもしれません」
くるりと背を向けて。小さく肩を震わせながら答える彼女はきっと己を馬鹿にしているに違いない。
クロバはシフォリィの背中に覆いかぶさるように、彼女の小さな体を抱きしめると、振り絞るように囁いた。
「…………年越しは。君と居たいんだけど、駄目かな」
「ふふ」
シフォリィも、また。クロバが腰に回した手に手を重ね、空いた手でクロバの頬を撫でながら。
「私も。一緒に居たいです。クロバさんと、一緒に」
「……ああ」
こつん、と額を重ね合わせる。混じりあう銀と黒。腕の中にある温もりがたまらなく愛おしいと思った。勿論、口には出せないけれど。
そうして、大晦日を迎え。
「なぁ、シフォリィ。雑煮って知ってるか?」
「ぞうに、ですか?」
「ああ。年を越したら食べる食べ物で……ああでも、おせちもそうだな。まぁ、ええと。俺の元居た世界にはそういうものがあってね」
「へぇ……まだ時間もありますから、二人でそれをつくりませんか?」
「ああ、俺はいいけど……君はいいのか?」
「どうして、ですか?」
青い空のような澄んだ瞳が、驚きから大きく見開かれる。クロバは苦笑を交えながらも、それに応えて。
「……ああ、いや。君の口に合う自信がなくてな」
「そんなことを気にしていたんですか?」
くすくすと笑うシフォリィに対してクロバはやや不満げな様子。彼の頭の中で回り続けるのは『まずかったら』とか『レシピを覚えているだろうか』だとか、シフォリィにとっては些細なことであった。
「もし私の口に合わなかったとしても、合うようにアレンジを加えていていけばいいだけですし。それに、」
「それに?」
「……エプロンどこにありましたっけ!」
「あっ、ちょ、おい!!」
キッチンから逃げるように飛び出していったシフォリィにやれやれと肩を竦めたクロバ。
自身も赤いエプロンを身に着けながら、ぼんやりと天井の灯りを眺める。クロバの構えた深緑内の小さな家。シフォリィが訪れるのは何回目だろうかと考えながら。
練達には同じような世界から来た旅人も珍しくはないのか、かつての我が家を思い出すような空間。そんな中の
ただ、ひとつ違うのは。
(……俺は随分と、彼女に救われているのかもしれないな)
嘗ての非日常は時間を共にするにつれて、軈て日常に。当たり前のぬくもりの有難さが今になって身に染みる。
なら、せめて。この日々が特別で、大切なひとときだったと。いつか朽ちて、離れて、消えてしまうとしても、忘れてしまうとしても。色褪せないように。胸を張って、輝いていたといえるように。
(俺は、今を。一瞬を、大切に過ごそう)
ぱたぱたとスリッパを鳴らす音が聞こえる。文化の違いか土足で入ろうとした彼女のために用意したスリッパだ。
きっとこの瞬間が再び訪れたとしても、同じようにはなるまい。だからこそ、一生懸命に今を生きるのだと。
クロバはシフォリィが戻ってくるのを待つ間でさえ、愛おしさからか笑みを浮かべながら、彼女が戻ってくるのを待った。
●夜明けを共に
おせちの準備もよし、お雑煮の仕込みもよし。
『ここまで俺の世界の文化に倣うなら年越しは年越しそばだろう?』とあたかも当然のように語ってきたクロバ。
こたつに足を突っ込み、お箸を使いながらもぐもぐずるずるとそばを啜る。クロバはもう食べ終わったようで、領民から貰ったのだというみかんを三つほど剥いて胃の中へ収めていた。
(流石男の人と言いますか。食べる量も速さも違いますけど、まだ食べるんですね)
ちゅるちゅると一生懸命そばを啜り、頬いっぱいになるまでそばを詰め込んでいたシフォリィは、クロバにじーっと視線を向ける。ぼんやりとみかんを剥いては食べ剥いては食べを繰り返していたクロバも、熱い視線を向けられてはたまらない。
『ん?』と笑みを浮かべつつ小首をかしげれば、『なんでもないれふ!』と可愛らしい返事と共に空っぽになった皿を向けられる。
「ああ、食べ終わったんだな。それじゃあ……月見酒にしようか。皿洗いはまた後でいいかな、水にだけ浸しておこうか」
「はい! ええと、お猪口って前の場所と変わっていませんか?」
「ああ。でも今日は盃にしようかな。朱色……赤くてつやつやしてるのがあったと思う、確かそっちの棚に」
「わかりました……えーと、ここでしょうか。あ、ありました!」
「よかった、勘違いじゃなかったな。酒は俺が持っていくよ。先に座っていてくれ」
頷き。シフォリィは障子をあけ、小さな縁側に腰を下ろす。満月は昨日、30日だったようで、今日は十六夜という形の月だ。
「お。ほぼ満月だな」
「クロバさん」
続いてやってきたのはクロバ。小ぶりな一升瓶を漆塗りに朱の縁取りの半月盆にのせやってきた。
「来年はどんな年になるでしょうか」
「さぁ。ただ、色々な戦いも、出逢いも。溢れているだろうな」
「ですね。だって私達、ローレットの
チクタク、時計の秒針だって、二人の安らぎのひとときばかりは急かせまい。朱の盃に十六夜の月を落とし、月見で一杯。満ちていく酒を二人で分かち合う。
「……はぁ。たまには飲むのも悪くないかな」
「ふふ、ですね。これ、おいしいお酒です」
「俺も初めて飲んだけど、なかなか美味いな。また買ってくるよ」
「買いに行くときは私も連れて行ってくださいね?」
「はは、じゃあ予定は二人で決めようか」
優しい風が頬を撫でる。けれど、凍てついた冬の息吹にシフォリィは身体を震わせる。
「おっと。折角持ってきたのに、忘れるところだった」
赤のブランケットをシフォリイの肩にかけ、ぐいっと抱き寄せる。シフォリィは俯いて、盃に口をつける。
「……こぼれちゃいます」
「はは、悪かったよ」
けれど。隣にあるこの温もりだけは誰にも譲れないし、手放すつもりもない。君/あなたこそが、俺/私の 月の半分/生きる理由 だから。
「シフォリィ……――」
「!! ……はいっ、私も――」