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Vorpal Bunny's birthday.
登場人物一覧
- 赤羽・大地の関係者
→ イラスト
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それは、本当に偶然だった。
「オーダーはこれで完了カ」
赤羽・大地 (p3p004151)は周囲を見渡し、生存者がいないことを確認する。いいや、元々生存者なんていなかったのだけれど。
ネクロマンサーの力を喰らったゾンビたちの掃討依頼。多少骨は折れたものの、ゾンビたちは1人残らずチリとなった。
(俺も出よう)
依頼を共にしたイレギュラーズたちは皆、外の新鮮な空気を吸っている。すぐ近くが墓地なのでこの建物内よりはまだマシという程度だろうが。
その時、大地が手をついた壁が不意になくなった。正確に言えば、大地の力に逆らわず押し込まれたのだ。
「は?」
壁を見る大地。石のブロックひとつが押し込まれたその先には、どうやら先の部屋があるようだ。
(外の皆を呼んだ方が良い)
大地はすぐさま判断し、そこがそれ以上の動きをしないと見るや否や外へ向かって駆け出す。1人ではあまりに危険だ。
見知らぬ仕組みの情報をもたらされた仲間たちも驚き、大地に続いて再び建物へ入る。扉からの換気もそこそこに、例の壁が窪んだ場所へ向かうと変わらない姿があった。
「これダ」
よくよく見てみれば、この周囲にある石ブロックも同じように押し込めそうである。イレギュラーズたちは頷きあうと、それらをゆっくり押した。仕掛け扉だったらしいそこは音を立てて人1人分の通路を開け――。
「……小部屋?」
誰かが拍子抜けした声を出す。いや、声を出さなくも気持ちは同じだろう。
ずっと開かれることがなかったのか、空気は埃っぽい。しかしそれだけだ。この建物のように腐臭が満ちているわけでもなく、小綺麗に整頓されている。ただ、中に入ると一角だけ黒ずんでいる場所はあった。
「血だな」
調べた1人がそう判断する。しかもこの痕はそれなりに古そうだ。おそらくこの部屋に誰かが入った最後の日、それよりも前だろう。
「ネクロマンサーが使っていた部屋……?」
「隠すなら実験室の方なんじゃ」
推測を口にしながらイレギュラーズたちは小部屋の捜索を開始する。オーダーはクリアしているが、なるべく情報を持ち帰りたいと言うのが皆の共通見解である。
その中で大地はデスクのあたりを調べていた。ペンと何も書かれていない羊皮紙数枚。辞書や混沌生物の辞典。やはりここにいたネクロマンサーの私室なのだろうか?
けれど引き出しを開けた時、大地は驚くことになる。
「この、名前は」
伸ばす手が震える。触れた瞬間、首の傷が疼いた気がした。
『ミミの日記』
ミミ、と。自らをそう呼ぶ者を大地は1人だけ知っている。三船大地と赤羽をひとつの存在へ至らしめた元凶。赤羽・大地となった始まりの者であり、この手で殺めた首狩り兎『Vorpal Bunny』。
まだあるのだろうかと探した赤羽は合計5冊ものノートを見つけることになる。最初の方は大地にとって懐かしい元世界のノートブック。しかしこちらでは入手できなかったのだろう、羊皮紙を紐で束ねたものもある。
それらを抱えた大地は、仲間たちにこれは自分が持ち帰ると告げた。元の世界という縁があるのだと言えば誰も反対などしない。この調査自体が既に依頼外なのだから、ローレットから言及されることもないだろう。
こうして大地は、5冊のノートブックを持って帰路に着いたのだった。
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ランプの火が小さく揺らめいている。これを見ると、多少はこちらに馴染んだのかな、なんて思ったりもする。
あちらの世界じゃ、ランプなんて使ったのは理科の実験くらいではないだろうか。世界には電気があって、それが灯りになり、エネルギーになっていたのだから。
大地は1冊目と思しき古いノートブックを捲る。そこには辿々しい字で、確かに日記が綴られていた。
××××ねん10がつ26にち
もうすぐはろういんがくる。かざりをつくつた!
この頃は漢字も書けなくて、小文字も大きくなってしまうような時期だったのだろう。大地はそんなことに気づいて小さく笑う反面、小さな疑問を抱いた。
(この日記の持ち主は本当に首狩り兎なのか?)
綴られた日々はあまりにも平凡で、一般人らしい一般人。嬉しいこともムカついたことも書いてあって、年齢か上がればおませなことも書いてあったり。
××××年12月29日
今日は誕生日なのに、誰も家にいない。忙しいのはわかってるけど寂しい。
でもこんなこと言っちゃだめだよ。ここだけのナイショだよ。
日記なんて自分以外が見るわけでもないだろうに、言い聞かせるような文面もあった。文字の雰囲気からして女性だろう。毎日欠かさず書いていた彼女の几帳面さが窺えた。
「だが、なんでこんな日記があそこにあったんダ……?」
赤羽は疑問を抱くと同時に怪しんだ。少なくともあの場所にあった時点で日記の持ち主は只者ではない。
大地は元から本の虫であり、字を追うことに苦痛はない。故に読みやすい文字になれば読むスピードも上がると言うもので、3冊目あたりから格段にページをめくる感覚が短くなった。そこには特筆するほどでもない文章ばかりだった、と言うのもあるが。
クラス替え。友達との話。勉強がだるい。試験がもうすぐ。誰それが付き合った。今時のアクセサリー。女子はこんなことを書くのか、なんて思いながら読んでいた大地は、次のページで視線を止めた。
××××年9月4日
病院にいる。事件に巻き込まれたらしい。無差別殺人事件。
腕を切られたくらいだったけど、記憶が曖昧。お医者さんはショックのせいだろうって言っていた。
ただ、殺された人の転がった首が印象に残っている。
その前の日付は数日分飛ばされている。ここまで体調不良でもない限り毎日書いていた彼女だから、書かれなかった初めの日に事件へ巻き込まれたのだろう。
「……ん? ここ、何か……」
日記の文字を指でなぞっていた大地は何かを消した痕に気づく。最後の文章のあとだ。自分しか見ないだろうにと思ったが、これを書いているのが病院ならば不特定多数に見られる可能性もあるだろう。そんなに見られたらまずいことが書かれていたのだろうか。
「き……れ、い。綺麗だった?」
指の下に感じる凹凸は、確かにそう示している。首が、綺麗に感じたのだと。
そこからの彼女は少しずつ赤羽と大地の知る首狩り兎『Vorpal Bunny』に変わっているようだった。
××××年9月28日
いつも通りに過ごしていても、思い出しちゃう。事件の時に死んだ人の首が、転がって目の前で止まったんだ。
××××年10月12日
夢を見た。わたしがあの時の殺人鬼になっている夢。楽しそうだった。
××××年11月5日
誰かが囁いているような気がする。ミミもやっちゃいなよって。
その言葉になってしまいそうでこわい。
「まだ、正気を保っていたのカ」
「でも……俺たちが会った時には……」
赤羽が。大地が。それぞれが彼女に想いを馳せる。少しずつ彼女は壊れてしまったのだろう。もしこうなる前に出会っていたのなら、その事件が起こる前に何かを変えられていたら――事件にあった彼女へ何らかのアクションをとっていたのなら。彼女が殺人鬼と化すこともなかったのだろうか。
(けれど……そうなっていたら、俺と赤羽は出会うことが無かった)
日記は既に4冊目。何度も繰り返された彼女の誕生日。
××××年12月29日
今日も家にはミミだけ。けれど知らないおじさんが刃物を振り回して来たから、あの時みたいにしてあげた。
どうしよう。楽しい。たのしい。たのしいのねえどうしようとってもたのしかった!!
これが誕生日プレゼントならすごく嬉しいなあ。ハッピーバースデー、ミミ!
……それは、首狩り兎『Vorpal Bunny』の誕生日。この後はきっと凄惨な日常を語った日記になるのだろう。大地は小さくため息をついて、その日記を閉じた。読むにしてもまた日を改めよう。
(こいつがいなければ……人生をまるっと狂わされることもなかったんだよな……)
彼女の過去を知っても、許す気になどなれようもない。それは今後どのような情報がもたらされたとて変わらないだろう。命を落としかけたのだから。
それでも、まあ――平々凡々な少女だった頃を想って、祝うくらいはしてやろうか。
「……誕生日おめでとう」
言葉が落ちると共に、デスクへ日記が置かれる。ジジ、と小さく揺れていたランプの火が消えると安寧の暗闇が周囲を満たした。