SS詳細
白兎の秘宝を見上げて
登場人物一覧
●古き王国の伝説
――白子を人の手で殺めてはならぬ。天命によりその魂を神に返す時、王国は初めて厄災を免れる。
ラサの砂漠に存在していたという古き王国。
その都である日、神より賜ったはずの褐色の肌を持たぬ白子の娘が見つかったという。
王は宮廷占い師の言葉に従い、娘を都より遠く離れた杜に住まわせた。
病に倒れることなきよう、秘密の使いを送り、次第にそれは王を惑乱させて――秘密の杜は豪奢な贈り物で満たされていったという話だ。
しかして、やがて国は滅び、杜の場所を知る者はいなくなったという――
「そんな伝説に関係する古文書を手に入れたのが始まりだ。
”白ウサギ”ちゃんの伝説が噂される王様の治世の書。読み解けば当時の隊商が使用した通商ルートとそのルートを通る理由が記されている」
「そこから導き出した当然”枯れた為に”通行不能となったオアシスの存在に、現在使われている『大砂漠交易地図』を照らし合わせたってわけね。
砂漠に響く音楽――『キャラバンの日報』に記された情報を分析し読み取って、件のオアシスの方向と線で結べば――”通用口”の位置が朧気ながら見えてきたわけね」
フードを深く被る『観光客』アト・サイン(p3p001394)と並び立つ『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)。
二人はそうした手がかりから伝説の王国の、隠匿された杜を目指してラサの砂漠を進む。
アトが名付けた”白ウサギの湖(オアシス)”に程近い村まではキャラバンに加わる。
しっかりと調べ上げたこともあり安全性は保障されているようなものだ。
向かう荷馬車の中、日誌に文字を刻みつけるアトはふと思う。
司書が話したこと。
白兎に与えられた唯一の娯楽が音楽だったのかもしれないと。
想像できるのは古い単調な曲を流す魔法人形。それが彼女(白兎)に許された唯一の娯楽、許されたものだっただろうか。
王はなぜ音楽だけを許可したのか――想像は及ばなかった。
白兎の湖に程近い村へと辿り着き翌日、すぐに二人はアタックを開始する。
炎天下の砂漠を避け夜間無限に広がる砂漠の移動と探索を始めた。
「これは――」
幾日か。イーリンが何かに気づいた。薄い魔力に反応しイーリンの髪が変質したからだ。
それは白兎の湖への手がかり。日中でのアタックを敢行するかアトに尋ねれば、
「やるぞ」
と即断する。
日中のアタックは炎天と炎砂の地獄釜だ。流れ落ちる汗と消えて行く水分に不安と焦燥が加速される。
しかし、二人の努力は結実する。八度目の探索、そしてやり直しをアトが提案しようとしたとき、司書がそれを制止した。
耳を澄ました二人に聞こえてきた調和を持った原始的な音楽。音は足下の砂の下からだ。
急いで掘り起こせば、そこには古代文字の刻まれた石扉が現れた。
二人は感動を感じると同時に干からび始めた身体に水分を補給するため、急ぎテントへと戻っていった。
古き伝説の王国――その隠匿された涜聖の杜は確かに存在していたのだ。
●涜聖の杜
石扉のパズルを開き、杜の内部へと侵入した二人。
閉じられた扉と灯る明かり。完全稼働する遺跡に感動すら覚えながら、しかし周囲を警戒しゆっくりと歩みを進める。
そして現れた一体の自動陶器人形。黄金の装飾を施されたそれが、恭しく頭を下げる。
人形は白兎に備える宝物を求めていた。状況を察する二人は革袋を人形へと差し出した。
歩き出す人形の後を追う。
「アト――通路のチェックお願い。隠し通路があるかもしれない」
「任された」
そうしてアトは隠し通路を見つけ出す。だが同時に――この杜の罠に気づいた。
秘密の杜。そこに現れた使者を生かして返す理由はない。
結論づけられた思考は加速し声を上げさせる。
「走るよ、司書! その道は、途切れてるんじゃない!
……下に続いてるんだ!!」
禁域へと足を踏み入れれば、生者を排斥しようと自動人形達が動き出す。
「どんどん数が増えてる……!」
「兎に角走るんだ!」
人形は白兎への従者であり、そして贈り物でもあるのだ。
自動人形自体、戦えば倒せるものかもしれない。しかし、数が多すぎる。一度負傷してしまえば、そこに待っているのは死だ。
「どちらかが足止めなんていうのも、アリかな?」
命に対してドライな面を持つアトだ、ここで共倒れをするくらいならばと口を突いてでた言葉だったが、ロジックで物を考えるイーリンが即座に否定する。
「それをするのは”今”じゃないわ! バカなこと言う前に足を動かして走るのよ!」
それもそうかと、笑ったアトは速度を上げて走り出した。
そうしていくつかの通路を走り、角を曲がり自動人形を振り切ったと思われたその先で、二人は思いもがけない巨大な空洞に辿り着いた。
「すごい、地下にこんな空洞があるなんて」
「見て司書、石橋だ。
下は……大量の砂の海だ」
「魔力的な罠もなさそうね……見た感じ罠もなさそうだけれど」
「何があるかわからない。慎重に進もう」
二人は石橋の強度を確かめながらゆっくりと進んでいく。やや心配になる強度だが、これなら渡りきることはできるだろう。
そう考えて歩みを進めたその時――
「う、嘘――!?」
巨大な砂柱を上げて、石橋の下から現れたのは特大のサンドワームだ。
ここは遺跡のゴミ捨て場。
長い年月で成長したであろう巨大なサンドワームが久方ぶりの獲物を前にその巨大な口腔を広げた。
「くっ、急げ――!」
石橋の半ばから二人が走り出したと同時、サンドワームが二人に食らい付く。
飛び避けてその一撃を回避するも、石橋はその一撃に耐えきれない。
音を立てて崩落する石橋。
「あっ――!?」
イーリンの足下が崩れていき落下を始める。伸ばした手が虚空を彷徨う。
「司書――!」
咄嗟にロープを伸ばしてイーリンを繋ぎ止めるアト。崩落した石橋と頼りないロープ。ぶら下がるイーリンと、必死にロープを引き留めるアト。
(どうする? 引き上げている時間はない。ワームの奴もすぐにもう一度来るだろう――)
思考を巡らせ打開策を検討するアトに、真下の砂の川を見つめていたイーリンがぼそりと呟いた。
「砂の海、泳げるかしら?」
「ここがもしゴミ捨て場なら――溜めるだけじゃない、どこかに排出口もあるはず――」
二人は頷き合うとロープを握った手を離し自ら落下していく。
ワームの耕した砂は柔らかく、二人を受け止める。
「砂を浴びるんだ! 匂いを消せばそう見つからないはずだ」
「オーケー」
二人は全身に砂を浴びるとサンドワームから気配を消して、排出口(ダストシュート)を探す。
「あったわ。どこヘ続いてるかわからないけれどね」
「ここまで来たんだ。行けるとこまで行ってみようじゃないか」
今一度頷きあって、二人はダストシュートへ飛び込んだ。
●白兎の真実
ダストシュートを降りて、辿り着いたフロアからいくつかの通路を遡り、そうして二人はその場所に辿り着いた。
「これは――麦ね……魔力の薄明かりで育っているんだわ」
「生活していた痕跡がいくつも残っているな……ここで暮らしていたものが居たんだ」
「見て、もう一つ部屋があるわ」
二人は意を決してその扉を開く。
甘い花の香りが鼻孔を突く。
開いた扉の先。
その部屋は一面の花畑だった。
二人はゆっくりと部屋の中央へと足を踏み入れる。
「そう、君はここで――」
アトが目を細め、中央に残るそれを見る。
「最後まで一人で……寂しかったでしょうね」
花畑に囲まれて、白兎と思われる女性の白骨死体が二人に憐憫の情を湧かせた。
二人は周囲を見渡し、何か遺品がないかと探索する。
王から贈られたであろう様々な贈り物の数々の中、見つけたパピルスの手紙が、事の真相を記し残していた。
――白兎。
それは王が恋した美しき民の娘の間に生まれた庶子であった。
王は白兎を都で人目に触れぬように育てたという。
閉ざされた世界で育った白兎はしかし、外界との繋がりを本能的に求めたのだろう。
人目に触れぬ夜更けの僅かな時間。
静かな外出のみが彼女の求めた外界との接点。
そんなある日、彼女は歌を唄った。
そこに理由はない。
ただ沸き立つ想いが、喉を震わせ歌として発現しただけだ。
歌いたくて、仕方がなかったのだ。
それが人目を集めることで巡邏の警吏に聞かれたとしても――
「そうして民を欺き、自分の娘を犠牲にした王は悔やみ、せめてもの罪滅ぼしとしてこの杜に贈り物を次々に贈ったのね」
パピルスの手紙を読み終えてイーリンがそう言葉を零す。
白兎を思えば、やるせなさを感じる真相に二人が言葉を止めた。瞬間、部屋の明かりが落ちる。
「これは――」
天井を見上げたアトがほうと息を漏らした。続いてイーリンも天井を見上げて気づく。
――ああ、そうか。
この部屋が、外界を禁じられた娘への最大の罪滅ぼし、最大の贈り物――
天井(そら)には宝石で作られた満天の星空。
どこからともなく聞こえる音色は、自動人形達の奏でる交響曲。
外界との繋がりを求め、外へ出たいと願った彼女の願いを叶えるには至らない、それはささやかなものでああるが――持ち帰るには手に余る大きすぎる宝物だ。
二人は花畑に腰を下ろして、夜空を見上げる。
古き王国、伝説の杜はここに存在し、確かに彼女が生きていた証明を成した。
白兎が外へ出たいと願い続けたのであれば――
「物語くらいは、持ち帰っても許されるでしょう。この子が望んだ世界に連れて行くわ」
手に入れた宝物(物語)を誇るようにイーリンが笑う。
釣られて口の端を吊り上げたアトが同意するように頷いた。
「そうだねえ、陳腐だが。僕たちの冒険こそが最大の宝物、か」
造り物の夜空は、いつまでも輝き煌めいていた。
二人が紡いだ一つの冒険はこうして幕を引いたのだった。