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精霊剣のアトリエ
登場人物一覧
●邂逅
この物語はまだ精霊種が世の中に広く認識される前の時代にあった出来事。
剣の精霊を自称するヴェルグリーズ(p3p008566)が語る在りし日の逸話。
「さて、暗い野道も続くけれど、ミスリルタウンまではあとちょっとかな?」
実用剣を腰元に携えているヴェルグリーズが軽快な武装で山道を横断している。
彼がランタンを翳して仄暗い夜道を煌々と照らしながら行軍していたその時……。
「きゃあああ! 助けて!!」
「えっ、悲鳴!? な、何が起きている!?」
岩場の曲がり角を急速に駆け抜けると若い女性が獰猛な魔狼に包囲されていた。
事情は分かり兼ねるが、放置すれば女性は魔狼共の鋭利な牙の餌食となる事だろう。
「行くよ、魔物共! キミ達がその子を食べるのであれば……その運命、断ち切ってやる!」
ヴェルグリーズは、魔狼数体を相手にする状況の為、咄嗟の判断で奇襲に出た。
抜刀した実用剣に「別れの属性」を纏わせると巨体の魔狼を鋭敏に一刀両断した。
如何やら魔狼の頭を一撃で仕留めた様であり、その後の敵陣は瞬時に崩壊した。
「ふぅ、危なかったね……。ところでキミ、大丈夫?」
帯刀したヴェルグリーズは尻餅をついて涙ぐんでいる女性に手を差し伸ばす。
「う、うん。大丈夫よ……。そ、その……。本当にありがとう!」
女性の方も頭を下げながら幾度もお礼の言葉を連発して感謝の意を示した。
「ところで、こんな危険な夜道を独りで歩くのは感心しないよ? よかったら、キミの家まで送ろうか?」
「うん、ごめんなさい。それと、ぜひ護衛をお願いするわ。私の家はミスリルタウンの裏山にある武器工房よ。よかったら、今のお礼として私の工房で剣の研磨をしてあげるわ」
どうやら彼女は練成の為の素材を探索していた最中に魔狼に遭遇したとの事。
猪突猛進な印象を受ける鍛冶屋の話をヴェルグリーズは苦笑いして聴いていた。
●意志
険しい夜の野山にて邂逅した二人は、早朝には無事に鍛冶屋へ到着した。
女性が工房の頑丈なシャッターを開錠するとヴェルグリーズを中へ招き入れた。
「はい、珈琲よ。それで? 話の続きを聞かせて? ずっと旅をしているんだって?」
ヴェルグリーズは熱い珈琲を受け取ると工房の席に座り旅の話を続ける。
どうやら彼女は青年剣士が語る諸国巡りの冒険譚に大変な興味を抱いたそうだ。
「うん、今回は、『幻想』国内でも工房が栄えるミスリルタウンで剣の研究をしようかな、と思ってね。でも、どうやら俺は既に目的に辿り着いてしまったようだ。もしよかったら、俺に剣の鍛冶について教えてくれないかな?」
彼は「精霊剣」の形象であった頃は様々な出会いと別れを繰り返して世界を渡った。
「人」の形象を取れる様に成って以来、「旅の剣士」という身分で諸国を行脚しているのだ。
「ええ、構わないわ。数日、工房の離れで泊まったらどうかしら? それと、貴方が知りたい『剣の鍛冶』だけれど……。丁度、ここ最近で『精霊剣』の練成を本格的に取り組んでいる所だから、その作業を体験して貰っても結構よ」
うら若き女性がヴェルグリーズの様な二十代に見える青年を泊めるのは……!?
と、彼は無警戒な彼女の純真さを内心で焦らなくもないが……。
「うん、宿をありがとう。では、家事でも仕事でも何でも手伝うよ。で、『精霊剣』を練成するとはまたすごいね? よかったら、その剣について少し詳しく教えてくれるかな?」
「そうねぇ……。『精霊剣ヴェルグリーズ』って聞いた事はあるかしら? 私が練成するのは正にその剣よ! 父の代からの親子二代での悲願なのよね!」
ヴェルグリーズはまさかの剣の名称が耳に入ると思わず珈琲を吹き出してしまった。
一体、如何なる所以があってこの女性は「俺」を練成するのだろうか?
「どうしたの? 珈琲、吹いているわよ? もしかしてその剣を知っているのね?」
「う、うん、珈琲はごめん。あ、ああ、聞いた事はあるね。有名な剣だよね?」
ヴェルグリーズは挙動不審になりながらも正体がバレぬ様にと取り繕う。
「旅の剣士」で諸国を巡るとその様な逸話も耳にする事が多いと誤魔化した。
「実はね、私の父は、鍛冶屋になる前は傭兵だったのよ。父は件の『精霊剣』を手にした勇士だったけれど……。とある戦中にその剣を亡くしてしまったのよね。
その件に責任を取る形で父は傭兵業から鍛冶屋へ転職したの。以後、寿命で亡くなる迄『精霊剣ヴェルグリーズ』の完成を模索したけれど志半ばで倒れたわ」
そう云えば、数居た過去の持ち主でその様な男も居た事をヴェルグリーズは思い出す。
しかし、ヴェルグリーズは流石に正体を明かす訳にも自身を差し出す訳にもいかない。
「そうなんだ? だから昨日、あんな危険を冒してまで素材の採取に出掛けていたんだね? だったら、尚の事、俺はキミを手伝うよ」
「わぁ、本当? ありがとう! では、これから数日、よろしくね! 私はローラ。そして、此処の武器工房は苗字から取って『ローランド工房』よ。貴方は? 何て言うお名前?」
ヴェルグリーズは危うく本名を名乗る所であったが寸前で理性が食い止めた。
淡い朝日が好青年の刀身の様な髪色に反射すると彼は微笑ましい顔で答え返した。
「俺は、ヴェル。こちらこそよろしく、ローラ」
●錬成
ヴェルグリーズがローラの工房で世話になる数日、二人の「精霊剣」練成が始まる。
彼は日常の掃除洗濯炊事は勿論、武器工房が出荷する武具の練成作業まで手伝った。
「ねぇ、トールおじさん? 剣の練成に使用するオーダーメイドの打ち粉に……。それから小槌が壊れたから新品の上等な奴を、と……。あ、あとね、金床の作業台の張替えだけれど、素材あるわよね?」
「うん、ローラちゃん。全部あるよ。ところで、後ろの兄ちゃんはボーイフレンドか?」
「ははは、ちょっと違うかな。俺は旅の剣士。ローランド工房で『精霊剣』とやらの練成が見たくてね……」
本日は、ミスリルタウンの道具屋にてローラとヴェルグリーズが買物をしている。
年頃の好青年に見えるヴェルグリーズが買物をすると街の方々で持て囃された物だ。
「で、今日は、鋼鉄スライムの討伐だね? 何体ぐらい狩ればいいかな?」
「そうねぇ。『精霊剣』の鋼鉄として練成する魔物だから……。この辺に居る奴、全てね?」
あくる日、ミスリルタウン裏山の僻地で良質鋼鉄が採取出来る魔物の討伐がある。
まるで魔物が素材となる運命を剪定するかの如く彼の剣技は冴え渡るのであった。
「へぇ……。水晶の光景が鮮やかな洞窟だね? 要するに、あの高所の水晶玉を取るの?」
「そうね、護衛頼むわ。あの水晶玉が『精霊剣』の仕上げに使用する粉の素材元なのよ」
最終日は、ミスリルタウン裏山奥地にある水晶洞窟で「運命の水晶玉」を採取する。
ヴェルグリーズは水晶体魔物を断ち切りながらローラの進むべき道を切り開いた。
ヴェルグリーズと云う優秀な相棒が居たお陰で素材採取は想像以上に捗った。
「精霊剣」が練成出来ると予想された全ての素材を集めるとついに工房で作業が始まる。
そして、二人は工房に篭ると試行錯誤を繰り返して「精霊剣」の創造に全力を注いだ。
「おっ、やったのかな!? 『精霊剣ヴェルグリーズ』は完成したみたいだね!?」
練成された剣の形状が完成に至ったと思えた時、ヴェルグリーズが歓喜の声を上げる。
しかし、ローラは「何かが足りない『精霊剣』」を前にして頬から雫が伝い落ちた。
●旅立ち
その剣は、全長70cm程のシンプルなブロードソードで刀身に鮮やかな青みが光る。
しかも特長として、重さ、長さ、派手さ、地味さ、何れも最高の塩梅の「実用剣」である。
「もし、これが……。只の『実用剣』であったのならば……。ローラ、キミは至極の逸品を仕上げたという話だろう。だが、俺達が創っていたのは『精霊剣ヴェルグリーズ』だ。
最後の仕上げが、たぶん、間違っていた。キミは例の水晶玉の粉を振り掛けたが、それではあの剣は完成しない。
そう、例えば、こうやって……。『別れの属性』という魔力を振り掛けると、剣は一時的にだが『精霊剣』になるんだ……」
ヴェルグリーズは覚悟を決めると両手から「別れの属性」を粉状に発生させて振り掛ける。
すると、只の「実用剣」が魔銀の如く青白く発光して「精霊剣」と成る。
「えっ? 嘘!? って、まさか……。貴方の正体は……!?」
ローラは驚愕の表情で錬成された剣とヴェルグリーズを見比べている。
だが、彼女の表情には差別や偏見の色はなく純粋に感動の輝きがあった。
「そうだよ。俺の正体こそが『精霊剣ヴェルグリーズ』本人さ。俺は、普段は事情があって人間種を装っている。だが、主である人物を認めた時は精霊種である真実を明かす事もある。ところで、もし、『精霊剣』が本当に完成したとして、キミは今後どうしたいのかな……?」
ローラはヴェルグリーズから「精霊剣」を丁寧に受け取ると静かに鞘へ納めた。
彼女は真っ直ぐな眼差しで意向と決断を述べる。
「勿論、工房裏庭のお墓に居る亡き父に捧げるわ。だって、『精霊剣』は父が半生を掛けて探究していた大事な剣だからね。この剣は、仮に完成しても、売ったり悪用したりはしないから、その点は安心して! あ、あと、今回は本当にありがとうね!」
「ふふ、キミならそう言うだろうと思ったよ。俺の方こそ今回は色々とありがとう」
ヴェルグリーズは主と認めた女性の真意を聴くと安堵の表情で微笑んでいた。
二人は剣を巡る運命的な出会いに感謝して固い握手を交わした後に別れるのであった。
「精霊剣」という父の意志に対して一つの結果を導いたローラ。
彼女が正統に「精霊剣」を完成させるのは未定であるが、今こそ自立の時でもある。
ローラが鍛冶屋として心機一転して旅立つ頃、ヴェルグリーズも旅立つのであった。
了