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【Pan Tube】アリスの職業体験!【農業編】
登場人物一覧
●Pan Tube
練達という国家は、正しくは国家並の勢力という存在になっている。それを構成するのは多くが特異運命座標であり、研究者であり、元の世界に帰りたい旅人だ。彼らの都市アデプトは近未来的な要素を持ち、またこの世界に馴染めない者の為に
そのうちのひとつが【Pan Tube】だ。P-Tubeとかぱんつべとか呼称される動画配信サイト。そしてそこで実況などする者をP-Tuberと呼ぶ。
これから見るのはP-Tuberであり特異運命座標である『アリス』のライブ配信であった。
●アリスの『ワンダーランド』
オープニングが流れ、アリスの『ワンダーランド』という文字と共にブルーブラッドの少女が現れる。次の一瞬、暗転して――。
「はいどうも、アリスです! あなたのフリータイムのお供、『ワンダーランド』の始まりにゃ」
現れたのはオープニングの静止画にいた少女、アリス。外で撮ったらしいその背景は見事な秋空と黄金色の稲穂が揺れて見える。どこぞの田舎であるようだ。
「このおーっきな田んぼについては今日のゲストにお話を聞いちゃうのにゃ。それじゃあ早速、ゲストの紹介にゃー!」
「ぶはははッ、ゴリョウだ! 今日はよろしく頼むぜ!」
アリスが手で示し、そちらから画面へ現れるは黒豚系オークのゴリョウ・クートン (p3p002081)。あの出で立ちは――。
「ゴリョウさんはここの土地の持ち主なのにゃ! 私も同じような格好をした方が良いのかにゃ?」
自分の姿を見下ろすアリス。可愛らしい衣装は彼女に似合っているが、郷に入ったら郷に従えと言うことだろうか?
「そうさな、アリスが体験もしてみたいってことなら汚れても良い服になるか」
「体験! 体験できるにゃ!?」
ぜひとも、と目を輝かせるアリスにゴリョウはもちろんと頷く。背景にもあるように、ちょうど収穫時期でもあるようだから。
ここで画面はフェードアウトし――。
「はい! ということで私もお着替えしたのにゃ!」
ぱっと現れたアリスは先程から一転、動きやすそうな衣装に変わっている。帽子から出た耳がぴこぴこと動いて忙しない。
「ぶははッ、よく似合ってるぜ! それじゃ、歩きながら少し語らせてもらうとするか」
「よろしくお願いするのにゃ!」
田園を歩き始める2人。カメラは広がる田園風景や木造家屋、蔵などを映す。元はと言えば寂れた場所だったのだが、民家をリフォームして稲作へ明け暮れているうちにこのような場所になったのだそうだ。
「ゴリョウさんは元からお米を作っていたのにゃ?」
「いいや、こっちに召喚されてからだな。初めて食った時は感動したもんよ」
味とその奥深さに感銘を受けたゴリョウは、それから米を広めるべく自分でも稲作を始めたのだという。混沌という世界では様々な主食が存在しているが、やはり小麦などに近い作物が多いだろうか?
「あ、水の音がするにゃ!」
「ぶはははッ、耳が良いな! あっちには川が流れているんだ」
ぴこん、と耳を立てたアリス。ゴリョウの示した方はまだ田畑が続いているが、その先にあるらしい。
「お、この辺りだな」
ふと立ち止まったゴリョウ。どうやら一帯の稲穂は刈り時のようだ。少し行った先の畑も収穫時期なのだとゴリョウは言う。
つまるところ、ここからは――。
●アリスの体験コーナー【農業編】
「これは『夜さり恋』って混沌米だな。刃の部分に気をつけてくれよ」
「は、初めての体験にゃ……!」
ワクワクドキドキ、道具を渡されたアリスは慎重に作物を収穫する。手の中には新鮮も新鮮な作物が。感心している間にゴリョウが手際よく収穫を進めていく。
「は……はにゃ。この立派なお米が皆の所へ届くなんてすごいのにゃ」
「ぶははははッ、届くまでにはまだまだ工程があるけどな! でも確実に消費者の元へは近づいてるぜ」
「アリスも生産者さんのお手伝いをしちゃったにy……は、早い!?」
顔を上げたアリスは、ようやくその手際に気づいたようで。ゴリョウは愕然とする彼女に笑い声を上げた。
さてさて場面を切り替えて次の作物へ。今度は畑で根菜などを収穫する。ここは場面をカットしてお送りします。
「たっくさん採れたのにゃー!」
多少土にまみれたところでP-Tuberアリスの笑顔は曇らない。次は売ってるものの紹介にゃ! と元気よく告げた次の瞬間、画面にはポップでキュートな文字で『アリスの体験コーナー続く!』と表示される。数秒の後、また別の場所へ移動した2人が映った。
「すっかり身綺麗になったにゃ! ここはゴリョウさんのお家、兼お店『異世界割烹『ゴリョウ亭』』なのにゃ」
いつもの衣装に再び様変わりしたアリスは店内へとカメラを向ける。和風な店内の奥からは時折料理の音が響き、アリスはくんくんと鼻をきかせた。
「とーってもいい匂いなのにゃ……! 今回は特別に厨房を覗かせて頂くのにゃ!」
レッツゴー! とアリスが奥へ向かう。カメラも近づいていくと段々料理音もまた近づいてくるようだ。
「ここみたいにゃ」
そろり、と顔を覗かせるアリス。その後ろから同じようにそろり、と覗くカメラ。よく掃除されてることがわかる厨房でゴリョウが忙しなく料理を作っていた。
「うーん、いい匂い……! それにしてもゴリョウさんの本職って一体なんなのにゃ? 農夫さんにゃ? 料理人さんにゃ??
今は料理中だから聞けにゃいけれど、折を見て聞いてみたいと思うのにゃ!」
その時、ふとゴリョウの視線がカメラへ向く。小さく手を振るアリスにニッと笑みを見せた彼は、もうすぐ料理ができると伝えた。
「それではゴリョウ亭のお食事紹介にゃ!」
「ぶははッ、米の良さを沢山伝えてくれ! ここで使っている米はどれも美味しく炊き上げてるんだ」
まずはと並べられたのは『カツ丼』。シンプル・イズ・ベストと言わんばかりのチョイスだが、艶のある白米としっかり衣に覆われたカツが視覚から食欲を刺激する。アリスは嗅覚も刺激されてか耳がピコピコと忙しない。
「出汁の良い匂いがするにゃ!」
アリスはいただきますとそれを一口。次の瞬間目を丸くして、それからはわぁっと顔を蕩けさせた。
「お米とサクサクなカツの相性がバッチリにゃ……! やばい、これぺろっと食べ切っちゃいそう!!」
「ぶはははッ、必要なら持ち帰り用に包むぜ。うちは弁当もあるからな!」
「はっ、お願いします!!」
こうして一品目、お持ち帰り決定である。二品目に出されたのは――どう見ても米、ではない。米の原型すらない。ついでに言うなら箸も用意されてない。
「ゴリョウさん、これはサンドイッチにゃ!?」
「そうだぜ。仕入れたフランスパンと、混沌米からできた米粉のパンでサンドイッチにしてるんだ」
そう、アリスの前に出されたのはサンドイッチ。様々な具材が挟まれたそれは外でピクニックに持っていくにも最適だろう。
「あ、これはカボチャを挟んでるにゃ?」
アリスが目をつけたサンドイッチは黄色い何かを挟んでいる。ゴリョウ曰く季節のサンドイッチだそうで、カボチャクリームとタンドリーチキンを挟んでいるのだそうだ。
「タンドリーチキンって辛いやつにゃ?」
「ああ。カボチャは甘いが、これが不思議とピッタリなんだ!」
本当だろうかと思うだろう。アリスが恐る恐るそれを口にして、やっぱり目を丸くする。耳もピコン! と立ち上がった。
「甘いのにピリッとするにゃ。これはやみつきになっちゃうにゃあ……!」
「そうかそうか、それは良かったぜ!」
キラッキラに目を輝かせたアリス、種類豊富な分ひとつは小さく、あっという間に食べてしまう。
「ごちそうさまでした! ゴリョウさん、売店の様子も見せて欲しいのにゃ!」
「おうよ! こっちだぜ」
食事処の一角には売店(ショップ)が併設されている。弁当売り場だ。所狭しと並べられたそこは種類豊富で、一週間じゃとてもじゃないが食べきれないだろう。
「王道を行くなら『唐揚げ弁当』、片手間に食べるなら『味わいおにぎりセット』なんかもオススメだな! これは熱湯をかけて雑炊風にしてもうまいぜ」
「色んな味わい方があるのにゃあ……! 毎日ゴリョウ亭のお弁当でも飽きなさそうにゃ!」
画面には入れ替わり立ち替わり、様々な弁当が映る。弁当箱は練達製で環境にも優しく、密閉製も抜群らしい。
「見るだけでお腹がさらに膨れちゃいそうだったのにゃ……! でもでも、今日はこの辺りでお別れにゃ!」
「おっと、もうそんな時間か! 米を紹介できて嬉しかったぜ」
アリスの言葉に一瞬ゴリョウが画面外――時計でもあるのか――を見るも、すぐさま画面越しへと戻して言葉を投げかける。
「近くを通ることがあれば寄っていてくれよ! 食っていっても良いし、ご覧の通り持ち歩きにもうってつけだ」
「ゴリョウさんのお米が広まったら私も嬉しいにゃ! それじゃあまた、次の配信をお楽しみににゃー!」
バイバーイ! と画面へ手を振る2人。画面は一瞬暗転して、のちにアリスのアイキャッチが表示される。チャンネル登録はこちら、の文言も。
見たあなたは、なんだか無性に米が食べたくなったことだろう。ああ、それなら――早速ゴリョウ亭に行ってみようか?