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【Pan Tube】二人のコラボは波乱が一杯!?
登場人物一覧
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練達、若しくは探究都市国家アデプト。隣国とは余りに異なる様相を呈する、文字通りの「近未来都市」。
この国では旅人たちが、日夜元の世界に戻るべく研究に勤しんでいる。そうして生まれた技術、或いは法則の網の目を逃れて実現するに至った技術。それらは勿論武力として国力の向上に用いられるが、また一方では生活の利便性向上にも大いなる恵みを齎す。
例えば、遠くの人間と連絡を取り合う電話。例えば、手元の小さなリモコンで自在に空を舞うドローン。
そして、世界に映像や情報を発信できる機械。
そうしたものが娯楽の方向に発達したのが動画サービス「Pan Tube」である。そこでは「Ptuber」という肩書を持つ人々が時に真面目に、時に不真面目に、でも大抵の場合は全力でエンターテインメントを発信している。
今、練達の街角。灼熱の太陽に晒されているミラーカ・マギノもまた、最近デビューした新人Ptuberである。
持っているチャンネルの名前は『神カワ★ミラーカ』。前回のおススメカフェ&メニューはリスナーにも好評で、最近人気上昇中のPtuberだ。ノリと勢いでPtuberになった挙句、初回で噛みまくりの放送をやらかした結果「上川」「ママギノ」「噛みカワ」とリスナーに弄られ、その都度律儀にツッコミを入れるというキャラが確立されてしまったが、そうした打算のないやり取りも人気に一役買っている。
さて、そんな彼女だがその表情に余裕はない。生放送もこなし多少の失敗も乗り越えてきた彼女がここまで切羽詰まっている理由。それは。
「にゃ! ミラーカちゃんだにゃ!」
「っ!?」
突然店の扉を勢いよく開けて飛び出して来た少女――キャロ・ル・ヴィリケンズにある。上機嫌で踊る猫耳、銀色の豊かな頭髪。
(本物だわ、本物の『アリス』だわ!!)
心拍数と頬の温度が急上昇するのが嫌でも感じられる。これまで、画面の向こうでしか見たことのない『アリス』が目の前にいる。自分の名前を呼んでくれている。それだけでミラーカは卒倒しそうなほどに嬉しい。
何せ彼女がこの道を志すきっかけ、それこそが人気Ptuber『アリス』の存在なのだ。推しが目の前に現れて動揺しない人がいるだろうか(反語)
「き、きき今日はよろしくね!」
これは噛んでいるのではない。震えているのだ。まあどっちでも同じか。
「よろしくだにゃ! あ、お店の人に撮影の了解は貰ったし、セットの搬入も終わっているにゃ!」
動画の向こうで見たアリスと同じ喋り方で、同じ人懐っこさで目の前にいる。夢の中にいるような感覚だ。アリスはというとそんなミラーカを見るのが楽しい、というような感じで大きな赤い眼で彼女を見つめている。首元には大きな宝石をはめ込んだペンダント。これまでアリスが配信した動画を全てチェックしてきたミラーカだが、あんな装飾品を身に着けて配信しているのを見た記憶はない。
「どうしたのかにゃ? 中は涼しいし、早くはいるにゃ!」
「え、ええそうね。今行くわ!」
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アリスに急かされるまま入った店内は空調が整備され、外とは打って変わって涼しい。こじんまりとした店だが内装もお洒落でPanTube映えしそうである。
最奥の4人テーブル席にアリスはいて、撮影用のカメラの位置を細かく調整している。ミラーカも撮影前に細かくチェックする習慣はあるが、やはりアリスのそれはより随所に拘りが感じられる。
(流石ね……)
そんなことを思いながらアリスの横顔を眺めていると、不意に彼女がこちらを向いて手を振ってきた。その笑顔が眩しい。
「そっちに座ってほしいにゃ!」
アリスの言う通り席に腰掛けると、彼女はビデオカメラの向こうに腰掛けて画面の映りをチェックしている。満足気に頷いて、
「ミラーカちゃんも着替えてくるといいにゃ! 着替え終わったら、撮影スタートにゃ!」
「え、ええ。そうね」
未だ解けない緊張の糸に絡みとられたまま、ミラーカは更衣室――従業員が好意で貸してくれたらしい――へと向かう。
「……まだドキドキするわ」
更衣室の中動画撮影用に誂えた衣装に袖を通しながら、どこか夢のような口調で呟くミラーカ。中空を彷徨うような、ふわふわした感覚がこびりついて離れない。
たまたま流れてきたPan Tubeの動画を見て一目惚れをし、一推しとなってからは動画を全て視聴するほどにはのめり込み、結果Ptuberとしての道を歩み始めた。
その原動力を「憧れ」という二文字で収めることはできない。じゃあどんな言葉を当てはめればすっきりするのかと問われても、今のミラーカにその答えは見つけられない。
きっといずれ全てを表す言葉が出てくるのだろうが、それまではきっと答えは夢の中。
「……ふう、ダメよあたし。頑張らないと!」
ぴしゃりと頬を叩く。そうだ、これから撮影なのだ。しかも自分がこの世界に足を踏み入れるきっかけをくれた相手と。
ここで下手を打ってはならない。
落ち着きのない心が、少しだけ鎮まった気がした。改めて「大丈夫」と呑み込むように言い聞かせ、ミラーカは撮影の現場に向かう。
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ビデオカメラの左上には撮影中を示すアイコン。撮影の流れは店に来る前の時点でチャットで済ませていた。最初は普通の神カワ★ミラーカの放送として放映し、サプライズ的にアリスとのコラボ、そして本編という風展開を描く手筈になっている。
『お待たせみんな! 神カワ★ミラーカ、ま、ま、マギノよ!』
さて動画が始まったが、やはりというか案の定というかミラーカは噛んだ。だがこれはある意味仕方がない。ビデオカメラの向こうでは楽しそうにこちらを眺めるアリスの姿があるのだから。
「ちょちょ、ちょっと待った!」
「どうしたのかにゃ?」
あまりの噛み具合にストップをかけるミラーカ。これではママギノどころかマママギノである。一段階進化に留まらずまさかの二段階進化である。
やり直しを申し出るミラーカだが、アリスは頑として首を縦に振らない。
「神★カワチャンネルの魅力は見てくれてる視聴者との掛け合いにゃ! 噛んだミラーカちゃんを視聴者のみんながイジることで掛け算的に面白くなるのにゃ! だからここはこのままいくにゃ!」
とても早口でまくしたてられたが、確かに神カワ★ミラーカの特徴はリスナーとの丁々発止の掛け合いでもある。
「って、まさかアリス私のチャンネル見てくれてるの?」
「……今の所はカットにゃ」
「ずるいわよ!? というか答えなさいよ!」
ツッコむミラーカに明後日の方向を向いて口笛――吹けてない――を吹いて誤魔化すアリス。ベタだ。
聞き出したいことは山ほどあったが、この状態では埒が明かないだろう。それに、このやり取りのお陰で良くも悪くも緊張の糸が解けてきたことにミラーカは気付いていた。
(今なら大丈夫!)
ビデオカメラは回っていて、今もこのやり取りを記録している。編集でいずれ消えてしまうだろうが、それはそれ。気を取り直し、ミラーカは今はいない大勢のリスナーに向けて声を上げる。
『ママギノじゃないって言ってるでしょ!? あと誰が噛みカワよ!?』
アリスという存在を全く無視できた訳ではないが、それでもミラーカの動きに本来のものが戻ってきている。
『さて、今日はみんなが前に勧めてくれたかき氷店に来ている訳だけど』
『今日はそれだけじゃないのよ! みんなもビックリのゲストが来ているのよ!』
興奮を隠せないがそれでも『リアルママギノじゃないからね!』と返しを入れる余裕も忘れない。だが次の瞬間。
『こんにちわにゃー!!』
『にゃー!?』
抱き着く勢いで画面に飛び込むアリスに目を剥くミラーカ。猫よろしく頬ずりしながら『やっほー! みんなのフリータイムのお供、アリスですにゃ!』と自己紹介をするアリス。リスナーがどういうコメントを残すのか今から楽しみで仕方ない。
『ちょ、ちょっと離れなさい!』
『あはは、ごめん、ごめんにゃ』
ミラーカの隣の席に腰を下ろすアリス。突然の事態に心臓が大暴れし、落ち着かないが何とか進行を続けようとするミラーカ。
『と、ということで今回はアリスとコラボしていくわ! みんなはアリス知ってる?』
聞くまでもないわよね、と言葉を続ける。ミラーカが大なり小なりアリスに対する思いを話すのは視聴者なら知っていることだ。
『改めて、アリスですにゃ! 今日は、ミラーカちゃんがリスナーの皆さんにおススメされたお店がアリスの大好きなかき氷屋さんだって知って、遊びに来ましたにゃ!』
アリスがにこにこしながら突発的なコラボの経緯を説明する。耳や尻尾がぴこぴこ揺れる。
それを見るミラーカは幸せに浸りつつ、顔がにやけないように堪えるのにある意味必死だ。
『ということで、今回はアリスがお勧めする傑作かき氷を教えてもらうわ! テーマは『映えること間違いなし! みんなでシェアする絶品かき氷!』さあ、最初のかき氷は何かしら、アリス?』
『はーい! じゃあまずはこれ!』
『どんなのかしら……ってこれ!?』
グラタンじゃない! とミラーカの持ち味である鋭いツッコミが入る。対するアリスは待ってましたと言わんばかりのどや顔。
『そうなのにゃ! これはいかにもグラタンの見た目、でもれっきとしたかき氷にゃ!』
『そんな訳ない……うそ、本当にかき氷だわ』
手渡されたスプーンを刺すと、断面から覗くのは――氷。
『な、なんかいきなり衝撃的すぎて怖いわ……。これ、食べられるの?』
『そこは疑っちゃだめにゃ!?』
恐る恐る口に入れてみると――美味しい。クリームソースに見える部分は練乳に浸した氷。改めてみると上部のチーズに見える部分はマンゴーソース、ジャガイモのような欠片はどうやらリンゴのようだ。芸が細かい。
『おいしい……とてもおいしいのよ』
『でしょ~!』
どや顔全開のアリス。かわいい。
『これはとってもおススメよ! 見た目も映えるけど、本当にグラタンみたいで混乱するわよ!』
『にゃは♪ 満足してもらえたかにゃ? それでは次のメニューをお願いしますにゃ!』
店の向こうで店主がかしこまりました~と叫ぶ声が聞こえる。待つ間、アリスとミラーカのフリートークが始まる。
『……?』
『な、なによ私の顔をじろじろ見て』
顔が火照るからあんまり見ないで欲しい……とは言えない。
『この香水の香り、アリス好きにゃ!』
『そそ、そう? 最近幻想で発売された香水よ!』
実はアリスが好きな香りだと言っていたから買ったと、ミラーカは言えない。アリスが薄らとそのことを察していることにも気づかない。
『アリスのおすすめ香水とかあるのかしら?』
『アリスのおススメは、練達製のこのブランド!』
『あら、これ最新のモデルじゃない!』
ミラーカもそのブランドの香水を持っている。比較的安価な割に質がよく、重宝している。
『にゃ、気が合うにゃ! じゃあこれからショッピングにれっつごー!』
『いいわね……ってダメよ! 今日の企画はかき氷よ!』
思わぬ香水の話題が収束したころ、店員が完成したかき氷を持ってきた。
『……フルーツケーキねこれ』
どん、と置かれたそれは、確かにフルーツケーキにしか見えない。
『まさか、これも……』
『もちろん、かき氷にゃ!』
はあ!? とミラーカの叫びが店中に轟く。他のお客さんがいない時間でよかったね。
『さっきのグラタンもびっくりだけど、これもケーキにしか見えないわよ!』
そう、二人の目の前に置かれた皿にはホールのフルーツケーキ。疑わし気にそれを見るミラーカだが、意を決してスプーンを刺す。中から出てきたのは、
『氷ね……』
『氷だにゃ!』
一口食べてみると確かに黄桃のシロップに浸った氷が出てくる。氷のスポンジ部分の上には生クリームがそのまま乗り、その上をデコレーションするフルーツもそのまま。スポンジだけがかき氷のようだ。
『うーん、クリーム甘くておいしいにゃ~!』
『中の氷は爽やかな甘さ、外のクリームはしっとりと上品で控えめな甘さ。フルーツは酸味が効いてて美味しいわね!』
『おー! ミラーカちゃんの完璧食レポにゃ!』
ご褒美とばかりにアリスがミラーカに向けてあーんをしてあげる。どや顔のミラーカも唐突の事態に耳まで真っ赤になる。
『ま、まま待ちなさいよ! そ、そんなのこここ心の準備が……』
『あ~んにゃ~』
ほぼ強制。拒否権なし。これを動画に残すのマズくない!? とか言える雰囲気じゃないしちょっとしてもらいたい邪な思いもあるし……。
ええいままよ! とばかりにかき氷を口に含んだミラーカだが、こんな状況で味が認識できるわけもなく。目を白黒させながら氷を食むミラーカを、満面の笑顔で見つめるアリス。
『!#?!O%&』
『あ、故障しちゃったにゃ』
元凶がちょっとやりすぎたかにゃ、と反省し一旦カメラを止める。これは流石にカットかな。
ミラーカが正気を取り戻すのはそれから30分後のこと。
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「ああ……もう。心臓に悪かったわ」
「にゃはは、ごめんごめん」
その後ようやく落ち着いたミラーカとアリスで残りの撮影を終え、動画の撮影は無事に、無事に? 終了。
手早く機材を回収し、店の人に丁重に礼を述べて立ち去る二人。時刻は夕方を迎えていて、暑さも来た時より僅かばかりマシになっている。
「あ、待ってにゃ!」
「???」
別れ際に呼び止められ振り返るミラーカ。小さな彼女の手にアリスが握らせたのは、首元にあるのとお揃いの宝石。裏には、「for dinah」というサインがある。
「これ……」
「今日の記念にゃ。大事にしてほしいにゃ!」
「そう……。大事にするわ!」
心底嬉しそうなミラーカの表情が、夕焼けに照らされる。
「それじゃあね、アリス……その、またコラボしましょうね」
「もちろんだにゃ! またね、ミラーカちゃん!!」
そう言って二人は別れた。ビデオカメラを片手に家路につくアリス。その首元には、宝石。
「Ptuberアリス」として初めて貰ったプレゼント。その送り主が自分の後を追って同じ世界に来てくれた。
そのことが嬉しくて、気にかけるようになった。動画を見て、初々しさに刺激を受けつつ自分を憧れにしてくれていることが嬉しかった。
前回の動画で教えてもらったおススメの店が自分の通う店であることは単なる偶然だったけど、その偶然を逆手にとって会いに行こうと思いつくのに時間はかからなかったし、躊躇いもなかった。
「……にゃはは」
撮影の前も、撮影中も楽しかった。自分が楽しむということと、見てくれる人を楽しませるということを両立させられた気がした。その最中でミラーカを揶揄ったことについては少し申し訳ないと思うけど。
「また、コラボしたいにゃあ……」
町は紅に照らし出され、影が長く伸びる。家路に急ぐ彼女の足取りはどこまでも軽く、弾んでいた。