PandoraPartyProject

SS詳細

貴方との触れ合いは熱い炎越し

登場人物一覧

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!

●Orange&Sweet
 彼に出会ったのは、こんな静かな夜だった。
 なんとなく家に帰りたくなくて、路地裏で一人タバコを銜えていたら
――よぅ、一本分けてくれねぇか?
 なんて声をかけてきたのだ。
 真っすぐに伸びたオレンジの髪に、見慣れない緑の肌。小柄な種族なのか、座っている私と視線が合う。と言っても、私のほうが目線は高いけど。
 どこかやさぐれたような表情と突然言われたことに驚きつつも、断る理由もないのでシガレットケースを向ければ彼は一本取り出して火をつける。
 彼も無造作に置かれた木箱に腰掛けると、深くタバコを吸う。何も言わずに一本吸い終わった彼は、ふらりと離れたかと思うと暖かなホットワインを持って戻って来た。
「タバコの礼だ。冷めないうちに飲めよ」
 差し出された紙コップに入ったホットワイン。
 礼を言って受け取ると、紙コップが触れた部分がじんわりと温かい。
 確かに夜風は冷えるけど、どうしてホットワインなのだろう。不思議に思いながら口を付けて気づく。ホットワインはたっぷりの香辛料とオレンジの味がした。
「これはずるいなぁ……」
 偶然出会って、タバコを一本分けただけの人。タバコ一本に対してお礼なんて、普通なら律儀な人だなぁ。で終わるはずなのに、ここで柑橘類がたっぷり入ったホットワイン何てずるい。
 だって、私の手の中にあるのは柑橘系の味がするタバコだから。
 オレンジがたっぷり入ったホットワインを選んだのはただの偶然かもしれない。それでも、タバコと同じ味のホットいワインが嬉しい。
 温かなホットワインを手に見送るしか出来なかったけど、軽く手を振って去っていく後ろ姿が何時まで経っても忘れられなかった。

 それから何度か彼と出会った路地裏に行ったけど、彼と会うことはなかった。
 会ってどうしたいのかなんて自分でもわからない。だけど、もう一度会いたかった。

 彼との再会は、やっぱり静かな夜だった。
 会ったのは一度だけだけど、珍しい外見なのですぐに分かった。だけど記憶の中より逞しい背中に、胸がいつもより激しく脈を打つ。
 並んでタバコを吸っただけの相手に、久しぶり。も元気? も可笑しくて、どう声をかけたら良いのかわからない。
「一本、如何ですか?」
 混乱したまま出てきたのはそんな言葉。
 彼は驚いた表情を隠さずに、だけど差し出したシガレットケースを受け取ってくれた。
「悪いな」
 そう言って吸い始めた途端に、タバコの味で気づいたのかこちらを見てくれた。
「……あの時は、ホットワインを有難う」
「あれはタバコの礼だ。気にすんな」
 そう言ってタバコを吐く彼に、妙にドキドキする。
「そう言えば、あなたの名前を聞いていないわ」
「あ? あぁ……。キドーだ」
 ふわりと彼――キドーから香る柑橘系の香りに、今は同じ香りを纏っているのだと思うと不思議と顔が熱くなった。

 それからキドーとはたまに会っては一緒にタバコを吸う仲間となった。
 一度分けて貰った彼の好むタバコは私にはきつくて咽てしまったけど、彼と同じ香りだと思うと嬉しかった。
 だけど彼と私はただの偶にあったら一緒にタバコを吸うタバコ仲間。一歩踏み込みたいけど、踏み込んでこの関係が壊れるのが怖い。
「そう言えばアンタ、ここが気に入りの場所なのか?」
「そうね……。静かでゆっくり出来るから結構好きかも」
「なんだそりゃ」
 くつくつとキドーが笑う度に、手に持ったタバコの煙も揺れる。
「それより、キドーは初めてあった時何かあったの?」
「覚えてねえな。どうせ賭けに負けたか、マスターのクソまずい料理の口直しが欲しかったぐらいだと思うぜ」
「賭けはわかるけど、クソまずい料理って何?」
 呆れを隠せずに呟くと、キドーは楽しそうに笑う。
「毒よりひでぇ料理だ。一口で意識が飛べば御の字だな」
 聞けば運が悪ければ気を失うことはないが、気を失いたいぐらいまずい料理を完食するまで強面マッチョなマスターに見守られるとか。
「なにそれ、逆に気になるんだけど。一回ぐらい食べに行ってみようかな」
「やめとけ。マジで地獄を見るぞ」
 うっかりマスターに料理を頼んで、いや、頼んでいないはずなのにキドーは何度も地獄を見てきたようだ。
 遠くを見るキドーの眼差しは虚ろになっていた。
「ところでよぉ……アンタ、なんでこんな場所にいるんだ?」
「え?」
 突然の質問にうまく答えられない。
「アンタ、いいことの嬢ちゃんだろ? 服も綺麗だし髪も指も綺麗だ。それにシガレットケースも使い込まれた様子もない。反抗期ってとこか?」
「わた、しは……」
「タバコの匂いで誤魔化してるつもりなんだろうけど、いいとこの坊ちゃん嬢ちゃんの匂いは隠せてねぇぜ」
 タバコの匂いも殆どしないと付け加えられて、泣けば良いのか若えばいいのかわからない。
 友人だと思っていたキドーが、友人とは思っていなくて、それどころか私のことを観察して、警戒していた。
 ぽたりと、涙がこぼれる。
 ぽたり、ぽたり。
 友人だと思っていたのは私だけ。キドーは私のことを警戒して観察するために傍にいたのだ。
「お、おい!」
 それなのに、涙が止まらない私を見て慌てているのは何故だろう。
 期待しても良いのかな。少しは、私のこと見てくれているのかな……。
「参ったな……」
 長くなった髪をガシガシと搔き乱しながらキドーがごそごそと服を探り始める。
 薄汚れた薄っぺらな財布。キドーの好きなタバコカンデラ。キスマークの付いたピンクの名刺。
 色んな物を引っ張りだして、取り出したのはしわしわで汚れた多分ハンカチと思われる布。
「わりぃ、泣かすつもりはなかったんだ」
 立ち上がって私の前に立つキドー。私が座っていたから視線が合う。
「汚れてるけど文句言うなよ?」
 薄汚れたハンカチを慣れない手つきで乱暴に私の顔に押し付ける。多分、涙を拭いてくれているのだろう。
「……拭かないほうが良かったかもしれねぇな」
 小さな呟きに、自分の顔がどんな風に成っているのか何となく想像できる。
 どこか拗ねたような表情と呟きに、つい笑いが零れる。
「何笑ってるんだよ」
 きっと今、私の顔は薄汚れている。だけど嫌じゃない。彼と、キドーと同じだから。
「だって……」
 あたふたと焦って、一生懸命私の顔を拭いて、その結果逆に汚して不機嫌になって……なんて可愛い人だろう!
「ま、泣き止んだなら良いけどよ……」
 木箱に凭れてカンデラを銜えると、火をつけようとして眉根を寄せる。
「火、貸してくれ」
 さっきので使い果たしてしまったというキドーに、私は自分のライターを渡そうとして悪戯を思いつく。
 自分のタバコに火をつけて、赤く燃える先をキドーに向ける。
「アンタな……」
「可愛い仕返しでしょ?」
 笑いながらタバコを揺らせば、キドーはため息をついて顔を寄せてくる。
 普段は気づかない細い無精ひげもはっきりとわかる距離。
 タバコ越しに感じる、オレンジの香りと甘い香りが交じり合う熱い吐息。
「ねぇ……」
「ん?」
 ふわりとタバコの煙が夜空に舞う。
「キドーは私のこと、どう思ってるの……?」
 好きと、言って欲しい。だけど、そんなのあり得ないのは分かってる。ならばせめて、友人と思って欲しい。
「手のかかる相手、だな」
「何それ酷い!」
 酷いけど、嬉しい。でも悔しいから、これから意識させてやるんだ。
「これから覚悟してね」
 恋する乙女は強いんだから!

  • 貴方との触れ合いは熱い炎越し完了
  • NM名ゆーき
  • 種別SS
  • 納品日2020年10月11日
  • ・キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244

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