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シナリオ詳細

再現性東京202X:綾敷なじみは分かり合う<灯狂レトゥム・別譚>

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●綾敷なじみ(中学一年生)
『お母さん』という存在との関係性について。

 少なくとも綾敷なじみにとって、お母さんとは自身を産み落とした存在であり、愛おしい人間であったことは違いない。
 だが同時に、綾敷なじみという娘は自信の腹の中に飼うことを決めた『猫鬼(夜妖)』の存在を母親が認められないことを理解していた。
 自身ではどう足掻いても切り離すことの出来なかった怪異の存在を母は怯えた眼で見ていたのは確かだ。
 ああ、だって理解出来なかっただろう。
 少なくとも綾敷なじみの人生観が大きく転じたのは父親が猫鬼に喰い殺されたときだった。
 臓腑という臓腑の全てがなくなった。空っぽ。伽藍堂。肉体という檻から削ぎ落としたような酷い有様。
 その変死体を理解しろ受け入れと言う方が可笑しいだろう。だからこそ、綾敷深美となじみは分り合えなかったのだ。
 ――それから、母が宗教に嵌まったのは大して時間が経っていなかったことだろう。

「宜しいのですか」
 主治医であった『澄原先生』。その娘である澄原晴陽は時折その様に聞いてきた。
 確かに、澄原家の財力ならば深美を保護し、安定的な生活を送らせることが出来るだろう。
 現に家を飛び出すことが多くなった母親の代わりになじみの衣食住のある程度は晴陽の父が保証している。
「いいの。お母さんにとってもその方が幸せだろうから」
「……そうですか。……髪、伸びましたね」
 晴陽は目を伏せた。なじみの髪は母が優しく整えてくれていたが、10歳を境にそうはしなくなった。
 少しは自分で切ったこともあるがばらばらになった前髪が嫌でそれもしなくなった。
「願掛けかも」
「願掛けですか?」
「……私がね、普通の女の子になったら、髪の毛を切るんだ」

●綾敷なじみ(高校一年生)
 無ヶ丘高校に入学してから、なじみはばっさりと髪を切った。明るく振る舞うなじみと連絡を取り合っていたひよのは「お母様は?」と問う。
「んー、最近も楽しそうかな」
「そうですか。何かお困り事があればどうぞ」
 お祓いでもしてくれるのかと揶揄えばひよのは戯けた様子で「ええ、其れでも良いですけれど?」と笑った。
 その頃から、母親は少しずつ家に帰らなくなった。だからこそ、なじみも夜妖の調査に向かう事が増えた。
 それから。
 それから、君と出会った。

 ――越智内 定 (p3p009033)くん。此処からの話は、君との思い出の話だね。だから、今は話さないよ。

●綾敷なじみ(大学一年生)
「――という事があったんだ」
「待って、どうしてその先を教えてくれないんだい?」
 定は困惑していた。目の前には『何だか知ってるけれど、全てを知っているわけでは無い』女の子がいる。
 正直のことを言えば感覚的には一目惚れだった。奇妙な話だが『好きだった女の子を忘れたと思ったらやっぱり好きだった』のである。
「まあ、それ以上の話はさておいておきましょうか」
 新田 寛治 (p3p005073)が眼鏡の位置を只したのは、ひよのを迎えに行った笹木 花丸 (p3p008689)としにゃこ (p3p008456)が帰ってきたからだ。
「お待たせしました」
「いや~~! 皆さん、待ち侘びてましたか?」
 にんまりと笑って飛び出したしにゃこに「はい」と指先を組み合わせて告げたのは、深美だった。
 なじみの母、深美はしにゃこを神様として崇め奉っている。「ひえ」と思わず声を上げた花丸としにゃこは「あれって本気だと思いますか?」「どうなんだろう」と呟き合っている。
「深美さん、お元気そうで何よりです」
「音呂木さん、こんにちは」
 深美が浮かべる笑みはなじみと良く似ていた。深美の外見自体はなじみとそっくりというわけではない。
 どちらかと言えばなじみは父親似なのだそうだが――悪戯っぽく笑う顔は良く似ているのだ。
「しにゃこさん、あ、いえ、深美さんの神様をお借りしてしまって……」
「いいえ。神様がお迎えに行くのが音呂木神社というのも迚も素晴らしいことですもの」
 その笑顔にしにゃこは察した。
 あ――この母娘(おやこ)、もしかしたら、似ている。 
「皆、こっちよぉ。新田さんは……ああ、あの子のお迎えね」
 微笑むアーリア・スピリッツ (p3p004400)が手を振っているのが見える。
 先に着席していた國定 天川 (p3p010201)の隣では晴陽がまじまじとハシビロコウのぬいぐるみと見つめ合っていた。
「何かしらんけど、ここ来る前に百貨店で見付けたらしくってな。みゃーこちゃんに写真送ったらしいんよ。
 そしたら『ハシビロコウさんが最も美味しそうに食事している写真が見たいです』とか言われて……」
 そしたらこの有様だ、とカフカ (p3p010280)は指差した。妙な事が起こっているが、はっと顔を上げてから晴陽は「お待ちしておりました」と立ち上がった。
「アーリアさんからお聞きしております。シロさんとユキさんも、とのことですので『出して大丈夫』なように周辺は整えています」
 そうした怪異に対しての適性がなければ入ることは出来ないように手配しているという晴陽に「流石は澄原」とアーリアは揶揄うように言った。
「いえ。それから……新田さんはもうお一人お迎えに?」
「来たら驚くかもしれんな?」
 揶揄うような顔をした天川に晴陽は「ああ」と呟いた。そんなことを言われる人間は一人だけだ。

 九天ルシア――

 天川と定と同じ世界から遣ってきた旅人だ。ただし、旅人として混沌に来て『異能力』を喪った普通の少女となって居る。
 そんな彼女が心の拠り所を喪い、寛治と友人となろうという話しになったのは『猫鬼を封印した時』だっただろう。
「お待たせしました、皆さん。ルシアさんもお連れしましたよ」
「……こんばんは……」
 まだ夕暮れの時間帯ではあるが、彼女は俯いたままそう言った。
 深美の姿に気付いてから気まずそうな顔をしてルシアに「こっちだ、九天」と天川が声を掛ける。
「……死神様」
「おいおい、それはやめてくれ。全員揃ったか? 一先ず乾杯するんだろ。ジョー?」
「えっ、あ、ああ、そうだね。うん。それじゃ、一先ず――『おかえり、なじみさん』」
 乾杯の音頭をとった定は「おかえり」の重みを感じることはできなかった。
 君との日々が、薄れている。忘れている。欠けている。
 けれど、スマートフォンの中で笑う君は、確かに僕の好きな人だった。

GMコメント

 ビアガーデンを楽しみましょう!20歳以下の飲酒は厳禁です。

●ビアガーデン
 とあるホテルの屋上です。夜妖が居ても問題は無いようにと晴陽が貸し切りました。
 食事はBBQ形式です。酒類とソフトドリンクのバリエーションも多く、様々な食事や酒類を楽しむことが出来ます。
 スイーツ系も準備がなされています。なじみはケーキを求めてわくわくるんるんです。
 また、花火大会が行なわれるらしく、絶好のロケーションで見ることも出来そうですね。
 これってあるかな?とすれば結構色々あります。
 ・お酒を楽しむ
 ・お食事を楽しむ
 ・花火を見る
 他にも、遣りたいことがあれば、お声かけください。出来る限りはお答え出来ればと思います。

●NPC
 ・綾敷なじみ
 猫に憑かれていた少女。将来の夢は幼稚園の先生。夢に向かって進む為に希望ヶ浜学園大学、教育学部に進みました。
 怪しくないよ?むしろ馴染んでる! そんな口癖の大学一年生。クラスには一人居るようなちょっぴり不思議な女の子。
 猫鬼をピアスに封じたことにより、お耳と尾は出したりしまったり。「猫」には名前を着けて貰いました。
 母・深美との関係は余り改善して居らず少しギスギス気味。澄原病院の一室を間借していましたが、そろそろ拠点を移したい頃です。

 ・綾敷深美
 なじみの母親。しにゃこさんを神様と呼んでいます。
 非常に信心深く、心の拠り所が静羅川立神教でしたが、イレギュラーズによって救い出されました。
 娘と夜妖などのことを受け入れる事が出来ず、どの様に娘と接するべきか分かって居ません。非常に意志も弱そうに見えますが……?
 実はお酒はめっぽう弱いそうです。幼少期のなじみさん情報です。

 ・音呂木ひよの
 音呂木神社の巫女。皆さんの何方様にも「私は先輩ですよ」と微笑みます。年齢不詳ですが一応女子高生(永遠)なので飲酒は致しません。
 にこにことしています。別軸(<希譚>の語部会)の開始以前の状態です。深美とも面識があります。お肉が食べたいそうです。

 ・澄原晴陽
 澄原病院の院長先生。なじみの主治医です。元々は晴陽の父親がなじみの主治医をして居ました。
 感情表現はド下手くそな人類です。分かり難いタイプです。龍成(弟)より年下の人類は守らねばならないと強く認識しています。
 色々と忙しい頃でしたが、仕事を幼馴染み(元婚約者)が引き受けるといってデスマシーンじろうくん付きで頑張っているので今日は元気に食事をします。ぶさいくでかわいいものやゆるキャラが好きです。

 ・九天ルシア
 澄原家の保護観察下に置かれています。現在は晴陽名義で借りたアパートに仮棲まい。
 希望ヶ浜学園の寮に行く事も出来ますが、身の振り方に迷っているようです。深美が居た事に気付いてから更に縮こまっています。
 今は、どこにも頼る縁が無い状態ですので不安そうです。

 ・シロ&ユキ
 夜妖です。アーリアさんとカフカさんに憑いている蟲です。
 晴陽曰く「望めば人間の姿ぐらいはとれそうですね」との事ですが、今は虫の姿で楽しげに腹を鳴らしています。
 蟲の空腹はダイレクトに宿主に伝わっているためカフカさんとアーリアさんはお腹が空いているかも知れませんね。
 食事の好みも宿主に似そうです。

  • 再現性東京202X:綾敷なじみは分かり合う<灯狂レトゥム・別譚>完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2023年08月14日 22時10分
  • 参加人数7/7人
  • 相談9日
  • 参加費250RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
※参加確定済み※
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
※参加確定済み※
しにゃこ(p3p008456)
可愛いもの好き
※参加確定済み※
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
※参加確定済み※
越智内 定(p3p009033)
約束
※参加確定済み※
國定 天川(p3p010201)
決意の復讐者
※参加確定済み※
カフカ(p3p010280)
蟲憑き
※参加確定済み※

サポートNPC一覧(3人)

音呂木・ひよの(p3n000167)
綾敷・なじみ(p3n000168)
猫鬼憑き
澄原 晴陽(p3n000216)

リプレイ


 空に花が咲く。綺麗だね、と君の手を握り締めた。
「なじみさん」
 君を見上げれば少しだけ緊張したように黒い瞳が揺らいでいる。
 気付いて居るかい? いつの間にか、君ってすっかり私の目を見てくれるようになったんだ。
「ねえ、なじみさん。提案があるんだ」
「何だい?」
 空にもう一度花が咲く。きっと、この話は私と君にしか聞こえていないから。
「……髪を伸ばしてみないかい、普通の女の子に戻れた記念に、そしたらまたお母さんに整えて貰ってさ。
 すぐって言う訳には行かないかも知れないけれど、少しずつでも二人が仲良くなれる切っ掛けにならないかな」
 小さな頃は長い髪が自慢だった。髪を伸ばせば『おかあさん』にも良く似てたんだぜ。
「……それに、髪の長いなじみさんもきっと可愛いぜ。普通で、特別な女の子だ」
「君が可愛いって言ってくれるなら、いいかもね。伸ばそうかな、少しずつ」
 意気地なしの私に、意気地なしの君が笑う。
 花火が綺麗だと『あの人』に言える日だって屹度近い。

 ――そんな、夏が来た。


「BBQの出来るビアガーデンで夏の楽しみを教えてあげるって言ったけれど、まさかの貸し切り!」
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は「流石は澄原ねえ」と焼けに自慢げな澄原 晴陽(p3n000216)を見遣った。
「確かに……BBQしながら花火が見られれば最高だなーって思ってはいたけど、ホテルの屋上を貸し切って…何て、流石は晴陽さんっ!」
 今日は思いっきり楽しもうねと音呂木・ひよの(p3n000167)の手を握り締めた『堅牢彩華』笹木 花丸(p3p008689)は何時ものように朗らかに微笑んでいる。
「ええ。なんたって食べ放題ですからね。学生とは貧乏なのです」
「って、ひよのちゃん幾つなん?」
「秘密ですけれども」
 揶揄うような声音で問うた『蟲憑き』カフカ(p3p010280)にひよのはさらりと言ってのけソフトドリンクを注文する。
「さてさて――ゲストも沢山ねえ」
「ええ。僭越ながら『お友達』として彼女を招待致しました。積もる話は乾杯の後ですが」
『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)に促されてその傍に着席した九天ルシアは緊張したように足元を見詰めている。アーリアは思わず「ちょっとちょっと、絵面と『お友達』ってワードだけ切り取るとちょっと捕まりそうよ」と声を掛けた。
「本当ですよ! 可愛い女の子ですからね! 気をつけなきゃお縄ですよ!」
「神様の言うとおりです」
「深美さん!?」
 身を乗り出してグラスを手にした『可愛いもの好き』しにゃこ(p3p008456)は後方で力強く頷いた綾敷深美を振り返った。
 新興宗教団体である静羅川立神教にのめり込んでいた彼女は少しずつ生活を取り戻そうとしているのだろう。その最中に出会ったしにゃこを神様と崇めているわけだが――
「深美さん! 神様呼びはやめるって言ってませんでしたっけ!?
 もう、そう呼ばれると背筋がむずむずするんですって! なじみさんもなんとか言ってやめさせてくださいよぉ!」
「え? 良いと思うぜ、神様。しにゃゴッド」
「くっやっぱ貴方達似たもの親子ですよ! もう吹っ切れました! 次から超絶美貌の女神様って呼ぶといいです!」
「「………」」
「いや呼ばないんかーい!」
 声を荒げたしにゃこに深美が控えめに笑う。その笑みを少し離れた距離から見ていたなじみは何も言えずまじまじと眺めて居るようだった。
「女神、グラスは行き渡ってるか?」
「そっちが呼ぶんかーい!」
 ルシアを一瞥してから気まずさに頭を掻いた『決意の復讐者』國定 天川(p3p010201)は取りあえずと言った様子でしにゃこに声を掛けた。
 ぐりんと振り向いたしにゃこに天川は思わず笑う。明るい少女とそれを見て笑った天川にルシアは何とも言えぬ感情を押し殺すような顔をした。
「さ、皆色々あると思うけれど、何はともあれ腹拵えだ。
 ……僕が乾杯ってマジ? いや、斯う言うのって新田さんとかアーリアせんせが向いてるんじゃない? ちょっと――」
「いやいや」「ええ、そうよぉ」などと大人から丸投げされてから『約束』越智内 定(p3p009033)はぐぐと唇を噛んだ。
 こんな場面慣れちゃ居ない。どうしたことかと視線を彷徨わせてから意を決してグラスを掲げた――「乾杯!」


「いやー、それにしてもお疲れ様でした」
 ジョッキを手にしていた寛治はにんまりと笑う。なじみと定にとっては半年間も追いかけ回した静羅川立神教だ。
 感慨も一入でしょうと寛治は楽しげな若者達を見ている。これにて定への『借り』は返済だ。
「いやぁ、終わってみればなんやあっという間に感じるなぁ。
 なじみちゃんも無事やし、ジョーくんもかっこよかったし深美さん? も他のみんなもとりあえずこうして集まれたってだけで頑張った甲斐があったわ。言うてシロに好き放題食わせてただけやけども」
 乾杯の音頭を聞いて勢い良く喉に流し込んだ炭酸飲料の味は心地良い。アルコールを呷ったアーリアが「美味しいわあ!」と声を上げればその傍で『ユキ』が楽しげに翅を揺らしている様子が見えた。
「シロも何か食おか」と振り向けば白い翅を有する『シロ』が合図をするようにはたはたと揺らめく。
 きゅううと大きな音を立てた腹を押さえてから「ユキもお腹ペコペコみたいねぇ。さっきから私の『腹の虫』が煩くて……」と呟く。
「――あっ、ユキ! そのハシビロコウは食べちゃダメ! ちょっとカフカくん、お宅のシロくんの子育てどうなってるの?」
「いやいやアーリアさん、ユキはもうアーリアさんちの子やから、俺がどうこう言うんはお門違いやん?」
 シロはカフカに憑いていた蟲だ。
 ある日、『蟲』に出会った青年はその体の内から飛び出した蟲の片鱗に誘われるようにやってきた。
 そのものを自らに受け入れて、シロと名付けたは良いが、外を蠢いていた分裂したものはアーリアの肉体に入り込んだのだ。それがユキ、シロにとっては娘にあたる。
「あっハイ育てるのは私です……ぴえんなじみちゃーん、カフカくんが苛める!」
「ってこら! なじみちゃんに泣きつくのはずるやろそれ! シロもハシビロコウ狙わない!」
 ユキとシロは『飼い主』の隙を付くように晴陽が子供用チェアに鎮座させたハシビロコウ人形を狙っていた。ダメダメと首を振る晴陽は幼子を思わせてアーリアは思わず吹き出す。
「アーリアせんせも一時はどうなる事かと思ったぜ。なんかカフくんとお揃っちだし……え? めっちゃ仲良くない? 僕のせんせなんですけど!」
 肉を摘まみウィスキーをロックで傾けていた定にカフカは「妬くなって」と笑った。
「まあ、『お揃っち』やと思うけどさ、割と腹は減るけどそんな極端な飢餓状態になる訳では無いのは助かるなぁ。
 実際、この子らはこのまんまで問題は無いんかな。見た目派手やしずっと出しっぱって訳にも行かへんやろうから、危険はそんなにないとは思うけど専門家の先生とひよのちゃん的にその辺どうなん?」
「ああ……カフカさんとアーリアさんが望むなら人の姿にもなってくれるのではないでしょうか。賢い子ですからね」
 シロは少年、ユキは少女の姿になって過ごす事も出来るだろう。呼び掛ければ共に在るが『お留守番』でひよのや晴陽に預けることは出来るだろうとひよのは認識しているようだ。
「ははー」
「それは良いですね。人間の姿ならば食事もしやすいのでは? 澄原で気を利かせて下さって怪異も共存できるとは言え日常的には難しい。
 ああ、カフカさん、貴方もどうぞ座って食べてください。その方がシロさんも食べ易いでしょう。あ、しにゃこさんビールお願いします」
「どうしてですか!?」
 寛治はやはりこういう時はビールだとしにゃこへと振り返る。『最年少』枠のしにゃこに働けとアーリアが「肉焼き係に任命しましょー!」とからからと笑う。
「あ、私が……」
「いえ、ルシアさんは此方で」
 居心地が悪かったのだろうか、おどおどとしていたルシアがしにゃこを手伝おうと立ち上がるが寛治はゆっくりと制した。彼女のその行動は逃げだ。
 誰から逃げるのか――それははっきりと分かりきっている。
「やあ、九天ちゃんも元気そうで良かったぜ。大学には通わないのかい? 良い先生ばかりだぜ。
 困った事があれば何でも相談乗るからさ、同世界のよしみで」
「あ……学費、とかが……」
『只の女の子』になってしまった自分を受け入れられぬルシアが唇を震わせる。「学費はご心配なく」とさらりと言ってのけた晴陽に天川は肩を竦めた。
「さて、俺の番だな。九天、その……なんだ……うまくは言えん。
 ただ俺は、もうお前さんを赦した。無理強いは出来ないが、お前さんが普通の生活を送ることを願う。
 学生生活を送ったり、何かしたいことを探したり、恋をしたり……な。何気ない幸せを見つけて欲しい。感じて欲しい」
「死神様……」
「死神様は止めてくれ。國定天川だ。……お前さんは子供だった。ただ悪い大人に利用されただけだ。
 本人は善意のつもりだろうが、俺はそうは思わん。道を踏み外した子供を導くのも大人の責任だ。
 幸いこっちじゃお前さんも俺も裁かれる罪はない。やり直せるさ。元死刑囚の俺が言うんだ。信じてくれ」
 ルシアは死神様と呼んでいた『元死刑囚』の男をまじまじと見た。ルシアが生き残ったのは幼かったからに過ぎない。
 男が此処に居るのだって召喚されたからだ。どちらも何のしがらみもなくなったわけである。
「……俺だけじゃない。晴陽や新田や他の大人達も、ジョーやなじみ嬢いる。
 苦しいことや辛いこともあるだろう。だが、人の負の感情に晒され続けて尚、あそこで踏みとどまれた九天ルシアならきっと大丈夫だ」
 ルシアがぎゅう、とスカートを握り締めた。今日、彼女が着用して居るワンピースも晴陽が従妹と共に「普通の生活をしましょう」と選んだものなのだそうだ。
「私……」
「さ、ルシアさん、もう少し此方に来て皆と話しませんか。私達友達でしょう?」
 友達、という言葉にルシアの唇がはくはくと動いた。確かにそうだと言われても、それが道場のように聞こえていたのだ。
「私もね、皆と一緒に大学に通ってみるのが良いと思うんですよ。ここにいる数人の友達を足掛かりに、同世代の友達を増やすことができますから」
 友情に年の差は関係ないとは寛治も言いたいが同世代の友人としか作れない思い出はある。幸運なことにルシアにとってはなじみや定、ひよのに花丸、カフカとしにゃこという『同世代』の友人が目の前に居るのだ。
「ああ、ルシアさんにしてみれば、ぽっと出の中年が保護者面をしている事に戸惑われているかと思いますが……
 これでもね、中年なりに思う所はあるんですよ。大人の都合で振り回されてしまった子供たちについて、ね」
 寛治はジョッキを煽ってから戸惑って俯いていたルシアの頭をぽん、と叩いた。
「これからは生き方は自分で決めていい。その選択肢は多いほうがいい。私は、その手伝いをしたいと思います。
 任せてください。社会的な諸々は得意中の得意ですから。時々、顔を見に来ますよ。『友達』ですからね――ああ、忘れてました、服がよくお似合いですよ」
 ルシアの眸がきょろりと動いてからありがとうと、本当に細やかな声音で返してから目を伏せた。


「さあ、お話終わった? ルシアさんは落ち着いて挨拶するのも初めましてだよね? 私は笹木花丸っ!
 ジョーさんのお友達で今は希望ヶ浜大学に通ってる大学生でっす! ルシアさんさえ良ければこれから仲良くしてくれると嬉しいなっ!」
 ルシアがこくりと頷けば花丸は皿に幾つかの肉を取り分けてから差し出す。
「えへへ、これはお近づきの印って事でお肉どうぞっ! ……って、あーっ!?
「できるだけ脂身少ない所でね……あっ花丸ちゃんのお肉が! ひよのさん犯人はあのピンク頭よ!」
「だよね!? しにゃこさん、私のお肉今取ったよね!?」
 ひよのはユキに枝豆を食べさせながら「酒のつまみが好きですね」とのんびりと過ごしている。アーリアが「花丸ちゃん、ほらほら!」としにゃこの元へと飛び付くようにと背を押した。
「うめぇ。しにゃは使いっ走りなんですよ!? てか、酒飲み人類がやたら楽しそうなのずるいです! しにゃも早く大人になりたい。
 野菜も食わんかい大人共! しにゃは肉食獣なんで肉ばっかでもOKなんです! 笹木さんの肉もしにゃのです! うめぇ!」
 むしゃあと擬音でも付きそうな勢いで肉に齧り付いたしにゃこへと花丸が非難の声を上げる。
「しにゃこさんも肉食獣とか言う前にしにゃこさんこそ野菜を食べるべきだよっ! ひよのさんだってそう思うよね、ねっ?」
「あ、ひよのさんはこちらどうぞ。焼き加減バッチリですし? 美味しいですよ?」
「……花丸さんごめんなさい。今、味方を出来なくなりました」
 美味しいと淡々と食べ続けているひよのに「卑怯者ー!」としにゃこを指差す花丸。ピーマンを勢い良く掴み取りしにゃこの口へと押し込もうとする花丸に「ぎゃあ」としにゃこが叫んだ。
「しにゃこさんが私に肉を献上した時点で裏がありますね」
「別にぃ!? 何も企んでなんか……所でしにゃ進学したいんで勉強教えて欲しいんですけど……」
 もごもごと呟いたしにゃこに花丸とひよのが顔を見合わせる。進学という言葉にテーブルに勢い良く倒れ込んだのはなじみだった。
「私は解放されたからね! ははーー、頑張れしにゃこさん」
「ああ、そうだ。カフくんも今から大学行こうぜ、楽しいよ」
 単位のことは見て見ぬ振りをした定になじみは「本当だよ! 行こうぜ!」とカフカに手をぶんぶんと振り続ける。
「あー、そっか、みんな進学やら色々考える季節か。
 先輩から言わせてもらえばまあ、やりたいことはまだ考える時間あるし、ゆっくり決めたらええと思うよ。
 俺は馬鹿やったから進学せぇへんと働いて今の仕事しとるけど」
 勢い良くアピールしてくる二人にカフカはからからと笑いながら肉を配膳し続ける。大人のグラスへと酒をついで有耶無耶にする彼になじみが膨れ面で定をつんつんと突いた。
「カフカ君は手強いぜ」
「ああ、かもねえ……色々あったけれど、こうして皆無事で居られて良かったよね。
 誕生日になじみさんが居なくなってからずっと落ち着かなかった気がする」
 それだけは覚えてたんだと笑ってから定は息を吐いた。しにゃこの傍でにんまりと笑っている深美は定の視線を受け止めてから頷く。
「あの……なじみさんを産んでくれて、有難う御座います」
 深美が目を見開いた。産まなければ良かった、私がこの子を『産んでしまったから』。ああ、その後悔は分かる。
『猫鬼』がなじみの父を――深美の最愛の人を奪い去ったのは『子供(器)』が用意されていたからだ。その言葉は呪詛のようだっただろう。けれど。
「……僕はきっと彼女に会えたからこうして居られている。これまで何度彼女に救われたのか分からない」
「あなたは、なじみを大切にしてくれる?」
「もっ、勿論!」
 胸を張った定は「食べます! なじみさんを護る為に!」と立ち上がる。
「そうだぞ、九天もだ。皆肉を食え肉を。でかくなれんぞ。ジョー! いっぱい食え! でかい男になれ! ははは!」
 肩をがしりと掴んだ天川はすっと離れてから寛治に「飲めよ」と注ぐ。
「……新田、本当に感謝する。あの時、サポートを願い出てくれなければ九天もジョーもどうなっていたか分からない。
 この子は純粋だ。だからこそ利用された。新田もジョーも気にかけてやって欲しい。無論俺も面倒を見る」
「ええ、それが『大人』ですからね」
 肩の荷が下りた様子の深美の傍に座ってからアーリアはハイボールをそっと差し出した。
「飲んで飲んで。あ、でもこれ……深美さん!? お水ー!?」
 慌てて立ち上がったアーリアに晴陽がささっと水を用意する。酒には強いわけではないが許容量をよく知っているのだろう。
「たまにはこういう騒がしいのも悪くないだろう? ゆっくりする機会は二人の時間を作りゃいくらでもあるしな。
 晴陽にも本当に感謝しているんだ……。俺がこうして皆とこんな時間を過ごせているのも君のおかげだ。
 ありがとう。君の言う通り、まだまだ臆病者だが末永くよろしくな」
「……はい。私もこっぴどく叱られたんですけれどね」
 弟に従妹に。無理をするなと怒られたという晴陽に天川は可笑しそうに笑った。
「ところで天川さん、式の日取りは決まったんですか?」
「新田!? 気が早いと思うぜ、晴陽の心の準備ってのもあるだろうしな」
「いえいえ、澄原の披露宴ともなれば、出席者も大人数でしょうし。希望ヶ浜パークホテルのボールルームの予約は早目のほうがいいですよ。
 いや、いっそシレンツィオあたりの海外挙式なら、義理の招待客を呼ばなくても済みますかね……」
「新田!?」
 慌てる天川に隣に座っていた晴陽がきょとんとしたような顔を見せた。
「……。その気はあるからな!」
「あらぁ、怒らせて。じゃんじゃん飲みましょうよ。晴陽ちゃんは酔うとどうなるのかしら? 天川さん、酔った勢いでお持ち帰りとかダメよ?」
「アーリア嬢もあまり俺を虐めんでくれ」
 苦笑する天川を眺めてから晴陽は小さく笑った。「私がお持ち帰りしましょうか」と真顔で言う彼女に全員が「え?」と告げたが行き先は――澄原病院か。
「それはお持ち帰りではなくて治療じゃない?」
「ああ……」
 無理をすると強制入院くらいさせてきそうな女医に肩を竦めたのであった。


「ほら、花火始まったで! シロ、ユキ、こっちで見ぃ」
 カフカが呼び掛ければしにゃこは「わあ、綺麗ですねー!」と手を伸ばす。
「JKとして見るラスト花火…かも…うぅ~…この青春が無限に続いて欲しい……さっきと言ってる事が違う!? しにゃは刹那に生きてるんです!」
「それで良いのか悪いのか」
 ひよのはくすりと笑う。不思議そうなルシアに「食べた方が可愛くなれますよぉ」と肉を渡すしにゃこを見てから花丸は「なんだか賑やかにしちゃってゴメンね? 私達が集まるといつもこうなっちゃうから」と肩を竦めた。
「でも――これは! 必要だからね!」
 aPhoneを手に皆の撮影を続ける花丸はにんまりと笑った。思い出を失ったならば作っていけばいいだけだ。
「えへへ、この光景を皆で見られたって考えるとさ。あの時無茶をしたのはやっぱり間違いじゃなかったって、そう思うんだ」
「ええ」
「……もし……もしもだけどさ。
 ひよのさんが危ない目だとかに遭うっていうのなら、私はきっと無茶をする。
 でもそれはひよのさんと今日も明日も一緒に笑っていたいからなんだ。ほら、一人だけじゃ人って素直に笑えないでしょ?」
 ひよのは目を見開いてから花丸を見た。見透かすような彼女の瞳に、何も言えやしない。
「ねっ、ひよのさん。また来年も一緒に海に遊びに行って、花火も見に行こうね――約束だよっ!」
「……ええ。今年の夏は、長くなりそうですけれど」
 すべてが終わったら『大学生』を一緒に過ごしてみてもいいかもしれないとひよのはぎこちなく笑って見せた。

「ほら、大輪だ。なじみさんは一番ハデなやつ、好きだろ?」
「え? どうして?」
「どうしてって……なんでだろ。何かそんな気がしてさ。
 僕も好きなんだ、でっかくて派手なやつ……君が笑った顔みたいに綺麗でさ」
 ぱちくり、となじみは瞬いた。それから定を見てから「言うねえ」と揶揄うように唇を吊り上げる。
「うん、私も好きだよ。派手なやつ。この光の下でなら君は私を見失わない」
 そって掌を重ねる。なじみの小さな掌を包み込んでから、一度息を吐いた。掌を重ねて、緊張しながら言葉を探す。
「病院から出るだろう? その時、大学寮に移らない?
 そこなら僕も住んでるし知っている人が居るなら深美さんも安心出来るかも知れない」
「うん」
「……いや、こういう理由の付け方はもう良くないよね。
 それよりも何より、そうなったらこれから先少なくとも大学生の間は君の近くにいられるかもって、そっちの方が来て欲しい本当の理由だよ」
 ゆっくりと若草色の眸が見上げてくる。きらりと花火が映り込んだ。
「誰かを好きになると僕って結構、かなり、我儘みたいだ……どうかな?」
「君と一緒に住みたいくらい、頑張って欲しいね」
「え?」
「嘘だよ、そうしようかな。『お母さん』に相談しようか」
 花火が、空へと昇っていく。

「ねぇ、希望ヶ浜の大学編入試験を受けてみない?」
「――え」
「学費は晴陽ちゃんがなんとかしてくれるし、それに……なんと私と新田さんが特別講師!
 さらに私は、勉強以外にも素敵なメイクも、ファッションも教えちゃう!
 そして、先生でもあると同時に貴女の二人目のお友達にもなるわ」
 九天ルシアは『分り合えない』。何も持っていなかったから、それでも。
 九天ルシアは『分かり合いたい』。何も知らなかった世界から踏み出すことを許してくれるから。
「楽しいでしょう? 賑やかだったでしょう。いつも、こうなのよ。
 ……ね、お友達とBBQして花火を見た、なんて最高の夏だと思わない?」
 ――九天ルシアは、それでもあなたと一緒に居たかった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 レトゥムお疲れ様でした。
 なじみと晴陽は一段落、と言った様子です。
 希譚でひよのと水夜子が大暴れするかも知れませんが(なじあざペアや従姉女医が突っ込む可能性はありますが)、これからも楽しい毎日を過ごしましょうね。

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