PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<孤樹の微睡み>再会は災禍か祝福か

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ある三人のお茶会
 深緑の地。その一角にて。
 騎士を数名連れた白いフード付きローブを纏った若い女は、とある夫婦と話を弾ませていた。簡易テーブルの上に人数分のハーブティーとお菓子を並べて談笑している彼らは、初対面だというのに随分と打ち解けており、時折笑い声を零す。
 白髪で左目を隠す女は、一対の白黒の翼を隠さずに微笑んでいた。細い肢体を包む白いドレスの裾にはスリットが入っており、彼女のふくらはぎから膝までを魅せている。髪飾りの薔薇の色は紫で、確か花言葉は「誇り」「気品」「尊敬」のはずだ。
 隣に立つ男は少し大きめの丸い片眼鏡を右目にかけており、こちらも同じく白髪だ。特徴を挙げるならば、首に聴診器らしきものを、肩に鞄をかけており、医師のように見える事ぐらいだろうか。少し大柄なので、衝撃にも強そう。
「まあ、それでは、旦那様は奥様の体を治そうと頑張っていらっしゃるのですね」
「ええ、難しい事だとは承知の上だけど、それでも彼女と共に生きたいし、治った後に可能なら息子に会いたいからね」
「私も早く息子に会って抱きしめたいわ。今はどんな風に成長しているのか、とても楽しみで……」
「素晴らしいですわ。医療に携わる者として、共感しかありません。それで、こちらへはどういった用で?」
 若い女――『遂行者』リーベは目を細めて、彼らに問う。
 男――松元 聖明が、笑って答える。
「原点に立ち返ってみようと思ってね。彼女を元の姿に戻すならば、その生体を解剖すればヒントを得られないかと思ったんだよ」
「たとえ何も得られないかもしれなくても、いつかヒントになるかもしれないものね。何がヒントになるかわからないのが世の常だもの」
「そうだね。君の姿を元に戻す為のヒントが後になって見つかるかもしれないし、今回で見つかるかもしれない。頑張るよ。他でもない君の為にする事だからね、エピアさん」
「ふふ、嬉しいわ、聖明さん」
 理由がまるで蛮族のようだ。その行為は侵略者と何ら変わりは無いと、二人は気付いているだろうか。
 若い独り身の女を前にして、二人の世界に入っていく夫婦。控えていた騎士達は困惑しているが、リーベはにこやかな顔のまま彼らを眺めている。
 騎士の一人を呼び、袋を一つ出させる。リーベの掌に乗るほどの青い宝玉が一つ現われ、それは柔らかな日差しに反射して光った。
 夫婦二人もその宝玉に目を奪われ、まじまじと見つめる。宝玉の中には薬瓶に髑髏マークが重なるように描かれており、まるで不吉の象徴を表わしているかのようだった。そしてそれを、リーベは二人に向けて差し出した。
「これをお使いください。邪魔されずに目的を遂行出来るようになるかと思います」
「……ありがたく使わせてもらうよ」
 自分達の行動を否定せず、むしろ協力しようとする彼女の意図を図りかねているのか、聖明は一瞬だけ警戒するような目を向けたが、すぐにそれを受け取り、荷物の中に収納した。
「互いの目的の成功を祈って」
 リーベの一声にて、三人はハーブティーを飲み干す。
 一時の談笑を終えた三人は、それぞれ別の道へと向かう。
 別れ際、リーベはふと気になった事を彼らに問いかけた。
「そういえば、あなた方の息子さんは何とおっしゃるのですか?」
「ああ、そうだね。もし会ったらよろしく伝えて欲しい。息子の名前は、松元 聖霊というんだ」
 聖明の返答に、リーベは何を思っただろう。

●その深緑に下りるのは
 松元 聖霊(p3p008208)を含むイレギュラーズが深緑のとある一画に着いた時、既に帳は下りていた。
 中に救出対象者が居るかもしれないという事で、彼らは迷い無く中へと入っていく。
 帳の中は、外と変わらず、木々で満ちていた。地面は整備されておらず、草が多い茂っている。戦うとなると、少々やりづらそうだ。
 中心部と思われる場所に向けて走る彼らの視界に入ったのは、地面に倒れる複数の幻想種と、彼らを見下ろす一対の男女。幻想種の者達には複数の白黒の羽が刺さっており、それが原因で倒れているようだった。身体が上下に動いている事から、まだ息はあるようだ。
 白髪で揃えた男女の後ろ姿に、誰よりも目を見開いたのは聖霊だった。
「……嘘だろ」
 その唇から零れたのは、驚愕。彼らの姿は、それまでの彼の常識をひっくり返す出来事だったから。
「父さん、母さん……?」
 生きている事が有り得ない筈の両親の姿に、思わず二人を呼ぶ。彼の声を聞いた男女が振り返り、聖霊を見て目を見開いた。
 「聖霊」と異口同音に零した名前の響きは、紛れもなく両親のもので。
 仲間が問う。「知っている相手か?」と。
 簡潔に彼は答えた。「死んだはずの両親だ」と。
 男の手にある青い宝玉を見た仲間が、それに描かれている模様を見て目を見開く。
「それは……まさか、聖遺物……?!」
「へえ、そう言うのかい? 頂いた物なんだけれどね」
「誰に貰った?」
「何て名前だったかな、エピアさん」
「リーベさんよ、聖明さん」
「ああ、そうだったね」
 男女の会話を聞いていたイレギュラーズの内、聖霊以外にもその名を知っている者が居れば、目を見開いただろう。
 リーベ。遂行者の一人として名を連ねる者である。
 イレギュラーズが「彼女は今どこに」と問うも、彼らは首を横に振るのみ。「少し話しただけで、あとは知らない」と。
 二人の様子から、嘘は言っていないようだ。
 聖霊が、震えそうになる声を抑えながら、努めて平静に彼らへ問う。
「何故それを貰ったんだ?」
「私達の目的を聞いた彼女が、『これがあれば邪魔されずに済む』というような事を言って、善意でくれたんだ。
 いや、確かにこれは良い。あっという間に空間を閉じ込めてくれたから、こうやって彼らを捕らえる事も出来たからね」
「捕らえる? そいつらが何か君達に危害を加えたのか?」
「いいや、全く。捕らえたのは私達の目的の為だよ」
「目的?」
「うん。妻を――エピアさんを、幻想種に戻す為のね」
 聖明と呼ばれた男の言葉に、イレギュラーズの殆どが眉を顰めた。
 エピアという女性はどう見ても人間種だ。耳が丸く、人間種にしか見えないのだが……?
 聖霊がハッとした顔をするのを見た仲間が「どうした」と尋ねる。
「……母さんは、幻想種の筈だろう?」
 その呟きに、是と頷いたのはエピア本人だ。彼女は耳を撫でながら説明してくれた。
「母さんはね、魔種になったのよ」
 笑いながら言うものだから、すぐには言葉が出なかった。
 人間種に見えるが魔種だと名乗る女。そしてその彼女を妻と呼び、元の幻想種に戻す為と言った男。
 漸く言葉を絞り出したのは、誰だったか。
「魔種が元に戻れる訳が無いだろう?!」
「やってみないと分からない。医学というものはそういうものだよ。そしてその為なら、犠牲も厭わない」
「まさか、その足元の彼らは……」
「ええ、そうよ。聖明さんが、私の体を戻す為のヒントを得る為に捕らえたの。私の力でまだもう暫くは動けない筈よ」
 彼女は今、聖霊を見ているだろうか。
 最愛の息子の顔が今どんな顔をしているのか、彼女はわかっていないし、『見ていない』。
 イレギュラーズは構える。今この場での目的を決めたから。
「彼らを助けさせてもらう!」
「それから、その聖遺物も、壊させてもらうよ」
「あら、困ったわね、聖明さん?」
「そうだね、エピアさん。君を治療したいだけなのにね」
 白黒の翼を広げるエピアと、杖を構える聖明。
 互いに睨み合っていると、頭上から咆哮がした。黒い影が見えて、顔を上げる。
 見上げると、そこには複数の鳥獣の姿があった。旋回している様子から、こちらを窺っていると知れる。もしかしたら、倒れている彼らを奪おうとしているのかもしれない。
 その鳥獣の大きさは人の半分程あり、種類は鷲だったり鷹だったりしていた。
 深緑の地にある動物にしては大きすぎるような気もする。もしかすると、最近見るという『終焉獣(ラグナヴァイス)』とやらだろうか。さしあたって、「ヴァーヅ」と仮称しよう。
「何もこのタイミングで来なくとも……」
 全くだ、とイレギュラーズの殆どが同意する。
 一組の夫婦と頭上の終焉獣達。
 彼らを掻い潜って、倒れている幻想種達を救い出すのは骨が折れそうだ。

GMコメント

 初のハード依頼となります。
 漸くリーベ関連の話を出せました。
 今回、リーベは出てきませんが、代わりに魔種の妻と医師の夫、それから終焉獣達が相手となります。
 果たして彼らを止める事は出来るのか。
 そして救出は出来るのか。
 それらはイレギュラーズである皆さんの手にかかっております。
 よろしくお願いいたします。

●成功条件
・聖遺物の破壊(最優先事項)
 (達成すれば両親二人は撤退します)
・ヴァーヅを倒す
・倒れている幻想種数名の救出(努力目標)

●戦闘フィールド
 時間:昼間
 周りにあるもの:多くの木々。広場のような場所ですが、地面は整備されていないので小石だらけです。

●敵情報
・エピア
 白黒の一対の翼を持つ魔種の女。松元 聖霊(p3p008208)の母。
 翼から羽根を飛ばす攻撃は共通して【神近範】、白の翼は【麻痺系列】、黒の翼は【不調系列】を伴う事がわかっていますが、それ以上の性能がわかっていません。
 また、魔種である以上、全体的な能力はかなり高く、戦闘経験がないだけで十分脅威です。
 ここで下手に『学習』をさせて取り逃した結果、拡大する脅威は未知数と言えるでしょう。

・聖明
 杖を持つ大柄の男。松元 聖霊(p3p008208)の父にして、医師。
 正確な能力は不明ですが、エピアを回復する事や補助に専念すると思われます。
 当たり前ですが、魔種と同行して狂っていない(ように見える)ことからも精神力が強く、それに伴う各種実力は説明の必要もないでしょう。

・ヴァーヅ×十数体
 大きさは大人の半分程。いずれも猛禽類をベースにしていることが分かります。
 強力な風を起こす【足止系列】を有する他、【毒系列】の羽を飛ばします。
 猛禽類だけあって爪や嘴も技術無しで十分脅威になりうるでしょう。
 こちらは倒れている幻想種達を狙っているようです。
 イレギュラーズおよび、エピア&聖明を敵とみなしています。

・聖遺物
 青い宝玉の中に、薬瓶に髑髏マークが描かれた模様が入っている。
 『遂行者』リーベから渡された物で、現在この聖遺物により、帳が落ちている状態です。

●幻想種達×複数名
 救助対象です。エピアによる【麻痺系列】【不調系列】により、身体を全く動かせない状態ですが、意思の疎通は可能です。
 男女含めて成人済みの幻想種達です。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <孤樹の微睡み>再会は災禍か祝福か完了
  • 遂行者と彼らが出会ったら、別の悪意が顔を覗かせた
  • GM名古里兎 握
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年08月16日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

冬越 弾正(p3p007105)
終音
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
松元 聖霊(p3p008208)
それでも前へ
ネリウム・オレアンダー(p3p009336)
硝子の檻を砕いて
耀 澄恋(p3p009412)
六道の底からあなたを想う
イズマ・トーティス(p3p009471)
青き鋼の音色
耀 英司(p3p009524)
諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°
ユーフォニー(p3p010323)
竜域の娘

リプレイ

●天を穿ち、地に救いを、間には友の声を
 悠長に話す時間は無い。
 そう判断し、『青き鋼の音色』イズマ・トーティス(p3p009471)は『医者の決意』松元 聖霊(p3p008208)に声を掛ける。
「俺達が惹きつける。その間に彼らを」
「ああ。頼む」
 彼の返答を受けてすぐに、イズマは指示を飛ばす。
「ヴァーヅを優先して倒すぞ」
 イズマの指示に対してイレギュラーズから文句が出る事は無い。そんな事をしている暇があれば、さっさと倒す方が賢明というもの。
「ところで、提案なのですけど、あのヴァーヅを仕留めたら盾に出来ません?」
 突然の『ましろのひと』澄恋(p3p009412)の提案に目を丸くするも、なるほどそれはと納得もした。
 幻想種達は自然そのままを愛する種族だ。周りに木々はあれど、それを倒して盾にするのは、幻想種達から見れば眉を顰められる案件だ。そう考えると、澄恋の提案したヴァーヅの遺体のリサイクルという案には賛同である。それを見た幻想種達がどう思うかは説明が必要そうではあるが、その時はその時だ。
「やるしかないな」
  『黒響族ヘッド』冬越 弾正(p3p007105)が零した一言で、当面の動きは決まった。
 まずは先に聖明とエピアを幻想種達から引き離さねばならない。そしてすぐに聖霊達が救助対象者達に駆けつけられるよう、道を拓く。
「おい、こっちだぞ、鳥ども! 俺は冬越 弾正! お前達を倒すものの名だ!」
 呼びかけた事で、ヴァーヅ達の意識が幻想種達からイレギュラーズへと変わるのがわかった。今の彼はヴァーヅ達から見れば小物と侮る相手に見えるはずだ。そこに加えて彼が名前を名乗った事で、完全に弾正が狙われる側となった。
「あら、わたしを忘れては困りますわ。澄恋と申します。どうぞよしなに」
 彼女もまた弾正に倣って名乗りを上げる。これでヴァーヅの注意は弾正だけに留まらなくなった筈だ。
「ありがとう、澄恋さん」
 『Pantera Nera』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は礼を言う。おかげでこちらにやってきたヴァーヅに向けて黒豹をイメージした攻撃が入るようになった。
 まだこちらに下りてこないヴァーヅに対して、『相賀の弟子』ユーフォニー(p3p010323)の攻撃が入る。万華鏡と名付けられたそれに閉じ込められた煌めきはヴァーヅを迷う事無く撃ち抜く。ひゅう、と『怪人暗黒騎士』耀 英司(p3p009524)が仮面の下で口笛を吹いた。
 残ったヴァーヅが翼を広げる。広範囲で撒き散らされたのは羽。まともに喰らってやるつもりは毛頭無いが、回避が間に合わなかった者には聖霊の助けが入る。その中で、『硝子の檻を砕いて』ネリウム・オレアンダー(p3p009336)が先にイズマと自身に掛けていた聖なる加護により、二人だけは影響を受けずに済んでいた。
「こっちもやってやるか」
 英司が剣を振る。持ち主である英司の生命力を糧に闇を切り裂く双怪刃は、稲妻を纏わせた黒いエネルギーを纏うと、斬撃波をヴァーヅに向けて放った。ヴァーヅの一部が空を割るように群れを左右に分ける。
 ヴァーヅの分断にはひとまず成功。次は松元夫妻を幻想種から引き離さねば。イズマは手をかざし、力の放出を調整する。
「悪いが、そこから離れてもらう!」
 瞬間、広がったのは衝撃波。不意を喰らった聖明とエピアが吹き飛んでいき、空中で体勢を立て直したエピアが夫を抱えて地面に立つ。
 彼らが次の行動に移る前に、聖霊が幻想種達に辿り着いた。彼らを苛む羽を、抜いても出血が広がらないか確認しながら一つずつ抜いていく。
 その手つきを見る聖明の顔は、医学を彼に教えた師として嬉しそうにも見えた。

●言葉は時として人を揺さぶり、そして
 ヴァーヅを仲間が引きつけ、格闘している間に、夫婦へと相対するイレギュラーズは、出来るだけ穏やかな顔で向かい合った。今この時に必要なのは剣呑とした空気では無い。目的はその手にある聖遺物なのだから。
 先のイズマの攻撃で吹き飛ばされた二人は救助対象者から離れていたが、聖霊やユーフォニーを含む者達が幻想種達に駆け寄った事でなのか、再び距離を詰める様子は無い。
 二人の足に力が入らないかを警戒しつつ、真っ先に口を開いたのはネリウムだ。
「悪いね、暫く僕達と話でもしてよ。夫婦のラブラブな話が好きでさ、旦那さんの好きになった点とか聞いてみたいんだけど」
 仮面を被った怪人こと英司が、ネリウムの肩を一つ叩いてそのまま肘を乗せてもたれかかる。
「ネリウム、その話は長くなりそうだから、先に俺等の話を聞かせようぜ。そうだな……アンタ等、聖霊に会うの久しぶりなんだろ。会ってなかった間の話でもしてやるよ。
 あぁ、悪い。自己紹介がまだだったな。俺は英司っつって、怪人やってる者でな。アンタ等の息子には日頃よく世話んなってるよ」
 彼の言う「世話になってる」は、普段から無茶をする自分に対していつも治療をしてくれる、という意味でだ。今回もそうなりそうな予感を感じる。眼前の夫婦を見やれば、彼らは驚いたように英司を見つめていた。……うん? それはどういう反応で?
 英司が言葉を重ねるよりも早く、エピアが声を上げた。
「まぁ……! あなた、聖霊のイイ人なの?」
「はぁ?!」
 こんな時だというのに、思わず間の抜けた声を上げてしまったのも致し方なかろう。英司だけでなく聖霊、それからイズマに澄恋までもが同じような声を同時に上げていた。
 呆気にとられる面々を余所に、エピアは聖明に話しかける。
「聖明さん、どうしましょう。急に紹介されると困ってしまうわ」
「そうだねえ。流石の私もこれは予想外だよ」
「違う違う! ひどい誤解だ!」
「そうだぜ、二人とも。こいつは医者として世話してるだけだ!
 英司! 誤解を招くような言い方をするな!」
「怪我の度に治療してもらってんだから、事実を言っただけだろうがよ!?」
「言い方、他にもあっただろ!!」
 英司と聖霊がぎゃあぎゃあとやり取りするのを、エピアは「こんなに喧嘩出来るようなお友達が出来たのね……」とうっすら涙を浮かべながら見つめ、その肩を聖明が抱く。こんな場でなければ、微笑ましい家族愛に見えたのに。
「って、そうじゃねえ! 今はそうじゃなくて!」
 聖霊とのやり取りを強制的に切り上げて、英司はもう一度夫婦に向き直った。深呼吸を一つしてから本題に入る。
「アンタ等のやってる事は大局で見りゃ、『悪い』に分類するわけだが、ぶっちゃけ俺ぁアンタ等が『悪い』とは思わねぇよ。だがまぁ、『都合が悪い』んだ。培養したクローンででもやってくれ。澄恋から『旦那様』を借りてもいい……いいよな? ダメ?」
「勝手にわたしの旦那様の使用許可を出そうとしないでくださいませ!?」
「ダメだそうだ。悪いな」
 ヴァーヅを相手しながらよくぞ返答出来たものだと思う。澄恋の許可が下りなかった事で、英司は肩をすくめてみせた。
「大切なもんの為にゃ命張るよな。そこは少しだけ分かるさ」
 何故ならば、自分もそうだから。誰かを泣き止ませる為に別の誰かを手に掛けた。
 チラリと仮面の下で視線を澄恋に一瞬だけ移す。目を閉じて視線を戻し、今度は聖霊へと視線だけ移した。泣きそうな、どうすればいいかわからない子供のような顔をしているのを見て、唇を嚙む。
「親子だって極論他人、分かり合えねぇもんだがな、そこの万年医者面野郎が俺にもわかるぐらい思い詰めた顔してんだ。話ぐらい聞いてやってくれよ。ちゃんと見つめ合えよ! 親子だろが!」
 魔種は世界の敵。それは頭で理解できている。早くその命を刈り取れと、『怪人』の自分が言う。けれど、今はそれに目を瞑る。時として、正論よりも、関わってきた者への感情が上回るものだから。
「ええ、そうですわね。わたしもご夫婦の、いえ、聖明様のお気持ちが分からなくはありません。
 しかし倫理や道徳関係なく、お二人の宝である聖霊様を悲しませる選択肢を選んだのは本ッ当に理解しかねます。
 あなたたちは、三人揃って『家族』でしょう!
 親なら少しは産んだ子のことも想いなさいな!」
 英司と澄恋の叱咤を受けて夫婦の視線は聖霊を捉える。互いに改めて向き直る事で、聖霊が唾を飲む。乾きかけた唇を開き、出来うる限りの言葉を紡ぐ。
「父さん、母さん。俺も魔種から原種に戻す治療法があればって思うし、探してるよ。
 この世界の魔種なら殺さないといけないって所も、本当は嫌いだ。
 だから、父さんが母さんを戻す為に研究したいのもわかる。
 医学が救えなかった生命の上に成り立ってるのもわかる」
 言い分は分かる。だけど、それでも、やってはいけない事はあるのだ。その一線が彼ら親子を隔てている。
「でもそれは懸命に治療したけど救えなかった生命のことで、目的の為に生命を犠牲にするのは違うだろ!!」
 そう、それが親子を分かつもの。
 半分泣きそうな顔で、聖霊は禁断の言葉を紡ぐ。
「それでもやるなら俺にしろよ、俺も幻想種だぜ。
 こいつらを助けてからになるけどな」
 既に羽は取り除いている。内臓に刺さるほどの深さが無かったのが幸いだ。
 粛々と治療を開始する聖霊を見つめる夫婦は、何を想うのか。その背中に、イレギュラーズの声がかけられる。倒したヴァーヅを盾に加工したものを澄恋から投げられ、弾正が受け取って盾として寄り添う。他のヴァーヅから護る盾として救助者達に寄り添う者達も居る。
「心配するな、聖霊さんは既にグレイトなドクターになれている。きっと聖霊さんが尊敬している、昔のあなたみたいにな」
「今の医療には限界がある。俺の弟は聖霊殿の目前で死んだ。
 だが、俺は彼に感謝している。最後の瞬間まで命を見捨てず手を伸ばす彼に、弟の心は救われたんだ」
 モカが、弾正が、言葉を紡ぐ。聖霊にまつわる事を交えて紡がれる話を聞く夫婦の顔は聖霊の方を向いているばかりで、こちらを見ようともしない。
「……そうか、成長してるんだな」
 ぽつり、と呟いた聖明の声。
 聖霊の治療を邪魔する様子は無い。注意深く見ながらも他の仲間達が聖明とエピアに言葉をかけていく中で、イズマが気になっていた疑問を尋ねた。
「聖明さんは反転をどう思ってる?」
「身体が変化したものだろう? だから、戻す。それが私の考えだね」
「……魔種の『身体』を戻す、か。
 それでは魔種は戻せないと思うよ。
 何故なら反転とは『不可逆な心の変質』だからだ。反転を間近で見れば嫌でも解る」
 彼の言葉に重みがあるのは、記憶が呼び起こしたからだろうか。
 思えば、彼らが関わったというリーベもそうだ。彼女の事が一瞬だけ頭をよぎる。
 被りを振って、言葉を続ける。
「肉体の変化なんて、心に追随するものに過ぎない。
 息子さんのためにも、自らを省みて考え直してくれ」
「……君は、私の治療を否定するんだね」
 一瞬で、聖明の声音が低くなった事に、イズマを含めたイレギュラーズの背に寒気が走る。彼の変化に対し、それ以上の言葉を紡げぬイズマは一歩下がる。代わりにエピアが聖明の前に進み出た。その目は敵と認識したものになっており、表情も険しい。
 初見である二人を相手に今事を構えるのは不味い。彼らを撤退させるまでにこちらの手の内を見せてしまえば、次に見えた時に苦戦するのは目に見える。
 となれば、取る道は一つしか無い。聖明の手にある聖遺物を少しでも早く取り上げる!
 モカが走り出す。一拍遅れて弾正も。両手を広げたエピアが目を閉じる。何をするかは不明だが、自分達を阻止しようとするのは分かる。だが、その彼女の動きをユーフォニーが阻止した。黒い霧をエピアの周りに発生させ、視界を奪う。動く幻影ではあるが、目くらましには十分。
 此方の動きを察されない為の霧が晴れるまでの時間は一分。その間に聖明の手から奪う事が現在の目標だ。
 霧の範囲外に居る彼からは、霧の影からモカが突然現われたように見えただろう。握りしめた拳を脇から前へ突き出す。至近距離で繰り出された、流れ星を破る為の一撃は聖明の腹部へと当たる。服の下に防具を着ていたのか、鈍い音が響いた。彼女の手も同時にダメージを受ける。そのせいで次の攻撃へと移る手が一瞬遅れた。
 聖明の持つ青い宝玉へと伸ばそうとした手は、彼が持つ杖によって払い除けられ、手が届かず。
「悪いが、落とさせてもらうよ」
 ネリウムが先に宣言する。密やかに伸ばしていたその毒手は聖明の手元を狙い、毒を放った。命中したそれの衝撃と瞬時にただれた手の痛みに、聖明が宝玉を落とす。回る毒に気付いてか、杖についていた宝石が淡く光った。
 彼が自身の回復に意識を向けた事で、聖遺物に狙いを定めやすくなった。宝玉との距離を詰めた弾正が、『煌輝』と名付けられた刀を振るう。聖遺物たる宝玉を狙った一撃は、竜の鱗さえ斬れると称されるほどのもの。それほどの威力を受けた聖遺物が音を立てて砕け、地面に欠片を撒き散らす。中に刻まれた、薬瓶に髑髏マークがついた印も殆ど壊れた。
 空が本来の光を取り戻す。頂点から少しずつ帳が剥がれていく。
 それを見て、体勢を立て直したモカが言う。
「これであなたたちが、ここに留まる理由が無くなったな」
 幻影の効果が切れて消えた霧の中から現われたエピアは、ふぅ、と諦めに似た溜息を零して、エピアは伴侶の名前を呼ぶ。
「…………聖明さん」
「ああ。撤退しよう」
 後ずさる様子の彼らをイレギュラーズは追及する事はしない。
 撤退する直前、彼らは息子に声をかける。
「聖霊、君が医師として成長しているのを見る事が出来たのは嬉しいよ」
「ええ。私もあなたが成長した姿を見れて嬉しいわ。今度会った時は、あなたを抱きしめたいわね」
「っ……!!」
 両親からの思いも掛けない言葉に、喉の奥がヒュッと鳴った。こんな再会でなければ、嬉しいはずの言葉だったのに。
 エピアに抱えられて飛んでいく聖明。
 遠ざかる姿を見ていられたのはほんの僅かな時間。
 未だに空中では残りのヴァーヅが飛んでいる。その数も、最初に比べれば少なく、残り二、三体というまでになっていた。
 地上で治療中の幻想種達をまだ諦めていない様子だったが、彼らにはとっとと退場していただかねばなるまい。
 澄恋の一撃がヴァーヅの翼を狙っていく。叩き込まれた一撃は彼女の身体にも反動を与えるものだが、イズマのもつ福音が彼女を癒してくれた。翼を射られたヴァーヅは、己の翼というバランスを失った事で空中に留まる事が難しくなり、フラフラと左右に揺れたかと思うと、そのまま力を失ったように墜落した。
 地に墜ちたヴァーヅは、それでも敵意を喪失する様子は無く。残る羽で飛ばされる攻撃を、同胞の盾で受ける。
 ユーフォニーがきらめきと共に放ったものは、世界を万華鏡のように色づかせたものである。
 絶命するまで、イレギュラーズによる攻撃の手が緩められる事は無い。
 そうやって仲間達が片付けていくおかげで、聖霊の治療は邪魔される事なく続けられていた。痛みに呻く幻想種達を、聖霊は手術などを行なって治療していく。治療に没頭していないと、思い出しそうだったから。
 治療が終わり、幻想種達の寝息が聞こえてきた時には、イレギュラーズの誰もが疲れたように地面にへたり込んでいた。
「……それにしても、彼らを支援したリーベさんという方の意図は何でしょうか……」
 不意に零したユーフォニーの言葉に、彼女を知るイズマは「わからない」と頭を振り、聖霊に視線を移す。
 彼は暫く考え込む様子を見せた後、溜息をついた。
「多分、本気で善意だ、あの馬鹿。タチの悪い事しやがって」
 今度会ったらはっ倒してやる、と忌々しげに呟く。
「落ち着いたら、こいつら送り届ける?」
「そうだね。といっても、この人達にも起きてもらわないとだから、まだもう少し待たないとかな」
 ネリウムとモカのやり取りに、他の仲間達も同意と頷く。
 空を仰ぐ。
 帳の中に居たとは思えないぐらいの青天が広がっていた。

成否

成功

MVP

耀 英司(p3p009524)
諢帙@縺ヲ繧九h縲∵セ?°

状態異常

モカ・ビアンキーニ(p3p007999)[重傷]
Pantera Nera
耀 澄恋(p3p009412)[重傷]
六道の底からあなたを想う

あとがき

お疲れ様でした。
夫婦はイレギュラーズの尽力により撤退いたしました。救出対象である幻想種達も救出が成功し回復もできました。
今回は話し合いがメインとなりましたが、次に見える時には戦いが避けられぬでしょう。
再登場まで今暫くお待ちください。
MVPは、夫婦の心を動かした貴方へ。

PAGETOPPAGEBOTTOM