PandoraPartyProject

シナリオ詳細

三つ巴の抗争。或いは、人はなぜ争うのか…。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●平和の終わり
 争いは終わらない。
 人と人は、争わずにいられない。
 きっと、人がこの世界に誕生した当初から、最後の1人になるまでずっと。
 肌の色、目の色、使う言語に暮らす土地、時には頭の良し悪しや、性別の違い。そして、趣味嗜好。そんな程度の理由でさえも、人が争うには十分に過ぎる。
 
 ラサの砂漠のとある街。
 “カンロ”と言う名の小さいながらも栄えた街だ。過酷なラサのいち都市としては珍しく、カンロの街の治安は良い。
 街には多様な甘い香りが漂っており、道行く人々は誰もが笑顔だ。
 甘い香りの正体は、カンロの街の至るところで生産、販売されている多種多様な菓子である。カンロの街は、菓子の生産と販売により発展した街なのである。
 だが、そんなカンロの街にも争いの火種はある。
 初めは些細なきっかけだった。だが、人と人とが集まれば、些細なきっかけから大きな争いに発展するという事例も少なくはない。
 今回もそうだ。
『だぁかぁらぁ! バニラが基本にして至高だって言ってるんだよ! 有史以来! 永劫に!』
 ハンドスピーカーに口を押し当て、エントマ・ヴィーヴィー(p3n000255)は声の限りに叫んだ。
 あまりの大声に空気が震え、近くの家屋の壁の一部が剥離する。
「分からない奴だな。チョコレートだ。チョコレートは全てを凌駕する。ほろ苦くも甘い大人の味が理解できないか?」
 エントマの放つ大音声を真正面から受け止めて、1匹のパンダが不満そうに鼻を鳴らした。パンダの名はP・P・D・ドロップ。世界各地を旅する獣種の武闘家である。
「貴様たちは何も分かっていない。この暑い砂漠の国において、何よりも尊ばれるのは清涼感だ。その点、チョコミントはまさに清涼感の権化とも言える。つまり、チョコミントが最高だ」
 そう言ったのは捩じれた角を生やした女だ。灰色の髪に、筋肉質な長身痩躯。ヘイズルという名の旅人である。
 3人の手には、ソフトクリームが握られている。
 エントマ、ドロップ、ヘイズルの3人はソフトクリームの味のことで言い争っているのである。そんな3人の後ろには、大勢の人が集まっていた。
 争いを遠巻きに眺めている……わけでは無い。
 誰もが手にソフトクリームを持っていた。バニラ、チョコレート、チョコミントの3勢力に別れ、争いに加わった者たちだ。
「いや……私はストロベリーがいいと思うんっすけど」
「異端者め。連れて行け」
「あ、ちょ、止めるっす! 離して!」
 ドロップの部下が、イフタフ・ヤー・シムシム(p3n000231)をどこかへ連行していった。イフタフは藻掻くが、その細い身体では屈強な男の拘束からは逃れられない。
 バニラ、チョコレート、チョコミント。
 この場において、以上3種のフレーバー以外を支持する者は異端者として排除されても仕方が無い重罪だ。だが、イフタフは勇気を奮って己が矜持を貫いた。その結果がどうであったとしても、ストロベリーを支持してみせた勇気は本物である。
「ちっ……このままじゃ埒が開かないわね」
 舌打ちを零し、エントマはバニラのソフトクリームを口に運んだ。
 速く食べないと、溶けてしまうからである。
「あぁ、歯磨き粉の味がするチョコミントはともかくとして、バニラ派との戦いは長引きそうだ」
 ドロップもまた、チョコレートのソフトクリームをコーンごと口に放り込んだ。
「勘違いするなよ! 歯磨き粉がチョコミントの味を真似しているんだ!」
 地面を蹴り付け、ヘイズルが叫んだ。
 その瞳は怒りに赤く染まっていた。
「チョコミントが一番だろうが!」
「「それは無い」」
「……死んだぞ、貴様ら」
 怒りが頂点に達したのか、ヘイズルの拳が震えていた。
 このままでは、口喧嘩から物理的な殴り合いに発展する。そうなった場合、真っ先に排除されるのはエントマだろう。武闘派であるドロップとヘイズルに比べると、エントマの身体能力は低い。
 逃げ足には自信があるが、逃げてばかりでは勝てない。
「いいよ。それなら、勝負しようよ。バニラとチョコレート、そしてチョコミント……どのフレーバーが一番人気なのかを、カンロの住人たちに決めてもらうんだよ」
 フレーバー人気投票戦だ。
 かくして、カンロの街全体を巻き込んだ三つ巴の抗争が行われる運びとなったのである。

GMコメント

●ミッション
フレーバー人気投票戦を終わらせる

●概要&フィールド
ラサの小さな街“カンロ”。
菓子の製造、販売により栄えた街で、ラサ各地から甘味好きが集まっている。
本日は「ソフトクリームの味で、一番おいしいのは何か」で争いが始まった。
バニラ派、チョコレート組合、チョコミン党の3つの勢力に別れ、住人たちにPRと投票を促すことになる。
制限時間は日暮れまで。

●NPC
エントマ・ヴィーヴィー
練達出身の動画配信者。
バニラ派の盟主。

P・P・D・ドロップ
世界各地を旅する獣種の女武闘家。外見はパンダである。
チョコレート組合の組合長。

ヘイズル
ラサ出身の旅人。捩じれた角を持つ、山羊の獣種。運動神経に優れる。
チョコミン党の党首。

イフタフ・ヤー・シムシム
ローレット所属の情報屋。
ストロベリー信者だったが、ドロップの配下により拘束され、どこかに監禁されている。


動機
当シナリオにおけるキャラクターの動機や意気込みを、以下のうち近いものからお選び下さい。

【1】争いを終わらせる
何らかの方法で、一刻も早く争いを終わらせたいと考えています。

【2】争いを盛り上げる
何らかの方法で、争いの火種をさらに燃え上がらせたいと考えています。

【3】争いを憂う
争いを憂いています。ですが、人である以上、憂いても争いからは逃れられません。悲しい……。


所属派閥
いずれかの派閥の一員として行動します。

【1】バニラ派
エントマ率いるバニラ派として行動します。
バニラがすべての基本にして至高。

【2】チョコレート組合
P・P・D・ドロップ率いるチョコレート組合として行動します。
ちょっぴりビターな大人の味がたまりません。

【3】チョコミン党
ヘイズル率いるチョコミン党の一員として行動します。
ラサの砂漠では、清涼感のあるチョコミントが人気です。

【4】ストロベリーレジスタンス
監禁されたイフタフを旗頭とするレジスタンスです。
酸味と甘味のハーモニー、ストロベリーの甘酸っぱい誘惑には抗えません。

  • 三つ巴の抗争。或いは、人はなぜ争うのか…。完了
  • GM名病み月
  • 種別 通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2023年07月19日 22時15分
  • 参加人数7/7人
  • 相談0日
  • 参加費100RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

ラダ・ジグリ(p3p000271)
灼けつく太陽
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
一条 夢心地(p3p008344)
殿
マッチョ ☆ プリン(p3p008503)
目的第一
フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)
挫けぬ笑顔

リプレイ

●アイスクリーム・ウォー
 シナモンの臭いが漂っていた。
 砂漠の熱気を多分に孕んだ暗い部屋。鼻腔を刺激するシナモンの香りに誘われ、『彼岸と此岸の魔術師』赤羽・大地(p3p004151)は夢から覚めた。
「……はっ、ここは!?」
 自分が座っているのか、寝そべっているのかも分からない。
 だが、周囲には幾つもの人の気配があった。
「よウ、お目覚めか本の虫。何があったか覚えてるかイ?」
 自問自答。
 思い出すのは、眠りに落ちる前の……気絶する寸前の出来事だ。
「確か『アイスは何党だ』と聞かれて、抹茶と答えて……」
 その答えの何が悪かったのか。
 大地にそう問うたパンダ……P・P・D・ドロップは怒りの形相で大地の鳩尾に拳を叩き込んだのだ。結果、大地は意識を失い、気が付いたら暗い場所にいた。
「ふム、頭が沸いてねぇなら上出来カ」
 1人で会話をしている大地を、誰かが見ている気配がした。
 気配だけだ。
 真っ暗で、熱くて、シナモンの香りが漂う部屋では一切の視界が通らない。
「目が覚めたっすね」
 現状を把握できないでいる大地に、声をかけるものがいた。
「ここは“カンロ”のシナモン倉庫。そして、私たち“ストロベリーレジスタンス”の本拠地っすよ」
「……その声は、イフタフか? ストロベリーレジスタンスってなんだ?」
 大地は問うた。
 ふぅ、と浅い吐息を零してイフタフは以下のように語った。
 本日、昼過ぎ。おやつ時。
 カロンの街の片隅で、突如としてある些細な、しかし街の平穏を脅かす類の争いが始まったという。
 曰く「一番おいしい、アイスクリームは何味か」。
 ある者はバニラと答えた。
 ある者はチョコレートと答えた。
 ある者はチョコミントと答えた。
 そして、それ以外の味を……例えば、ストロベリーと答えたイフタフや、抹茶と答えた大地などはマイノリティだと糾弾され、シナモン倉庫に捕縛される結果となった。
 そんなはみだし者たちによって組織されたのが“ストロベリーレジスタンス”であるという。
「だが、拘束されてちゃレジスタンスも何もあったもんじゃないだロ?」
 手首にかけられた手錠を鳴らして大地は言う。
 暗闇の中で、イフタフはくすりと嗤い声を零した。
 と、その時だ。
「さぁ、雌伏の時はこれで終わりだ」
 そんな声と、斬撃の音。
 倉庫の壁が切断されて、眩しい光が差し込んだ。光を背に立っているのは『冬結』寒櫻院・史之(p3p002233)。憂いを孕んだ瞳を伏せて、彼は言う。
「争いは悲しい……皆、この争いを終わらせに行こう」
 かくして。
 ストロベリーレジスタンスは、人知れず反逆の狼煙を上げた。

 カロンの街は荒れていた。
 エントマ・ヴィーヴィー率いる『バニラ派』。
 P・P・D・ドロップ率いる『チョコレート組合』。
 そして、ヘイズル率いる『チョコミン党』。
 以上3つの勢力に別れ、強引な勧誘活動や異端者狩り、小競り合いを繰り返している。
「深緑出身としてはP・P・D・ドロップ組合長の意見に賛成である」
 街の中央交差点には、幾人もの人影がある。
 そのうち1人、『奈落の虹』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)が直立不動の姿勢のままに、声高らかにそう吠えた。
 ウィリアムの宣誓に呼応し、チョコレート組合の組合員たちから賛同の声が上がる。
 一方、野次を飛ばすのはバニラ派およびチョコミン党の者たちだ。
 あっという間に野次は怒号へ。
 そして、ついには暴力沙汰に発展しそうになった時、1人の男がそれを沈めた。
「争うのはミントが足りておらぬからじゃ。ミントにはリラックス成分が含まれておるからの」
 それは奇妙な男である。
 小柄な体躯を包むのは、ラサではあまり見かけない清涼感のある浴衣。頭部で髪をひとつに括った丁髷ヘアに、おしろいを塗った白い顔。
 唇が妙に赤いのは、紅でも付けているからだろう。
 その男の名は『殿』一条 夢心地(p3p008344)。ヘイズル率いる、チョコミン党の一員である。
「ミントを食べよ。食べれば食べただけ心穏やかになれる!」
 注がれる幾つもの視線を受け止めて、浴びせかけられる怒号の雨を受け流し、夢心地はそう告げる。
 その声は、誰よりも大きく、よく通る。
 誰もが夢心地の言葉に耳を傾け、一挙手一投足から目を離せないでいる。生まれながらにして人の上に立つことを定められた者特有のカリスマ性を隠そうともせず、夢心地は懐からミントの詰まった袋を取り出す。
 だが、しかし……。
「ふざけるな! 歯磨き粉め!」
 人混みを掻き分け、何者かが駆けた。
 バニラ派か、チョコレート組合か、或いは別のフレーバーを愛する者か。背後から回り込むようにして、男は腕を振り上げる。
 背後から夢心地を殴りつけようとしたのだろう。
 誰もが、血を見ることを覚悟した。
 けれど、そうはならなかった。
「殿! 後ろ後ろ!」
 金色の風が吹き抜ける。
 否、それは1人の女性の金の髪。
 あっという間に女性……『挫けぬ笑顔』フォルトゥナリア・ヴェルーリア(p3p009512)は男の前へと辿り着き、振り上げた腕を掴んで見せた。
 関節を極め、男を地面に組み伏せる。
「……そなた、チョコレート組合の者か。なにゆえ麿を救った?」
 淡々と、フォルトゥナリアの真意を確かめるように夢心地は問いかけた。
 そのまっすぐな視線を受けて、フォルトゥナリアは答えを返す。
「たしかに私はチョコレートが好き」
 そう言って、フォルトゥナリアは男から手を離す。
 解放したのだ。
 誰かが、驚愕の声を零した。
 解放された男も、困惑した表情でフォルトゥナリアを見つめている。
 周囲を囲む者たちの顔を、微笑みながら見回した。
 最後に、その視線は夢心地の方を向く。そして、答えた。
「とはいえ流血沙汰は良くない。宣伝と投票までに収まるクリーンな選挙にしたい。もちろん、脅迫も駄目だよ!」
 この事件こそ後に語られる『アイスクリーム平和宣言』である。

「確かに、荒事になったらバニラ派に勝ち目はないからね。私はそれで問題ないけど」
 フォルトゥナリアの言葉に、まず賛同の意を示したのはエントマだ。
 武闘家のドロップや、戦闘民族出身のヘイズルと比べれば、エントマの戦闘力は段違いに低い。それゆえ、暴力の伴わない勝負に賛同した。
 広報には自信がある、というのも理由の1つだが、そのことは黙っている。
「ふむ。そういう戦いを望むというなら、我は一向に構わん!」
「同じくだ。口の中を怪我でもすれば、アイスクリームが染みるからな」
 P・P・D・ドロップ。そして、ヘイズルもフォルトゥナリアの意見に応じた。
 ここに非暴力・非武装を絶対のルールとする『フレーバー人気投票戦』が開幕の運びとなったのである。

 チョコレート組合の拠点は、街の片隅にあるチョコレートフォンデュ屋である。
 最奥の席に座すドロップに、1人の男(?)が近づいていく。
 見上げるほどの巨躯。
 いかにも頑丈そうな鎧の身体。
 そして、頭部にはプリンを模した被り物。
『アイアムプリン』マッチョ ☆ プリン(p3p008503)だ。そんな奇抜な恰好をしている者など、マッチョ☆プリン以外に居ない。
「pump up・pudding・DAISUKI」
 低く響くような声で、プリンは言った。
「……なに?」
 思わず、といった様子でドロップは聞き返す。
 くっくと、プリンは肩を揺らした。
 笑っているのだ。
「隠サズトモイイ。大々的ニプリンヲ出シテハプリン一強ニナルト憂イテ、アエテ隠レテイルノダロウ」
 どうやらプリンは、P・P・D・ドロップが「本当はプリン味派」だと信じ切っているらしい。なお、P・P・Dとは“PANDA・Punish・Death”の略である。
 困惑するドロップに、プリンは右手を差し出した。
 困惑しながらも、ドロップはプリンの握手に応じる。
「ソノ想イニ応エテチョコレート組合トシテ動コウ。同士ヨ!」
 そう言い残し、プリンは街へと出かけて行った。

 どこよりも先に行動を開始したのは、意外にもチョコミン党である。
 速さこそ強さ、と言わんばかりに『灼けつく太陽』ラダ・ジグリ(p3p000271)を指揮官とする工作部隊が、数人ずつのグループに分かれ、街の各所へ散らばったのだ。
「いいか、強制はするなよ! そっとミントを添えるんだ。バニラやチョコと一緒にチョコミントも楽しめるようにしてやれ!」
 ダブルソフトという奴だ。
「sir! Yes、sir!」
 商会長という立場ゆえか、集団を率いる姿は堂に入っている。
 即席とはいえ、部下たちの志気も高い。この分なら、きっとチョコミン党のロビー活動は良い結果に繋がることだろう。

●人と人は分かり合えない
「これは……どういうことなんだ?」
 ウィリアムの鼻腔を擽るのは、爽やかで涼し気な香り。
 視界に映るのは、青い色のソフトクリーム。
 チョコミントだ。
 だが、チョコミントだけではない。道行く人々が手にしているのは、2段重ねのアイスクリーム。下段はチョコやバニラ、ストロベリーと様々だ。
 だが、上段にはどれもチョコミントが乗っている。
「チョコレート組合の者か。どうだ? ウィリアム殿も1つ」
 困惑するウィリアムのもとにラダが近寄る。
 馬になった下半身には、アイスクリームのケースがぶら下げられていた。この暑さの下でアイスクリームを持ち歩けば、保冷剤の有無に関わらずあっという間に溶けるだろう。
 そんな疑問も脳裏をよぎるが、その点はラダも対策済だ。
 ラダは背中にソーラーパネルを背負っているのだ。ソーラーパネルからつながったコードは、アイスクリームのケースに繋がっている。
 そうして常にケースを冷やすことで、アイスクリームが溶けるのを防いでいるのだ。
「チョコミントか。たしかに半分チョコだよね。全ての味を抱きしめる。それがチョコだよ」
 ウィリアムはラダからアイスクリームを受け取った。
 ラダは何も言わない。
 ただ、微笑むだけだ。
「チョコはバニラにも、ストロベリーにも合う。そして、ミントにも」
「いいや、違う。ミントがチョコにも、バニラにも合うんだ」
「うん?」
「なんだ?」
 ラダとウィリアムの間で火花が散った。
 火花が散ったが、不戦の約定があるためか、2人はそれ以上、何も言わない。
 だが、代わりに誰かがぼそりと言った。
「そうは言っても、やっぱ歯磨き粉みたいな味だよな」
「誰だ! よさないか!」
 すぐに気付いたウィリアムが𠮟責を飛ばした。
 だが、間に合わない。
 言ってはならないことを言ったのだ。
「……歯磨き粉の味という奴は今後はチョコミントで歯を磨けよ。本望だろう?」
 怒りの滲む声で、しかし淡々とラダは言う。
 ライフルを取り出さなかったのは、最後の良心故だろう。

 指先でミントを摘む。
 肘は脇に引き付けて、摘んだミントは顔の位置。
 真剣な眼差しで、バニラソフトクリームを見据え、夢心地はパラパラとミントを振りかけた。
 どこか色気さえ感じる仕草だ。
 誰もが目を奪われている。
 バニラソフトの次は、チョコレート。
 パラパラとミントを振りかけるその仕草は、まさに匠のそれである。
「バニラにもミントを、チョコレートにもミントを」
 周囲をぐるりと見まわして、夢心地は次のターゲットに目を付ける。摺り足のような動きで、上体をブラさないまま道行く女性の元へ近寄り、その手に握ったソフトクリームにハラハラとミントを振りかけた。
「そしてチョコミントに追いミントを」
「え、ちょっ……!?」
「心穏やかであれ」
 にこり、と。
 夢心地は微笑んだ。後のカロンに長く伝わることになる怪人紳士『ミントの君』の伝説は、このようにして生まれたのである。
「こらー! 無理強いしない! 人の食べているものに、勝手に味を追加しないで!」
 だが、フォルトゥナリアから注意が飛んだ。
 確かにこれは戦いだ。
 バニラと、チョコと、チョコミント。それぞれの威信をかけた一大決戦である。
 だが、勝負は公平に。
 結果に遺恨が残ってはいけない。
「どうであれ、結果が喜劇になるのが一番だもんね」
 
 ふるんと揺れる魅惑の黄色。
 甘い香りが鼻腔を擽る。
 皿の真ん中にはプリン。添えられたチョコレートアイスが、ラサの熱気にほんの少しだけ溶けている。それから、色とりどりのフルーツも。
 プリンアラモードだ。
「ソコノ3人。ドウダ、1ツ、食ベテイカナイカ?」
 プリンアラモードを配るマッチョ☆プリンが、道行く3人に声をかけた。
 頭からローブを被った、旅人のような風貌の3人組である。
 街の各所で配布されているソフトクリームやアイスクリームにも目をくれず、まっすぐどこかへ向かっていたのだ。いかにも怪しい3人組だが、人混みに紛れて移動する技術はかなりのものだ。
 おそらく、そう言った隠密活動の心得があるのだろう。
「あー……いや、今はそう言う気分じゃないっす」
「あぁ。急いでいるんダ」
 と、その時だ。
『みなさーん! バニラをよろしくお願いします! バニラに清き1票を!』
 大通りにエントマの声が轟いた。
 エントマだけではない。ドロップやヘイズルも、道行く人に声をかけてはチョコレートや、チョコミントの良さを喧伝していた。
 3人は、マッチョ☆プリンと、エントマとを交互に見た。
 それから、3人は急ぎ足でエントマの方へと歩いていく。
「早マッタ真似ヲスルナヨ?」
 静かに。
 言い含めるように、マッチョ☆プリンはそう言った。
「分かってる。争いは悲しいことだからね」
 1人。
 足を止めた男性はそう答えると、プリンの手に何かを握らせた。
 それは、アイスクリームのカップだ。
 “Haakon dash”のストロベリー味。高級アイスクリームとして確固たる地位を築く“Haakon dash”。その中でも、根強い人気を誇るフレーバーである。
「イイノカ? 中々、値ノ張ルモノダロウ?」
 プリンは問うた。
 だが、男は……史之は静かに首を振る。
「いいんだ。争いがおさまるなら奢ることも辞さないさ!」
 なんて。
 そう言い残して、史之は先へ行った2人の背中を追った。

●争いの果てに
「総員! 突撃っすよ!」
 喧噪を断ち切り、響くエントマの叫び声。
 それと同時に、人混みの中から、建物の陰から、店の軒下から、販売カーの後ろから、ローブを纏った男女が次々と飛び出した。
 脱ぎ捨てたローブを、まるで旗のように掲げてエントマが駆ける。
 エントマの後ろに、大勢の人々が続く。
 誇り高く旗を掲げ、大衆を先導する姿は、まるで勇者か女神のようだ。
 後にカロンで語り継がれる『アイスクリームの聖女』伝説。その一幕を目にした者は、そう多くない。
「っ!? まさか、レジスタンスが潜んでいたの!?」
 驚愕するフォルトゥナリア。
 ウィリアムとラダは、部下を率いてレジスタンスの鎮圧にあたる。
 夢心地やマッチョ☆プリンも暴徒鎮圧に乗り出すが、非暴力の掟を守ったままではなかなかに難しい。
 数が多い。
 勢いが激しい。
 当然だ。
 何しろ、ソフトクリームの味は多岐にわたる。バニラとチョコ、そしてチョコミントは確かに人気のフレーバーだろう。
 だが、それがフレーバーの全てでは無い。
 ストロベリー、抹茶、プリン、アップル、キャラメル、珈琲、etc.
 エントマやドロップ、そしてヘイズルが思っていたよりもストロベリーレジスタンスの人員は多い。
「な、なになに!? 何が目的なの!?」
「どうする? 暴力はありか? 無しか!?」
「無しに決まっている。だが、どうする?」
 後退しながら、エントマたちが困惑した声を零した。
 そんな3人の背後に、足音も無く近寄る人影が2つ。
 史之と大地だ。
「悪いね。争いを止めるには、こうするほか無いんだ」
 そう言って、史之が刀を抜く。
 エントマは顔色を悪くして、ドロップは拳を、ヘイズルは脚を掲げて迎撃態勢を取る。
 けれど、しかし……。
 史之が刀を振り抜くことは無かった。
 ドロップとヘイズルの視線が、史之に向いた……その刹那。
 2人の隙を縫うようにして、大地が駆けた。
「え? あれ!?」
「すまないが、そいつを寄越してもらおう」
 大地が手を伸ばす。
 エントマが持つ大きな箱へ。
 投票箱だ。
 フレーバー人気投票の全てが、そこに詰まっている。
 地面を滑るようにして、大地は投票箱を奪った。
 そして、そのままの勢いで近くの店の屋根へと登った。
「争いは終わりダ! ソフトクリームは、争いの道具じゃなイ!!」
 投票箱に火を着ける。
 アッという間に投票箱を火が包み、焼け焦げた投票用紙が風に舞う。
 はらはら、と。
 風に流される投票用紙を、道行く誰もが見つめていた。バニラ派も、チョコレート組合も、チョコミン党も、ストロベリーレジスタンスも、何の関係も無い通行人も、誰もが足を止めて空を見上げていた。
 やがて、ポツリと。
 ポツリ、ポツリと雨が降り始める。
 それは、争いの終わりを告げる雨だ。
「思ったんっすけど……争うほどのものっすかね?」
 雨に濡れて、頭の冷えたエントマがそんなことを呟いた。
 以上。
 甘味と菓子の街“カンロ”にて起きた、ある騒動の顛末である。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れ様です。
ソフトクリームの味とか、どれも美味しいですよね。
というわけで、半日におよぶ争いの後、事態は沈静化しました。

この度はご参加いただき、ありがとうございました。
なお、私はバニラ派です。

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