シナリオ詳細
<蠢く蠍>棘とペトリコール
オープニング
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カラリ、とテーブルの上で留守になっていたロックグラスの中で氷が音を立てる。
僅かながらに視線を揺れ動かして男は「新生、新生」と絶えず繰り返した。
「そうして呼ぶ事で身も心も洗われて、精鋭だらけになるというなら十全だな」
風が運んだか。人は物好きにも噂話を口々に繰り返す。ラサ傭兵商会連合で起きた大討伐を逃げ伸びたという『砂蠍』が貴族主義的国家レガド・イルシオンに潜伏しているというのは公然となっていた。
無論、男にとってもその噂が公然となり、稀代の大盗賊が為に働きを起こせるというのならば――彼の言葉を借りれば『十全だ』。
「あら、『雨豹』と呼ばれた貴方が誰かの下に降るなんてね?」
アウトロウばかりを寄せ集めたむさ苦しい酒場には余りに似つかぬ赤いルージュの女が小馬鹿にしたようにくすくすと笑う。この女は人をコケにする狐に似ていると男は思うが、彼女の仕草を借りて大仰に肩を竦めてくすくすと笑った。
「弱者が淘汰される前に強者と仲良くしてろって言うだろ。雨降って辺りが見えません~って子猫みたいにニャンニャン泣いてみろ。『とても敵わない大悪党』サマから見りゃ哺乳類にも思われないね、羽虫だ」
「プチンだわね」
歯を見せ笑った男は「だから、協力的な姿勢を見せるのさ」とジョークでも言う様に大仰な仕草の儘そう言った。
彼は特段キング・スコルピオという男と顔知りな訳でもなければ、彼の居場所を明確に知っている訳ではない。
勝手に名乗って居れば何れはお迎えが来るだろうという算段だと告げた彼はロックグラスを女の方へと寄せて「乗るだろ」とだけ囁いた。
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ラサの大討伐を逃げ延びた『砂蠍』一派の動きが過激になってきているという情報は幻想を拠点としているローレットの耳にも一早く入っていた。貴族達は自身の領土を荒らされることを好まず、今までは盗賊の仕業と其々で領地の統治に当たっていたがそうもいかない。
「幻想の盗賊たちは見事『盗賊王の軍勢』になりました、って感じでしたとさ。
まあ、アニメで言う所の序章レベルなんで――予測はできていたといえば出来てたのかもしれない?」
ぱたん、と手にしていた本を閉じて『サブカルチャー』山田・雪風(p3n000024)はそう言った。しかし、解せぬことがあるというならば彼の言葉を借りて『アニメなら急展開の3話か7話位』の現状だ。
「キング・スコルピオの軍勢の成長スピードが異様なんスよね。
……金で腕利きでも雇ったのか。んー、でもそんな金何処にあるのか。みたいな」
どこか悩まし気な雪風はそれはそうと、と資料を机の上へと並べて見せた。
現在、事件が勃発しているのは幻想でも片田舎と呼べる郊外。貴族たちは皆、王制という幻想のお国柄上中央へと意識を向けている。手薄になる郊外地区を狙うのは合理的だ。
「一応、今まででも捕らえられた盗賊は居る……んスけど、肝心の拠点の場所はいざ知らず。
『新生・砂蠍』なんて名乗ってんだけど、盗賊団の上に盗賊団がある感じになってて、霞レベルで何も掴めない訳で」
肩を竦める雪風は、そんな中で危険な人物の動きをキャッチしたのだと特異運命座標達を眺めて息をついた。
「俺からお願いしたいのは、幻想で傭兵家業を営んでいた元々は盗賊の『雨豹』と呼ばれる男っす」
元は幻想の片田舎の街のアウトロウばかりが集まる酒場を拠点として活動していた男だったそうだが、その残虐性や仕事振りから二つ名がついたのだそうだ。
「彼と――あと、彼の懇意にしてる酒場の女達が中央近郊付近へと進軍してくることがその周辺警備にあたる騎士団から通達されたんすよ。
彼らがこれ以上進軍しない様に追い返してほしい――ってのが今回のオーダー」
それだけならば、決して難しくないような気さえしてしまう……のだが、雪風の表情は何処か昏い。どうかしたのか、と問い掛ければ彼は頬を掻き、『雨豹』が共に連れる女の方が何所か不穏なのだと小さく告げた。
騎士団と共に近郊の街を護れ。魔種を追い払った英雄達にぴったりな仕事だと胸張って送り出したい。しかし、これだけは言っておきたいと雪風は小声で告げる。
「……俺のカンって言ったら意味わかんないすけど、気を付けてね。なんか厭な気配もするんで」
- <蠢く蠍>棘とペトリコール完了
- GM名日下部あやめ
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2018年10月18日 21時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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何処からともなく感じた雨の気配は、そうか、今日がこんな曇天だからかと『特異運命座標』シラス(p3p004421)は感じていた。
空は何時でもその雫を溢す準備が出来ていると感じさせるかのような、そんな日だ。
指先で遊んだのは星の名を冠する水瓶。『魂の牧童』巡離 リンネ(p3p000412)は黒衣と呼ぶに相応しいパーカーをひらりと揺らし、此度の都市へと展開された陣を眺める。
「進軍、ね」
口にすればそれはどれ程に重々しいか。湿っぽいこの空気が纏うのと同等に――不穏と称するに相応しい気配がその場所には横たわっていた。
「進軍と呼ぶと、何かしら? まるで十字軍の遠征のようだけれど。そうね、ほんのちょーっと、敵が多すぎるわ」
大きな尖がり帽子を不安げに弄った『魔女見習い』リーゼロッテ=ブロスフェルト(p3p003929)の表情は暗い。深い森を思わせる瞳の奥には只、戸惑いのいろが存在していた。
「確かに多いな。ゴロツキや焙れ者と呼ぶにしては些か統率が取れすぎている」
『ああ。それを待ち構えるは此方が騎士団は新米ばかりとなれば警戒も必要だろう』
『宿主』サングィス・スペルヴィア(p3p001291)――少女スペルヴィアの言葉に呪具たるサングィスは冷静に切り返す。彼女が世界より賜った贈り物は心の臓を突き動かす血潮の気配を感知する。只、意識を集中するが故に周辺警戒は僅かに怠ることになるのだが――色彩の如く、温度を感知するシラスと共に進み来る脅威を待ち構えんと息を飲む。
「新米……しかし、それでも騎士だ」
くるりと振り仰いで『辻ヒーラー』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)は云う。安易なもので良い。共通の合言葉を口にすれば『相手が無貌』と呼べる存在であれどその胸には安堵が過るのではないだろうか。
「しかし、」と一人の騎士が言った。最終防衛ラインで守りを固める騎士たちと違い、自身たちは弱い――驕る事無く口にした彼らに上層の貴族達は特異運命座標が加われば『この都市を守り切ることができる』と判断したのだという。
「ええ。しかし、恐怖で足が竦んでいて主君が為になるのでしょうか? 一つ、私の持論を聞いて頂きます。メイドと騎士は似ていますね」
淡々と――普段と違わぬエプロンドレス姿で――告げた『強襲型メイド』ヘルモルト・ミーヌス(p3p000167)は月色の瞳に感情も載せず、新米騎士たちへと向き直った。
「メイドは主人の為、騎士は仕えるべき主と民草の為に命を削る者。
仕える者のために戦うというのはどうしてこうも共通点があるのでしょうか」
「メイドと騎士は似ている……?」
新米の騎士たちはその言葉に小さく笑う。彼女の様に『召使い』の格好をして最前線に立つ乙女に言われては、その言葉を否定しようもないではないか、と。
「ふふ、これがローレットの『いつも』なんですよ。
……なんでしょう、大きな戦いの前だって言うのに可笑しいでしょう?」
くすくすと小さく笑いながら『布合わせ』那木口・葵(p3p000514)はパチワチョコをひょい、と口の中に放り込む。戦い慣れしていない騎士たちを鼓舞するのも大事だが、凝り固まった緊張を解すのもこうして戦線に立つことに――不本意であるのかもしれないが――慣れた彼女たちの仕事なのだろう。
「ローレットの皆さんは何時もこうして戦っているんですか?」
「そうだねー。でも、『君たち』が一緒という戦いを何度もこなしたわけじゃない。
指示はするよ? でも、その指示をしっかり聞いてくれなきゃ私だってお手上げだからねー」
リンネはに、と小さく笑う。幼さを感じさせようとも彼女は立派な戦場の指揮者だ。死者を弔う死神と言われれば忌むべき存在に聞こえるのかもしれないが味方に立てばどうしてこうも頼りがいがあるのか。
「乙女ばかりでは余りに頼りがいがなく見えたかしら? ふふ、マルセルさんは図星という顔ね」
血潮の如き赤い瞳は紅玉と呼ぶに相応しく。白雪の鬣は誰よりも目を引いて。ラムレイを駆り前線へとゆっくりと歩み出した『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は事前に叩き込んだ騎士の名を呼ぶ。
「今日はよしなに。私は『司書』。皆と戦えることを楽しみにしていたわ」
乙女は清廉なる色を身に纏い、ゆっくりと前線を見据えた。
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酷く不安定な天気は今にも泣きだしてしまいそうだった。
鼻先くん、と鳴らして顔を上げたのはスペルヴィアは騎士たちに揃いの合羽を手渡し「雨が降る」と小さく告げた。
『雨が降る――だけではないぞ、もう近い』
「ええ、乙女に身支度が必要だという事も分からぬ無粋な男なのでしょうね」
サングィスの言葉にスペルヴィアはゆるりと頷く。自身の身の内を循環する血潮の感覚を感じながら、どくり、どくりと音たてる心の臓を感じ取る様に目を見開く。
上空より『復讐の書』を手にしていたシラスが「リーゼロッテ」と囁けば、魔女見習いたる彼女の使い魔――ファミリアはその声に呼応するようにピィと鳴いた。
「本当に多いのね」
毒吐く様にリーゼロッテは魔女帽を打ち始めた雨水を感じる。ローブがやけに重く感じたのはこの空気が故か。
蠍の軍勢の気配が近づいたという事を伝令したリンネに新米騎士たちは怯えの表情を見せる。それもその筈かとゲオルグは新米騎士たちを見遣った。
「安心しろ。出来る限りは倒れぬ様に支援する」
「勿論、その為に『私たち』が来たわけだからねー」
辻ヒーラーと呼ぶ自身の通り名は伊達ではないだろうと冗句めかすゲオルグにリンネはにへらと笑う。動物とは違う――酷く焦燥感を伴った足音と共にその姿を現したのは背格好もすべて違うアウトロウ達ばかり。
ひ、ひ、と喉慣らし下卑た笑い声をさせる彼らを前線で受け止めんとひらりとスカート揺らしたヘルモルトが飛び込む。
「さあ、皆様方。命の張りどころです――招かれざる客にはお引き取りを願いましょう」
大仰にスカートを持ち上げて、『選ばれしメイドだけ』が使えるメイド殺法をその身に宿したヘルモルトの拳が前線より飛び込んできた雑兵を殴りつける。
「一人退ければその分大切な誰かが助かるのです。
後ろに広がる皆様の街を護れるのです。――その事を胸に刻んで参りましょう?」
「大切な――誰か」
騎士がぽそりと呟けば、ヘルモルトは表情も変えず『主君より命じられた』という様に完璧な作法で流れるままに雑兵を殴りつけ、ちらとその瞳を騎士へと向ける。
「皆様は不安かもしれませんが恐れる事はありはしません。
ここは戦場、下克上など容易に起こる場所。誇りと信念を胸に命を懸ければ結果は自ずと付いてきます――喉笛に刃突き立てるおもてなしを始めましょうか」
「女ァッ! 舐めんなァッ」
ぐんと飛び込むアウトロウの胸元に飛び込む布は鴉を模して。巨大な黒針は近づく敵を貫かんと得物を探す。
葵は「女だからってそういう言葉を使うんですか?」と確かめる様に、じっとりと呟いた。
――雨が降りそうですね。
茫と考えたその意識。葵自身は恐らく無意識だっただろうが、偵察を行っていたシラスとリーゼロッテのファミリアーはその理由を知っている。
「来た」
「――来たんですね」
雨豹、と。男の通名を呟けば、葵の背にぞわと走った悪寒は湿気や雨からくるものではないのだろう。
「門出を祝う人殺し、貴方も因果ね――けれど、その災禍を断ち切るわ。『神がそれを望まれる』」
イーリンの視界には躰に墨を飾った男の姿が映り込んでいた。スペルヴィアが己が体に刻み込んだ呪い。凡そもってアリソンと名乗る女への適切な対処を彼女は『真に理解してはいない』。だが、そうするしかない。
『真意の知れない敵となれば、尤も苦労する相手だが』
「ふむ? けれど、そういうものを相手にするのも通ではないかしら」
乙女に秘密は付き物だと言ったでしょうとサングィスに告げたスペルヴィア。
アリソンへ向けて歩を進めた彼女の傍らでイーリンは「私達に従えば負けないわ。リラックスして」と騎士へと指示し、遠距離からの攻撃の司令を下す。
降る雨の中、それでも尚、煌々と輝く蒼き月を受け止めてゲオルグは守護の鳥を指先止めてゆるりと顔を上げる。
「怪我なら治そう。怯まず、竦まず、戦って見せて呉れ」
「い、いけ……!」
騎士の声を聴き、リンネは「OK、指示はこっちに任せて」と唇をつい、と釣り上げた。褐色の肌に突き立てるは即効性の劇薬。リンネの表情が歪み、瞬時にその瞳が見開かれる。
――心を燃やし、命を燃やせ。
「善戦は難しくないからねー。進め、進め、止まらないで――!」
幼い少女の号令に騎士たちは直向きに受け止め続ける。数が多い、そう感じるリーゼロッテは騎士が倒れぬようにと黒の羽ペンで術式を描き続けた。
「こんなに多いって『信頼』って言えるの!?」
「確かに『信頼』だよねー。ちょーっと、重たすぎるけど」
冗談めかして――否、それはジョークではなく、皮肉であったのかもしれない――リンネが告げた言葉にリーゼロッテは降り荒み始めた雨を拭う様に小さく笑う。
「上等じゃない。やってやるわ!」
「待ってたら敵のいいようにされちまう、探し出して俺達から仕掛けようぜ」
シラスの言葉の通り、敵は統率は取れているがまばらにその姿を現している。ならば、このラインを越えようとする彼らに奇襲を仕掛け、『無理矢理に足を止めさせればいい』ではないか!
防衛ラインを越えさせぬと戦う特異運命座標たち。しかし、雑兵たちは統率がとれているが故に回復手であろうゲオルグを狙っていることをシラスは気付く。
(成程、ね。癒し手からツブしていけばって考えはあちらも生きた人間だから考え着くことか)
ぎり、と奥歯が音立てる。此の儘では、癒し手が潰されて瓦解しかねぬ事をシラスはよくよく理解している。一枚岩ではないのだという様にリンネのヒールオーダーに雑兵たちが小さく舌を打つ。
最短でこの戦線を潜り抜けるならば司令塔の撤退が一番だと雨豹を狙う特異運命座標たちに雑兵たちは皆、『彼への道を開け乍ら』も『嫌がらせをする様に攻撃を重ねて』くる。
(雨豹の所に誘い込んでくる……? まるで、彼が自分がここだと知らしてくるかのような……)
葵は厭な気配だと、小さく呟いた。雨で重くなる衣服が肌に張り付く感覚さえ煩わしい。明るい髪が頬にぺたりと張り付き、眼鏡に落ちた水滴を気にする素振りなく周辺を巻き込み倒す葵の耳朶に伝ったのは低い男の聲。
「羽虫が羽虫なりに遊んでんだ。『大悪党様』への謁見前に羽虫の存在をローレットとやらに知らしめてやるには十全だろ?」
「その十全というのは口癖なのかしら」
リーゼロッテは、静かに囁く。赤いルージュの女を連れ、立っていた雨豹は「どうだか」と静かに――雨の気配に紛れる様に囁いた。
雨豹が吼える。いけ、いけいけ、すすめすすめすすめ、と。声高に、それでいて何所か幼稚な『呪文』の如く。
イーリンが身構え、リーゼロッテやシラスが一斉に武器を構える。
「野郎ども、数名の野郎と可愛いお嬢さんたちがパーティーに誘ってくれてるぜ?」
「招かれざるお客様であることがわかりませんか」
ヘルモルトが地面を踏み締める。その動きに合わせてスペルヴィアは一気にアリソンに肉薄する。
「ハァイ」
その蠱惑的な瞳を受け止めて、雨豹を一斉に狙う特異運命座標の動きを確認したスペルヴィアが胸元揺れたサングィスに「いきましょう」と言葉短く囁く。
ばしゃりと泥が跳ねあがり、周囲の雑兵を巻き込み薙ぎ倒しながら進む攻撃で騎士の足が縺れ転ぶ。15名のうちに半数は傷を負っただろうか――回復を送りながらゲオルグは瓦解せぬようにと周囲の敵を巻き込み蒼き月を朗々と照らし続けた。
(遊んでるわけか。ふうん? 莫迦にしてくれちゃってる)
くすくすと笑ったリンネはその丸い瞳を雑兵たちへと向ける。
「まさか、雑魚を狙って大きい得物を取り逃がすなんて『実績が欲しい皆さん』はしないよね」
「――当たり前だろ」
雨豹が嘲る様に告げる。そうか、とシラスは察する。
彼らが欲しいのは『実績作り』であって『協力的な姿勢の自分たちの存在』だ。
だからこそ、最終防衛ラインに向けて進軍する中でも特異運命座標達と遊ぶような動きを見せたのか。
ならば、この作戦は妥当だ。可能性を燃やしながらでもいい――進め、雨豹という男を傷つけ、その一打を届かせるために。
近距離でヘルモルトと雨豹の瞳が交錯する。その中で、騎士たちを伴う葵とリンネは周辺の雑兵が雨豹の指示を受け、やや後退していることに気付いた。
「あなたが『雨豹』ですか」
葵の問い掛けに彼はぱあ、と顔を明るくし「ああ、ああ、そうだ。その名を覚えてくれたんじゃ十全だな」と手を打ち鳴らす。
全ての攻撃に巻き込む様に。墨に飾られた体に傷を刻み付けるのはそう遅い時間ではなかった。
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アリソンがゆっくりと前線へと進み出る。その動きを確認し、真っ先に後退したのは
「惚れた女から羽虫みたいに逃げるの」
あざける様にそう言ったイーリンを振り返る。否、振り返った気配がした。
雨豹と呼ばれる男の背を愛おし気に撫でた黒手袋に包まれた指先はすぐ様に鋼の糸をずるりと伸ばしイーリンへと迫る。
「あら、良い男は引き際を弁えているものよ。最も、彼は自分の事を羽虫だって呼ぶからアタシからしちゃあ――少し物足りないかもしれないけれど」
赤いルージュが雨の中でもやけに映える。しっとりと雨に濡れたショールは女の肢体を美しく見えているものだとイーリンは茫と思った。
毒虫だ。じっとりと濡れそぼった子猫の様に甘えを見せた瞳は蠱毒へと引き摺り込むかのように此方を見据えている。
「深追いはしないよ」
ピシャリとリンネはそう言った。倒れた騎士たちを後方に。この場所を守り切る為には今、戦えるものだけでも最終防衛ライン付近までじりじりと後退しながら戦力を増力するに限る。
「其方の紳士はやけに無口なのね。アタシには興味が無くて?」
「『敵の色香』に惑わされるよりも今はこの戦線の維持だ」
ゲオルグの言葉に釣れないのね、と囁いた声色は低く。地を這い摺る蛇をも思わせる。雨豹の逃亡を受け、リーゼロッテは頬に張り付いた髪を振り払う様に顔を上げた。
「さあ、どうするのかしら? 貴女も引いていくのでしょ?
じゃあ、『残党』になるのかしら。ボスは倒されたけどまだやるの? こっちは余力ありありだけど!」
ふふん、と鼻鳴らした小さな魔女に女は「アタシはねアリソンっていうのよ」とくすくすと笑った。
「名を呼んで構わないわ。淑女は気に入った相手には呼ばれたいモノでしょう。
アタシ、気丈なレディは好きよ。次に会えたら名前を教えて頂戴――『マグ・メル』の乙女」
冗句めかして女はそう告げる。逃げ果せんとするその背を負うことはせずリーゼロッテはほ、と息を吐いた。
気づけば雨の匂いは遠く――
喧騒の中、ぶつかり合う剣の音を聞きながらヘルモルトは小さく呟く。
「次、ですか」
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。
余裕綽綽と見せかけるレディへは『マグ・メル』。またその名を呼ばしてください。
また、ご縁がありましたら。
GMコメント
菖蒲(あやめ)です。
●成功条件
騎士団の最終防衛ラインを護り切る事。(騎士の生死に関しては不問)
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
●ロケーション
中央都市にほど近い郊外の街。それなりの大きさはあり、騎士団が常駐しています。
統治するのはフィッツバルディ公の傘下に当たる貴族です。
中世的な街並みで、近隣の住民には家から出ないようにというお触れが出ています。街の入り口付近に騎士団が陣を敷いており、其処に加わって欲しいというオーダーが来ています。
特異運命座標達が加わる防衛ラインの他に最終防衛ラインとした陣が後方10m。
そこまで進軍させないで撤退を促すことができれば今回の勝利条件です。
また、特異運命座標が加わる防衛ラインの騎士たちは新米が多く、最終防衛ライン側に玄人が多い印象を受けます。(特異運命座標への信頼の証として雪風は受け取ったようです)
●防衛ラインの騎士×15名
小隊長クラスが1名。その他は新米~まだまだ実力に不安がある騎士たちです。
統率はそれなりですが、特異運命座標の支援があった方がよろしいでしょう。
(最終防衛ラインの騎士は15名です。皆、不測の事態や騙し打ちに備え、後方の街の住民を護る為にそこから動くことはありません)
●『雨豹』
雨豹と呼ばれる男です。躰の大部分に入れ墨を。右半身には傷を負っている単眼の傭兵です。
近接距離での攻撃を得意としたアサシンタイプ。その呼び名の通り豹の獣種です。
雨の香りを纏い、彼が現れる日は何時も雨が降るようです。そういえば、今日も天気が悪く感じられる日です。
危険があればサクッとひとりで撤退してしまいます。
●酒場の女『アリソン』
人をコケにし騙す女狐の印象を与える赤いルージュの美女。
戦線に加わっており、雨豹は彼女に逆らえないと冗談めかして告げているのが酒場で目撃されています。近接ファイタータイプなのか、雨豹に付き従っています。何処か不穏な気配を感じさせますが――それが何なのか分からぬ様に細工をしているようです。
雨豹を逃がした後に逃亡するという計画を立てているようです。
●蠍の軍勢×50
酒場で炙れてた傭兵たちや『どこからか借りて来た兵士』の部隊です。
アウトロウの名をほしいままにしているので、何処から騙し打ち等を行ってくるかは分かりません。しかし、統率をとれており自身たちの司令官として雨豹とアリソンを据えて居ることだけは解ります。
どの様に動くかというのが最大のポイントになるかと思われます。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
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