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シナリオ詳細

<フイユモールの終>遠き日に

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「おかえりなさい、すう」
 その人は、その名の通り美しいフォスフォフィライトを思わせた。
 繊細で、少し触れただけでも壊れてしまいそうな美しい人。それがアタシの姉だった。
「フォス」
 呼べば、彼女は美しく笑う。ピュニシオンの森で、孤児達を護る『姉』は何時だって穏やかだった。

 志遠の一族は、ピュニシオンの森の関所の守人だ。
 危険地帯である『帰らずの森』へと踏み入らんとする同胞へと忠告を与え、迫り来る脅威を押し止める役目を担っている。
 故に、ついたあだ名は使い捨ての一族だった。
 孤児を中心とした寄せ集めの一族を束ねるのは『志遠』家の血を引いた娘である。
 志(ゆき)家の直系の娘・礼良(れいら)は孤児達の姉であり、家長でもあった。
 生後まもなく両親が死亡し、礼良へと預けられた『スフェーン』に名を与えたのも、彼女である。

 ――思華(すうか)。

 それは人には呼ばれることのない名前ではあったが、大切な彼女を表す唯一の所有物だ。
 出生時に礼良と名付けられた娘も、フォスと呼ばれて本来の名を呼ばれる事は無かっただろう。
 本来の名ではない、植物や宝石の名を名付けることが厄除けになると古くから志遠の一族は願掛けをしていたのだ。
「すう」
 穏やかにフォスは呼ぶ。愛おしい、妹の名前を。
「フォス、どうかしたのか?」
「……ううん。すうは今日もペイトにいく?」
 洗濯物を片付けながらフォスは何気なしに問うた。スフェーンはそんな姉の背中に「酒盛りがあるしなあ」と笑いかける。
「お友達、出来たんだっけ?」
「ああ。あーちゃん」
 ペイトから態々持ち帰った菓子を掴みながらスフェーンはそう言った。フォスの肩が揺らぐ。彼女のために持ち帰った菓子を摘まみ食いしたのがばれただろうか。
「いいね」

 ――その後、彼女が姿を消した。
 スフェーンにとっては家族だった。一番に大切で、愛おしいその人が何処かに消えてしまったのだ。


「フォスか。知ってるぞ」
 竜種の娘、『転寝竜』オーリアティアは何気なくそう言った。
 がっちりとアレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)とヴィルメイズ・サズ・ブロート(p3p010531)の腕を掴んでいた彼女は「きみたちはぼくの寝床を作る使命があるだろう」と唇を尖らしている。
「フォスはベルゼーが連れていたから見たことがあるぜ。ぼくは人間の世界には詳しくない。
 だけど、ぼくは『かしこい』からな、聞いた事があるぞ。フォスってやつは人間がやめたくてここにきたらしい」
 竜にはなれやしないけれど、そんなことを言いながらオーリアティアはぱっと手を離した。
「寝床は全てが終わったら作りますから! 怒りますよ! はい、ぷんぷん!」
「おもしろいな、きみは。ぼくもじだんだするぞ。どんどん」
「大地が!」
 ヴィルメイズを見てけらけらと笑う竜種の娘は非常に温和である。人間に嫌悪感はないが、玩具としては意志がある生物は好ましいのだ。特に、寝床を大切にする彼女は『寝床再建』を誓った相手には優しくもある。
「兎も角、オーリアティア君は『フォス』を知っているんだね? 彼女を探してる人が居るんだ」
「あいつか。きみは森の匂いがするからな、森に生きてるのか」
「……何だコイツ」
 思わず指差したスフェーンの指先をぎゅっと掴んで「ぼくは竜だ」とオーリアティアは胸を張った。
「良い寝床を作ると約束されて機嫌が良かったぼくに感謝をするんだな!」
「……と、とりあえず、ティアはスフェーンの探しているフォスを知ってるんでしょう。
 彼女、白堊達と一緒に居たけど、姿が見えなかったから……何処に行ったか心配していたの」
 朱華(p3p010458)は『フォス』と出会ったことがある。故に、オーリアティアが居場所を知っていると告げたことに驚いたのだ。
「すーちゃん……」
「あーちゃん、アタシの我が侭だ。フォスを探して欲しい」
 アーリア・スピリッツ(p3p004400)は「ええ、ええ」と何度も頷いた。
 スフェーンにとってフォスが家族だと聞いていた。フォスの危機に動けないことを何れだけ歯痒いと思っていたのかアーリアは側で見ていてよく知っていたのだ。

 ――あーちゃん、アタシさ。フォスを……ただの一人の姉が困ってるなら、護ってやりたいんだよ。

 酒を呷りながら、彼女はぽつぽつと零していた。その、力になるときが来たのだ。
「ぼくは、竜だ。気の利いたことは言えない。
 けど、これだけははっきり言うぜ。フォスってやつは、ベルゼーの仲間だ。会ったとしても、良い結果にはならないと思う」
 それは、竜の見せた少しの優しさだったのだろう。


 ずっと、孤独だった。
 弟や妹が増えるたびに彼等が死んで行く恐ろしさを感じていたのだ。
 スフェーンは集落に出入りできるようにと気を配った。もしも、私が死んでしまってもあの子が一人で生きていけるように。
 それでも、結局私を分かってくれる人は居なかった。
 ……たった一人を除いて。

 ベルゼー様。
 あの人は、死なない。あの人は、強かった。唯一無二、私に希望をくれたひとだった。
 あの人と新しい世界を見たかった。
 あの人はしがらみも何もかもを忘れさせてくれたから。
 その時ばかりは、ただの礼良で居られたから。

 誰とだって仲良くなれる『拾われっ子』の思華は、志家を捨てて集落のいい人に嫁いで欲しかった。
 私は志家を繋いで行く役目がある。だから、外には行けないけれど。
 大好きな思華。
 君はどうか、幸せになって。

「――フォス」
 名を呼ばれてからフォスはゆっくりと顔を上げた。
「すう」
「来たよ、フォス」
 どうして、現れたんだろう。君が来なければ。
 私はバカみたいな夢を見て、世界を滅ぼす悪女になって死ねたのに。
「……すう」
 私は、君を殺す罪を負ってまで、生き長らえるかどうかを選ばなくてはならないのだろう。

GMコメント

 フォス。やっと終わりがきたよ。

●成功条件
 魔種『フォス』の撃破

●ヘスペリデス
 荒れ狂う空の下、ベルゼーの元に繋がっている道すがら。
 フォスは彼を護るように立っていました。周辺は瓦礫が浮き上がり、天候は荒れ狂っています。
 美しかった光景が崩れ去り、荒れ果てたヘスペリデスで彼女だけは不自然なほどに美しさを保って立っています。
 その目はスフェーンだけを見ているでしょう。

●魔種『フォス』
 本来の名前は志・礼良(ゆき・れいら)。ピュニシオンの森に存在する関所守。
 志遠(しおん)の一族と呼ばれた関所守の一族の長にして、孤児達の『姉』です。
 ベルゼーについてきて、冒険をしたいと願っていました。心情はOPを参照して下さい。
 非常に穏やかで心優しい人物です。本来の礼良は穏やかで気易い少女ですがフォスは口調までも偽って冷徹な娘を演じています。

 回復や支援を得意としていますが、遠距離攻撃などにも秀でています。
 流石はあの『帰らずの森』の関所守と言ったところでしょう。

●デミ・ケルベロス 8体
 フォスが連れている魔物です。フォスに従います。前衛タイプ。フォスを庇うようです。
 回復手であるフォスに支えられる事で非常に堅牢です。痛烈な爪の攻撃を放ちます。必殺技は噛み付くです。

●ドラゴンワーム 2体
 非常に強力な亜竜です。竜種の遊び相手に丁度適しているらしいです。2体で連携を行って居ます。
 オーリアティアが遊んでいます。「こいつ、おいしいかわからないな」などといわれています。任せておいても良いでしょう。

●『スフェーン』
 志・思華(ゆき・すうか)。アーリアさんの飲み友達で、フォスの『妹』です。
 ペイトでも鍛練を積んでいたため、皆さんと一緒に戦えます。ただ、フォスをどうするべきか戸惑っているようです。
 姉を殺さねばならないという認識と、姉が死にたがっているだろうという破滅の願望を感じる度にどうしても苦しいのです。

●『転寝竜』オーリアティア
 少年のような口調で話す竜種。一応、性別分類は女性です。幼竜です。
 微睡竜と呼ばれた伝承の竜オルドネウムの系譜であり、ご先祖様が最強に強いと豪語しています。
 眠ることが大好きであり、寝床を作ると言ったイレギュラーズに「きみたちが寝床を作るまでは着いていく」と引っ付いてきているだけのようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <フイユモールの終>遠き日に完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2023年07月24日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

カイト・シャルラハ(p3p000684)
風読禽
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
ハリエット(p3p009025)
暖かな記憶
コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)
慈悪の天秤
煉・朱華(p3p010458)
未来を背負う者
ヴィルメイズ・サズ・ブロート(p3p010531)
指切りげんまん

リプレイ


 崩れ去る世界の中に、一人の娘が立っていた。
 柔らかな絹のように髪は揺らぐ。荒れた風に煽られながらも佇む彼女は静かに目を伏せってから――「すう」と名を呼んだ。
「フォス」
 スフェーンの声が震えていることに『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は気付いた。それだけの時間を短くとも彼女と共に過ごしてきたからだ。覇竜で出会って、飲み交わして、友となった彼女の『会いたかった』ひと。
『すーちゃん』と呼べば『あーちゃん』と照れくさそうに返してくれた彼女はまるで小さな子供の様に、臆病に身を縮こまらせている。
「行きましょ、お姉ちゃんの元へ」
 背中をぽんと叩いたアーリアにスフェーンが顔を上げる。紫煙を燻らせ『慈悪の天秤』コルネリア=フライフォーゲル(p3p009315)は「はぁい、手伝いに来たわよアーリア」と笑いかけた。
「なんかやりたいことあんならアタシが露払いしてやるから後悔だけはするんじゃないわよ。代金は今度美味いとこ案内して1杯奢りなさぁい。
 ……ダチのダチが困ってんだろ? 得物を手に取るにゃ充分な理由さ」
 にいと唇を吊り上げたコルネリアへ「とっておきのお店予約しておくわ!」とアーリアは快活に微笑みかける。スフェーンは「良いのか」と震えた声で問うた。
「良いって良いって。スフェーンがどうしたいか、覚悟が決まるぐらいの時間は稼いでやる。
 とりあえず、『お話』するためには邪魔な犬っころを叩いておかないとな!」
 にんまりと笑って見せた『太陽の翼』カイト・シャルラハ(p3p000684)は明るく元気よく格好良くを信条に。竜だろうと、誰だろうと困っている女の子は助けなくてはならないのだとやる気を見せる。
 スフェーンが拳を固める。その意味を察知したように『煉獄の剣』朱華(p3p010458)が唇を噛み締めた。
「――魔種は嫌いよ」
「朱華様……」
 名を呼んだ『もう1つの道』ヴィルメイズ・サズ・ブロート(p3p010531)が切なげに眉を寄せる。唇を鎖した『暖かな記憶』ハリエット(p3p009025)も同じ心持ちだったのだろう、
「相手が嫌な奴なら倒す事に何も思う事はないけれど、そうでないのなら…本当に堪ったもんじゃないでしょう? ……そう、今回みたいな状況は特にね」
「……」
 ハリエットは俯いた。魔種は滅びのアークを蓄積させる存在。だからこそ、世界のために倒さなくてはならないとハリエットは教わってきた。
(けれど、これは……。魔種だからと一括りに悪だと断じることが出来ない人が居ることを知った。ベルゼーさんも、きっと、この人も)
 ハリエットは「スフェーンさん」と静かに彼女の名を呼んだ。揺蕩う髪に隠されて表情の読めなくなった亜竜種に目の前の魔種は「すう」ともう一度呼び掛ける。
 すう。すう。思華。スフェーンの本来の名前で、使われなくなった『呼ばれることのない名前』。ソレを呼ぶのは唯一の家族――姉と慕った彼女だけだ。
「……スフェーンさん……戦闘中に下手に迷っていると、大怪我するよ。でもね。『こういう時』に迷うなってのは余りに酷だから」
「……ああ」
 スフェーンは俯いた。ヴィルメイズはいっそ残虐で救いようのない相手であってくれればと願わずには居られない。
「美しい方ですね。悲しいほどに。それに彼女を魔に染めたのはベルゼー様ではなく……『使い捨て』と追いやった我々亜竜種に他なりません。
 スフェーン様のためにも、私も全力で道を切り拓くお手伝いを。
 ……自分も親を亡くした身でございますので……少し運命が違えば、私もピュニシオンの森に居たかもしれませんね」
 ヴィルメイズがそうならなかったのは偶然だ。フォスが居たからこそスフェーンはアーリアと飲み明かし日々を楽しく過ごす事が出来た。
 心が揺れ動く。スフェーンが唇を噛み締めたのを見てからフォスが「すう」と呼び掛けようとした刹那だった。
「話は終ったか。腹が減ったんだぞ」
 あっけらかんと言い放ったのはオーリアティアである。幼い少女の姿をした竜種はワームばかりを眺めて居た。
「はは、確かに『随分な大所帯』だね。魔種であろうが考える頭と感じる心がある以上、身内相手は多少なりとも堪えるだろうさ」
 私は性格が悪いから。そう含み笑うようにして『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)はゆっくりと黒銃を構えた。
「目の前に立ち塞がる以上は何であろうが障害として認定するよ? さてこれ以上の問答は不要でしょう、まずは手っ取り早く戦ろうか」
「……そうしなくては、ならないでしょうから」
 フォスはゆっくりと立ち上がった。その背後から姿を見せた獣達の遠吠えが、周囲へと響き渡る――


「オーリアティア君、なんだかんだで優しいよね」
「そんなことはない」
 くすくすと笑ってから『蒼穹の魔女』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)はオーリアティアがワームばかりを眺めている姿を横目に見る。
「……さて、あの子がフォス君ってわけだね。
 私ははじめましてだけど、伝えたい想いを運ぶ手伝いくらいはできるよ。さあ、おじゃま虫にはどいておいてもらいましょうか!」
 堂々と告げたアレクシアに『待て』を解除されたかの如くオーリアティアが走り始めた。デミ・ケルベロスには興味を示さない竜種の娘はドラゴンワームを「餌!」と呼び指差している。
「そっちはよろしくね! でも、こないだみたいにならないようにね!」
「大丈夫だぜ。ちいさいやつらこそ、小競り合いで負けるなよ。寝床を作る約束があるんだから」
 オーリアティアが鼻先をふんと鳴らした様子を眺めてからアレクシアは小さく笑った。ドラゴンワームはこの優しいのか、此方に好意的なのか定かではない竜種の娘に任せておけば良い。
「数の暴力が厄介ですこと」と呟いたルーキスの周囲に存在した元素が反応し黒き泥を作り出す。全てを飲み込まんとする漆黒の気配を背にコルネリアが構えたのは巨大なガトリングガン。
「さあて」
 生命力を充填する。それは褪めた炎となりデミ・ケルベロスの元へと広がって行く。コルネリアの眸が妖しい光を灯した。生きた証は意地の象徴のように無数の弾丸を放つ。スフェーンに近寄ることは許さず、全てを引き受けんとするコルネリアの傍らでスフェーンはただ、唇を噛み締めていた。
「こっちの事は私達で何とかするからそれまでの間、そっちのデカいのはお願いさせて貰うわよ、ティア」
「寝床のためなら仕方ないぜ」
 背を向けたまま涎を拭ったオーリアティアに朱華は肩を竦めてからスフェーンを見た。屹度、彼女の惑いは計り知れない。だからこそ。
「スフェーン、これから殺し合いをするのに言うべき事じゃないかもしれないけれど、話したい事があるのならちゃんと話しておきなさい。
 終わってしまってからもっと話しておけばよかったって、そう思わない様に。それがどんなに辛かったとしてもね」
「話すこと……?」
 終わりの時が近付いてくることが、どれ程に恐ろしいか。「すーちゃん」と呼んだ『あーちゃん』を見詰めてからスフェーンは小さく笑った。
「あのさ、あーちゃん。……ごめんな」
「ごめんって、どうしたの、すーちゃん」
 アーリアはスフェーンを見詰める。勝ち気な娘とは思えない程に憔悴した彼女。
「馬鹿だったよ。……こんな、俯いてちゃ駄目だよな。ごめんな、行こう。『姉ちゃん』の所に」
 アーリアはスフェーンの笑みが余りに痛々しくて、つい息を呑んだ。ああ、どうしようもないのだ。滅びを抱きかかえてそれを是とした存在を取り戻す術など何処にもない。
(もしも、戻せたら――)
 アレクシアは俯いた。そこに『もしも』ばかりを求めていては魔力は鈍り、危ぶまれるのは自らだと知っている。
 これは、諦観ではない。誰かの心を救う為の戦いだ。ヴィルメイズは扇をはらりと揺らした。無数の糸が舞い踊りデミ・ケルベロスを繋ぎ止められる。
「無尽蔵っていうのも困りものでね! さあて我慢比べは得意かい? 幾らでも遊んでいくと良い!」
 ルーキスが唇を吊り上げ笑えば、その攻撃に遭わせてゆらりゆらりとヴィルメイズが踊る。
 戸惑うスフェーンを護るアーリアを一瞥し、ハリエットは静かに声を掛ける。
「目を見て、話をして。向き合って。貴方なりの答えを出すといい。私も皆も、めいっぱい支援するから」
 寒い国で、本心を隠したまま死んだ人が居る。結末は変わらずとも、もっと話せば彼の事を理解してやれただろうか。
 その後悔が――彼女のものにならないように。引き金を引く指先には力が込められた。
 スフェーンへと牙を剥かんと飛び付くデミ・ケルベロスの前へと滑り込んだコルネリアの唇がつい、と吊り上がる。
「おっと犬っころ、そっから先は立ち入り禁止なのよねぇ。こわぁい紫髪のねぇちゃんにボコ殴りにされたくなきゃアタシで我慢しな」
『こわぁい紫髪のねぇちゃん』という言葉に反応したオーリアティアが「きみは怖いんだな、覚えておく!」とワームの尾を掴み地面に叩きつけながら叫んだ。
「……もう、コルネリアちゃんったら」
「はは。躾のなってねぇ獣に身体でわからせてやるんだ。感謝するのよ?
 丁度アタシもさ、最近でけぇうるせぇ動物を飼い始めたのよ。コイツがまたはしゃぐ訳だ。もっと遊び相手を寄越せって。
 ……余燼の獅子、ネメルシアスに付き合ってちょうだいな」
 コルネリアの眸に妖しい光が灯された。意志の炎と共に、姿を現す灰の魔獣が牙を剥く。数が減りつつあるデミ・ケルベロスを眺めて居たカイトはフォスを見た。
「強情だな? 戦わなきゃならんなら楽しまねぇとな。姉妹喧嘩もしたことないんだろ?なら全力で、本心でぶつかり合わねぇとな!
 スフェーンも、こんなに強くて優しくて格好いい姉ちゃんの姿をちゃんと覚えておくんだぞ! これからも姉ちゃんに恥じない、胸張って生きるためにもな!」
「……ああ!」
 彼女を覚えているのは自分の『使命』だと認識していた。カイトが地を蹴りフォスに肉薄する。
「初めまして、すーちゃんのお友達のアーリアよ」
 柔らかな声音でアーリアは彼女に向き直った。琥珀色の雷撃は、何時もより夢心地に誘う気配を醸し出す。
 分かる。妹を思う気持だって、理解出来る。『姉妹』なのだ。血が繋がってなくとも、彼女達は。
「すーちゃん、言いたいこと言い残さないように、姉妹喧嘩でもなんでもしなさい! 言葉を交わせるのは、本当に幸せなことなんだから」
「ッ、ああ……!」
 届いて欲しかった。魔種になったから、生きるか死ぬか。そればかりしかないと知っていても『持って行ける物がある』とアレクシアは認識していた。
 だから、想いをぶつけ合って欲しかった。ハリエットは、苦しげな表情のフォスを見据える。
「フォスさん……。これが最後なら。思っていること、言いたいこと。全てさらけ出してもいいんじゃない?」
『優等生』の彼女は、その殻に閉じこもっていただけだったのだろう。遠くでワームを地へと叩きつける音が聞こえるが、ソレさえなければ音など此処にはない。明るい竜種の声は寧ろ、フォスの言葉を隠す事に役立っていた。
「――……ただ、普通に生きてみたかった」
 フォスの唇が震えた。ハリエットは目を見開く。普通なんて、この世界にはないけれど。ないからこそ、憧れてしまうのだろう。
「志遠の一族、私達に必要な事だったんでしょうけど……」
「そう。必要だったの。けど――」
 朱華はフォスを真っ直ぐに見た。ピュニシオンの森は未開の地では無い。イレギュラーズが踏み入れたからこそ既知となった。
 ならば、関守など必要ない。竜の脅威も打ち払い、生き延びるための道を作れば良いのだ。
「戦いに絶対なんてものはないけれど、私達はきっとこの先も変わっていくんでしょうね。
 その先でアンタみたいな奴が生まれてこないような場所をきっと作ってみせるわ……ソレがフォスの慰めになるかはわからないけれど」
 フォスの瞳が見開かれた。寂しかったのは確かだけれど。けれど、それは。
「すうは、幸せになれる?」
 ――家族が、笑ってくれる未来ならば良い。
 それ位、背負って行く気概は持ち合わせてきた。里を飛び出したときから『煉の娘』はずっとずっと背伸びをして過ごしてきたのだから。
「フォス」
 ソレじゃあ駄目なのだとスフェーンは呻いた。『お姉ちゃん』が幸せにならないなら――
「姉ちゃん」
 手を伸ばす。背を、アーリアが、コルネリアが押してくれているから。
 勧めと笑うカイトの声も、話してお出でと言ったハリエットの言葉も、支えてくれるアレクシアが『魔種』の苦しい未来を教えてくれても。
 伝える事は、罪じゃないとそう言ってくれたから。
「教えてやりたかった。森の外は面白いことがあるんだって。話せば皆、分かってくれるって。……志遠の一族だからって疎まれ続けるだけじゃないって」
 アーリアのような友人が出来た事も、朱華のようにその因習を打ち破ると言葉にしてくれた物もいる。
 寄り添ってくれる仲間が出来た事を喜ぶ反面で、どうしても『彼女』が遠い。
「姉ちゃん」
 ――たった一人の家族に。その言葉は、溢れて消えた。


 静まり返った戦場でスフェーンは倒れたフォスを見詰めていた。まるで眠っているかのようだ。
 ルーキスは何も言わずただその背中を眺めて居た。これが彼女達の選んだ結末だ。魔種だからといって救って欲しいとはスフェーンは願わなかった。
(いやはや、『使い捨ての一族』か。そう呼ばれるだけあって、選び抜いた応えもあっさりとしていたか。世界に仇為すならば殺せ。
 その教育は、誰が行なった物だか……。彼女じゃないなら、魔種という存在を知り、それが襲うことを予期していた――)
 ルーキスがつい、と顔を上げたがそれ以上は野暮だろうか考えることも止めた。
 スフェーンの傍にアーリアは立っている。アーリアは『お姉ちゃん』だ。故にフォスが何を考えて居たかも分かって仕舞う。
(フォスはすーちゃんに攻撃はしなかったわ)
 思えば、彼女はずっと見ているだけだった。見守って、願う未来を乞うているかのようだった。
 その意味が、分かってしまったならばどうしたって苦しくもなる。悩み選び抜いたのは己の宿命から遁れたいという本心だったのかもしれない。
 それでも、フォスは、『志・礼良』という娘は思華に一人で生きていく術を与えたかったのだろう。
「……残酷ね」
 人は何度だって失敗する。悔いて、それを全部抱えて生きていくしかない。何れだけ、悩み選んだ道だって間違っていることがある。
 だからこそ、人間は祈るのだ。願い、悔やみ、そして、歩実行くだけなのだろう。
 静かに眺めて居たハリエットは目を伏せた。悔恨は心をざわめかせ、いつだって胸を締め付けるのだから。
「アーリア、やりたいことはやれたかい? 後悔の無いように生きる……全てがそうであれたらどれだけ人生楽な事か」
 はあと息を吐いたコルネリアは、ふと、騒がしくなった辺りへと視線を向けた。ワームの尾を掴んでいたオーリアティアが大口を開いて食らい付こうとしていたのだろう。
「オーリアティア様、変なワームの生食はお控えくださいよ〜あとで焼いて差し上げますから」
「焼くなら、ぼくがやってやろう。炎を吐くぞ」
 自慢げなオーリアティアは「あいつにもあげよう。それから、きみにもな」とワームをずるずると引き摺りながら微笑んでいる。
 あいつと指差されたのがスフェーンである事に気付いてアレクシアは「やっぱり優しいね」と年若く『眠ることが出来れば全てを是とする』竜種の娘を眺めて居た。
「えっ私の分? う〜んでは後でおにぎりの具にしましょうかね〜しかし食べられるんですかこれ……?」
「食べられる」
 やけに気易い竜種を見詰めていたルーキスは「しかしまあ竜種とも交流するとは、肝が据わってるねぇ」と呟いた。
「初めましてオーリアティア、様付けは必要だったりするのかな?」
「ティアでいい。ぼくはきみ達が寝床を作ると約束したから手伝って遣っただけだぞ」
 友達ではないと胸を張ったオーリアティアにスフェーンは「あーちゃん」とアーリアの手を引っ張った。
「……どうかしたの? すーちゃん」
「フォスがさ、昔言ってたんだ。……好きな人が『竜と人が共に過ごせる未来があればいいって言って居た。それがはじまればいいのに』って。
 何か、オーリアティアとあーちゃん達を見ていると、ソレって叶ったのかなって――」
 姉の見た夢は、誰かの夢を映して居ただけなのかもしれない。あの人は、孤独だった。ずっと一人で森の中で佇んでいた。

 ――大丈夫、ここは私が居るから行ってらっしゃい。

 フォスが、『礼良』がいなければ『思華』はペイトになど行けなかった。
 家族の時間を大切に、大切に抱きかかえているかのようなスフェーンの背中にコルネリアは紫煙を揺らしながら「大丈夫さ」と声を掛けた。
「アンタのねぇちゃんも屹度願いは叶えられた。……悔いは残ってないかい?」
 紛い物のシスターだとしても、祈る事は出来ると笑ったコルネリアを真似るようにスフェーンは願った。
 たった一人だった、愛しい人に。
 遠き日に、あなたを思う。
 大好きな、おねえちゃん。
 どうか――どうか、しあわせになって。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。

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